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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
第1章:結婚詐欺編
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7。神殿と工房とプロモーション(前)

 数日後。


「大成功……だな」


 帳簿をつけつつ、俺はつぶやいた。


「あわわわわ……た、大金じゃ。大金がおる……!」

「ねこしっぽ震わせてないで手伝ってくれよナイエリ。けっこう計算が面倒くさいんだから」

「いや。いやいや。貴様ちょっとはあわてろよ!」


 あわわわと部屋の隅で縮こまるナイエリ。

 まあ、たしかに大金ではある。

 俺たちのやったことは極めて単純。日食の発表前に思いっきりろうそくを買い占め、発表後に仕入れ値の倍額で商人たちに売りつけたのだ。

 まあ倍額って言っても相手にまだ儲けが出る、極めて良心的な価格ではあったのだが……結果として、差額×ろうそく販売分、というお金が転がり込んできた。

 うっはうはである。

 ここまで儲かるとは思わなかったなあ……


「金貨単位だとどのくらいになるだろ。200枚くらい?」

「ま、まさかこんな大金をあっさり稼いでしまうなんて……恐るべし。ソーヤ・シュンペー、恐るべし……」

「なにを言う。おまえも一緒になって市場かけずり回ったじゃないか。共同の成果だ」

「あ、あたしは共犯じゃないぞ?」

「なんで犯人!?」


 まあ、ちょっと買い込みすぎたせいで在庫が多少できてしまったが、これは逐次放出でもすればいいだろう。

 当面の財政的問題は、これで解決した。


「あら。ふたりともなにやってるの?」


 と、ひょこっと顔を出したのが中林である。


「おや。この時間におまえが家にいるなんて珍しいな」

「最近はちょくちょくいるわよ。宗谷のほうがいなかったから会わなかっただけで。

 それで……あれ、なに。帳簿とか付けてるの?」

「ああ。見るか?」


 ひらひら見せる。

 中林は一目見て、


「うわ、単式簿記? なにそれ、あなたそれでも文明人?」

「……悪かったな」

「冗談よ。

 それにしてもアラビア数字久々に見るわー。なんか新鮮」

「いや。感想それだけ?」


 というか、こいつは最近、この国の本を読みすぎ。


「ふうん。けっこう稼いだのね」

「ああ。こんだけあればだいたいの問題は解決だろ。

 とりあえず、返せなくなる心配はほぼなくなった。後はこのまま収穫を待つだけだな」

「そう。……よかったような、ちょっと複雑なような。そんな心境ね」

「?」


 なんだそりゃ。


「いや、実はこっちで稼げるアテをようやく見つけたのよ。それで行けるかな、と思ってたんだけど、無駄足だったみたいね」

「あー。まあ、多く稼ぐに越したことはないから、いいと思うけど」

「それはどうかしらね?」


 中林は、なんだか意味深に言った。


「ん? なんだ、どういう意味だ?」

「金なんて必要最小限のほうがいい場合もあるのよ。

 必要以上に持っていると、それだけで敵意の対象になりかねないもの」

「うーん……まあ、そうかもしれないけど」

「盗難のリスクとかも増えるしね」

「あー……でもまあ、衛兵がいるこの屋敷でそこまで心配する必要はないだろうけど」

「それこそ油断のタネよ、宗谷。

 いい? 盗人というのはなにも、違法な連中だけとは限らないのよ。たしか私の好きなSF小説にも書いてあったんだけど、盗人には三種類いて、暴力で盗むのと、知恵で盗むのと、そして――」

「たたた、たいへん!」


 ばたばたばた、と大慌てな足音で、キリィが部屋に飛び込んできた。


「キリィさま!? なにが……!?」

「どうした、キリィ?」


 俺とナイエリが同時に聞くと、キリィはぜはー、ぜはー、という呼吸をちょっと落ち着けてから、


「家の前に、神殿の査察官さんが来てる。……不正蓄財の疑いでバルチミ家を捜査する、って」

「…………」


 俺はなんとなく中林を見た。

 中林は肩をすくめて、


「……権力で盗むの、だったかしらね?」


 と言った。



--------------------



「使用人の姿が見えんな」


 兵士を何人も連れて玄関に入ってきたそいつは、開口一番そう言った。


「ラザメフ査察官。……どうしてここに?」


 用心深くキリィが問う。


「そう警戒するな。キリアニム殿。

 なに、商人どもが少し騒いでおるだけよ。バルチミ家が不公正に市場の価格を操作し、それによって暴利をむさぼっておる、とな……」

「…………」


 キリィが、俺とナイエリのほうを見た。

 ……そういや、ここんとこの活動はまだキリィには報告してなかったっけ。


「ええと、そ「あ、あたしたちは悪いことしてないぞ!」


 俺が言う前に、ナイエリが噛みついた。

 ……あー。せっかくなんとかできると思ったのに、機先を制されたか。


「何者だ?」

「ナイエリ・ボナペド。この家の使用人だ!」

「そうか。……で、悪いことをしていないと言ったな」

「お、おう」

「では、こちらで独自調査した結果を言おう。

 貴様らが市場で、ろうそくを大量に買い占め、しかるべき後に倍額で商人どもに売りさばいたという情報が知れておる。この情報に間違いはないな」

「う……」

「無論、そのような商売がそれ自体で問題になるわけではない。だが売りさばく前後に、日食の発表があった。

 予測される事実はひとつ。貴様らはなんらかの不正な手段で日食を知り、それによって商人が正当に仕入れる機会を失わせ、それを用いて暴利をむさぼったのだ」

「うう……」


 ナイエリが、気圧されたように一歩後ずさった。


「神殿では、正常でない商行為による蓄財を不道徳とし、禁止しておる。それは知らぬとは言わせん。

 場合によっては、儲けの全部を没収し、さらにバルチミ家になんらかの処罰を与えることも考えねばならぬ」

「そ、そんな!?」


 ナイエリが思いっきり顔を青ざめさせる。

 ……はあ。しゃあねえな。

 ぽん、と俺はナイエリの頭を叩いた。


「代われ」

「き、貴様なにする気だ!?」

「うるせえ。とりあえず黙ってろ」


 言って、一歩前に出る。


「貴様は?」

「宗谷俊平です。この家の使用人をしております」

「そうか。して?」

「この件は、俺がキリィの了解を受けず、独自に指揮して行ったことです」


 俺は言った。


「ですから、もし処罰が下るとしても、バルチミ家ではなく俺に下されるべきです」

「ふむ。……ソウヤと言ったな。貴様、身分は?」

「外国人です」


 俺の言葉に、ラザメフは大きくうなずき、


「貴族であるバルチミ家ならともかく、おまえが相手では温情が与えられん。最悪の場合、刑罰は死罪となるが、その覚悟はあるか?」


 と、にらみつけてきた。


「そ、そんな!?」

「待ってください査察官、これは――」

「黙ってろ!」


 一喝。

 なにか言おうとしたナイエリとキリィが、俺の気迫に気圧されて口を閉ざした。

 ふう、と吐息して、俺はラザメフの目をまっすぐのぞき返し、


「覚悟もなにも、ただの事実です」


 と言った。

 ラザメフは、ふむ、と思案し、


「よろしい。では事情を聞こう。

 まず、起こしたことのの確認からだが」

「俺が日食を事前に知ってろうそくを買い集めたのは事実です。理由は、日食が発表されれば値上がりするだろうから、その差益で儲けるためです」

「ふむ。その事実はたしかに、調べた内容とよく符号する」


 ラザメフはうなずいた。


「この儲けが不正だという訴えに対する弁明は?」

「そもそも、ろうそくの仕入れ値と小売価格は通例、倍額以上の差があります。倍額で仕入れても儲けが出る以上、商人たちに必要以上に迷惑をかけたと言われる理由はないと思います」

「……ふむ」

「加えて、俺が日食を事前に知った理由は、その知識を持つ人間から聞いただけです。それが不正な知識の取得とは思えません」

「なるほど。言いたいことは理解した」


 ラザメフはうなずいた。


「いまの言が真実であれば、処罰があるとしてもたいした物にはなるまい。

 ただ、ひとつだけ気がかりなところがあるな。そこを確認させてもらおうか」

「なんでしょうか?」

「知識を持つ人間から聞いた、と言ったな。それは誰だ?」

「それは――」


 俺は言いよどんだ。

 正直に言えば、中林と親方を巻き込むことになる。


(刑罰は死罪となるが――)


 ごくり、と、つばを飲み込む。

 ラザメフはそんな俺を冷徹に見た。


「うわさ話、というレベルではないだろう。確信が持てるほどの精度の高い情報だと思わなければ、思い切った購買行動には出られなかったはずだ。

 答えてもらおう。誰から聞いた?」

「そ、それは……」

「ちなみに商人たちの中には、バルチミ家が邪術に手を出したと言う者もいる。

 ことと次第によっては宗教裁判となる内容だ。正確に答えてもらう」

「…………」

「誰だ?」

「私よ」


 声は、後ろから響いた。


「中林……」

「馬鹿ね。下手にかばい立てされたらかえって迷惑よ、宗谷。

 ちょっとどいてなさい」


 言って、ぐいっと押し出される。


「貴様は?」

「中林宿李。元、太陽の国の技師よ」

「ほう」


 ラザメフは、少し目を見張ったようだった。


「太陽の国にいた頃から、天文には興味があってね。この国でもいろいろ調べていた。

 日食の日を算定するための資料には、この屋敷の書庫にあった書物を用いたわ。タイトルは『天空の事象についてガダネズ・ノス・マバキテ』――必要ならその本、持ってくるけど?」

「いや。それはよい」


 ラザメフは手を振った。


「なるほど。うちの天文官によれば、日食日時の算定には最高レベルの知性を有する職人が、数年の修行を経て初めて可能と言っていたが――太陽の国で既に修行を終えた者であれば、それも可能かもしれぬ」

「そう。納得したのかしら?」

「いや。まだだ」


 ぎらり、とラザメフは目を光らせた。


「貴様の素性――太陽の国出身というのはよい。だが技師というのには証が必要だ」

「……ふむ」

「どうやって証を立てる」

「なら簡単ね。私の工房に来なさい」


 中林はあっさり言った。……こ、工房?


「おい中林。なんの話――」

「宗谷は黙ってなさい。……そこに行けば、自然と私がどういうものかがわかるでしょう。どう?」

「よろしい。見せてもらおうか」

「じゃあ来なさい。こっちよ」


 言って、中林は歩き出す。

 俺たちは、なんか展開について行けない風情で、後を追い始めた。

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