2。手伝ってさしあげてもよろしくてよ(前)
「たぶんそのひと、呼ばなくても勝手に来ると思うよ?」
「え、マジで?」
キリィの言葉に、目が点になる俺。
例の学者先生、ええと……パナル・カルマナルカとかいうひとの話である。
なんとか呼べないかな、という話を夕飯のときに切り出したら、それに対するキリィの返事がいまの言葉。
「この街の領主――ウィラッド家が、かなり大きな後援者だったのかな? 昔は、って話だけど。ともかく、その縁でキンバリアに滞在している以上、ウィラッド家が勝手に連れてくるはずだよ」
「そっか、それも例の「情報提供」ってやつか」
パーティの主催者だけではなく、領主の方にもそういったつとめがあるのだろう。大変そうだ。
「まあ、でも確かに招待はしておいたほうが無難かな……招待状に、その学者さんもぜひ、とか書き加えたほうがいいかも」
「ああ、そっか。招待状も用意するんだな……ていうか、招待しなきゃいけない客のリストとか、俺、把握してないんだけど」
「それはシオに聞くしかないんじゃない? わたしもわかってないから」
と、キリィ。
たしかに、呼ぶ人間とか準備の仕方くらいは、シオじいさんに相談してもバチは当たらないだろう。
「しかし、そうすると残りは人手だよなあ。どんだけがんばっても、料理人と給仕はかなりの数必要だろうし……日雇いでどうにかするって、できるんだろうか?」
「ひ、日雇い!?」
びん、とナイエリがねこしっぽを逆立てた。
「おまえよりによって、貴族の使用人を日雇いする気なのか!」
「え? ダメなの?」
「ダメに決まってるだろうが!」
と、ナイエリ。
その横の中林は、本を繰る手をいったん止めて、
「宗谷は日雇いって言葉で、日本でのアルバイトとか派遣社員を想像してる気がするわ」
と言った。
「え、違うの?」
「だいぶ違うのよ。
忘れてるかもしれないけど、エリアムの教育水準は日本よりずっと低い。そのへんで求人すればコンビニの接客がまともにできる人材をいくらでも集められる日本と違って、こちらでへんな求人出したら、なにが来るかわかったもんじゃないわよ」
「あー、そりゃそうか」
「そうよ。貴族の使用人は、たとえ給仕ひとつ取ったとしても専門職だと思いなさい」
そう言って中林は、また本に戻った。
「え、でもそうなるとこの状況、詰んでない?」
「どうかしら。たぶん使用人の融通くらい、貴族間で行うことはできるんじゃないかと思うけど。キリィ、そのへんはどうなの?」
「んー……そだね。
使用人がどうしても減っちゃってどうにもならない、ってときに、知り合いの貴族に掛け合ってお手伝いに来てもらったことはあったと思う」
「そうするとそのあたりの制度を使うしかないわね。
手伝いで声をかけられる貴族は?」
「パルマ家と、ノーラン家だったら、おつきあいも長いから頼めると思うけど……」
「そ。じゃあ明日かしらね。手紙で交渉している時間的余裕はないから、直接訪れるしかないわ。
で、これはキリィ当人が行かないとダメだと思うから、よろしくね」
「うん。わかった、がんばる」
キリィはそう言って、俺の方を向いた。
「じゃあそういうわけで明日、同伴よろしくね、ソーヤ」
「あ、やっぱそうなるか……まあ、仕方ないな」
誰もついていかないわけにはいかないし、ナイエリでは交渉のサポートはできないだろう。
「じゃあ、使用人頭としての宗谷のデビュー戦ってことね、明日は」
「…………」
中林の言葉に、深くため息をつく俺。
やだなあ。いらん責任ばっかり、どんどん俺の両肩にかかっていってる気がする。
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「んで、また今日も空に望遠鏡を向けてるのか。おまえは」
「あら宗谷、いい夜ね」
俺の言葉に、中林はほほえんで返事を返した。
俺は彼女の横に適当に座り、
「しかし、学者に売り込みねえ。一応やってみることにはしたけど、うまくいくのかね」
「正直、博打ではあるわよ」
中林は肩をすくめた。
「なにしろ、相手の人格にも依存するわけだし。私たちが作った発明品とかに興味がないタイプだったらアウト」
「いまんとこ評判はいいみたいだけどな、あの発明」
「学者って変わり者が多いから。貴族に評判がいい程度で安心はできないわよ」
「それでも、やるって決めたんだな」
「そういうこと」
中林は胸を張って言った。
……が、どうも表情に、いつもの精彩がない。
「なんか、気になることでもあるのか?」
「いやあ、だってこういうの苦手だから」
「そうなのか?」
「昔から苦手なのよ、他人に自分を売り込むのとか。
試験も苦手。面接とか論外。たぶん私、他人に評価される、という方向で考えるのに、脳の構造が根本的に向いてないんじゃないかな」
「……そ、そうなのか」
まあ、そんな雰囲気は察しなくもないけど。
「あーもう、大学院の試験も終わって、本格的に面接とかから遠のいたと思ったのに。嫌になるわー。
そうだ宗谷、気分転換にちょっと教えてよ、魔術のこと」
「魔術?」
「そう。前に言ったでしょ。私たちが日本に帰るに当たって、魔術は重要なファクターになり得るものなんだから。
いつかは学ばないとと思ってたけど、あの書斎をがんばって探してもそういう資料はまったくなかったのよ。なんでかしら?」
「んー、理由はわからんけど……管轄が違うのかもな。魔術、エリアムでは基本的に、神殿の管理するものだから。学問で扱うものじゃないんじゃないか?」
理由を気にしたことはないが、たしかそのはずである。
俺が魔術を使えるようになったのも、旅の神官さんにご指導いただいたからだ。
「でも神学校では教えられるんじゃないの?」
「神学校っていうか、神殿では有料で教えてるみたいだけどな」
「お金を払えば学者でも身につけられる?」
「まあ、たぶん」
「じゃあ、本になってないのはたぶん、検閲があるのね」
「……そうなのか?」
「でないと誰か書いてるでしょ。
まあ、エリアムの魔術って攻撃的なのが多そうだから、軍事機密とかがあるのかもしれないわね」
「ああ、それはあるかもしれんな」
「それを踏まえた上で、宗谷、魔術教えてくれない?」
「踏まえた上でって……俺、軍事機密漏らす人間になっちゃうんだけど」
「エロいことしていいから」
「エロいことで軍事機密漏らす人間になっちゃうんだけど!」
ちょっと付け加えるだけで、ダメ人間度が大幅増である。
「いいじゃない減るもんじゃなし。ほらほら」
「んー、まあいいけどさ……でも俺、教えられることそんなに多くないぞ?」
「やっぱ呪文とか唱えるの? 中二病な感じなの?」
「長い呪文唱える魔術もあるみたいだが……俺の知ってる範疇じゃないなー。俺が知ってるのはごくごく簡単な、名前だけで使う魔術と、それから呪符の作り方だけだな」
「魔術の名前っていうけど、前に聞いた感じだと普通のエリアム語じゃないわよね。あれは何語なの?」
「短縮エリアム語だ。戦闘中の魔術詠唱のために、最低限の発音でいいように加工された人工言語だな」
だからこそ、あれだけ短い詠唱で、いろいろな効果が出せるのである。
「へええ。じゃあ戦闘中じゃない魔術詠唱は普通のエリアム語を使うの?」
「んー、どうなんだろ。俺、旅のために必要な分しか習ってないから、そのへんよく知らないんだよな」
「どうやったら魔術が使えるようになるの?」
「まず、魔術が使えることに気づかないといけない。これがいちばん大変だ」
「使えることに……気づかないといけない?」
中林が復唱した。
「どういうこと? だって使えるんでしょう、魔術?」
「なんて言っていいかな……実はな、中林。この世界の人間、俺やおまえを含めて全員、実は魔術、無意識のうちに使ってるんだよ。それに気づくのが第一段階」
「…………」
中林は難しい顔をして固まって、
「宗教の話?」
「そうじゃなくて!」
「じゃあどんな魔術を使っているって言うの? 明日の朝日が無事に昇る魔術?」
「だからそういう原始信仰じみた話じゃなくてな。自分の身の防御と、傷の治癒についての魔術だ」
実は魔術師だけではなく、この世界のすべての人間は、微弱ながらそういう魔術をまとっているのである。
「本格的に魔術を習った人間は防御結界で剣すらはじく。
そこまででなくても、一般人も実は無意識のうちにそれを発動しててな。魔術の訓練で最初にやることは、自分の内にあるその「魔術を使っている力」の存在に気づくことなんだ」
「やっかいね。生えていることに気づかない第三の腕を見つけるような話じゃない」
渋面で中林は言った。……うん。やっぱこいつは飲み込みが早い。
「まあ、んじゃちょっとだけ、手伝ってやろう。肩触っていいか?」
「胸触っていいか? すごいこと聞くわね宗谷」
「冤罪だ! 俺は無実だ!」
つうか、ことあるごとに俺にセクハラさせようとするのやめてくれませんかね中林さん。
「いいから肩触るぞ」
「はいはい」
「魔よ応えよ」
俺が唱えると、中林の肩がぼうっ、と青く輝きだした。
「うわ、なにこれ!?」
「こいつが可視化した防御結界。
ちょっと気合い入れて俺の腕を押し返そうとしてみな。輝きが増すから」
「あ、ホントだ」
こういうのを見るのが、第一関門の突破にはいちばん有効なのだ。俺もやられた。
「ふうん。じゃあ魔術は使えるようになるんじゃなくて、最初から使ってたわけだ」
「そういうことになるな。この輝きを、意図的に出せるようになるのが最初の修行だ」
「呪文はさっきのでいいの?」
「まあ、術の名前はそうだが、実は魔術の名前ってたいした意味ねえぞ? オリジナル名前でもなんでも、とにかく効果を思い浮かべながら唱えりゃ発動はする」
ただ、思い浮かべにくいために、魔術の精度は落ちてしまう。
だから決まった名前を使うことで、決まった魔術が使えるようにシステムを組みましょうというのが、発動時に魔術名を用いる本当の意味なのである。
「うーん……ややこしいわね」
中林はなんだか不満げに言った。
「もっとインスタントだと思ってたわ。ポーズと共にメラゾーマ! って叫べば火の玉が出てくるとか」
「なにかを飛ばす系はさらに難しいぞ。それに流れ弾がどこに着弾するかわからないから、普通怖くて町中では撃たないし、気軽に撃ったらなに言われるかわからない」
「ん、着弾? んん?」
なぜか中林は難しい顔になった。
「どうした?」
「いや、なんか違和感があって。……着弾って言うけど、地面に? それとも建物?」
「どっちの場合もあるだろ」
「どのくらいの距離飛ぶの?」
「俺は試してないけど、だいたい上級の攻撃魔術なら弓と同じくらい飛ぶって話だったはずだけど」
「……どんな魔術でもそうなの?」
「そりゃ、そうだと思うけど……なんだ? なんかおかしいことでもあるのか?」
「ちょっと宗谷、試しに上に向けて魔術、撃ってくれない? 上に向けてなら被害も出ないでしょ?」
「いいけど……ほい、魔よ射よ」
ぽんっ。――と、俺の手から光る球体が飛び出て空に向かって飛んでいく。
そしてしばらくして、ぽてっ、と地面に落ちて、消えた。
「いまの魔術の効果って、なに?」
「当たった相手の魔力を削る。それだけだ。ゲーム風に言うならMPダメージだな」
「おかしいな……」
「さっきからなんかえらく悩んでるけど、なにかあったのか?」
「いや、だって気になるじゃない。宗谷の言うことが正しいなら、いま撃った魔術は純粋に魔力的ななにか、なのよね?」
「そうだけど」
「なんで落ちてくるの?」
「…………?」
言ってる意味が、わからない。
「だから……「魔力の塊」的ななにかが、なんで万有引力の法則に従ってるか、ってことよ」
「…………あ」
言われてみれば。
「最初に感じた違和感はそこよ。魔術が重力の干渉を受けなければ、それは直線運動をするはず。ということは、地面は球形なんだから、距離が離れるにしたがってどんどん地面から離れていく――つまり、地面に着弾なんて、するはずがないのよ。地面を狙わない限り」
「……まあ、そりゃそう、だけど」
「ということは……魔術とか魔力とかいろいろ名前が出てきたけど、これ、実は物理的存在なわけ?」
「そういうことになる……な」
中林は。
しばらくうつむいてうん、うん、と深くうなずくと、にやり、と不敵な笑みを浮かべた。
「面白い」
そして言う。
「魔術を使うのにまったく手がかりがないことを嘆いていたけれど――物理法則が通じるとなると話は別だわ。
大学時代、さんざん試験で手こずった自然科学の知識が、ここにきて使えるかもしれないわね?」
魔術解説:
1)『魔よ応えよ』
習得難易度:E 魔術系統:エリアム式
魔力の濃いところを光らせるだけの、地味な魔術。
なんらかの形で魔化された物品があれば、触ったときに光る。
2)『魔よ射よ』
習得難易度:D+ 魔術系統:エリアム式
相手の魔力を削って魔術行使を阻害する射撃魔術。
が、削れる量に難があって、強い魔術師の魔力量を有効に削れない。
あくまで、魔術をかじった程度の人間の魔術を封じる術というポジション。




