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想造

掲載日:2007/11/21

「あなた、想造という言葉をご存知ですか?」


「ソウゾウ?」


休日の気だるい午後、公園のベンチに横になり物思いに耽っていると、見知らぬ老人から声をかけられた。


訝しく思いながらも私は答えた。


「思い浮かべること、ですか?」

「いいえ、その想像ではありません。かといって何か創る創造でもありません。いえ、正確に言いますと、その両方です。想いを造る、想造。まあ私の造語ですが」


変な人に絡まれた。私はまずそう思った。面倒だ。


「それが、何か?」


私の警戒心を知ってか知らずか、老人は微笑んでいる。


「失礼、私はとある発明家でして、先日とんでもない物が完成したのですよ。そこで、あなたを見込んで協力をしていただけないかと思いまして」

「発明、ですか」


私が老人の『研究室』に黙ってついて行く気になったのは、退屈を持て余していたことと、少しばかりの好奇心からだ。

警戒心は解かず、『研究室』と老人が呼ぶ古い倉庫のような建物にそろりと足を踏み入れた。


思ったより広い空間の奥にポツンと椅子が置かれていた。

背もたれの上に半球型の物体が乗っており、物体からは何本ものコードと、一本巨大なラッパのような先の広がった筒が伸びている。


「これが私の発明です」


美容院にあるパーマをあてる装置のような造形に、私の好奇心はみるみる萎んでいった。


「これで、何をするんです?」

「想造ですよ」


老人はその椅子に座り頭に装置を取り付けながら言った。


「想いを造るんです。実際に見た方がいいでしょう」


パチリと装置のスイッチを入れ、老人は目を閉じた。

キィィィと音が鳴り、次にガタガタと椅子ごと装置が震えだした。


心配しながらも黙って見守っていると、筒のラッパ口から一冊のノートが落ちてきた。


「ふぅ」

息を吐き、老人は装置を取り外し、ノートを拾い上げた。


「何もないところから想像したものを物質として現実に創造するのです」


ノートを渡され、確認する。

市販のよく見かけるノートだ。ただ、どこかが違う。バーコードや細かく書かれている筈の文字がない。しかし、それは確かにノートだった。

あのラッパ口に最初から仕掛けていたのか?そうする意味はあるのか?

これが本当に想造だとしたら…


「す、凄い」


「一体どういう原理なんですか?このノートの質量はどこから?」

「想うことそれ自体にエネルギーはあります。簡単に言うと、そのエネルギーを質量として変換するのです」


「そんな事が…」

「い、いや、だとしたらこれは世紀の大発明ですよ。ノーベル賞どころじゃない、何だって出来るじゃないですか」


「ただ、問題もあります」

「何です?」

「これは決して万能のものではありません。まずある物質を想造するには、その物質を把握しなければなりません。例えばパソコンを想造しようとすると、細かい部品、機能するための仕組み、配列、各々の材料やその性質、様々な要因を把握した上で想造しないと、単なる外見的にパソコンのような置物が出てくるだけです」


なるほど、確かにそれは必要だろう。そうなると極端に想造の幅は狭まる。


「そして質量の問題です。いかに想像にエネルギーがあるとはいえ、質量に変換するためには膨大なエネルギーが必要になります。ですので余り質量の大きい物を想造しようとすると、足りないエネルギーは想造者の肉体、つまり質量から賄うことになります」


そう言われ、改めて老人を眺めた。痩せている。確かに。

これは、危険なものかもしれない。


「危険なものとお考えでしょう」

「ええ、正直に言いますと」


頷き、老人は続けた。


「質量の問題は命に関わります。リミッターを取り付ける必要はあります。しかし、私にはもう時間はありません」


老人は少し興奮しているようだった。


「しかしこの発明には無限の可能性が秘められています。私の夢は、現在全く存在しない新しい物質を想造することです。新しい鉱物、新しい原子、世界を変える事が、この発明でなら可能なのです。しかし私は理論立てて現在あるものを元に造り上げる事は出来ますが、まったく未知のものを想像する能力はないようでした」


「そこであなたに新しい物質を想造してもらいたいのです。無論、タダとは申しません。この装置をお譲りいたします」


危険だ。これは危険だ。混乱した頭が警鐘を鳴らす。使い方を誤ると、どうなる?危険だ。

しかし…使い方を誤らなければ…?

可能性は無限にある。制約はあるものの、うまく使いこなせれば何だって出来るのではないか。


長い沈黙の後、私はゆっくりと頷いた。


一年後成果を伝えると約束し、私は装置を譲り受けた。

しがないサラリーマンの自分に訪れたチャンスだ。


まずは試しと、煙草を一本取り出し、隅々まで眺めた後、想造してみる。

体に異変はない。疲れもほとんどなかった。

足元に煙草が転がっている。

成功だ、と思ったのも束の間、火をつけてみると、とても煙草と呼べる代物ではなかった。

木を燃やしその煙を吸うようなものだった。

煙草の葉についての知識がないからか…


それからは色々と試したが、なかなか事は上手く運ばなかった。

ガラスのコップはやたらと脆く、靴下はザラザラしてとても使えない。


この2ヶ月間でわかったことといえば、それなりの質量の物を想造すれば激しい疲労に襲われることと、自分の無知さ、知識を仕入れようにも仕事があり、なかなか時間がとれない現状だけだった。



誰かもう一人協力者がいれば、想造担当と仕事担当で分担できるかもしれない…

そう考えたとき、はたと思い付いた。

自分を想造すれば―


生物を想造することは可能だろうか?


猫を想造してみた。

疲労が激しい。だいぶ痩せたかもしれない。が、想造は完了した。


姿形は猫でニャアと鳴くが、どうやら動けないらしい。


構造を知らなければ…


仕事の合間に猫の体の構造を調べ、試し、また調べ。

試行錯誤の末、2ヶ月後、猫を想造することに成功する。


排泄もし、物も食べ、自由に行動する。

私の考える猫の行動しかしないが、思考についてはこれが限界だろう。


次は人間の構造だ。

猫のおかげでスムーズに行き、構造の知識は1ヶ月ほどで完了した。


私を想造する。これが上手くいけば、飛躍的に効率が上がる。


期待に胸を踊らせ、私は装置のスイッチを入れた―――



装置の動きが止まり、私はおそるおそる目を開けた。

目の前に椅子と装置がある。他は何も変わらない、私の部屋だ。もう一人の私は、いない。想造は失敗したのか?


そこで違和感が私を包んだ。


目の前に椅子と装置?

私は座っていたはずだ。


椅子には私が着ていた服が無造作に置かれている。


そこで私は気が付いた。

私は今、裸である。


動悸が激しくなる。

想造は成功したのだ。


私の全ての質量を使って。


私は、私が想造したものだ。


目眩がした。頭が働かない。どういうことだ?どうなるんだ?

手を動かしてみる。足を上げる。腰を捻る。

問題はない。

思考する。私は誰だ?仕事は?最近の出来事は?

思い出せる。


私は安堵した。想造は完璧に成功したのだ。私をもう一人造る計画は頓挫したが、それだけだ。


仕方ない、地道にやるしかないか。

気にするのは止めだ。


気を取り直していつもの生活に戻ったが、何かが違う。

仕事の達成感がない。好きな野球も全く楽しめない。同僚と飲み会でも笑えない。


感情が抜け落ちた。

しかも楽しむという人生にとってなくてはならない感情だ。


あの時の想造が原因か。


これは困る。とても困る。


私はありったけの心理学書を手に取り、感情について事細かに調べていった。


自分を取り戻さなくては。

一種の強迫観念に支配され、がむしゃらに調べた。


想造があれば元の自分に戻れる。


そして私はすがるような思いで装置を取り付け、スイッチを入れた―――




「ごめんください、私です。発明家の―」

「ああ、どうぞ。入ってください」


老人が家に入る。散らばった部屋に、椅子と装置が置かれている。ベッドの中に男はいるようだ。


「約束の一年ですが、どうですかな?」


老人はベッドに向かって声をかけた。


「どうやら私の手に負える物ではなかったようです。失敗しました」


無機質な声が淡々と響く。


男はノロノロと立ち上がり、老人の前に立った。


「見て下さい。こんなザマですよ」


そこには人と呼べる物体はなかった。肉のようなドロドロとした塊がかろうじて手や足や顔などの輪郭を表しているだけだった。


「力になれなくて申し訳ありません」


物体は口のようなへこみから、またもや無機質な声を出した。


老人はにっこりと微笑んだ。


「とんでもない。大成功ですよ」

どこかで見たような話を思いついたので書いてみました。こんな話は溢れんばかりにあるかもしれませんが、一応オリジナルなんで、パクリとかパックンチョとかではないです。推敲もせず三時間くらいで書いたもので、ほんとすみません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに使い古されたテーマである感じ否めませんが、主人公の「煙草」から「自分」までの想造の過程(特に失敗の過程)がリアリティがあるので、想造の設定をうまく表現していて、話に引き込まれます。 …
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