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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第2章:出世編
23/124

1。パーティは大変なのだ(後)

「情報提供? おまえ、まだそんな話で悩んでいたのか?」


 と、それが第一声だった。

 道場である。壁にはいろいろな武具が並べられており、ナイエリが横でかちこちに固まっている。

 目の前にいる道場主の名前はシグ・ナズム。

 キンバリアの街に名を知られた武芸者であり、二級市民――つまりは、準貴族でもある。

 その彼が当たり前のように言った言葉に、俺は、首をかしげた。


「え、なんでそんな反応?」

「なんでもなにも……この街の上流階級の間では、すでに話題もちきりだぞ? 夢のような技術を開発している最新の工房を擁するバルチミ家が、いったいどんな催し物を出してくるかと」

「…………」


 冷や汗がひとすじ、流れる。

 なにを言っているかはよくわかる。先月のこと――いろいろあってバルチミ家に来てしまった神殿からの査察官に、見た目だけは立派な発明品の数々を見せつけて、ごまかして退散させたことがあった。

 おそらくはそのときの評判。……なんだけど。


「あの……マジで? 中林とその発明品を、出し物にしろと……?」

「? なにかまずいことでもあるのか? 身分こそ奴隷ではあるが、あのナカバヤシとやら、太陽の国出身の立派な賢人ではないか。頭脳の格としても、バルチミ家が紹介するに当たって不相応とは思えん」

「…………」


 こいつ、この前の捕り物騒動のときから中林にすっかり洗脳されてやがる。


「問題があるのか?」

「いや、まあ、完全に否定はしないけどさ……」


 でもあの発明品、ほぼ全部はったりだし。

 みんなで自転車こがないと動かないし。

 それ以前に中林の人格が問題である。なにをしでかすかわからない。


「というか、だな。バルチミ家にそもそも選択の余地はないぞ。

 いま言った通り、ナカバヤシの話題はいまこの街の上流階級を席巻している。その状況で、ナカバヤシ以外のものを出してごまかそうとしてみろ。石を投げられるくらいならまだマシ、下手をすると政治的に痛くもない腹まで探られかねん」

「マジかよ……」

「ま、覚悟しとけ。

 それより、俺には気になっていることがひとつあるのだがな。ソーヤ、おまえの市民権の登録は、どうなっている?」

「え? そりゃあ……」


 あ。忘れてた。

 この国では、貴族の下で一ヶ月働けば、三級市民の資格を得ることができる。俺がバルチミ家で働くことになったそもそもの理由は、そういう話のはずだった。


「やはりか……もうずいぶんと経つのに、一向にその話が聞こえてこないから、どうしたものかと思っていたのだが」

「いやあ、助かるわシグ。毒で死にかけたりしてるうちに頭から抜けてたみたいだ。

 ええと、たしか神殿に行けばいいんだっけか?」

「そうだ。ただ、問題がひとつあってな」

「え、どういう?」

「本来の制度では、キリィ様に一筆書いてもらう必要がある。ただ貴族がそこまでの雑用をするはずもなし、通常はその家の使用人頭が代筆するのだが……」

「……あー」


 確かに。いまバルチミ家で使用人頭って、俺だ。

 さすがに自筆で持ち込むのはダメだろう……


「となると、キリィに書いてもらわないといけないのか?」

「いや。そこは俺が書こう。キリィ様のお手をわずらわせることもない」

「え。シグが? それで大丈夫なの?」

「別に代筆者が署名するわけでもないしな。

 キリィ様の許可を得て、誰かが一筆書けばよいだけだ。それにバルチミ家とかねてより懇意である俺が書いたことで文句を言う人間も、この街にはおらんだろうからな」

「ふーん、なるほど」


 言いながら俺は、ボルカ盤の上のコマをひとつ進めた。

 と、シグがにやりと笑った。


「いいのかソーヤよ。それで来るなら俺はここにこれを打つぞ!」


 ぴしゃり、とコマを盤の上に置いてシグは高笑い。


「ふははははこれで両取りだ! どうだ、いまなら待ったを聞いてやってもいいぞ!?」

「いやー、でもそれ王手含まれてないし。んで俺はこう打つ」


 ぴしゃり、とコマを置く俺。とたんにシグが固まった。


「王手込みの両取りな。ついでに取った後、おまえが置いたコマが邪魔になって反撃もまともにできなくなるが、それでもいいなら」

「ま……待った!」

「ほいよ。今日五回目だぞ」

「ぬぐぐぐ……おのれ……」



--------------------



 という感じの楽しいボルカ会の後、俺はバルチミ家に帰還してきていた。


「てなわけでシグから一筆書いてもらったけど、キリィはそれでいいか?」

「べつにいいけど……」


 キリィはそう言って、こくん、と首をかしげた。


「でも誰でも書けるんだね、これ。詐欺とかに使われないのかな?」

「まあ、バレたらすげーやばいだろうからなあ。そのへんでバランスは取ってるんじゃないか?」

「そんなことより!」

「うおわっ」


 横から突如として現れたナイエリにのけぞり返る。

 彼女はねこしっぽと人さし指でびしっ! と俺を指さして、


「ほ……本当にボルカでシグ先生を負かすとは……おまえは魔神か鬼神の類なのか、ソーヤ・シュンペー!」

「え、いまさら言うこと?」


 さっきは一言もしゃべらなかったが、俺とシグがボルカをやっていたとき、ナイエリはきっちり横で観戦していた。

 そのときから帰ってくるまで、やけに静かだとは思っていたのだが……どうも、ショックを受けて固まっていたようだ。よくわからないけど。


「前にも言ったじゃん。俺、三日に一度くらいのペースでシグとボルカやってるぞ。んで、まだ一度も負けてない」

「な、なんという……神算鬼謀!」

「だからおおげさだって。それに最近はシグもうまくなってきてるから、そろそろ俺も負けるかもなーとは思ってるんだよ。たぶんな」


 ただシグ、中盤の立ち回りがどーも下手なんだよな……

 へんなところで攻め気を出して頓死したりする。あれがある限り、待ったなしでの俺からの勝利はまだまだ遠い。

 と。


「おや。かわいい声が聞こえてきたと思ったらナイエリちゃん?」

「ぎゃー! 出た!」


 叫んでナイエリは俺の後ろに隠れた。ねこしっぽがぶるぶる震えている。

 屋敷の奥から出てきたこいつはリシラ・ファグニ。

 魔術だか呪いだかで「外見だけ」美少女になった、男である。


「……おまえ、ここまでナイエリに嫌われてたっけ?」

「えー、やだなあシュンペー。ちょっと何回か隙を見て押し倒そうとしただけだよ?」

「せ、セクハラ野郎っ! 今度会ったら殺すと何度言ったらわかるのだっ!」

「いや、何度も言ってるから信じられてないんじゃね?」


 なにげにナイエリはちゃんと強いはずなのだが、言葉巧みに言いくるめられることが多すぎるのである。


「それはともかく、なんでここにいるんだ? また中林がファグニ工房の連中呼んでなんかやってるのか?」

「うん。実験やってるんだけど」

「……爆発とかしないよな?」

「たぶんねー。僕、さっぱりわからないんだけど。デンキ? エレキ? なんかそういう力を使うらしいね」

「なんか怖いな……あ、そうだ。でもそういえば」


 市民権の話にかまけて、本題を忘れていた。

 俺はその場の全員に、シオじいさんとシグから聞いたパーティの話を伝えた。


「……って話らしいんだけど。なんとかなるかな?」


 リシラに言うと、彼は首をかしげた。


「それはナカバヤシじゃないとわかんないかなー……工作室行ってみる?」

「そうだな。早いうちに話しておいたほうがいいだろう」

「あ、わたしもついてく?」

「あ、そうだな。キリィの主催するパーティの出し物なんだから、キリィが把握しておいたほうがいいだろうし。

 ナイエリはここで待ってていいぞ」

「う、うむ! 任されたのだっ」


 あからさまにほっとした顔で、ナイエリ。


「じゃあナイエリちゃん、今度またデートしようねー」

「誰がするかっ、ってちょっと待て、それだとわたしとおまえが過去にデートしたみたいじゃないか!?」

「……そういうことで軽々しく突っかかるから引っかけられるんだぞ、ナイエリ」


 そろそろ、適当にいなす、ということを覚えたほうがいい。このねこしっぽは。



--------------------



「よう、中林。首尾はどうだ?」

「あら。宗谷じゃない。それにキリィ? こっちに来るなんて珍しいわね」


 そう言って中林は、ひたいに浮かんだ汗をぬぐった。

 相変わらず、ここだけ異世界じみた工作室である。入り口はボタン式自動ドアで照明は白熱灯、そして中には鉄道模型やら望遠鏡やらといった、えらくエリアム離れした物品がずらりと並んでいる。

 キリィが物珍しそうにきょろきょろしているのはいったん放っておいて、俺はさっそく本題を切り出した。


「……というわけで、発明品の紹介とかパーティでやらないとダメそうなんだけど。どうだろ?」

「んー、そうねえ」


 中林は少し考えた後、


「まあ、できるんじゃないかしら。たぶんね」

「マジか。でも自転車こぐの大変じゃね?」

「いま、電池を作っているところだから。ダニエル電池ってやつ」


 中林は言った。


「たぶんパーティまでには実用化できるから、当日に誰かが自転車こがないといけない、なんてことにはならないでしょ。むしろ、電池を入れ替えるパフォーマンスで場を湧かせる策まであるわ」

「ほへー、なるほど」

「……とはいえ、白熱灯と時計は、長時間の展示に耐えうるものを作るのはまだ厳しいわ。そうなると展示物は鉄道模型の大型版と望遠鏡、あとは静電気に関する展示あたりになるかしらね。そのへんが現状の限界だと思う」

「パーティまであまり時間がないが、大丈夫か?」

「ファグニ工房に宣伝のためって言って手伝ってもらうから、たぶんなんとかなるでしょ。

 あの工房、名前が上がったんでかなり客が増えてるって話だけど。それでも人手を貸してくれないほどではないし、リシラは完全にこっちに入り浸ってるから」

「…………」


 俺はリシラを見た。

 リシラはにかっと笑って、


「美女あるところにリシラあり……さ!」

「かっこつけても様にならねえ。つうか、おまえ中林にまで手を出す気?」


 美人だからって、いくらなんでもそれはかなりのチャレンジャーだと思うんだけど。


「まあまじめに言うと、僕は弟子みたいなもんだよ。ナカバヤシの技術、明らかにエリアムのとかけ離れてるから。見て盗める限りは盗まないと」

「そういう考えはちゃんとしてるんだがな……」

「それにここにいればシュンペーの築いたハーレムに潜り込めるし」

「誰が築いたハーレムだコラ」

「つれないなーシュンペー。ハーレム構成員でいちばん付き合いの長い僕を差し置いてなにをする気だったんだい? ん?」

「一万歩譲ってハーレムがあるとして、構成員におまえは絶対に入らねえよ」


 半眼で言う。

 と、キリィがあ、と声を上げた。


「どうした?」

「ソーヤ、今日のうちに市民登録、しといたほうがいいんじゃない?」

「え、そんなに急ぐか?」

「急ぐってわけじゃないけど、ソーヤ、なんかまたうっかり忘れそうだったから」

「……否定はできないな」

「神殿が空いてる、いまの時間に行った方がいいよ。神殿、時間にものすごくうるさいから」


 キリィは言う。……そうか。お役所仕事はどこの世界でも変わらず、か。

 中林はこくん、と首をかしげて、


「なんの話かは知らないけど、外に出るの?」

「ああ。ちょっとな」

「なら私も一緒に行くわ。ちょっと気分転換しないと、煮詰まってる」

「ああ、いいよ。じゃあ一緒に行こう」

「リシラ、工作室の片付けお願いね」

「えー、僕も一緒に行きたいのにー」


 ぶつぶつ言いながらも奥に行くリシラ。……こう見るとたしかに、リシラのポジションは中林の弟子と言って問題なさそうだ。


「んじゃキリィ、ナイエリと留守番任せた」

「ん。行ってらっしゃい」


 にっこりほほえむキリィに手を振って、俺たちはバルチミ家を出た。



--------------------



「ここに来るのも、あの捕り物騒ぎ以来になるわね」


 中林はそう言って、楽しげに目を細めた。

 ここはキンバリアの神殿である。街のまさに中心部にあり、政治的にも領主の館よりこっちの方が重要なんじゃないかというくらいの場所だ。

 なにしろ、各種重要手続きの窓口は、ほとんどここにあるのである。エリアムの神殿は日本の神社とかと違って、市役所と礼拝所が合体したようなところなのだ。

 その神殿の、境内(……と言っていいのだろうか?)を歩きながら、中林はご機嫌である。


「あのときの宗谷の青ざめた顔はおもしろかったわー。人間、毒殺されかかるとああなるのね」

「おまえあのときそんなこと考えてたの!?」

「余裕あったもの。宗谷みたいに、兵士と連携することも考えずに突撃したりしなかったから」

「……うん。まあ、反省してます」


 それを言われると弱い。

 詐欺師と正面から対決なんてしちゃダメだ、とキリィに説教していた俺が、こともあろうに正面から対決してしまったのである。

 中林の口車によってかろうじて事なきを得たものの、そうでなければどうなっていたことか。


「それで手続きってどうやるわけ?」

「おまえを奴隷登録したときと大差ないよ。窓口行って書類出して質問に答えて終わりだ」


 実際にはシグの受け売りなのだが、まあ、問題が起こることはまずないだろう。

 と、ふと中林の足が止まった。


「どうした?」

「あの人だかり、なんだろ?」


 言われてみると、たしかにかなりの量の人間が集まっている。


「掲示板のところだな。なにかニュースでもあったのか?」

「行ってみればわかるでしょ」

「だな」


 言って俺たちは、掲示板の前の人だかりを後ろからのぞき込んだ。


「……つってもアレだ。ああも細かい字で書いてあるのを遠目だと、俺はまだエリアム語は読めんな。

 中林は? おまえならあのくらい読めるんじゃないのか?」

「そりゃ読めるわよ。

 なんか、えらい学者がこのキンバリアに来てるらしいわよ。領主のやっかいになってるって」

「へー、そうなのか」

「パナル・カルマナルカ……へえ。聞いたことある名前じゃない。たしかバルチミ家の蔵書にこいつの本、あったわよ」

「読んだのか?」

「読みにくい本だったけどね。細部が雑」

「…………」


 容赦ねえなあ中林。相変わらずだけど。


「でも、そっか。このひと星見役も請け負ってるタイプだから……」

「ん、星見って、天文台ってことか?」

「占星術と暦の編纂」


 中林はよどみなく答えた。


「エリアムじゃまだ、迷信と技術が分かちがたい形で混ざっているのよ。

 だから星見は占星術の専門家であると同時に、技術者集団でもあるのよ……でもそうね、そうだとすれば」


 中林は、そう言って少し考えた後、


「ねえ、宗谷」

「ん、どうした中林?」

「これはちょっとした博打になるんだけどさ……この学者、パーティに呼べないかしら」

「え?」


 中林は、いつもとはちょっと違う、やや苦笑いみたいな表情をして、


「この国の星見の専門家とコネがあれば、あちらさんの天体の観測資料を使わせてもらえるかもしれないでしょ。そのために――私という技術者を、売り込める場を作ってもらいたいのよ」


 と、言った。

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