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中林さんの天球儀(旧作)  作者: すたりむ
最終章:特異点編
118/124

6。幻術:最小作用の原理への介入(前)

 ふと、夜中に目が覚めた。

 目が覚めたのはべつに物音がしたからとか、そういうのじゃなく。ただ単に、偶然起きただけだったのだが。


「……?」


 なんとなく振り返ると、そこにそれがいた。

 青白い光の塊のような、薄くゆるくただよう小柄な美少女。それが、宙に浮いて俺を見ている。

 それは俺に対してこくっとうなずくと、テントの外に向かってゆっくりと歩き出した。


(…………。

 見たこと、あるような?)


 とりあえず、そんな感想を抱いた俺だったが。

 それはさておき。俺はその美少女のことをガン無視してテントを出て行くと、まっしぐらにその場所に向かった。



--------------------



「あれ? 妙に早いわね」


 寝転んで空を見ていた中林は、俺の姿を見て首をかしげた。

 森の中のこのキャンプ地は、森にできた空き地を拡張する形で作られている。

 元はおそらく、森を傷つけるタイプの大きな魔獣の生息地だったのだろう。それが誰か(たぶんイストリッチの兵士たち)に倒されて、空き地だけが残されていたのを、利用させてもらったということだ。

 ともあれ。


「ここが一番、この空き地の中で星が見やすいからな。なんとなく、おまえはここにいると思ったよ」

「いま星を見る必然性なんてなにもないのにね。

 なんででしょうね。私、星見るの、そんな好きだったかなあ」


 中林はそう言って軽く伸びをし、


「で、なんであのロリ子ちゃん無視したの?」

「いや。あんないたずらできる奴、おまえしかねーだろ。ならさっさとおまえのところに行った方が早いと思って」

「失礼ねー。宗谷を散々連れ回して無駄に疲れさせた挙げ句にロリコンストーカー認定とか、べつに狙ってないのに」

「ああ。まあ、そんなこったろうと思ったよ」

「でもすごくない、あの幻術? あれだけ細かいの作るの、実はけっこう大変だったのよ。リシラの外見みたいなのとは桁が違う難易度なんだからね」

「そうなの?」


 幻術とか使わないから、俺はそのへんよくわからないのだが。


「わかってないわねー……いい? 幻術には二タイプ存在するの。ひとつは、特定の相手にだけ働きかける幻術。もうひとつは、誰にでも見える幻術よ」

「はあ。その差は?」

「前者は相手の防御結界に働きかけて、防御結界経由で脳を混乱させて幻覚を見せる。リシラはこれを無意識のうちにまわりのみんなにやってるわけ。その証拠に、一度遠くから望遠鏡で覗いたことがあるけど、リシラの姿は男の子だったわ」

「へえー。それは知らなかった」

「で、もう片方は光を操作してなにかがあるように見せかける術だけど……これが難しいのよ。光を操作するって言っても、たとえば美少女の形にLEDを並べるだけでもそうとう苦労しないと無理でしょ?」

「まあ、それは確かに」

「だから原型だけ作ってなにか見えるようにしておいて、第一の幻術と組み合わせてそれっぽく見えるように加工したの。画期的な新技術だと思わない? 褒めてくれていいわよ」

「……それを俺をロリコン呼ばわりするためだけにやるおまえには、確かに驚異を感じるよ」

「いや、そんなつもりじゃなかったんだけどなあ。あれ、まだ不死身になる前のマリイを光で再現しようとしてみたんだけど。似てなかった?」


 言われ、俺は少女の姿に抱いた既視感を思い出した。

 ……マリイと似せた、と言われて一瞬納得しかけたが。しかし、俺が抱いた感覚は、もうちょっとべつのもののような気がする。

 なんというか、説明がしづらい感覚ではあるのだが、違う。

 が、説明するのも面倒だったので、俺はべつのことを言った。


「ええー? マリイが? あんな美少女?」

「なんか言い方に含みがあるわね……確かにマリイは口を開くとアレだけど、外見は立派に美少女じゃない」

「いや、まあ、そうかもしれないけど。でもなんか暴君ムーブが大きすぎてぶっちゃけ顔が思い出せないレベルというかあぶねっ!?」

「ききーっ!」


 言葉の途中でドロップキックしてきた猿をあわてて俺はかわした。


「って、おまえキノシタじゃねえか! なんでちゃっかりここにいやがるの!?」

「あら宗谷、この猿と縁があるの?」

「なぜか知らんがな。

 ていうか、おまえも面識あるんかい。これ、いったいなんなの?」

「わかんないわよ。でも宗谷はキノシタって名付けたんだ」

「なんだよ。おまえの方でも名前つけてたのか。なんてつけた?」

猿飛さるとびすけ改」

「なんかめっちゃロボっぽい!」

「もっと露骨に佐助ロボマークIIとかの方がよかったかしら」

「いや、かわいそうだからやめてあげて!」

「なにがかわいそうなのよ。ロボ忍者とか海外受け間違いなしじゃない。ああ、でも海外と言えば中国を狙って作った別の名前候補があって、それはそれでけっこう悩んだのよね」

「なんで海外受けを無意味に狙うかな……で、そっちはなんて名前?」

東西南北とうざいなんぼくちゅうおうはい

「それ日本のネタじゃねーか!」

「え、わかるの? 東西方不敗じゃなくこっちを選んだのがわかるとはなかなかやるわね、宗谷」

「…………。

 ごめんやっぱわからん! なにそれ!」


 ていうか、前々から思っていたが中林、趣味がディープすぎるんだよな……

 科学とはまったく関係のないところで、ついていけないことがある。

 と、それで俺は、ふと思い出した。


「なあ、中林」

「なによ、宗谷」

「結局、なんで俺に助けを求めたんだ?」


 それを、まだ俺は聞いてなかった。

 中林が俺に助けを求めたのは、イストリッチを出立する前。つまり、ティアマトの全貌がわかるより前だ。

 であれば――中林が俺に助けを求めた理由は、少なくともティアマトではない。


「ああ、それね。まあ、いろいろ理由はあったんだけど」


 中林は少しいたずらっぽく笑って、そして目を細めた。


「まあ、簡単な理由よ。実を言うとね……私、風邪ひいたの」

「……は?」


 言ってる意味がわからなくて、立ちすくむ。


「だから風邪よ。イストリッチに着くちょっと前から咳が止まらなくてね」

「ちょっと待て……まさか、それだけ!?」

「にひひ、そう思うでしょ?」


 笑う中林に、俺の思考にブレーキがかかった。

 いや、待て待て待て……なんだ、なにか見落としてる?

 いくらなんでも中林が『風邪引いたから助けて』なんて理由で通信してくるなんてことはあり得ないだろうが……と、ふと俺は、思い出した。


「あの『天然痘』って書いた紙とは、なにか関係があるのか?」

「ああ、やっぱ見たのね、アレ」


 中林は言って、それから


「異世界召喚もののファンタジー、読んだことある?」


 と、話題を大きく変えた。


「……まあ、ないわけじゃないけど」

「あれでさ、大抵の場合、主人公は召喚されるに当たって特殊能力を持った英雄だったりするわけじゃない」

「そうだな」

「でも私たちは英雄じゃない。そうでしょ?」

「そうだな」


 なにをいまさらなことを……と思いながら、話を聞く。

 中林は肩をすくめて、


「で、じゃあおかしいと思わなかった?」

「なにがさ」

「なんで私たち、病気で死んでない(・・・・・・・・)の?」

「…………。

 それは……ただの偶然じゃないのか?」

「程度があるでしょ。私たち日本人が、どれだけの数エリアムにやってきてる? その中で病死したの、どれくらいいる? 割合が明らかにおかしいわよ。だって、私たちはエリアムの病気の『免疫』を持っていないんだから」

「……あ」


 俺はようやく、中林の言いたいことを少しずつ、理解し始めていた。


「そうか。そうだよな。免疫がない、なら病気にもっとかかってておかしくないわけで――」

「異世界召喚もので『選ばれていない』存在のリアリティを考えたときに、最も大きな問題がこの『免疫』でね」


 中林は言った。


「伝説の英雄なら、なんか不思議パワーで免疫持ってるんでしょ、で済む。だけど宗谷や私はそうじゃないわけよ。

 それで、私がこの世界に飛ばされてきた、当初の予想はこうだった。まあ、不思議パワーがなければ説明がつかないなら、不思議パワーがあるんでしょ、って」

「雑だな、オイ」

「仕方ないでしょ。私が魔術の仕組みを知ったのは、宗谷に教えてもらってからなんだから。

 で、魔術の仕組みを知ってからは、もっと簡単に理解するようになった。防御結界の自己治癒力が、私たちを病気から守ってくれてるんでしょ、ってね」

「なるほど、その可能性はあったな」

「けど私は風邪をひいた。それも、魔術師として訓練して、防御結界が前よりはるかに強くなってから、それでも風邪をひいたのよ。なら、そうじゃないわよね」

「……確かにな。

 じゃあ、これも『特異点』か。なにが理由だと思う?」

「可能性としてもう思いつくのはひとつしかないわ。エリアムのいまの細菌環境が、日本とほとんど変わらない。だから私たちは普通に暮らせて、あんまり死なないで済んでる」

「それは……でも、天文学的確率になるんじゃ……」

「偶然ならね。でも、日本とつながってたら?」

「……あ! そうか!」


 俺は理解した。

 元々、そういう話は前にも、中林との間でしたことがあった。

 エリアムが日本と似すぎているという話。それがもし、『最初からつながっていた』という単純な理由によるものだったとしたら――


「で、元の問題に戻る。ならその痕跡、なんでないのかしらね?」

「…………。

 そうだったな」


 それはタルムードの遺産分配問題を巡る話で出てきた問題。

 日本人がなにかをすれば、その結果はエリアムを思想汚染・・・・する。しかしエリアムと日本はまるで思想が違う――今日の昼、簡単な植生の話でカンナがぽかーんとしていたみたいに、日本人の科学知識はエリアムをほとんど汚染していない。


「なので、私は次の可能性として『人には通れないつながり方』をしている可能性を模索した。つまり、菌みたいな小さいモノだけが通れるワープゲートが日本とエリアムをつないでいるって可能性ね」

「なるほど、そういう可能性もあるか」

「ところがそれだとおかしなことになるのよ」

「というと?」

「天然痘」


 中林は、その言葉をついに言った。

 つまり、話が核心に差しかかった、ということだ。


「天然痘がエリアムにはないの。これはどういうこと?」

「いや、そう言われても……天然痘って、どういう病気だったっけ?」

「天然痘は、ウイルス性の病気。死亡率が極めて高く、かつて栄華を極めた南米の文明は、ヨーロッパから渡ってきたこの病気で人口の九割が死滅し、征服されるきっかけになったと言われているわ」

「……こええな」

「まあ、怖いわね。だけど怖さはこの際問題じゃない。この天然痘って病気はね、過去から現在に至るまでの中で、『地球人類がウイルスに勝利した』唯一の例なのよ」

「勝利した……?」

「具体的に言うと、絶滅させたってこと。

 国連で全力で取り組んでね。患者を見つけたら報告すると賞金が出るようにして、見つけ次第その患者の周囲に全力でワクチンを配るって方法で、徹底的に根絶していった。結果として、1970年代の終わりには天然痘患者の自然発生はまったく起こらなくなり、絶滅が確認された。これが、私たちの世代が天然痘のワクチンを一切接種していない理由よ」

「な、なるほど……でもそれがなんでこの話と関係を?」

「わからない? いまの絶滅法、エリアムではできないじゃない。エリアムに国連職員を派遣する方法なんて存在しないもの」

「……あ」


 俺は納得した。


「エリアムと日本の間をウィルスだけが行き来できるとしても、絶滅前に移住したウィルスが住み着いているエリアムには天然痘が残り続ける(・・・・・・・・・)――ってことか」

「でしょう? だからさっきの菌類ワープゲート説もダメ。天然痘なんて残ってたら、私たち日本人はエリアムについて一年で、病気で激減よ」

「じゃあ、これはいったいどういう……?」

「ま、結局は、宗谷が言ったことが正しかったんでしょうね」

「え?」


 俺はきょとん、とした。


「俺、なにか言ったっけ?」

「言ったじゃない。私が、神とか悪魔とか、そういう超越的存在の介入を前提として考えることを避けてるって。

 だから逆に考えろと言われた。その可能性を考えれば、自然とこれは説明がつく。それ以上に――露骨に、介入してきたじゃないの。今回」

「瀬尾のことか? それはまあ……」

「パウちゃんなんていう、異常戦力が手に入ったのは明らかにやり過ぎだと思うけどね」


 中林は肩をすくめた。

 当然ながら、パウと出会ったいきさつなどは昼の間に情報交換を済ませている。


「そう。超自然的存在がこの状況を用意したとすれば。それはそこまでしなければならないほど、このティアマトの問題が深刻ってことになる――

 ねえ、そうなんでしょう? いるんでしょう、出てきなさい! 瀬尾春風!」


 突如として中林は、暗い夜の闇に向けて叫んだ。

 そして、じゃりっ、という、土を踏む音。


「……君はわがままだねえ」


 瀬尾春風。これまでに二度、夢うつつの俺の前に姿を現していた彼女は。

 今度こそ。確実に現実に、目の前に立っていた。

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