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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第2章:出世編
22/124

1。パーティは大変なのだ(前)

「データが足りないのよね……」


 中林が言った。

 俺はなんとなくその言葉を聞いていたが、


「で、このまずい昼飯どうやって片付けるんだよナイエリ」

「ま、まずい昼飯とか言うな失礼な! 一生懸命作ったんだぞ!」

「……でもおいしくない」


 キリィがしょんぼりして言った。ぬが、と硬直するナイエリ。

 たまにはやりたいと言うからやらせてみたら、これだ。


「まあ、やっぱり無理するものじゃないな。次からはまたキリィと俺と中林のローテーションで」

「うわあああああんっ! なんでこうなるんだー!」


 ねこしっぽをびーんと立てて泣くナイエリ。……まあ、そんなこと言ってもなあ。この味はちょっと。

 中林は不思議そうな顔でまわりを見渡し、


「べつに腐ってないけど」

「中林、おまえはちょっと基準低すぎ」

「生きていく上で必要なのは栄養だけ。味なんてのは嗜好品なんだから、ないならないでいいのよ」

「でもそれじゃ生活に潤いがないだろ」

「生活に潤いって概念がわからない」

「…………」

「みんな一年中カロリーメイトだけで過ごせば経済的なのに」

「徹底してるなー……」


 中林、そのへんの据わりっぷりはちょっとすごいと思う。


「まあそれはともかく、味がないんじゃなくて味が不快なのがこの食事の問題だと私は言いたかったわけで」

「あ、やっぱ不快なんだ。これ」

「まあ、私も味覚ぶっ壊れてるわけじゃないんで。ていうか、なにこの味噌のできそこないみたいな味のサラダ。どうやったらこんな味出せるのかと思うとワクワクしてくるわ」

「びえええええええんっ!」

「ああっ、ナイエリがマジ泣きした!?」


 つうか心底容赦ねえよ中林。よくここまで皮肉で人を傷つけられるもんだ。

 と思ってたら、


「……あれ? 褒めたはずなのになんで泣いてるのかしら」

「おまえそれ素で言ってるの!?」



--------------------



 キリアニム・フェ・バルチミ、ナイエリ・ボナペド、中林宿李、そして俺、宗谷俊平。

 キンバリアの街でも有数の貴族であるバルチミ家の現在の住人は、相変わらずこの四人しかいない状態であった。

 俺がこの家に来てから、もう一月以上になる。結婚詐欺によって傾いたバルチミ家の財政は努力の甲斐あって改善したが、人手のほうは不足したままだ。

 まあ、それはともかく。


「で、なにが足りないって?」

「データよ。データ」


 ぱんぱん、と手に持った本を叩いて、中林は言った。


「ここの蔵書はたいした量だったし、かなり役に立ったけど。やっぱり足りないのよ」

「データって、星のデータか?」

「そうよ。あーもう、調べなきゃいけないことが多すぎて腹が立つ!」


 中林はいらいらした口調で言う。


「歳差運動のデータとか、どっかに落ちてないかしら」

「……ええと、たぶんボケの一種なんだろうけどごめん、単語がわからない」

「黄道面と銀河面のなす角とか正確に求めたいし、銀河中心方面の暗黒星雲とかも観測したいんだけど。エリアムに写真技術がないのも問題よね。他人のデータを客観的な物として信用しきれない」


 ぶつぶつ言う中林。……完全に自分の思考に没頭してるなあ。


「いっそのこと天文台を自力で作る必要があるのかしら」

「どこにそんな金があるんだよ」


 つい最近、俺たちは金欠をなんとか解消したばかりである。バルチミ家にはそれほど金に余裕がないし――そもそも、それを全部中林のために使うわけにもいかない。


「それでも写真技術と望遠鏡と観測の全部なんてどうやったってできないし、人手を集めても教育しなきゃいけないし……ああもう! どうすりゃいいのよー!」

「悶えてるところアレだが、今日はおまえが洗濯当番だぞ中林」


 伝えると、中林はがくっとうなだれた。


「うう……時間も足りない」

「まあ、すぐできることばっかりじゃないんだ。まずは生活しながら、ゆっくりやろうぜ」

「あーうー。私はそういうの苦手なのよー。がっつりひとつのことに集中するほうが効率いいのに」


 ぶつくさ言いながら立ち上がる中林。

 と。キリィが口を開いた。


「あの……」

「ん、なんだキリィ。どうした?」

「うんと、会話の内容は太陽の国の言葉だったからよくわかんなかったけど、つまりナカバヤシはなにか悩んでいるのよね」

「そうみたいだな」

「なにかわたしに手伝えることはある?」

「ん……どうだろうな」


 中林のほうを見る。

 話してみるとわかるが、実は中林、自分の事情に他人を巻き込みたがらない癖がある。


「そうね……キリィには既に実質的に、けっこう手伝ってもらっているのよね。工房の部屋を間借りさせてもらっているし、書庫も使わせてもらっているし」

「そっか……」

「その上でさらに、ってことになると……うーん……」


 考え込む中林。

 俺はしばらくそれを見続けていたが、


「そういやさ、ナイエリ」

「うぐぅ……」

「いつまでも落ち込んでるなよ。ほれ、それよりアレだ。なんかパーティやらなきゃいけないんだろ?」

「あ、ああ。そーなのだ」


 ナイエリはうなずいた。

 貴族の義務。おつきあいという奴である。


「パーティは大変なのだ。名簿を作らなきゃいけないし、招待状も出さなきゃいけないし」

「それ準備段階だよな。本番どうすんの? 俺たちで料理とか作るわけにもいかんだろ?」

「もちろんだ。というか!」


 びしっ、とねこしっぽと人差し指で俺を指して、ナイエリ。


「人手が足りなすぎる! これでパーティなど開けるはずがないだろ、ソーヤ・シュンペー!」

「いや。それ、おまえが言うこと?」


 元の因果としては、こいつのせいで人手不足のはずなんだけど。


「結婚詐欺師を捕まえたのと、派手に大もうけしたおかげで、少しばかりバルチミ家の名声は戻ってきているけど……それでも、おまえらの広めた悪評のせいで、まだ誰も求人に来てくれないんだぞ、新しい使用人」

「わ、わかってるってば!

 仕方ない、じいちゃんに相談して人を集めてみる。もう再就職しちゃったひとは無理かもしれないけど、臨時でもある程度集まればパーティはできるかもしれん」

「かもしれんっつうけどさ。俺たちの中に、パーティの準備でそもそもなにすればいいかわかってる奴がいないのが一番の問題なんだよ。

 シオのじいさんには、まずそのへん聞かないといけないんじゃないか?」


 なにしろ、貴族のパーティである。日本人の俺のホームパーティの感覚で開くわけにはいかないだろう。


「ともかく、そうと決まったら今日行くべきだな。いますぐおまえの実家に行くぞ、ナイエリ」

「お、おう」


 俺たちは立ち上がった。



--------------------



「パーティ? ああ、もうそんな時期かね」


 にこやかに迎えてくれたのが、ナイエリのじいさん、シオ・ボナペドである。

 このひと、こんな表情するんだな……中林がいると、いつもすげえぶっきらぼうなんだけど。

 まあ、気持ちはわからなくもない。このじいさんは中林に一度、ひどい目にあわされかかっているのだ。


「なにしろ貴族のパーティだからさ。さっぱりやり方がわからん。仕切ってた人間に聞くしかないかと思って」

「そうじゃのう……まあ、ナイエリはまだ幼いし、ソーヤ殿はこの国の者ではないからのう。わからんのも無理はない」


 彼はそう言って、深くうなずき、


「しかし最初に断っておかねばならんが、儂はあまり役に立てんぞ?」


 と、続けた。


「……え。な、なんで?」

「いやあ、それがな」


 ぽりぽりと頬をかき、シオじいさん。


「例の結婚詐欺騒動のときにいろいろと画策しすぎたでな。かつての使用人一同からの信頼を失ってしまったのじゃよ。

 ほれ。儂、どさくさまぎれにキリアニム様に未払い給金を踏み倒させようとしたじゃろ? あれが広まってしもうてのう」

「…………」


 そりゃ、確かに信頼を失うわな。


「んじゃ、いまは使用人のひとたちのとりまとめは」

「誰がしとるかもわからん。

 本来なら、段取りをよく理解しておるこのシオ・ボナペドが一時的にバルチミ家に戻ってパーティを取り仕切るべきなんじゃがのう。いまでは逆に、儂が関わると旧使用人たちの感情が悪化してしまって、逆効果になってしまうわい」

「じ、じいちゃん……そんなことになってたのか」


 ナイエリがねこしっぽをふるふるさせて言う。

 ……うーん。困ったな。


「まあ、じゃあせめて段取りだけでも聞かせてもらうか。必須なのってなにがあるんだ?」

「そのためにはまず、エリアムにおける貴族のパーティの位置づけについて話さねばならんのう」

「位置づけ?」

「そうじゃ。

 どうもよく理解しとらんようじゃが。ソーヤ・シュンペー殿、そなたまさか、パーティを単なる面倒なおつきあい程度のものだと認識してはおらんじゃろうな?」

「……違うの?」

「だいぶ違うのじゃ」


 シオじいさんはそう言って、頭を掻いた。


「なにから話したものじゃろうのう……パーティにもいくつか種類があるのじゃが、今回のはバルチミ家を含む貴族グループの持ち回りパーティじゃろう? それはつまるところ、情報交換の場なのじゃよ」

「……情報、交換」


 そういえば。

 エリアムには当然ながら、テレビもラジオもない。印刷技術がないので、新聞も壁に張り出すものしかない。それ以外の噂話を仕入れるには、神殿からの掲示に頼るか、さもなくば独自ルートを持ってないと無理だ。

 貴族における情報交換の方法がパーティだということは、つまり。


「そう。主催者が出すべき最も大きなものは、新たな特ダネなのじゃよ。こんな新しいことがありましたという話をして、場を暖めるのが仕事じゃ」

「うええ、それどれだけ使用人を集めても無理じゃん!」


 真っ青になる。

 くそ。さすがにいまからだと打つ手が思いつかないぞ……!


「ほっほ。そう焦りなさるな、ソーヤ殿。他の方法もないではなくてな」

「どんな?」

「手持ちの特ダネがなければ、情報を持つ人間を呼べばよいのじゃよ。

 高名な医者や、売り出し中の詩人。そんなものを雇って紹介すれば、それはそれでまたひとつの「情報提供」じゃろう? そういうことじゃ」

「……なるほど」


 それならまだなんとかなる目はあるか……


「とはいえ、頭の痛い話は変わってねえな。結局それの準備もしなきゃならんってことか」

「最優先じゃの。

 料理がどうとか言ってる場合じゃないわい。社交的な儀礼よりなにより、実利を用意できんことには話が始まらんわ」

「ありがとよ、じいさん。いや、マジで危なかったわ。

 しかし、そうするとどう動くかだが……おい。ナイエリ、なんかいい案ないか?」

「むう。言われなくてもさっきから考えてる。……けど」


 しゅーん、とねこしっぽをちぢれさせて言うナイエリ。

 うーん……そうなると、どうすっかなあ。

 こういうとき頼りになるのは……


「あ、そっか」

「?」


 いぶかしむナイエリに、俺は言った。


「シグを頼ろうぜ。あいつも名士だし、なんか助言くらいくれるだろ」

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