9。騒動と戦いと諦めない心(前)
俺が「彼女」と会ったのは、この世界にやってきてから半年くらい経った頃だった。
出会ったシチュエーションは、けっこう劇的だったと思う。アクション映画みたいな大立ち回りをしたりした。
魔術を覚えたのも、その頃に必要があって、である。
泳ぎを覚えるのにいちばんいいのは、とりあえず命綱だけつけさせて海に突き落とすことだって話を聞いたことがあるが、そんな感じ。
人間、必要があるとなんでも覚えられるものだ。
さておき。
大アクションもひととおりこなし、主人公気分でキンバリアにやってきた俺は、そこで彼女の目的を聞いた。
地球に帰ること。
そのために、必要なものを揃えること。
旅の途中で知り合ったリシラの家の親方に話を通し、そこで働きながら、彼女が必要だと言ったものを少しずつ揃えていく。
地道だが、とても充実した毎日だった。
そんな日が壊れた。
彼女は馬車にはねられて死んだ。
俺の手の届かないところだった。彼女は俺と喧嘩をして出て行って、数日後に遺体で見つかった。
喧嘩の原因も、とても単純。俺が手に入れた情報が原因。
ある情報を巡って俺と彼女の意見が対立した。それはもう、決定的と言っていいほどに。
そして彼女は出て行った――あとは、先ほど言ったとおり。
……もしかすると。
彼女の死は、自殺、なのかもしれない。
根拠もなくそう思っている。調べればもうちょっといろいろわかるかもしれないが、その気にはどうしてもなれなかった。
たぶん、真実が確定してしまうのが、怖かったんだと思う。
どちらにしても。
主人公気分で彼女のナイトを務めていた俺という存在は、そこでいったん、価値を全損した。
彼女を助けることは、もうできない。
彼女を助けるすべての努力は、もう水の泡だ。
だからもうそれについてはなにも言うまい。
手の中に残ったのは、深く苦い後悔の味。
助けたいものが手の中をすり抜けていく、敗北の苦い味。
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そんなこんなで翌日である。
「しかし、公式参拝日なんてあったんだな」
キリィと連れ立って歩きながら、俺はなんとなくそんなことを言っていた。
これでもエリアム歴は長いので、そういうイベントはわりかし知ってると思っていたんだけどなあ。
「一月に一度あるの。この日にはみんな参拝しましょうねって、えらいひとたちが言ってる。
普通のひとも、信心深いと行くみたいだけど、義務じゃない。でも貴族は……行かないとちょっとだけ、肩身が狭くなる」
「まあ、しょうがないな。高貴なる義務ってやつだ」
「……それ、わかんない。太陽の国の言葉?」
「いや。これは英語……あれ、フランス語だっけ?」
よく覚えてない。中林なら覚えてるかもしれないけど。
「まあ、特権には義務が付随するって奴だよ。そういうの、どこにでもあるだろ」
「そだね。
いつか――ソーヤにも、守ってもらってる恩を返さないとね」
「あー。それはいいって。シグの依頼なんだから」
「うん。でも、それだけじゃないよね?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。
いつだってソーヤは、わたしが本当に望む方向はなにかって考えてくれてたんだよね。だから、安易な解決法は取らないで、あえて難しいことに挑戦した」
「……それは、助けを求められたからだよ」
つぶやく。
「こうしたい、という考えをちゃんと伝えられたから、それを実現しようとしたんだ。
この前にナイエリのじいさんと会ったときなんかが特にさ。あのときキリィが、もう使用人とかどうでもいいって言い出してたなら、俺は違う方法をとったよ。そういうことだ」
「ふうん……」
なにか言いかけたキリィだったが、
「……あれ。なんか騒がしいね?」
と、まわりを見て言った。
キンバリア、いつもの大通り。
前にも述べたが、エリアムのたいていの街は神殿を中心にして発展している。
キンバリアもそうで、中心に神殿があり、そこを通って街を貫くように大通りがある。
その大通りの様子が、いつもと少し違う。
ぶっちゃけ、物々しい。槍持った衛兵たちがどかどか徘徊していて、やばい雰囲気だ。
「捕り物でもあるのかねえ?」
「神殿の近くだと珍しいよね。なにかあったのかな」
「うーん。まあ、よくわかんねえな」
世間話をしながら通り過ぎ、神殿の正門へ。
神殿という名前で呼んでいるが、実のところ日本人が「神殿」と言われてイメージするものと、エリアムの神殿はだいぶ違う。
エリアムにおける「神殿」というのは、一種の行政施設なのである。
この前、中林を所持登録したときの手続きなんかもここでやった。他にも、転居届やら税金のあれこれやらといった各種手続きはぜんぶここで行う。
俺は首都エハイトンに行ったことがないからわからないが、首都の神殿はすげー広いってのは聞いたことがある。なにしろ、政府の主要施設がほぼ全部、ぎっしり詰め込まれているのだ。
キンバリアのはそこまででもないが、それでも敷地は広々してるし、建物がいっぱいあって、慣れていないと確実に迷う。
が、今日の場合、公式参拝日ってことで人の列ができてるし、目的となる場所はイベントホール的な大聖堂だ。めっちゃ目立つ建物なので、そうそう迷いようがない。
「じゃ、行こうか」
「あ……その、ちょっと……」
キリィはなんか言いにくそうにしてる。
「ん、どうかしたか?」
「……お手洗い、行ってきていい?」
「……わかった。行ってこい」
苦笑して、背中を叩いてやる。
「すぐ戻ってくるから!」
言って、キリィはたたた……と駆けていった。
ふう、と吐息して、俺は空を見やる。
今日はいい天気だ。
参拝なんてイベントには興味なかったが、こうも快晴だとなんかいいことありそうな気がする。
そんなことを思いながら、キリィの帰りを待つ。
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20分くらい経った。
(……遅い)
いくらなんでもこの遅さは、おかしい気がする。
探しに行くか……? と思ってまわりをきょろきょろしたら、別のへんなのを見つけてしまった。
「うわ、シグ……と、中林?」
「む。その声はソーヤか」
言って、シグが中林を連れてこっちにやってきた。
「なんだよ、こんなところで会うなんて珍しいな。参拝か?」
「いや、参拝したいのはやまやまだが別件があってな。今日は参加できない」
「ん、そーなんだ。……つうか、ひょっとして中林の仕業?」
「なんで仕業とか言われてるのかわからないけど」
中林は肩をすくめた。
「私からシグ師範に依頼したのは事実よ。だから今日も一緒にやってきた」
「うむ。そういうことだ」
シグがうなずく。
……接点あったかなこいつらって。と思って考えてみたら、すぐピンときた。
「あ、昨日の問題か?」
「ああ、そうだ」
「でも、あれキリィはすぐ帰ってきたぞ。問題はなかったんじゃないのか?」
「なに言ってんの。件の結婚詐欺師が帰ってきている以上、そう簡単に油断できる状況じゃないわよ」
「ああ、まあそりゃそうだけど。……って、え?」
きょとんとする。
え、あれ。なんで中林が結婚詐欺師のこと知ってるの?
「あら。宗谷って結婚詐欺師のこと知ってたっけ?」
「いやまあ、キリィから相談受けたからな。やっつけたいけど言い負かされちゃうからどうしようって」
「そう。宗谷はどうしたの?」
「会うなって指示した。詐欺師ってのは言葉で対抗しても勝てないからな。会わないのがいちばんだ」
「……うん。まずまずの判断ね。悪くないわ」
「それより、おまえらはなんで結婚詐欺師のこと知ってるんだよ。俺が相談受けたのは昨日の夜だし、それからいままで誰にも話してないぞ」
聞いたら、シグが不思議そうに、
「おい、それはおかしいぞ。このナカバヤシが結婚詐欺師の話を持ってきたのは昨日の昼だ」
「へ?」
中林の方を見る。
彼女は肩をすくめて、
「昨日の時点で、状況証拠から結婚詐欺師が戻ってきたことはほぼ確定だと思ったもの。だから即座に対策に乗り出したのよ」
「そういうことか。って、対策って具体的には?」
「抹殺」
…………
やべえ。二の句が継げない。
「詐欺師ってのは言葉で対抗しても勝てないからね。なら物理でしょ」
「思考の途中までは俺と同じなんだが、すごい勢いでかっ飛んだな……」
「おおかた、バルチミ家が再興しそうだってんでまたいい金づるにしようってんでしょうけど、その浅慮が運の尽きよ。
貴族をだました罪。それに余罪がいくつかあるみたいだし、すでに奴は生死問わずのお尋ね者よ。捕まえる必要すらない。その場で殺して可」
「領主殿に報告したら喜んで衛兵を貸してくれてな。それを指揮して、いま狩りの最中だ。
幸い今日は公式参拝日、悪党がカモを探して来るかと張っておいたら、案の定網にかかってな。現在は神殿を中心に包囲線を引いている。捕らえ次第、いつでも殺せる」
楽しそうに言う中林と、冷静に話すシグ。態度は違うが、言ってることはどっちも物騒だ。
うーん……まあ、いいか。
詐欺師への対抗手段としては、私刑ってのも悪いわけではない。日本だと警察に怒られるが、エリアムならそれもありだろう。
とは、思うんだけど。
「なあ。ひょっとしてここに来る前に騒がしかったのって」
「ああ。その包囲線に使った衛兵だろう。耳ざとい市民たちはすでに詐欺師の話を知っているようでな。さっきもそのあたりで話題になっていたぞ」
シグが言った言葉に、すんごい嫌な予感を覚える。
いや。まあ、さっきまでなら俺も、そこまで不安には思わなかったんだけど。
思わなかったんだけどさ。
「なあ」
「なんだ?」
「俺がここに来たのは、キリィの参拝に付き添いとして来たんだけどさ」
「そうか。お役目ご苦労」
「トイレ行くって外したキリィが、かなり長い間戻ってきてないんだけど」
「…………」
「もしかして、噂を聞きつけて……とか、思っちゃったりして……」
言葉が途中で途切れる。
俺とシグと中林は、揃って沈黙した。
中林は、ふう、とあきらめたように吐息して、
「まあ……一度は恋した相手だもの。聞きつければ、平静ではいられないかもしれないわね」
「どどど、どうするのだソーヤ!?」
シグが俺の肩を持ってかっくんかっくん揺さぶった。
「おおお、落ち着けシグ! まだ状況は決まっていない。可能性があるだけだ……!」
「だ、だが!」
「宗谷。キリィと別れて何分?」
中林が唐突に日本語で聞いた。
「えと、20分くらい」
「……猶予はあまりないわね」
エリアム語でつぶやいて、中林はちっ、と舌打ちした。
それからこちらを向き直り、
「宗谷、シグ師範。神殿の中は私に任せて。もしキリィが単に長いトイレとか迷子ってだけなら、神殿の人たちに人捜しのアナウンスしてもらうだけで済むでしょ。
ふたりは外をお願い。もしキリィが本当に突撃していったのなら――ちょっと、本格的にやばいわ」
「うむ。わかったっ」
「行くぞ、シグ!」
言って、俺たちは走り出した。
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「ど、どうする!? ソーヤ!」
「人数が必要だ! 俺は俺で探しにいくから、おまえは兵士たちに周知しろ! キリィを見つけ次第確保するんだ!」
「わ、わかった!」
シグの声を背にして、路地へ走り抜ける。
心臓がばくばく言っている。
こんな気持ちは、久しぶりだ。
俺は、また――
(っ、んなこと考えてる場合じゃないだろ!)
ばん、と手を頬にたたきつけて、気合いを入れる。
まだ手遅れでないはずだ。
まだ、できることがある。
なら、ここから先は最善手との勝負だ。
大きく深呼吸して――俺は、意識を集中させた。
「音よ目となれ!」
――とたん、周囲の音が一瞬にして消える。
この魔術は音の反応を鼓膜で聞く代わりに、脳内に音の強弱をマップする効果がある。
細かい内容は一切聞き取れなくなるが、そのかわり、不審な音がしている方向などをかなりの精度で特定できるのだ。
脳内マップにひときわ巨大な反応。これは間違いなく神殿側に集まった人々の立てる雑音。なので、マップから除去する。
あたりの生活音も順々に除去。展開する兵士たちの立てる音も除去。残ったのは数件だけの音。
――その中に、人間の立てる音がひとつ。
「こっちか!」
俺は走り出し、そして。
すぐに足を止めた。
……道ばたに、靴が落ちている。
見覚えのある靴。
キリィの靴。
「……大当たりか」
ぎり、と歯を食いしばる。
俺はさらに足を速めた。
魔術解説:
『音よ目となれ』
習得難易度:C+ 魔術系統:アイゲングレン式
効果は本文の通り。
単純な自己強化術式ではなく複合的な魔術であるため、難易度はかなり高い。




