0。エリアムは法治国家です
「さて。じゃあちょっと言い訳を聞きましょうか。先生」
ばん。
机に手をたたきつけて、私――カルア・マルジゴルトは彼女にそう問うた。
相手は机の向こう側、窓の近くにたたずみ、小さくほほえんでいる。
ほほえみながら、窓の外に視線をやっている。
「先生?」
「うん。今日もいい朝だ」
「先生……いいかげんにしないと怒りますよ?」
言うと彼女は、にっこりと笑って――その金髪のおかっぱ頭が、陽光にきらきらと輝いた。
彼女は口を開き、
「高いところから人々を見下ろしていると、無性に「せいぜい精一杯生きろよゴミ虫どもめが」系のセリフを吐きたくなるのは私だけかな?」
「話聞けっつってんですよゴミ虫予備軍!」
「はっはっはあ。カルアたん、今日はいつになくアグレッシブだな。そんなんだと婚期逃すぞ」
「……あのですね、マリイ先生。いまちょっと大事な話してるんで聞けよこのやろう」
「しょうがないなあ。じゃあ聞いてやるから言っていいぞ」
「昨日、街で大規模魔術を乱射して建物2・3個を灰燼と帰した件なんですが」
「ああ。そっちの件か。なんだ」
「……待て。いまそっちの件って言いましたね?」
「いやあたいしたことないよ。あそこ本格的に禁止薬物の製造工場になっててさ。ちょっと青少年に悪いと思ってこう、再起不能な感じに」
「それはもうどうでもいいです。そっちの件でないほう詳しく」
「…………」
「…………」
「てへっ」
「なにやりやがったこのアマーっ!?」
「いやちょっとまあ。邪教系テロ組織の実働部隊をこう、皆殺し的な?」
「エリアムは法治国家です! なんで法務通さないかなあこのクソ野郎!」
「まあまあ。ほれ、この前もミツヒロが話してたじゃん。えらい人が用心棒のスケ・サンとカク・サンを連れて下々の者の暮らしのために奔走する系の話」
「その話は私も聞きましたけど最後にはインローっていう薬入れかざしてみんなを平伏させて平和に解決ってパターンだったじゃん! なんでそういう解決できないかな!」
「だってその場でぶっ殺しておかないと処刑まで時間かかるんだもん。法務の仕事遅いよなんとかしろよ法務神官のカルアたん」
「司法ってなそういうもんなんだよわかれよ!」
「まあそんなことはともかく、いよいよ来月は出張だなあ。忙しいことになりそうだ」
「聞けよ!」
ばあん、と机をたたく。余談だが私は五回ほどこの相手の机をたたき割ったことがある。縦に真っ二つ系のやり方で。
「はぁ……これでも師神なんてたいそうな神号持ってるんですから、もうちょっと落ち着きと節度持ってくださいよ。――ねえ、ティア・マリイ」
「嫌味はよしてくれよ。だいたい、神号を選んだのは私じゃなくて当時の神殿だ。王権とずぶずぶで腐った連中だったがな」
「まあ……ティアが焼き尽くしましたけどね」
「当然だ。悪党なんざ皆殺しでいいんだよ」
しれっと言う彼女。……まあ、たぶんそうなんだろう。
この、マリイ・ネッツ・エルフェリオ・マティアという人物は、骨の髄から正義の塊で。
そして正義っていうのは、時には悪よりも被害を増加させる物なのだ。
(まあ、無実とおぼしき相手を殺すことはまずないっていうのは、さすがという感じではあるけれど)
それでも、危なっかしいことこの上ないのである。自重して欲しい。
「で、来月の出張の話だけど」
「あー、はい。各地の神殿で学徒たちの学習状況を視察するって奴ですね」
「楽しみだなあ。やっぱ若い才能を見るのがいちばん楽しいんだ私は」
「お供しますから、おとなしくしてくださいよ今度こそ。間違っても飛び入りで学徒との模擬戦闘とかやらないように」
「……え。ダメなの?」
「ダメに決まってるだろオイ!」
「いいじゃんあーゆーのもコミュニケーションだろなあ。ど付き合いから始まる主従関係。お、これキャッチフレーズとしてよくね?」
「よくねーよ!」
「たしかアカイン行ってキンバリア行ってレゴノアーク行って、それからどこだっけ。レイングラハは今回は外れるんだったよな」
「聞けっつってるだろ!」
このとき、私は知らなかった。
キンバリア……この、なんの変哲もない地方都市に、どんな魔性が潜んでいるかということに。
そう。
その魔性はティア・マリイと同じぐらい迷惑で、それ以上に発想がぶっ飛んでいて、そしてひどい人格で。
そして、まぎれもなく天才なのであった。困ったことに。




