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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
最終章:特異点編
123/124

8。天地創造:因果律の破壊(前)

「で、マリイ。おまえ、いまどういう状況なんだ?」

「ん? なんだよ藪から棒に」


 二日後、キンバリア神殿内の客間にて。

 普通にぐでーっと余暇を楽しんでいるマリイに、俺は尋ねた。

 戦後処理の問題はいろいろあるが、マリイが無事だったことと、内戦もだいたい終わったということで、まあとりあえず休みにしようぜ休みに! とマリイ自身が言い出し、今日は俺たち、全員休息日である。

 やることいっぱいあるんだけどな……特に内戦は、まだ完全に終わったとは言いがたいっつーか、残敵の掃討とかあるし……まあ残務っちゃ残務だけど……

 それはともかく。気になるものは気になるのである。


「いや、肉体と……えーと、精神じゃなくて、防御結界だよな。それが統合したわけじゃん。意識が混ざったりしてないのかなって」

「元々私たちは同じ人間だぞ? 元に戻ったら、元の一人になるだけだろう。まあ、私の方の経験が圧倒的に多いので、私の意識が続いてるみたいになってはいるがな」

「そういうもんか」

「ただまあ、気になることはあるんだよな」

「気になる?」

「ああ。ほれ、なんかカンナが私ひと筋とかいう妄言吐いてた件について泣くまで問い詰めて遊んでたら、拳がひとりでに私の顔面をぶん殴って制止してきた」

「…………。

 まあ、だいたいそれで関係はわかったよ」


 そのままマリイのいいブレーキになってくれることを、肉体ちゃんには期待するばかりである。


「ていうかそういえば、カンナのあの台詞聞いてたんだな、おまえ」

「おお聞いた聞いた。いやーびっくりしたよ。あのカンナが私になあ。いままでのやたら当たりが強いあいつの言動は照れ隠しだったんだなー。驚いたわー」


 マリイはにししと笑った。

 カンナと俺が話していた横で、猿の姿をしてちゃっかり話を聞いてやがったからな、こいつ。


「で、おまえとしてはどうなの? それ」

「ん? 昔から私は開明的君主だから同性の恋愛には寛容だぞ? ていうか、百五十年前にはあった神殿内の同性恋愛禁止規定取り除いたのも私だからな」

「おおー、そうなんだ」

「それはそれとしてカンナは却下。いまどきツンデレとかないわー。なんかめんどくさいし」

「…………」


 かわいそうなカンナ……後で慰めに行こう。


「んで、身体の修復状況はどうなん?」

「七割ってとこだなー。肉はだいぶ盛り返してきたが、内臓の形を正しく取り返すのに手間取ってる。

 ま、そのへんは時間がどうにかしてくれるよ。エハイトンに戻る頃には、完全に治ってるだろ」

「そうだな」

「おまえもできる限り休んでおけよ。エハイトンに戻ったら、マジでしばらくは休みなしだぞ。内戦の後始末、フリユとの交渉、反逆者の処遇、懸案が盛りだくさんだ」

「わかってるよ。とはいえ、今日はどうしても外せない用事があってな。もうちょいしたら出ていく」

「お? なになに、なんの用事があるん?」


 好奇心丸出しで尋ねるマリイに、俺は肩をすくめた。


「パウの見送り。もう旅に出るんだってさ、あの子」



--------------------



「すいません、わざわざ皆さんで、見送りなんて……」

「そう言うなよ。パウがいなけりゃ、俺たちは勝てなかったんだし」


 キンバリアの北門。

 いままで俺とはあまり縁がなかったそこに、俺たちは来ていた。

 キンバリアは円形に近い城壁を持った都市だが、高級住宅地である中央以外では、南が比較的栄えている。北側には領主とその軍隊の施設があって、そちらがメインになっているので、商業的にはあまり見るべきものがないのだ。

 ……その領主、たぶん近々クビになるけど。

 ただでさえ内戦でどっちつかずだったのに加えて、ティアマト騒動で一切協力しなかったのが、マリイの逆鱗に触れたっぽい。休暇に入る前にマリイは領主に謹慎を命じてたし、たぶんまあ、ただの貴族に格下げになるだろう。


「でも、わたし最後気絶しちゃって。あんまり覚えてなくて」

「あれは中林が無茶したからだよ。パウにはなんの落ち度もないさ」

「残念です……見たかったんですけど。大怪獣の最期」

「あ、そっち?」


 わりとこの子、そういうところ子供っぽいよな……能力は子供じゃないけど。


「元気で旅をするのだ! 途中、人さらいとかに気をつけてな!」

「ナイエリさんもありがとうございました。カンナさん……は……」

「ぐすっ。……うぐっ」

「あー。気にするな。なんかマリイからちょっと、心の致命傷をえぐられただけだから」


 未だ立ち直れず泣き伏せている(でもいちおう来た)カンナを見ながら、俺は言った。


「パウはこの後、どこに行くんだ?」

「とりあえず北ですね。まずは街道を沿ってラマネイスってところに行って……そこから船で、トマってところに渡ります」

「アテはあるのか? 路銀大丈夫か?」

「行くべき道は、剣が教えてくれます。

 それに、わたしの腕っ節ですから。いざお金が尽きたら、仕事なんて山ほどありますよ」

「まあ、そりゃそうだな」

「というか、いざとなったら山賊を襲えばいいんですよ。いくら巻き上げても罪になりませんから」

「…………」


 悪人に人権はない。そんなキャッチフレーズのファンタジーがあったなと、俺はなんとなく思い出した。


「あ、乗り合い馬車、来ましたね」

「じゃあ、気をつけてな。旅の無事を祈ってる」

「じゃあな! またキンバリアなりエハイトンに来たら、このナイエリさんが直々に料理を振る舞ってやるのだ!」

「…………」


 俺はナイエリの言葉に、とりあえず突っ込まないでおいた。

 実際にそんな悲劇が起こりかけたら全力で阻止することは、言うまでもない。

 そうしてパウは手を振りながら馬車に乗り込み、あたりには俺たちだけが残された。


「まあ……元気にやっていくだろうけど。へんなのに騙されたりしないかだけ、ちょっと不安だな」

「大丈夫だろ、べつに」

「あ、カンナ。復活したんだ」

「ていうか、あの子ジナイ行かないよな。俺様が知ってる限り、アレがジナイ新王国行ったらパニックだぜ。なにしろ勇者の剣持った聖者で、しかも魔王シンパなんだからな」

「前も言ってたけど。……そういえばカンナは、なんでそれを知ってるんだ?」

「仕事で行ったことあるんだよ。ジナイ。正確にはグランヴィムって街な。すげえきれいな都市だったぞ」

「へえ……」

「まあ水の問題はあったけどな。水、あんまり質がよくなかった」

「…………。

 下したの?」

「言うかよ女の子にそういうこと普通!」

「いや、なんか言わないと礼儀に反するかと思って」

「どこの世界の礼儀だ! 太陽の国か!? そうなのか!?」

「というか、カンナが自分を女の子と認識していることにまず驚いた。たぶんマリイですらそう思ってないぞ」

「いまマリイの名前出すな!」

「まあまあ。そう落ち込むなよー。まだチャンスあるってー」

「うっわうぜえこいつ! 顔面に拳たたき込みたい!」


 ぎゃーすか騒ぎながら、俺たちも元の居場所へ帰っていく。

 まあ、アレだ。

 なんかもう一度くらいパウとは会いそうな気が、俺にはしていた。



--------------------



 休みと言っても、俺がぐだっと休めるような時間はまったくない。

 知り合い巡りをしなければならないのだ。具体的に言うとファグニ工房のみんな、ノーラン家の使用人たち、それから神殿の知り合い達に、それぞれ挨拶しておかないとならない。それに加えて、バルチミ家の留守を預かっているシオじいさん以下使用人たちとも話して、とやっていたら、あっという間に夜になってしまった。


「ふー……疲れた」


 寝ようかと思っていたのだが、久々のバルチミ家のベッドに入ろうとしたときに、窓の外を見て俺は肩をすくめた。


(ま、そりゃいるよな)


 そのまま窓から外に出て、声をかける。


「結局、また星を見ているのな。おまえは」

「あら宗谷。いい夜ね」


 中林はいつかの夜と同じように、ごく平然とそう返した。


「よくない夜なんてないんだろ?」

「そうなの? 初耳」

「……前におまえが言ったんだけどなこれ。まあいいけど。

 で、そろそろ種明かししてもらっていいか?」


 ずっと聞きたかったのだ。

 ティアマトを巡る事件自体は解決した。マリイやティアマトを始めとした関係者一同の動きも、だいたい理解できるものだったのだが。

 まだよくわかってないのが、中林と、それから瀬尾の行動だ。こいつらだけは、ずっと意味がわからない挙動をしていたように見えるのである。


「いいわよー。なにから聞きたい?」

「そうだな……

 じゃあ最初はアレから行こう。バイバイン問題って、結局なんだったの?」

「そこから? 渋いところから行くわね」


 中林は笑って、言った。


「バイバイン問題。出典はドラえもんね。栗まんじゅうにかけると五分ごとに二倍に分裂する薬品『バイバイン』ってのがあってね。最初は喜んでいたのび太が栗まんじゅうを食べきれなくて捨てちゃったら、あっという間にとんでもない量に増殖して、仕方なくドラえもんがロケットで宇宙に投棄する、ってのがストーリーなんだけど」

「ほうほう。それで?」

「バイバイン問題、別名栗まんじゅう問題ってのは、日本のSFファンの間で伝統的に語られている問題でね。問題自体はとてもシンプル。『宇宙に投棄されたこの栗まんじゅう、その後どうなる?』っていうものよ」

「どうなるんだ?」

「えっと、いろんな説があるんだけど。まずは古典理論として相対性理論を無視する説としない説、どっちがいい?」

「…………。嫌な予感はするが、とりあえず無視する方で」

「そっちだとたしか、半日以内に栗まんじゅうの塊の増殖速度が光速を突破するのよね。それで数日で宇宙が栗まんじゅうによって埋め尽くされる」

「地獄!」

「無視しない場合はローレンツ収縮の効果を考えないといけないので栗まんじゅうの速度は光速に漸近していく形を取るけど。その場合、密度の高い中心区域から栗まんじゅう塊はブラックホール化して、そこで事象の地平面の外側に出ることによって問題は解決するってのが古典理論の結論だったかしらね」

「やっぱ地獄! なんだその終末論!」

「あの崩壊するとそれ以上の大きさで再生するティアマトの性質を最初に見たときに、自重で崩壊させれば栗まんじゅうの再来になるなあ、と思ってたのよね。だから私が考えたのは、それで収拾つかなくすれば、収拾つかなくなると困る奴が動くんじゃないかってこと」

「それが、あの瀬尾春風……だと?」

「そういうこと」

「でも、確証はなかったんだよな」

「まあね。そういう意味では、宗谷が瀬尾の情報を持ってきてくれなければ、私もあの作戦に躊躇なくゴーサインを出すことは難しかったでしょうね」

「そうなったら……どうしてた?」

「いやあ、なにも思いつかないわ。結果としてキンバリアは全損、アカインも全損、それであの怪獣が黙ってくれればそれで我慢するしかない。まあ、我々がちょっかいをかけない分、避難する時間くらいは稼げるんじゃないかしら」

「ぞっとしねえなあ……」

「まあ、たぶんそれでは済まないわよ。内戦終わってすぐのタイミングでそんなことが起こったら、エリアムの情勢はまた不安定になる。

 そしたら結局、遅らせただけで、同じ作戦を挑まなければならなくなったんじゃないかな。今度は廃墟と化したアカインで、暴れるティアマト相手にってことになるけどね」

「なるほど。今回のケースが、被害が最小だってのはわかったよ。

 だけど、いつからこの話、わかってたんだ? というか、中林は、イストリッチを出る前に俺に連絡したよな? そのときには、もうそこまでの予想が立っていたのか?」

「私をどんな超人だと思ってるのよ」


 中林は苦笑した。


「まだあのタイミングでは、ティアマトがどれだけ大きいかもわかってなかったんだからね。

 でもまあ……『ヤバい』ってことだけは、わかってた。このタイミングで、『魔術でも説明できない』新しい法則が出てくるのは、ヤバい。結果としては、直感通りになったわね」

「そうか……」


 まあ、中林がなにをどう考えていたのかは、だいたいわかった。


「じゃあ、次の質問だ。そもそも、あの瀬尾春風って奴は、何者なんだ?」

「それに答えるべきは私じゃないなあ」


 中林はいたずらっぽく笑って、


「ね、そうでしょ? 瀬尾」


 と、夜の闇の奥に、ウインクを投げかけた。


「……まったく、私がこうもいいように使われるとはね」


 そして、その言葉の通り。

 瀬尾春風。あの謎の女は、苦笑と共に闇の中に立っていた。

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