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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第1章:結婚詐欺編
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8。修羅場と覚悟と手助け(前)

「キリィがいない?」


 その話を聞いたのは、翌日の昼のことだった。

 食事を用意してるのにいつまでも来ないなーと思っていたら、ナイエリが駆け込んできてそう言ったのだ。


「なんか正門の守衛さんに聞いたら、挨拶して普通に出て行ったって……」


 ナイエリがぜーはーしながら報告する。

 俺はちょっと考えてから、中林のほうを見た。


「どう思う?」

「探した方が無難でしょうね」


 中林が言った。


「仮にも貴族のお嬢さんが、護衛もつけずに出かけるってのはちょっと不用心よ。

 みんなで手分けして探しましょ」

「そうだな。それがいい」

「私はシグさんのところに行ってくるわ。彼が知っているかもしれない。

 ふたりはべつのところを探してくれる?」

「ああ、わかった。

 そうするとナイエリは元使用人たちのところだな。頼むぞ」

「おう! 任せておくのだ!」

「んで俺は他の心当たりか……」


 どこがあるかなー、と思っていると、


「危ないところを重点的に探したほうがいいわね」


 と、中林が言った。


「なんで?」

「危なくないところだったら、キリィだって安全でしょ。だから探す意味がないわ」

「あー。そっか。……でも危ないところって、俺も危なかったりしない?」

「あまりに危なそうなところは避けていいと思うけど。キリィだって避けるだろうし。

 それでも、なにかあったらどうにかできる確率は宗谷がいちばん高いわ。私やナイエリちゃんは女の子だから狙われやすいし、私には戦闘能力がないし」

「俺も戦闘能力はさほどないんだけどな……」

「まあ、危険だからこそ宗谷に押しつけて、私は安全そうなシグさんの家に行くことにしたんだけど」

「…………」


 くたばれ、と心の中だけで思った。



--------------------



「つっても、心当たりがないんじゃ探しようがないんだよな……」


 ぶつぶつ言いながら路地から路地へ。

 危ないところ、と中林から言われたが、そもそもこのキンバリアにそこまで危ないところはない。

 しょせんは田舎町である。

 まあ、繁華街の裏通りとかはちょっとやばい感じがあるが……そんなとこキリィだって行かないよなあ。いくらなんでも。

 そんなわけで下町を適当にぐるぐるしてたら、なんとなくリシラの工房のあたりまでやってきてしまった。


「およ。シュンペー? 珍しいね、なんかあった?」

「いや……ちょっとな。うちの家の主を探してて」

「キリィちゃん?」


 こくん、と首をかしげる。……いつの間にか名前覚えてやがる。この野郎。


「キリィちゃんがいないんだ。いつから?」

「昼前からだな」

「そうなんだ。……うーん」

「なんだよ。なにか心当たりでもあるのか?」

「うん、まあ、微妙なラインではあるんだけど」


 と、リシラはうなずいた。


「ほら。昨日、ナカバヤシさんの手伝いでバルチミ家にお邪魔したじゃん」

「ああ。そうだな」

「んで、そのために駆け回っているときに、正門前でなんかうさんくさい男がいたのを見かけたんだけど」

「うさんくさい男……?」


 そういえば、昨日なんかそんなことを聞いた気がする。


「門番のおっちゃんが若い男がいたって言ってたが、それかな?」

「たぶんそうじゃない?」

「でも、なにがうさんくさかったんだ?」

「そりゃだって、僕がウインクしたのにシカトしやがったからだよ。なんだよーこの美少女がモーションかけてるのに無反応とか、人間としておかしくない?」

「おかしいのはおまえだ」

「そんで今日もこのあたりを通ってさ。やっぱり僕のことシカトしやがったんだよむきー! くやしい! あいつぜったい性犯罪者とかだよ! 間違いない!」

「いや。理屈がまるで通ってないおまえの戯れ言はいいんだけどな」


 スルーしつつ、考える。

 若い男。男ねえ。


「どっち行ったって?」

「え? シュンペー、追う気?」

「ああ。いまんとこそれしか手がかりないしな。やるっきゃないだろ」

「そっか。じゃあ、僕も手伝うよ」

「ん、工房の仕事はいいのか?」

「今日は親父が燃え尽きててさ。仕事になんないんだよ」

「あっそ」


 まあ、昨日は自転車必死でこいでたしな……



--------------------



 そんなこんなで、リシラがその男を見かけたという路地裏のほうまでやってきた。


「しかし、誰なんだろうな。その男は」

「元使用人とか?」

「元使用人かあ。あり得なくはないけど、それだと門番のおっちゃんが顔知らないってことはなさそうなんだよな」


 なにしろあの人、一年前からバルチミ家の守衛やってるらしいのである。

 俺よりもベテランであり、ナイエリと違ってブランクがない。ある意味最もバルチミ家と縁の深い人物、と言えなくもない。

 しかしそうすると、他に関係者って言えば……


(シグ……? いや、シグじゃないだろうな。とすると……)

「なあ、リシラ。ひょっとして」

「しっ」


 リシラに口を押さえられる。

 何事、と思ったが、ちょうどそのとき俺の耳にも、路地の奥からの会話が聞こえてきた。

 まだ遠い。

 なのでなにをしゃべっているのかは判別できないが、男と女が会話しているのはわかる。

 わかるし……それにこの声……キリィ?


(こっそり見てみよう、シュンペー)

(ああ、わかった)


 ひそひそしゃべって、俺たちはそーっと路地の奥へ進んだ。



--------------------



 そこで、俺たちが見たものは。


(うわ、ラブシーン!?)

(うるせえ黙ってろ!)


 身を乗り出してくるリシラを無理やり押し込めながら、こっそり状況を伺う。

 若い、身なりの整った洗練された雰囲気の男と、キリィがしゃべっている。

 しゃべっている内容はよくわからない。……いや、その。この位置まで来てもエリアム語で小声でしゃべられると内容が取れないのです。ネイティブじゃないからなあ。


(なにしゃべってるかわかるか、リシラ?)

(……なんか、修羅場っぽいよ?)


 修羅場?

 即座にピンと来た。身なりの整った男。キリィと修羅場。結婚詐欺。


(あれって、)

「いいかげんにして!」


 キリィの怒声。

 いままでのキリィのイメージとまるで違う、鋭い声だった。


「そんな言い逃れでどうにかなると思ってるの!? わたしは――」


 言いかけたキリィを、男は抱き寄せた。


「!?――」


 男がぼそぼそと、なにかをキリィの耳元にささやく。

 キリィは厳しい表情を崩さなかったが、突き放すことができない。

 ……そう、か。


(どうする? この場を押さえる?)

(いや。いったん退く)

(?)


 小首をかしげながら、それでもリシラは俺についてきた。

 ……さて。

 どうしたもんかね。



--------------------



「あれ放っておいていいの、シュンペー?」


 路地から外に出たところで、リシラが俺に言った。


「仕方ねえだろ。あの場を押さえたところで、逃げられればそれまでだ。またこっそり接触してこられたら手に負えない。

 キリィが自分から拒絶すればいいんだが、それ以外の状況じゃどうにもなんねえよ」

「でもあれ、やばい奴だよ。たぶん」


 リシラが顔をしかめて言う。


「直感だけどさ。たぶん、あれは男とか女とか関係なしに容赦なくひどいことするタイプだと見た。

 ああいうのに、普通の子は近づいちゃダメだよ。特にキリィちゃんみたいないいとこの子は」

「おまえがそこまで言うとは珍しいな」

「まあ、正反対だからねー。嫌でもわかるよ」

「正反対?」

「エロいことのためにあらゆる手練手管を用いるのが僕なら、あっちはエロいことまで道具にして目的を遂げるタイプってこと」

「あー」


 ……待て。冷静に考えると悪党度では大差ないんじゃね? それ。


「で、どうするの? シュンペー」


 問われて、俺はちょっと考えたが、


「……いや。なにもしないさ」

「いいの? バルチミ家再興、途中で挫折しちゃうかもよ?」

「挫折したならしたで、俺は普通に一ヶ月勤め上げて出ればいいだけの話だからな。特に害はない。

 シグからの依頼は失敗になっちまうだろうが、キリィが原因なら奴だって納得するだろうさ」

「キリィちゃん、それが原因で破産しちゃうかもしれないのに?」

「それがキリィの選ぶ道なら、それまでだ。どうしようもない。

 リシラ、俺は――人間はさ。自分から破滅を望む相手には、なにもできねえんだよ」

「……――」


 なにかを言おうとしたリシラが、声を飲み込む。

 おそらく。

 こいつには俺の言いたいことが、わかったのだろう。


「キリィがあいつの言葉を振り払えれば、それでよし。

 できなければ――そのときは、俺がバルチミ家を出て行けば済む話さ」


 俺はそう言って、肩をすくめた。

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