2。再生魔術:質量保存則の無視(前)
「まるでキャンプみたいで楽しいですね!」
彼女、フィーレン・パウは、串を魚に通しながら笑顔でそう言った。
……えーと。
まあ、突っ込みを入れるのは俺の役目だろう。そういうわけで、俺は言った。
「いや、キャンプだからな? これからするの」
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魔術で手軽に火を起こし、串で貫いた魚をかざして焼く。
近くに川があったので、今日のキャンプ飯は川魚である。取り方? 爆裂魔術を川にたたき込めばぷかぷか浮かんでくる。以上。
とまあ、そんなわけで手早く準備をしている途中の発言が、上記であった。
「すいません……わたし、こういうの久々で……浮かれちゃって……」
「べつにいいだろ。害があるわけでなし」
しょんぼりしているパウに、俺は声をかけた。
ちなみに彼女の名前だが、「フィーレン」ではなく、「パウ」と呼んでほしい、ということだった。
どうも、彼女には家名に当たる名がないらしい。むしろ「フィーレン」の方がそれに近いとかなんとか。まあ、俺としても、短い名の方が呼びやすいので、異論はなかった。
――あの後。
逃げていた近くの村の住民たちに無事を告げ、彼女の正体について聞いてみたのだが、彼らにはまったく心当たりがないとのことだった。
彼女自身も、ただの通りすがりの旅行者だということで、それ自体は疑う理由もなかったのだが。その後で彼女が言った言葉が問題だった。
「セヴォ・ファウルカーゼという名前にお心当たりはあります?」
「……似た名前なら。なに、おまえ瀬尾の知り合い?」
「はい」
ということで、彼女はこちらについてくることにしたらしい。
なぜついてくるのか、その理由は詳しく語れないということで、カンナとナイエリは当初反対したが、
「まあ、エリアムの政治状況とは関係ないし、いいだろ」
という俺の一存で、連れて行くことにした。
本音を言えば他の理由もあったのだが、それは言わないでおいた。
瀬尾の発言といまの状況を勘案すると、どうもこいつと巡り会ったのは瀬尾の陰謀の結果のようだが。
「お魚そろそろ裏返しましょう! 均等に焼かないとおいしくないです!」
笑顔でわっくわっくしながら焼き魚作ってる彼女を見ると、なんかまあどうでもいいかと思えてくる。
ちなみに、ここまでナイエリとカンナの発言がないのは、二人には先にイストリッチに急行させているからである。
魔物がこんな平地に現れるのは異常事態だし、それをマリクに伝えておく必要がある、というのが一点。もう一点は、このフィーレン・パウの存在をあらかじめ伝えておく必要がある。
さっきから問題ないみたいな態度を取っていたが、彼女の能力は一目見ただけでわかる爆弾である。まったく不用意にトラブルが起こったら、混乱を招く恐れがある。知らせだけでもしておくべきだろう。
逆に言うと、俺だけが残ってのんびり彼女と旅をしている理由のひとつは、彼女の足止めである。マリクがパウの来訪に対応できる準備を整えるまで、わずかな間ではあるが俺が時間を稼ぐ必要があるのだ。
彼女を連れて行くと決めた真の理由も、むしろこれ。このレベルの爆弾案件を放置したら、かえってまずい。リスクを抱えてでも、手の届くところに置かないといけない。
「ふん、ふんふふーん、ふふーん、ふーん」
……鼻歌歌いながら焼き魚焼いてるこの子にそんな手回しがどれほど必要なのか、自分でもちょっと自信がないけど。
ちなみに二人だけで旅をするもうひとつの理由は、できる範囲で彼女の事情を聞き出すためだ。
(出会ったときの会話から察するに、カンナはこの子について、情報をある程度知ってる)
と、俺は判断している。
たぶん、この子もそれをわかっているだろう。情報を秘匿したい彼女からすれば、カンナの存在はストレスだ。
だからこそ、カンナをあえて遠ざけて、雑談混じりでちょいちょい重要な情報をつまみ食いしようというのが、今回の俺の悪知恵。
ナイエリ? ああうん、こういう悪巧みにはあいつ、邪魔。
「しかし……俺も二回しか会ったことないけど。パウは何回瀬尾に会ったんだ?」
「直接お会いしたのは一回です。
あまり詳しいお話はできないんですけど、要約すると、こちらに力を貸す代わりにそちらも力を貸してくれ、と言われまして」
「それで旅を?」
「はい」
パウはうなずいた。
「たぶん、この先にソーヤさんには、わたしの力が必要になる事態が来るはずなんです」
「その剣、セレナって書いてるよな。ローマ字で。あいつからもらったの?」
「ローマ字って言うんですか? これ」
「あー、うん。俺の地元の文字のひとつだよ」
「そうなんですか。……はい。この、セレナの宝剣は、わたしたちが彼女からいただいた剣です」
「そっか」
わたしたち、という言葉に、俺は脳内で付箋をつけた。
「じゃあその剣は――」
「あの!」
「え!? なに!?」
うっかり地雷を踏んだかと焦る。
するとパウはにっこりと、花のようにほほえんで、こう言った。
「もうお魚、食べ頃ですよ」
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「あー……えっと。
なんの話してたっけ?」
「セレナの宝剣の話では?」
「ああ、そうだった」
串焼き魚をほおばりながら、俺はうなずいた。
この剣について、俺はある程度、カンナから事前に聞いている。
「たしか、ジナイ半島の神話に伝わる、聖者を率いて魔王と戦う勇者の剣なんだよな」
言うと、パウは首をかしげた。
「そうなんですか?」
「え、知らないの?」
「むしろわたしの認識としては魔王様の剣なんですけどこれ」
「根本的に話が違う! あとこの子魔王側だった!」
まさか様付きで来るとは思わなかった。
パウは不思議そうな顔で、
「というか、そんなに意外ですか? あなただって魔族側じゃないですか。猫のしっぽが生えた魔族と一緒にいたんですから」
「なんか魔族って、いまこの国では呼称としてほぼ絶滅してるらしいぞ。『魔族特性』を持った人間、って解釈しないと、この国の支配者である邪神マリイに祟り殺される」
まあ、実際には『祟り(物理)』なんだけれども、そのへんはここでは伏せておいた。
「へー、そういうものなんですか。じゃあわたしも羽根、隠さないでいいですかね?」
「羽根ついてるの?」
「背中にちょこっとだけ。片方、折られちゃってないんですけど」
パウはなんでもないことのように言った。
俺は次の話題を微妙に探して視線を迷わせ、
「魔王って魔族の味方だったの?」
「はい。そうですけど」
「でもさっき俺がカンナに聞いたところによると、ジナイの魔王は魔族も人間も根絶やしにしようとしたって聞いたんだけど」
「じゃあそれはわたしの知ってる魔王様と違う魔王ですね」
「マジか……この世界、魔王複数いるのかよ……」
衝撃の事実だった。
かつてアイゲングレン半島からオーリーリュを目指している途中、日本人の子供に対して「魔王とかいてもおかしくなくね?」と言った俺だったが。マジでいた上に、複数いたとなるとさすがにびっくりである。
パウは魚にかぶりつきながら、
「そんなにおかしいですか? 魔王なんてしょせん呼び名じゃないですか。うちの魔王様なんて自称ですよ」
「自称魔王だった! さらにやべえ奴!」
「ちょっと! それはさすがに訂正してください! 魔王様はたしかに自分で魔王とか名乗っちゃう系の痛いひとに見えますけど、本当は心優しくて傷つきやすい、とってもかわいいひとなんです! あと実は猫好きで、捨てられた猫を見ると絶対拾ってくるせいでお屋敷が猫屋敷でですね」
「わ、わかったわかったわかった! わかったからそれ以上そのひとの秘密を暴露するのやめて差し上げて!」
むくーっ、とふくれながらまくしたてるパウをあわてて止める俺。
うわあ……知っちゃいけない情報を知っちゃった感。部下の女の子からこんなん言われてると知ったら憤死ものである。
「と、ともかく……じゃあ、いまは魔王の命令で動いてるって感じなのか?」
「そうだったらよかったんですけどね……」
パウは複雑そうな顔で言いながら、二本目の魚串をざくざくっとたき火の近くに刺した。
「いま、魔王様とは音信不通状態なんです。どうなったかもわからなくて。わたしが行動している理由のひとつは、魔王様と再び合流するためです」
「その剣の力で通信とかできないの? なんかそういう機能があるとか聞いたんだけど」
「残念ながら。この剣の機能、使う人ごとに違うんですよ。
セレナの宝剣は無数の機能を搭載しているんですけど、適性がないと使えないんです。というか、使い方がわからないと言いますか。逆に言うと、適性がある人間ならば、剣を見た瞬間に使い道を理解します」
「じゃあ、俺がその剣を見てなにも感じないのは、適性がないから?」
「そうなりますね」
……なるほど。そういうシステムか。
瀬尾が俺とこの子を引き合わせた理由が『剣を届けるため』だという可能性は、たったいまなくなった。
「さて、それじゃわたしの話はここまでです」
ぱん、とパウが、手をたたいた。
「え、どゆこと?」
「どゆこと、じゃないです。さっきから、わたしの事情だけ話してて、フェアじゃないです。ソーヤさんの事情も、教えてください」
「あー。そういう話か」
「まず聞きたいのは、さっきいらっしゃったおふたりのどちらと恋仲なのかなんですけど」
「どちらもそーゆーんじゃねえよ! ていうかやだ中途半端にませてるこの子!」
「隠さなくていいじゃないですかー。教えてくださいよー。片思い中ならそれでもいいので!」
「片思い中でもねえよ。片方レズビアンだし」
「れずびあん? すいません、意味がわからない単語です。剣の誤変換ですかね?」
「あー。知らなくていいよ。無駄知識にも程があるし」
俺は適当に答えた。
「でもう片方は……そうだな。言うなれば身体だけの関係だ」
「うわ、すごいダメ大人っぽい発言ですね!」
「そう。俺はあいつのねこしっぽを愛でたいだけなんだ……他はどうでもいいんだ……」
「内容聞くとさらにダメですね!」
「どうでもいいけどさっきから突っ込み激しくない?」
「ごまかしのにおいがするんですよねー、ソーヤさんの発言。実は本気で恋、してません?」
「してねーよ! なんだその勘ぐり!」
「いいから聞かせてくださいよー。ほらほら二本目の魚串あげますから。ほらほら」
「ちょ、それまだ生焼け! もうちょっと焼きなさい!」
と、まあそんな感じで。
フィーレン・パウ。この女の子は、いろんな意味でいい性格をしているということがよくわかった。
なんというか、部活の後輩タイプ?
そんな部活入ってなかったけど、そんな感じ。
「いいから答えてくださいよー! 本当はあの猫の子、好きなんでしょー?」
「だからそーゆーんじゃねーから!」




