四大貴族~次世代の子ら~
セントヘレナ王国。
この世界では比較的新しい新興国である。
世界最大にして最古の帝国、アンティール帝国と接しながら、僅か三百年でアンティールに匹敵するまでに巨大になれたのは、時の運か、はたまた実力か。
どの道、初代国王とそれに従った者たちが優秀だった事実に変わりはない。
その国に住まう者は、先祖を誇りに思い、平和を享受しながら暮らしている。
セントヘレナの首都はメルティアと言う。
メルティアは南を湾、西を山に囲まれており、軍の侵攻には苦心する地形となっている。
また、いくつもの川が国を横ぎっており、数多く架かった橋の下を舟が通過する光景は独特な雰囲気を醸し出している。
中央に一段目立つ西洋風の城。
その周囲、西寄りに貴族街。外に市民街と言う造り。
南は漁業が盛んで、人の出入りが最も多い東と北が商業の中心だ。
そして山のふもとの西は人口が少ないため、大きな建物がいくつか建っているのみだ。
例として、王立学区と騎士院宿舎がある。
貴族街の北側。
城から真っ直ぐに四方向に敷かれている街道。
その北。果ては第三都市に繋がる北聖街道。その中央に居を構えるは四大貴族が一つバーツ家。
本日はそこで年に一度の交遊会である。
子と親。
それぞれがそれぞれのやり方で交友を深め、共に国を良くしていこうと、そう言う趣旨である。
バーツ家は出奔した長子の代わりに家督を継承する長女、ナイラがその席に座っていた。
褐色肌に腰まで届く黒髪を背中の辺りで一つに纏めている。
曲がりなりにも貴族ゆえ、容姿は整っている。
その右向かいにはサルバドール家が長子、フランが座っている。
親譲りの金髪に武家特有の赤い眼。他者を見下すその瞳は、今は湯気の立ち昇る紅茶に注がれていた。
フランの向かい、シリング家長子のリタス。
フランと対照的な優しい瞳。色は髪と揃って紺だ。彼女からは『癒し』が連想される。
そして最後の一人、サタナキア家はまだその場には到着していない。
ナイラの向かいの席は紅茶も置かれず空席である。
「今日はどっちがくるんだったっけ?」
フランがカップに口を付けながら言う。
上品な所作に似合わぬ乱暴な口調だ。
「さて、どちらだったかしら」
ゆったりとリタスは答え、数瞬考えた後にナイラが言った。
「妹の方、でしたはずですわ」
「妹って言うと……。あー、ロティか」
フランはカップを置き不機嫌そうに頬杖をついた。
「いつまでもグダグダ家督で争ってるからなあ。面倒くさいなあ」
「フランちゃん、あまり他所の問題に口を挟んではいけませんよ」
「あたし、リタスほど悠長じゃないんだ」
フランは紅茶のお替わりを近くのメイドに要求しながら続ける。
「だいたい、ほとんど決まったようなもんでしょ。ロティの勝ちだ、あんなん。ナイラもそう思うでしょ?」
ナイラは答えず無視した。
それでフランはますます不機嫌になる。
「まっ、才能の欠片もない長男より、才能に溢れた長女を選ぶのは伝統なんだから、とっとと決めればいいのに。お前だってそうなると思ったから婚約解消しただろ」
「今日はよく喋りますわね。何か良い事でもありまして?」
にっこりと作り笑いを浮かべるナイラ。
それにフランは好戦的な表情になる。
「いつまでもグチグチ考えてるから慰めてんだよ。元婚約者の何を悩んでんだ。馬鹿でしょ」
「まあ、貴族ならそれに相応しい言葉遣いを心掛けるべきですわ。馬鹿だなんて言葉、使うべきではありませんわ。あなたもそう思うでしょう、リタスさん?」
「そうねえ」
どちらとも取れない返事。
リタスは微笑むだけで我関せずを決め込んだ。
「『言葉遣いを考える暇があるなら生きる術を考えろ』。父上の教えだ」
「さすが武勇で知られるサルバドール。野蛮なことですわ」
「お前みたいに格を気にして鬱屈するよりまし」
「意見の相違ですわね」
それっきりナイラはフランを相手にするのは止めた。
フランもまたナイラを挑発するのは止めた。貴族らしい上辺だけの返答しか引き出せないと悟った。
重苦しい空気の中、食器の触れ合う音が室内に響く。
数分その空気は維持されて、唐突にドアがノックされた。
「失礼します」と入ってきたのはバーツ家のメイドが一人と小さな少女が一人。
少女は早々に「皆さまご無沙汰しております」と年に不相応な挨拶をした。
それにフランが「ロティか」と呟いた。
ロティはそのまま空いていた席に座る。ナイラの向かえの席だ。
控えていたメイドが紅茶を用意している間にフランが尋ねた。
「ユーロはどうした」
「兄上は、もうこの場には来られないかと」
それに身体を揺らしたのはナイラだけで、後は微笑みと真顔で受け止める。
「じゃあ次期当主はお前で決まりね。おめでとう」
「ありがとうございます」
頭の後ろで手を組みながらの、欠片も思っていない祝いの言葉。
しかしロティは気にすることなく笑顔を浮かべた。
返礼に頭を下げたせいで肩程までの茶髪が揺れる。
「父の決断に、兄上もほっとしていると思います。不相応な責務から降りられたと」
「……まあ、そうだな。あいつはそんな奴だ。だらしのない、そんな奴だ。なあ?」
フランはナイラに問うたつもりだったが、応答して口を開いたのはリタスだった。
「良い判断だと思うわ。彼、いつも言ってたもの。『やりたくない』って」
その顔には相変わらずの微笑みがある。
しかし、対面のフランはその中に違う感情が含まれていることに気づいた。
ドロドロした欲望が細められた双眸に見え隠れしていた。
普段は令嬢の鏡とも称される彼女だが、その裏の顔は欲望に満ちている。
長い付き合いのフランでさえ、リタスの本心は分からない。
武人として敵にしたらもっとも恐ろしいタイプである。
――――こいつのこう言う所が怖いんだよなあ。
フランはリタスに触れずカップを手に取った。
今のフランに、リタスを御しきる自信はない。
「…………お喋りはこのぐらいにして、始めませんか?」
「お、そうだな始めるか」
少々せっかちのきらいがあるロティ。
それに乗じて、フランはその話題を終わらせようとする。
リタスは頷き、ナイラは無言のまま。
無言は肯定の証だ。
フランは交遊会の開会を宣言した。