6。金策と日食とろうそくの火(前)
「どうにもならねーな……」
「そーだな……」
二週間後。
俺たちは、早々に挫折を味わっていた。
「まさか貴族が商売やるってだけで、あそこまで警戒されるとは思わなかったな」
「無理やり市場から追い出されたからな。うう、あのとき強くつかまれたしっぽが痛い……」
「あ、すまん。あのときつかんだのは俺だ」
「おまえかーっ!?」
「い、いやだってなんか押し出されそうで無意識につかめる物をつかんじゃったみたいな」
「すごく痛かったんだぞ! 死ねこの!」
「待て、待て待て! ここで暴れても金はかせげねえっつーの! 落ち着け!」
ふー! とねこしっぽ逆立てて怒るナイエリをなんとかなだめる。
「ま、まあとにかく、警戒されてはいたけど、仕入れや商売を邪魔したりは以後しないって言ってくれたじゃん、結果的に」
「そうだけど……だからって、警戒が解かれたわけじゃないぞ。商人の縄張りを不用意にかき乱すなって気配がびんびんだし、仕入れに有益な情報もこの分だと教えてもらえそうにないし」
「相変わらず使用人の応募はだれひとり来ないしな」
「ぐ……そ、それは……」
「誰かさんの仕掛けたうわさ話が広がってるせいで、結局まるきり信用されてないんだよな、バルチミ家。
それがなければ、家事を他の使用人に任せてもうちょい行動できるんだが」
「う、うるさいな。過ぎたことはしょうがないだろ!」
「まあな」
となると、次に重要になるのは以後どうするか、ということになるわけだが。
「いまの時期に扱いやすい商品の情報ねえ。誰が知ってるかな」
「うむむ……商品か。商人たちが教えてくれないとなると……」
俺らは考え込んだ。
「そうだ! シグ師範なら!」
「あいつはすでに尋ねた。商売なんて俺は知らん、だそうだ」
「むう。それは残念だ……待て。
前にも思ったが貴様、なぜシグ師範のことを知っている?」
「なぜって。俺、三日に一度はあいつの家に行ってるじゃん。気づいてなかったのか?」
「な、なんですと!?」
びん、としっぽを逆立てるナイエリ。
「なぜそんなことを貴様がしている!?」
「なぜって、ボルカの相手」
「ぼ、ボルカなんて貴様ができるのか!?」
「? それくらい誰だってできるだろ。駒動かせる腕があれば」
「だ、だが……」
ナイエリは逡巡し、
「一度、シグ師範にルールを教えてもらってやったが……奇っ怪な動きの駒に翻弄されて、まるでなんにもできずにやられてしまったのだ」
「まあ初回ならそんなもんだろ。慣れたら楽しいぞ、あれは」
「ぬ、ぬぬ……」
「ちなみにナイエリはなんでシグを知ってるんだ?」
「それはもちろん、シグ師範はあたしの武術の師だからだ!」
えっへん、と胸を張って言うナイエリ。
「そっか……口だけじゃなく、ちゃんと道場開いてたんだな……シグって」
「もちろんだ! 一度戦ってみればわかるはずだ、シグ師範は強い!」
「いや戦ったけど。そんで勝ったよ?」
「な、なん……だと……!?」
「? なんでそこでねこしっぽぷるぷる震わせてるんだ? いや、普通に最初戦ったとき勝ったぞ。不意打ち気味だったし、二度戦って勝てるとまでは言わないが」
「ききき貴様化け物か!? そ、そうか! シグ師範はこんなケダモノには力では勝てないと思って頭脳戦に持ち込むためにボルカを!」
「まだ一度も負けてないけどな、ボルカ」
駒落としを提案しているのだが、受け入れてくれないのである。そんで負ける。
素直に自分の弱さを認めればいいのに……というか、そのせいで三日に一度は訪れなければいけないことになってしまったわけだが。
「馬鹿な……そ、そんなことが……」
「というか、一度聞いてみたいと思ってたんだが、シグって強いの?」
「があああああああ!」
「うわああっ!?」
吠えかかられて後ずさる。超怖い。
「貴様シグ師範を馬鹿にするな! あの方は弓術なら天下無双! どんな遠くの的でも百発百中と言われた偉大な武芸者なのだ!」
「あ、弓なんだ。得意武器」
「弓だけじゃない! 槍でもなぎなたでも鎖鎌でもなんでもこいだ! どうだすごいだろ!」
「いやまあ、疑うわけじゃないけどさ」
ただ、シグってオーラがないんだよなあ。
なんかザコっぽい。
「ともかく、商売話にシグはダメだった。他のアテを探さないといけない」
「ぬぬう。やむを得まい」
考え込んだナイエリだったが、ふと首を上げた。
「そういえば、あの奴隷はどうなんだ?」
「ん、奴隷って中林か?」
「ああ。奴は悪党だからな。きっと素晴らしいあこぎな商売を考えついて我々の度肝を抜いてくれるに違いないのだ」
「まあ、否定はしないけど……そういや、資金繰りに協力するとか言ってたくせに、あいつまるで協力するそぶりを見せやしねえな」
中林はここのところ、ずっとリシラの工房に通っている。
それでなにをやってるか、までは聞いてないのだが……とりあえず、工房に行ってみればなにか聞けるかもしれない。
「んじゃキリィに挨拶して出かけるか。中林のところまで」
「お、おう」
ナイエリは答えたが、なんだか腰が及び気味だ。
ねこしっぽもぷるぷるしている。
「? なんでおまえ緊張してるの?」
「あの悪党女の後を追跡するのだ……どんな不道徳で悪魔的なところでも驚かないぞ!」
「…………」
ただの工房なんだけどな、とは、とりあえず言わないでおいた。
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工房に行くと、ナイエリは不機嫌そうにねこしっぽを振った。
「なんか治安いい場所だな」
「ん? ああ、まあそりゃな。これだけ人通り多くて城門から近いなら、治安悪くはなりようがないだろ」
「悪党女のくせに生意気な……」
「あのな……おまえ中林を罵倒するのはいいが、親方たちにへんな暴言吐くなよ。あっちは普通人なんだから」
「ふん。どうだかな」
「暴言吐いたらねこしっぽ引っこ抜く」
「怖っ!?」
びーん、とねこしっぽを逆立てるナイエリ。
「まあ、そんなことよりさっさと入ろうぜ。無駄な時間食ってても仕方ないし」
言って、俺は扉をノックしようと近寄り
「シュンペー!」
「うごはっ!?」
ばぁん、と扉を開け放って特攻してきた奴に、押し倒された。
「来てくれたんだね! 僕のために! やだなーもう超うれしいちゅーしちゃうぞーこのこのー!」
「拳よ打て」
「あぎょっ!?」
ばがん、とリシラの身体がはね飛ばされて数メートルほど宙を舞って大地に落ちた。
「いいい、いたい! 本気で痛い! こらシュンペー、いま手加減なしで打ったろ!?」
「うるさい黙れ馬鹿。俺はいま、貴様の息の根をどうやって止めるか思案中だ。邪魔するな」
「ちゅーで口をふさいで止めるとか」
「死ねこの貴様!」
ぎったんぎったんにしてやるつもりで一歩前に出たところで、
「この鬼畜がぁ!」
「あぎょっ!?」
いきなり横から飛んできた昇竜拳ぽいアッパーで吹っ飛んだ。
「な、なにをするナイエリ!?」
「黙れ貴様! かようなかよわい少女に容赦なく打撃魔術を叩き込むとはどういう了見だ!」
びしぃ! とねこしっぽと人差し指が俺を指す。
……うわあ。なにこの面倒くさい状況。
「そーだそーだ! シュンペーが悪い!」
「うむ。さあ、悪い貴様を成敗してやろう。そこに直れ!」
「えーと……」
俺がいったいなにをした、と思っていると、
「ところでおねえさんかわいいね。お名前は?」
と、リシラがナイエリにアタックを開始した。
「お、おう? う、あ、あたしはナイエリだ」
「ナイエリさんかー。いいなーキュートな名前だ。かわいいおねえさんによく似合ってるよ」
「あ、はい、どうも……?」
なんかハテナ顔を浮かべたまま、気づいたらリシラに押し倒されているナイエリ。
「って、ちょ、ちょっと待て! なんだ、なにが起きて……!?」
「うふふふ、おねえさんかわいいよ……ちゅーしちゃおっかなー」
「ちょ、やめ」
「掌よ剥がせ」
べりべり。俺の手がリシラの頭から幻覚をひっぺがした。
「い、いたったたたたたた! シュンペー、それ痛いからやめてって言ったじゃん!」
「お、男……!?」
ナイエリの顔が驚愕に見開かれる。
一瞬だけあらわになった顔がすぐ幻覚で覆われたリシラだったが、ナイエリが事態を理解するにはこれで十分。
正体がばれたリシラは、あ、あはは、とごまかし笑いをして、
「いやあ、あはは。うん、まあ、そういうことで……」
と、さりげなく立ち上がり、
「じゃっ」
「待てえ! 逃がすかこのセクハラ野郎!」
脱兎の勢いで逃げ出したリシラと、それを追うナイエリ。
「さて……邪魔者もいなくなったことだし、と」
言って、俺はすがすがしい気分で工房の扉をくぐった。
魔術解説:
『掌よ剥がせ』
習得難易度:E 魔術系統:エリアム式 備考:本来の詠唱と異なる
本来は単なる「魔力を持ったものに触れる」だけの効果しかない魔術である。
邪魔にならないように触れられない形にした魔術灯を、後から動かしたくなったときなどに使う。
今回みたいに幻術を無理やりひっぺがすのに使うのは、かなりイレギュラーな使い方。




