幼女のお勉強会です
拝啓、皆様今日はいい天気ですね。私です。
さて皆様、翻訳魔法って知ってますか?異世界に転移した主人公とかが現地の人と普通に日本語でしゃべってるアレです。
よく考えたらすごいチートですよね。色んな国の人と何不自由なくコミュニケーション出来るんですよ?本人には語学って概念すらないんです。
森の奥深くに住む謎の裸族とか、海に隔離された北センチネル島的な所でも問題ないんです。ていうかその技能を生かして国家お抱えの翻訳者になるっていう道もありますよね。
まあこっちの世界線でも普通にあるんですけどね、翻訳魔法。私には口も声帯もないんですよ?幼女と普通に会話出来てるのも翻訳魔法があってこそです。
しかも魔界ではわりとメジャーな魔法だったりします。魔界だとめっちゃ色んな種族がありますので、種族毎の言葉とか方言とか一々全部覚えていたのではキリがありません。
種族によってはそもそも発音出来なかったりする音もありますし、超音波とか思念とか光点滅その他諸々で会話する種族とかも結構多いので、共用語なんて作りようがありません。
そんな多種多様な魔物をワンマインドに出来る夢のような魔法が翻訳魔法なのです。発明者は初代魔王様です。すごいですよね。
しかし、この翻訳魔法には欠点もあります。世の中都合の良いようにはいかないのです。
まず翻訳魔法の仕組みについて説明しますね。たとえば私が挨拶をしたとします。その時に声が出てるかどうかは関係ありません。
すると自動的に翻訳魔法が発動します。そしてこの時、実際に聞こえるはずだった音や行動などに『挨拶』という概念を直接付与します。
それを聞いたり感知した相手の脳内で、挨拶という意味を含んだ各自の言語に自動変換されるって仕組みです。
逆に私が挨拶をされた場合でもだいたい同じです。相手が挨拶をしたという思念的なのを汲み取って、それが自分に都合よく変換されるわけです。
魔法を使わなかったらウーウー唸ってるようにしか聞こえない会話でも、翻訳魔法を使うだけで実は苛烈なラップバトルをしていることが分かったりしちゃうんです。
ここで問題なのが、翻訳魔法が自分や相手の意思をトリガーとして発動するってことです。
ですので文字列や記号に対しては全く機能しません。魔界の皆の心を一つにするのが目的であって、学問や商業用に開発された魔法ではないのですから。
もうお分かりですよね。私は英会話は得意でも英語は全く出来ないんです。TOEICなら確定で495点は取れますが、残りの半分は運ゲーみたいなものです。
これどーでもいい問題に思えるかもしれませんが、実際には致命的な欠陥なんです。
まず本が読めない。これ両手両足をぶった切られたくらいの大ハンデです。知識も増えませんし、魔導書から新しい魔法とかも習得出来ませんので私の成長は完全に止まります。
戦いの中で成長するって手もありますが、これそういうやつじゃないですからね。別に途中で覚醒したりしませんし、私自身が斬月になったりもしません。
そして立て札も読めないから道が分からないし、値札も読めないから詐欺られ放題です。
とてもじゃないけど一人旅なんて出来ません。冒険どころか、語学の勉強だけでワンクールが終わってしまいます。そんな物語誰が面白がるんでしょうか。
よって私は語学をマスターするまで誰かを頼って生きていくしかないのです。悲しいですね。
一応言い訳をさせてもらうと、召喚獣育成学校で語学の単位は取りましたよ?ですがそれは主流な言語だけでありまして、ここにある本はどうも主流ではないその他大勢の方なんですよ。
ヤマが外れたってやつでしょうか。そうです、私が悪いんじゃありません。運が悪かっただけです。
さて、もはや私の唯一の情報源となった幼女主催の勉強会が始まりますね。本題に戻りましょう。
「ここがドラゴンがいっぱいいる山で、こっちが妖精とかがいっぱいいる森でしょ。それからこっちが・・・」
精巧な地図から繰り出されるアバウトな説明に私の頭はクラクラしてきました。
確かに地名とかの固有名詞を長々と説明されるよりはマシですが、こう実用性のない説明をされると理解する気力が起きないといいますか。
へぇーここってドラゴンがいるんだ、で?みたいな気分ですよ。実際に行くわけでもないんでしょうからそういう所は端折ってほしいです。
とは思ってはいるものの、実際に伝えたら幼女が拗ねて教えてくれなくなる可能性があるので黙って聞くことにします。
まあいつかきっと多分おそらく何らかの形で役に立つんじゃないでしょうか。知らないよりは知ったほうがいいと信じて我慢しましょう。
「それからここがなんたら帝国ってところで、こっちが今わたしとマクラがいるところ」
ほう、やっと肝心なことを教えてくれましたね。
私がいる場所は結構右下の方ですね。
なんたら帝国が左の方にでっかく書かれてますし、帝国がいきなり攻めてきたっていう展開もなさそうで安心です。
でも現在位置の周辺一帯はご飯粒みたいなちっちゃい国がギッチギチに詰まってますけど。まるで中世のヨーロッパですよ。これ戦争とか大丈夫なんでしょうか。
「なんかえらい人たちが協力し合ってるらしい。つうしょう何とか条約っていうのでわりとフリー」
ああ、なるほど。EUみたいなものですか。
主権は渡さないけど帝国に対抗するために協力しようってやつですね。内輪揉めで帝国に漁夫られるよりよっぽど利口です。
なんだ平和じゃないですか。これはバトル物じゃなくて日常系ギャグとしての位置づけになりそうですね。
あ、そうだ肝心なことを聞き忘れてました。
えーっと、説明中に申し訳ないのですが。私はどこからパクられたのでしょうか。
「えっとね、・・・・・・ここ!」
・・・・・・ん?ここなんとか帝国のど真ん中じゃないですか。
しかも一段と目立つ記号をピンポイントで指さしてますけど。え、本当にここからですか?冗談ですよね。
この地図縮小倍率どのくらいなんでしょうか。1㎝辺り100mとかそんなもんですよね、当然。
いやこれしかも私の感が正しかったらここ首都ですよ。帝国なので帝都といった方が正しいですか。いや今はそんな些細な事はどうでもいいです。
これやばない?
「うん、やばい!」
そんな明るい口調で言っても絶望的に暗い話題ですからね。
てっきり地方の領主とかがステータスついでに召喚したろう的なノリだったとばかり思ってましたが、それよりも遥かに事態は深刻なようです。
プロローグで召喚の儀式の時に揉めてた理由はこれでしたか。そりゃ現世のお偉いさんに対して私はちと不足でしょうよ。
ああいう見かけに拘る人達にはドラゴンとか魔人とか超大型スライムとかじゃないと速攻でクーリングオフ食らいますからね。私みたいにプリティな楕円形はあんまりウケないでしょう。
いや、ちょっと待ってください。これもしかして冗談ですか?
しまったサプライズでしたか。いやはやびっくりしました。何でもかんでも鵜呑みにしてしまうのは私の悪い癖です。
これは深夜の通販番組の商品紹介を真に受けて速攻注文するくらい迂闊でしたね。その場合8割くらいの確率で翌日目が覚めたら後悔しますよ。
ちなみにうちの実家の倉庫にはなんかビロビロするやつを上下に振ってエクササイズするやつが放置されてますからね。一度やらかしてしまえば懲りますよ。
第一見てくださいこの距離。とても幼女が一昼夜で移動できる距離じゃありませんよ。アルプスばりの山脈とか越えれるはずないじゃないですか。
喜んでください幼女さん。私へのサプライズは見事成功しましたよ。で、本当のところはどうなんですか?
「うん、すごい遠かった。めっちゃ急いでも6時間くらいかかった」
はいはい御苦労様でした。復路含めて12時間ですね。早朝出発したら夕方くらいには家に帰れるから門限も破らないから安心ですね。
仮にこの子がユンカースJu87シュトゥーカばりの速度で移動したとするとだいたい片道2000kmくらいですか。
ベルリンからモスクワまで余裕で行けますね。幼女なのに頑張りましたね、えらいです。
「だって100年に1回しかないんだよ?あんな大がかりなやつ」
魔界からは月一のペースで送ってるんですから、別にわざわざこんな所からパクろうとしなくてもいいじゃないですか。
ほら、ここの周辺には戯れに召喚してそうな国がいっぱいあるんですから、そこからパクったんでしょう?図星でしょう?
「でんせつのしんじゅーはゆうしゃーっていう人としか友達になれないって書いてあったし。そのゆうしゃーっていう人もいろんな生き物を殺して回るこわいひとって書いてあったし」
うーん、勇者ですか。別にこの世界に魔王とかいないでしょう。こんなに帝国とやらがデカいんですから人間だけでぬくぬくと発展してるに決まってますよ。
魔界の歴史を見なさい。アホな人間代表と歴代魔王様による壮絶な戦いの要素しかありませんよ。第334代目魔王様が人間を絶滅させなければ今頃魔界はどうなっていたことやら。
ていうか私が神獣って。確かにフサフサな分くらいは獣成分ありますけども、神的な要素は皆無ですよ。なんで一召喚獣をそんなに祀りあげるのやら。
「そんなのしんじゅーが可哀想じゃん。だから助けてあげようと思って・・・」
幼女が段々と泣きそうな顔になってきましたね。話の雲行きも怪しいです。
子どもの作り話にしては湿っぽいですし、こんなに泣く演技が上手いなら子役のオーディションでも予選通過出来そうですね。
「わたしだって怖かったよ?結界をこわして入ろうとしたら槍みたいなのがいっぱい飛んできたし・・・」
あー、完全に殺しにかかってますね。でも目の前にいる幼女はかすり傷一つ負ってないから何とかなったんですね。強いです流石です。
段々と怖くなってきました。話のリアリティが半端ないです。
むしろ槍に刺されて死んだってオチのほうが逆に安心しますよ、ここまでくると。
「あたまに変なの乗っけてる人がしんじゅーのこと連れ去ろうとしてて、わたし助けようって思ってそれで・・・」
それ王様レベルの人じゃないですかね。そんな人からそのしんじゅーとやらを強奪して来たんですか。
それ捕まったら晒し首だけじゃ済みませんよ。国ごと持っていかれそうですよ国ごとスポーンと。
「そしたらドラゴンに乗った人がいっぱい追いかけてきて、わたしひっしで逃げてきて・・・」
あらら、とうとう幼女が泣き始めましたね。どうしましょうか。
えっとですね、皆様視点からだと私は冷静さを保っているように見えるでしょうが、実は内心ガクブル状態です。
つまりですよ、帝国とやらの一番偉い人が召喚したしんじゅーとやらをこの幼女が奪って逃げてきたってことですよね。
んでなんとか帝国はげきおこプンプン丸状態。何が何でもしんじゅーを奪い返しに来ると。そういう解釈でよろしいですか。
「・・・・・・・・・・・・うん」
ハハッ、夢の国にようこそ。ぼくヒッキー。もう家から出たくないです。
ち、ちなみにそのしんじゅーっていうのは誰ですか?はい速攻で私を指差しましたね、本当にありがとうございます。
・・・・・・あの、最後に一つ質問いいですか?
君召喚獣って知ってる?
「・・・・・・・・・・・・100年に1回しか召喚されないすごいの」
なるほど、分かりました。そういう認識なら認めざるを得ないですね。
私、召喚される世界間違えられてます。