7。神殿と工房とプロモーション(後)
「ここよ」
言って、中林は部屋を指さした。
バルチミ家の客室のひとつなのだが……なんか見るからに入り口の扉から改造された跡。
普通の扉だったところが引き戸になってるし、横にへんなボタンがついてる。
「おまえな……前にも言ったけど、なに勝手に改造してんだよ」
「キリィの許可なら取ったわ」
「え。マジで?」
キリィのほうを見ると、彼女は戸惑ったように、
「昼間ちょっと工事でうるさいけど我慢してね、って言われて、うん、とは言ったけど……」
「…………」
それは了解を取ったとは言わねえよ。
ラザメフは吐息して、
「そのあたりの話は後にしてもらおう。それで?」
「じゃあ、入りましょ」
言って、中林はぴ、と横にあったボタンを押す。
すると、ドアがひとりでにスライドした。
「な……!」
「さ、入って入って」
瞠目するラザメフの手を中林が取り、そのまま奥に連れて行く。
俺たちもそのまま中に入った。
「暗いからちょっと電気つけるわね」
言って、中林が壁際のスイッチを入れる。
すると、灯りがついた。
「おお……!」
そこにあったのは、異世界じみたショー・ルームだった。
入り口は部屋の右端にあるのだが、左側の奥の机には扇風機が並んで風を送っていた。
左側、窓のそばにはへんな鉄道模型のできそこないみたいなのがあって、電気仕掛けでしゃーと走っていた。
右の窓際にはベッドがあったが、その横には立派な時計があって、カチコチと時を刻んでいた。
そして望遠鏡。……が、増えていた。
俺が中林に貸しているやつ以外に、レンズを使った筒状のが2つ。どちらも立派な三脚がついていて、窓の外に向けられていた。
とどめになぜかコンパニオン姿のリシラが、壁際で愛想笑いを浮かべていた。
(……なんでおまえここにいるんだよ)
突っ込みたかったが、突っ込むに突っ込めない空気だった。
中林は笑って、
「さて、なにから見たい?」
と言った。
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散々いろいろなものに触れて驚かせ、感心させた挙げ句、
「これらの技術は太陽の国由来ですが、これ以上派手なものを作るには資金が不足しています。
なので、中林&ファグニ工房では、資金を援助してくださるパトロンを常に募集しております。これからもごひいきのほどを、よろしくお願いします」
という営業文句でラザメフを送り出し、無事にお披露目は終わった。
「ふ……一丁あがりね」
「最後の方、完全に来た目的を忘れてたなー。あのおっさん」
まあ、俺もちょっと、大いに感心したけど。
日本の技術、というのが完全に再現されているとは言えないが、それでもこれだけの電化製品をよくこの短期間に用意したものである。
「じゃあ、もう親父に止めていいって言ってきていい?」
「ええ。ごくろうさまリシラ。助かったわ」
言われて、リシラは走ってどこかに行ってしまった。
「親父って、親方も来てたのか?」
「当たり前よ宗谷。あの電力、どこから供給してたと思ってたの?」
「……まさか」
「ええ。裏庭で自転車をお弟子さんと一緒に全力でこいでもらったわ。おかげでいいプロモーションになったけど」
……電力の供給源、そこかよ。
「道理でなんかおかしいと思っていたが……」
「間に合わせだからしょうがないじゃない。
他にも、自動ドアは3回に2回しかうまく開かないし、扇風機はときどき動かなくなるし、鉄道模型は当初の予定よりずっと小さいし、電球は長時間つけてると爆発するし、時計に至っては動いているだけでまったく合ってないわ」
「…………」
詐欺すぎる。
「というか、どうやって親方と連絡を取ったんだ?」
「連絡を取ったんじゃなくて、最初からいたの。この工房、今日完成したんだから。
本来ならキリィ相手に試しのプロモーションをやってみて、好評だったら他の貴族を呼んでもらってパトロンを募る予定だったわ」
「あー……ひょっとして、資金繰りのアテって」
「そういうこと。
ま、ちょうどみんながいたのは僥倖だったわね。おかげで最高のプロモーション環境が整えられたわ。
ファグニ工房もこれで、これまでの労力に見合う収入のアテができたんじゃないかしら」
中林は嬉しそうに言う。
俺はなんとなく、それを聞き流していたが、
「なあ」
「なに?」
「望遠鏡、増えたんだな」
「ああ」
中林は苦笑した。
「たいしたものじゃないわよ。ガリレオ式の、とても原始的な屈折型望遠鏡。
まあ、量産にはこっちがいいからね。売り込めば資金源にもなるしってことで、親方に頼んで簡単に試作してもらったんだけど」
「そっか」
それはこけおどしじゃない、主力商品ってことなんだな。
「ううう……ソーヤ……ソーヤ……!」
「ん……どうした、ナイエリ?」
「あううう……ぶ、無事でよかった……」
ねこしっぽを震わせて、ナイエリはそう言った。
「……そっか。心配させたな。悪い」
「い、いや……! おまえは立派だったぞ!」
「ははは。そりゃどうも」
「今後もそうやって、バルチミ家のための捨て石となるといいのだ!」
「捨て石にはなりたくねえなあ……」
まあ、悪意はないんだろうな。こいつは。
と、そこで俺は気がついた。
「あれ、キリィは?」
気がついたら、姿がない。
「む、ラザメフを送って行かれたんじゃないのか?」
「いくらなんでも、俺たちを置いてそれはないだろ。……おかしいな」
いまいるのは、家の玄関口である。
ここまで一緒にラザメフを送るためにやってきた、というのは間違いないのだが……その後、いつの間にかいなくなっていた。
いったいどこに……?
「ちょっと外の様子を見てくる。ナイエリは屋敷の中を頼む」
「あ、うん」
言って、俺は外に飛び出した。
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……ら、即座にキリィを見つけてしまった。
キリィは正門の前で、きょろきょろとあたりを見回してなにかやっている。
「よお。なにやってんだ?」
声をかけたら、キリィはびっくぅ、と肩をちぢこませた。
……?
「そ、ソーヤ……あ、家の中はもういいの?」
「? いいって、まあべつにたいした後始末があるわけじゃないし。それより、キリィはどうしたんだ?」
「あ、うん……」
キリィはすこしうつむいて、
「なんでもない」
と言って、家の中に戻っていった。
……はて。
「なあ、おっさん」
正門の警備兵に尋ねてみる。
「ん、なんだ?」
「キリィがなに探してたか、知らない?」
「俺にはわからねえ。ただ……」
「ただ?」
「キリアニム様が出てこられる前、正門前に、なんかここに用がありそうな若い男がいたな。
神殿の査察官殿が出て来るのを見て、あわてて去っていったが。なんか曰くある奴なのかね?」
「……うーん」
それだけの情報だと、なんとも言いがたい。
「まあ、わかった。ありがとよ」
「おう。まあ、なんだ。ピンチはうまく切り抜けたみたいでよかったな」
「へへ。どーも」
笑って、中に戻る。
たしかに、一難去った感じだ。ひとつ間違えば大惨事になっていたところだが、無事切り抜けた。
(ま、商人にちょっと恨まれちゃったみたいだが)
そのへんはまあ、後々なんかの形でフォローを入れよう。
そんなことを考えつつ、俺は家に戻った。
……後で考えれば。
なんでこのとき、キリィの行動の理由に気づかなかったのか、と思いたくなる、そんな状況ではあった。




