来た道を辿る
リビングから戻った私達は、早速リュックから右手を取り出し、傾いている天秤に乗っけると、ゆらゆらと揺れながら反対側が持ち上がり、平行になった。
と同時に、机の引き出しからカチャッと音がしたので開けてみると、またもや紙切れを見つけた。日記の切れ端みたいだが、今度は少し小さめだ。
「まただ」
私は呟くように手に持っているが、麗はまだ近くで、破れたシーツや壁を触ったりしていたので、改めて切れ端をよく見てみる。
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だから、かべにかけてあったけんでいとこを……
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それだけだった。まだ切れているということは、幾つかあるのかな。青い日記にそっと切れ端を挟んで閉じ、リュックにしまい込んだ。
「麗。なにか見つかった?」
「ん? ないよー。いこっか」
「うん」
そう言うと私達は、寝室を後にした。
*
脱衣場兼浴室に着くと、早速アコーディオンカーテンを開け、二つの大きな段ボールを調べてみることにした。彼はというと、自身が浴びていた浴室を探索中だ。
「あっ! この金具……」
おもむろに段ボールをよけた時だった。そこには、子供部屋の時に見かけたような金具が、そのまま壁に取り付けられた状態であった。
「てことは」
リュックからゴソゴソと音を立てながらレプリカの剣を取り出し、プラスドライバーで固定をする。
――ガチャッ
すると、どこからか開いた音がした。
「さっき、音がなったけど」
「望! 何かある!」
私は言い掛けそうになったが、浴室から麗の声がしたので向かってみると、洗面台の上に青色の怪しい箱があった。それと同時に……
「え? なにこれ」
何故か注射器が置かれていた。中身は青色で、何が入っているか怪しい。子供部屋で見つけた充電器と言い、何に使うのやら。とりあえず注射器(薬入り)を手に入れた。
「ところで、麗が入った時は、この箱と注射器はあったの?」
すかさず訊いてみることにした。
「箱はあったけど、どうやっても開かなかったんだ。それと、僕が入ってた時は注射器なんて置いてなかったよ」
箱はあったけど……、か。ひとまず箱を開けてみることに。すると、中には青色の綺麗な鍵が入っていた。
「もしかして、これが」
「それだ。やったね! 望! 早速、出口を探そう」
「これが次の鍵……か」
そう呟いて青い鍵を手にする。空になった箱に注射器を閉まい、金具で固定してリュックの中にしまいこむ。
今の所、この部屋に戻ってくる時も、運良く狂者は見かけてない。だけど、こんな上手く事が進むことってあるのか。支配人の事だから、何かしら仕掛けは用意してあるだろう。
私はそう思いながら、彼と共に浴室を出た。
*
何事もなく、子供部屋に着いた私は、引き出しから部品を取り出し、例のくまのぬいぐるみの腕を縫い直していた。
その途中、中から綿に紛れて日記の切れ端を見つけたが、あとで読もうと思い、パーカーのポケットの中にしまった。
改めてぬいぐるみをよく見ると、片目が何故か外れている。他の部分は付いているのに。部品を探そうと周りを見渡していたが、どこにも見当たらなかった。一体どこにあるんだ。
大きさは、スマートフォンより少し大きめで、彼のコートに顔が出る形で入れられそう。
「縫い合わせたけど、元の場所に置いとこうかな」
そう呟き、元の場所に置こうとした。
「望、それ、どこで手に入れたの?」
「えっ?」
その途端、背後から麗が笑顔で訊いてきた。突然だったので、驚いて彼を見る。
「ここに、腕が切られた状態で置かれていたんだ」
「それを直そうとして、裁縫道具を……」
「うん。それがどうしたの?」
そう尋ねると、戸惑った顔をしていた。いつも笑顔を絶やさない人が、そんな表情をするのはかなり珍しい。
「いや、このぬいぐるみ、僕が小さい頃、大切にしてた物なんだよね」
「え?」
一瞬、あの日記の内容が頭の中に過ったけど、まさかなぁ。こんな優しそうな人がいとこさんを……。でも、深く考え過ぎているだけかもしれない。
日記のことは、誰にも言わずに私の中だけに秘めとくことにし、再び会話を続ける。
彼はというと、笑顔でぬいぐるみを見つめては、私に微笑んでいる。
「それを直してくれるなんて、望は優しいな」
「いや、ただ単に直そうと思っただけだよ」
照れて視線を逸らし、つっけんどに答える。
「そのぬいぐるみ、僕に渡してくれるかな?」
「えっ? いいよ。はい」
そう言って、綺麗に直したぬいぐるみを彼に渡すと、コートの右ポケットの中に、そっとしまい込んだ。顔がちょこっと出てる感じが、とっても可愛くみえる。
「それ、麗のだったんだ」
「そうだよ。どこにあるのか探してたんだけど、見つかってよかった!」
相変わらず微笑みながら、ぬいぐるみの頭を撫でている。
もしかして、麗の抜けてる感情って……。いや。先のことを考えるのは、ここを抜けてからにしないと。
自分に言い聞かせ、再度見取り図を探してみるが、隅々を探しても見当たらなかった。
「結局、見つからなかった」
「まぁ、次の鍵が手に入るだけでも、いいと思う」
確かにそうだ。それだけでも十分。後は貯蔵室を調べれば良いのかな。そこに扉があれば。
「さっ。いこっか」
私はそう笑顔で言うと、扉の近くまで歩いて行く。 彼もうん。と頷くと何故か私から少し距離を置きながら歩いていた。
背を眺め、ふっ。と微笑みながら……
*
あれから私達は、貯蔵室に向かう為、部屋を出て、前後先が見えない薄暗い廊下を歩いていた。
――タッタッタッタッ
すると、私の背後から再び誰かが走ってくる音がした。その音は段々と大きくなってこちらへ向かってくる。
早く貯蔵室に行かなきゃ!
そう思い、急ぎ足でリビングの反対側の扉に着くと、パーカーのポケットを漁って貯蔵室の鍵を持ち、鍵穴に差し込む。
――ガチャガチャ……
あと少しで開きそう! その時だった。
「ミィツケタ!キャハハハハハハ!」
狂者は子供部屋の扉の前で、此方をジーッと見ては、狂ったような声を発し、笑いながら私達に向かって刃物を振り回してきた。
「まずい! 望!」
「入るよ!」
その声と同時に、急いで扉を開け、部屋に入り、内側から鍵をかけるが、二人の背筋に恐ろしい戦慄が走る。
そこには、沢山の屍が無造作に転がっていた。それも全部鋭利な刃物のようなもので綺麗に解体され、天井に付く程積み上げられている。頭もあったが、どれも魚が死んだような無表情な顔だ。
臭いは血の独特な鉄の臭いと腐敗臭が混ざり、間違って吸い込むと、むせ返って吐き気に苛まれる悪臭だ。
「うっ!」
彼は真っ青になってその場で固まる。どうやら、吐き気に襲われているようだ。でも、直ぐに深呼吸して場に慣れようとする。
「早く扉を探そう!」
そんな中、私は彼に言うと、必死になって屍の山を掻き分ける。時間と吐き気との戦いだ。
すると、その山に紛れて奥の方に血まみれになったドアノブを見つけた。
「あった!」
扉が開けられる程のスペースを確保しようと、無我夢中で屍をどかす。
全身、血だらけだったが、今は命が狩られるか否かの緊急事態だ! 悠長なことは言ってられない! 出るのが何よりも先決だ!
――ガンッ、ガンッ
背後では相手の力が、思った以上にかなり強いせいか、扉は壊れかけていた。
私達は、悪臭に鼻がへし折れながらも、やっとのことで扉が少し開けられる程のスペースを確保することができた。
「急ごう!」
「うん」
鍵を開け、彼から先に入れようとした時だった。
――ドカッ!
「キャハハハハハハ!」
扉を破壊すると、狂者は笑いながらナイフを振り上げ、こちらに向かって襲いかかってきた!
「やばいよ! 望、早く!」
「分かった!」
私達は急いで青い扉に入って鍵を思いっきり閉めた。