城崎麗 2
*
「誰?」
「あぁぁー!」
「サクちゃんやっほー!」
オレは突然の展開に戸惑いながらも化粧が濃そうな少女に聞こうとしていたが、すぐ後ろにいたサクヤが驚いた声を出していた。
それにしても、右側が金、左側は黒と言ったツートーンヘアーとは、とても奇抜だ。
服装はというと、上はオフショルダーのTシャツだが、蛍光色で明るくて、暗い部屋には浮いた様な格好をしている。おまけに下は黒いフリルスカートで、見るからに独特の世界観がありそうなギャルと言った所だろう。
ちなみに肩には、ウサギの形をした大きなショルダーバックがかけられている。
「サクヤ。こいつを知ってるのか?」
「あー。えっと、この人は……」
「サクちゃん、嬉しいけども、わざわざ言わなくてもえぇよー」
「え?」
なので、オレは隣にいる彼に聞こうとしたが、何故か部屋の電気を付けていた彼女に間を割り込まれてしまった。
「うち、あんたにも会いたかったんだよねぇー。麗君!」
「なぜ……オレの名を……」
しかも、おまけついでに名前も言い当てられたので、思わず呆気にとられてしまったが、何でオレのことを知ってるんだ? 妙に鳥肌が立つ。
「んーと、簡単に言うとさ、あたい、麗君や望ちゃん達に逢いたくて、自分からこのゲームに参加したんだよねぇー!」
彼女はというと、怠そうに言いながら肩にかけていたオレンジ色のバックを放り投げている。
「はぁ? 自分からって……。どういう事だ?」
「どういう事も何も。そのまんまの意味だけどぉ?」
「なんだそれ」
「あははははっ!」
そして、子供の様にベットのサイドに座って楽しそうに両足をばたつかせていた。
なので足元をよく見てみる靴下が左右非対称になっていて、右足は白黒ボーダー柄。もう片方は無地の黒色のハイソックスを履いている。
こいつ、わざと浮いた格好をしてるのか?
話す度に疑問が浮かんでくるが、ここは確か、更正の余地が無い罪人に過去を思い出させ、償わせるためのゲームのはずだ。なのに、オレやあいつに逢いたいが為に遊び感覚で参加するって言うのは、常識外れで異端としか……。
「でも、なぜマスターがここに? 管理室にいたはずじゃ……」
「マス、ター?」
ふと、サクヤが彼女に対し、『マスター』と言いながら紹介をし始めたので思わず聞き返す。
「あー。先程やってたゲームのGMですよ。ほら。毒ガスから抜け出すゲームや、宝探しゲームを考えてた……」
「あー。なるほどな。つまり、このメールの送り主ってことか?」
「どれどれぇー?」
すると、かなりわかり易く教えてくれたので、オレはコートのポケットから水色のスマートフォンを取り出し、彼女に見せる。
まぁ、これで少し様子を探ってみるか。『マスター』と呼ばれた彼女の意図は、今の段階では全く読めないが、かなり怪しい雰囲気を漂わせているのは事実だ。だから、少しでも良いから考えの糸口が分かれば……
「おぉ。あったりー! あたいが管理室から愛用のパソちゃん使って送ったメールだぁー!」
「そう、なんだ……」
そう言うと、彼女は陽気に鼻歌混じりに答えながら、バックから派手な色をしたノートパソコンを取り出し始めた。しかも、持ち物の色がどれも原色ばかりで、目に悪い。
黄色のタブレット型パソコンとキーボードに、いつの間にか電源が付いて明るくなった画面の光。おまけにベットに備え付けられているテーブルが白いせいか、画面と反射して、とても目がチカチカする。
「そーそー。しかもこの中にはねー、このゲームに関する情報を始め、狂者ちゃんから廃墟にいたあのホモ看守の情報まで、ありとあらゆる情報が入ってるのよー」
「そうなんですか!? マスター、すごいです!」
「でしょー! サクちゃんはそーやって素直に褒めてくれるから嬉しいわー」
彼女はというと、両手で器用にカタカタと打ちながらサクヤとの会話を楽しんでいた。
それにしても、この女は一体、何の目的でここに来たんだ?
来た理由を一切言わず、のうのうと部屋に居座ってる彼女にかなりの不信感を抱くが、何故か全く攻撃をして来ない。
ならば、機嫌がいいこの時に色々と聞いた方が良いと思い、そっと口を開く。
「つまり……。事の今までの出来事全部、お前がパソコン越しから監視していたって事か」
「監視っていうか……、人間観察だよ。狂者ちゃんに追っかけられながらどーやってここまで来たのか、画面越しからじーっと見てたんだよねー」
「それ、全く同じ意味だろ」
「ん? まー。あのイカれた看守がいた管理室のモニターに関しては、それを遠隔でハッキングして見ていただけ」
「おいおい。看守以上にすげー悪趣味だな」
「それ、あたいに対する褒め言葉かな? あははは!」
彼女はというと、パソコンに齧り付くように画面を見て笑いながら答えていた。オレ達と同じ追いかけられている立場の筈なのに、緊張感が無いっていうか、何というか。無表情で心が全く読めないあいつよりもタチが悪い。正直、オレの苦手なタイプだ。
「それとさー、ここに来た理由がもう1つあってねー」
「何だ?」
「んーとぉ、どっかの誰かがあたいの娯楽を邪魔してるっぽいのぉー」
「邪魔?」
「そーそー。そのせいか、望ちゃんと愛ちゃん達に連絡しようとしても、何故か連絡が取れなくなっちゃってんのよ。全く、嫌になっちゃうんだけどぉ!」
「それって、ヤバくないですか!?」
「ヤバいも何も……、笑い事では済まされない緊急事態なのには変わらないけどねー」
「ふっ。だろうな」
壁に寄りかかりながら両腕を組んで鼻で笑うオレをよそに、彼女は不貞腐れながらも必死にカタカタと打ち込んでいた。パソコンの画面はというと、光の速さで次々と文が湧き出ているが、意味がさっぱりだ。
ちなみにオレは、パソコンみたいな精密機械にはとても疎く、検索する程度でプログラムとかそんな高度な技術は出来ない。
だから、彼女みたいな機械操作がかなり出来る人がこの目の前にいるって言うのは、とても助かるが、かなり癖が強い。
「なので、勝手に終わらせちゃうけど、今回の第二ゲームは中止にするねー」
「随分と急だが、仕方ないな」
「てなわけで、現在起動中のプログラムを強制終了させてる所だから、ちーっと待っててよー」
「お、おぅ……」
なので、オレ達は邪魔をしない様、背後で眺めていたが、見ていてもアルファベットが画面いっぱいに覆っていて、目が痛痒い。痒さの余り、思わず両手で目を掻いてしまう。
「まぁ、それと引き換えなんだけど……」
「……なんだ?」
「実はねー、すっごいヤバい情報を手に入れちゃったのよー! 知りたい?」
「はぁ?」
「んーと。ちーっと待っててねー」
彼女はというと、慣れた手つきで素早く打ち込んではカチリとキーを押し、打っては押し、を繰り返していた。
それにしても、本当に何者なんだ?
益々疑いの目を向けたくなるが、そんなオレをよそに、今度はスカートのポケットから黒いUSBメモリーを取り出していた。
「って言ってもそれ、普通のUSBにしか見えないですよ?」
「まーまー、見てってよサクちゃん! こっからがイイトコなんだからぁー!」
そう言うと、慣れた手つきで差込口に突き挿して起動させ、次々とパスワードを解除していく。そして、画面上にメッセージが現れると、不敵な笑みを浮かべながら、人差し指で削除キーを長く押し始めた。
「えぇぇぇ!? 何で消したんですか!?」
「ん? 理由は簡単だよー」
「なるほど……。邪魔だから。か」
その行動に戸惑う彼をよそに、オレは彼女の行動全部を見た上で一言呟く。
「そそ。正解。さっすがだねー麗君!」
「お。おぅ」
すると、彼女はオレに向かって、笑顔でグーサインを出してきた。
まぁ、別に見なくても困ることでもないからそのままの意味で言っただけだが、変に褒められると妙にこそばゆい気持ちになる。
「でもさー、この文、マジで邪魔くさいんだけど! 一体いつまでキー押してればいい訳!?」
「それはオレじゃなくて文作った本人に直接聞けって……」
「んな事言われたって……。『お父さん』に聞くことになるよ?」
「はぁ? どーゆー意味だ」
「ほら」
彼女はそう言うと、突然キーを押し止めてオレに手招きをし、文が書かれた画面を見せてきた。文の左下には『城崎 源』とはっきり書かれている。
「……前言撤回だ」
なので、溜息をつきながら画面から目を逸らし、コートのポケットに両手を突っ込んだ。もう、親父の事を思い出したくない。
「わーったよー!」
「でも、まさか文を作った人がクソ親父とはな……。まぁ、とりあえず、お前はお前で、必要な部分だけ取り出せれば良いもんな」
「そーそー! だから全部消しちゃっても……って。そこまで言われちゃったらあたい、どー返せばいいか迷うんだけど!?」
「じゃあ、言っちゃ悪かったのか?」
「いや、別に……。まっ。おかげで説明の手間が省けたからいいけどぉー」
「あっ。そ」
そう言うと、彼女は再び画面を見ていたが、一向に正体が掴めない。年齢はオレと近い感じだが、何処か子供っぽいって言うか何ていうか。パソコン以外、全く興味が無く、ただ単に今を楽しめればそれでいい。と言った様な身勝手さを感じた。
「はぁ。その、お二人はとても……、凄いです……」
ふと、サクヤがベットに置かれていた白い布団に包まりながら微かな声でオレ達を褒めていたが、様子が変だ。肌の色は血色が消えて青白くなり、寒くもないのにガタガタと身震いしている。
「おい。大丈夫なのか?」
なので、心配になったオレは彼に近寄りながら声をかけた。
「……」
しかし、直ぐに眠ってしまった様で、彼の口元からは微かな寝息が聞こえてきたが、こんな短い間に一体何が。戸惑いを隠せない。
「あー。それとー、プログラムの方は既に終わってるからー」
「いつの間に!?」
「だーかーら、黒いの挿して次の作業に取り掛かってるっつーのに……。ちょっと麗君。ついて来れてるぅ?」
「ま、まぁ。とりあえず……」
「ふーん。ならいーけどぉー」
彼女はというと、相変わらず平然とした顔でカタカタと打ち込んでいたが、サクヤの事はどーでもいいのだろうか。あまりにも無関心過ぎていて、それがかえって恐ろしい。
だから、考えがバレない様に素っ気なく返事を返したけど、オレは機械音痴のせいか、あまりついていけてないのが本音だ。実際にやれ。と言われたら、あそこまで早く打てない。だけど、オレもオレなりに必死に追いつこうと頭の中をフル回転しているのも事実だ。
「あのさー」
「あぁ?」
「麗君はどー思う? この数字」
「んー……」
急に訊ねられたので相槌を打ちながら画面を覗くと『0214031437564』と番号が現れた。
「何かの暗号か? 見るからに13桁の数字が並んでるが……」
「どっかで区切るのか足していくのか、そこまでは知らないけど、なーんかめんどくさそう」
「まぁ。な」
確かに。とでも思っておこう。
ちなみにオレは勉強があまり好きではない。本を読むなんて論外だ。そんなオレを思ってか、よくクソ親父が雇った家庭教師と呼ばれた人が、毎日家に来て勉強を教えて貰っていた。
でも、先生ともあまり仲良くなかったし、学校も集団行動が嫌で行ってないから苦い思い出でしかない。それに、この容姿のせいか、みんなオレに対してまるで割れものを慎重に扱うかの様に接していた。
それと、全く覚えてないのに、先生が出した問題を何故か全問解いていて、みんなにかなり驚かれてたっけ。まぁ、今の状態で自力で答えるとなったら全く答えられないが。
「ところでさ、麗君はこーゆーの得意?」
「いや。でもあいつなら多分……」
ふと、家の事を色々と思い出してしまったせいか、上の空になっていた。なので、首を横に振って答えるが突如、ある人を思い出す。
「あいつ?」
「あ。何でもねーや。こっちの話」
「ふーん……」
だけど、余計な事を言いかけそうになったオレは、早くこの部屋を出る為に、扉の取っ手に手をかけた。きっと、あいつなら冷めた顔をしながらでも、瞬時に解いてしまうだろう。
そう。あいつは滅多に感情を表に出さないし、考えが全く読めない。だけど、秀才で勇ましくて、どんなに虐げられようとも、曲げないし、折れない様な鋼の精神力を持っていて、多少の憧れも抱いている。
それに、あの時助けてくれたのもあいつだ。だから、オレの『恩人』でもあって、オレの……。
「それとさー、部屋を出る際、『白衣を纏った男性』には、気をつけてね。実はさー、管理室でパソ打つ前に一度、襲われそうになったんだー」
「お? そうか……」
あいつへの思いに耽っていると、突然彼女に遮られた。なので、ぼーっとしながらでも相槌を打ったが、変な感覚だ。
「だから、武器になりそうなもの、テーブルの上に置いといたからさ、『これ』受け取ってよー。護身用でさ」
そんなオレを知ってか知らずか、彼女は笑顔で言いながらバックからある物を取り出し、机の上にぽん。と置いた。
「あたいさー、一度襲われそうになったから『これ』で怪我させたら逃げたんだよねー。まぁ、使ってみた結果だけど、洋画でよくあるサスペンスホラー映画みたいに血がブワァーって勢いよく吹き出していたからやったー! って感じ? はははっ!」
「ふーん……」
そして、再び画面を見ながら楽しそうにべらべらと喋る彼女をよそに、オレは言われた通りに『これ』を手に取って四方八方眺めてみる。
何ていうか、確かに今までのものと比べると、殺傷力は一番高そうだ。とてつもなく禍々しい光を放っている。
「だから、威力だけは最強って事で、オススメしとくかな。それにあたいももう一本持ってるから、気に入ったならあげるよー!」
「そっか。まぁ……、これを扱うどっかのツートーン女だけは何がなんでも敵に回したくないな」
「それ、完全にあたいのことじゃん!」
「ふっ」
そう言うとオレは鼻で軽く笑いながら『これ』をコートのポケットに忍ばせた。もしかして、意外といい奴なのか?
「それとさ、知りたくない?」
「今度は何だ?」
そう思っていると、突然また話しかけてきた。
一体、このマシンガントークにどのぐらい耐えればいいんだ?
この時、愛や戮が来ればまだましなのだが、サクヤを起こそうと思っても申し訳ない気持ちになるから逃げようが無い。聞くしかない。という一択に絞られたオレは怠そうに相槌を打つ。
「今やってるVRゲーム『Delete』のひ、み、つ!」
「え?」
「実はさー。あたい、一つだけ、鍵を使わずに抜け出せる裏技を知ってるんだよねー」
「はぁ? 冗談だろ?」
「冗談も何も……、事実だけどぉ?」
「事実って……」
すると、こっちを見ずに突然の『Delete攻略法』を言い出してきたので思わず聞き返したが、どういう事だ。
今までは、あいつが鍵やカードキーを使って脱出したり入ったりしていたのを陰ながら見てきた。でも、それ以外にも抜け出せる方法があるって言うのか? 驚きのあまり、言葉が出ない。
「でも、本当に抜け出せるみたいよ? 都市伝説みたいになってるみたいだけど、前にいた刑務所でも話題に上がってたわー」
「マジかよ。じゃあ、どんな方法だ?」
「それはー……。ここじゃ言えないから耳貸して」
「あぁ」
なので、そう言うと、彼女はオレの耳元でその方法を囁いた。
「……え?」
「あはは! 驚いた様だねー。そりゃー驚くか」
「……あ。あぁ。でも、ありがとな」
「うん。ちなみにあたいの事は『幸』とでも呼んで」
「お、おぅ」
「GMだと堅苦しくて呼びにくいっしょ? だからー」
すると、思わぬ方法に唖然としてしまったが、何かあった時の対策としては使えそうだ。頭の片隅にでも入れておくことにしたが、本当なら幸が言った裏技を使わずに、あいつと共にクリアしたい。
「あの……」
「どうした?」
「のの、喉が……乾いたので……、みみ……、水……水……ぁぁああああ!」
ふと、彼が布団を捲って起き始めたかと思うと突如、両手で首元を抱えながら奇声を発し、勢いよく部屋を飛び出してしまった。
「お、おい! サクヤ!」
「こりゃー、ヤバい展開になったねー」
「は?」
彼女はその異変に気がついたのか、即座にパソコンの電源を消して中へしまうと、ベットから素早く下りてバックを肩にかける。
「とにかく、追っかけるよ!」
「お、おぅ!」
そして、彼女の後を追うかのように部屋を出ると、共にサクヤを追いかけることにした。
「ぁあああああああ!」
階段からは発狂する声が聞こえてくるので後を追うが、彼の逃げ足が速すぎて彼女の後につくのが精一杯だ。
「麗君、大丈夫?」
「まぁ、何とか……」
「あんまし無理しないでよね? 酷かったらあたいだけでもサクちゃんのとこ行くからさ」
「幸……」
そのせいか、彼女はオレに気を使ってきたが、まだ幸にどうしても聞きたいことがあった。幸って女、まだまだ隠してる事が山程ありそうだ。
「だから、近くの部屋に入って休んでも構わんよ」
「気遣い、感謝するがオレは平気だ」
「そう……」
なので笑顔で断ると、再び彼の後を追いかけた。生まれつき、体が弱いオレは少し走っただけでも息切れしてしまうが、サクヤを捕まえなければあいつの事も聞き出せない。あいつとサクヤは一体、どんな関係なんだ?
疑問が深まる中、診察室の裏側にある廊下についたオレと幸は、異様な光景を目の当たりにする。
「お……、おい!」
彼は廊下に備え付けられた水道の蛇口に口をつけ、水をガブガブと飲んでいた。
まるで餓鬼の様に飢えた少年になっていて、口元からは水が沢山溢れていたが、それでも一心不乱に飲み続けている。
「サクヤ! 急にどうしたんだよ!」
オレは思わずハンドルを上げて水を止め、彼を流し台から引き剥がした。
「あー! あぁぁ! 水ぅぅぅ!」
しかし、手錠が付いた両手を精一杯流し台の方へと伸ばして暴れている。それに、長い前髪から微かに見えた目は酷く濁っていて、焦点が合っていない。
「痛っ!」
そのせいか、強い力に押し倒され、バランスを崩したオレは尻餅をついてしまう。
「麗君!」
「あ。幸……」
「く、く、くるなぁぁぁぁ!」
心配して駆け寄る彼女に支えられる形で何とか立ち上がったが、彼の錯乱はまだ解けていない。
奇声を発しながら近くにあったガラスの棚から薬品を取り出してはオレ達に向かって投げつけている。
「これ、薬が切れて禁断症状が出ちゃってるんだよ」
「禁断症状って……まさか!!」
「そう。サクちゃんもあのイカれた看守と同じく、薬で体を犯されてしまった薬物患者なんだよ」
「そんな……って!」
そう言いかけた途端、オレの目の前で突然、サクヤが倒れてしまった。
「お、おい! ってまさか……」
倒れた彼の背後には、どこかで見た事がある人物が、左手に注射器を持ちながら佇んでいた。上下共に白衣を着ていて、ブロンズ色の髪が薄暗い廊下の中で目立っている。そして、右頬には何かで切ったかの様な大きな傷が付いていた。もしかして、幸が言っていた『白衣を纏った男性』って……。
「麗君! この人はマジでやばい! 逃げよーって!」
「逃げると言っても……」
「ヤバいから逃げようって言ってんじゃん!」
「いや、その……」
彼女はというと、なにかに怯えるかの様にオレの手を引っ張っていた。
でもあまりにも色々な事が起きすぎていて、処理が追いつかない。
「これは、どういう事なんだ……。親父」
「えっ……この人が……」
オレは静かに訊ねると、白衣の男性はニヤリと笑いながらこう言い放つ。
「いかにも。段々私に似てきたなぁ。我が息子、麗よ」
「……」
「まぁ、こんな所で会えるなんて、とても嬉しいよ」
「……」
「父として盛大に褒めてやりたいのは山々だが、今はここで話している暇はないのでね」
彼はそう言って右手でパチンと指を鳴らすと、何処から現れたか分からない白衣を着た謎の人達が、オレ達の周りを囲んでいた。
「いつの間に!? んぐっ!」
「んー! んー!」
呆気に取られていると、突然背後から白い布を口元に当てられ、振り解こうともがけばもがく程、息苦しくなってしまう。
「連れてけ」
そして、最後に言い放った親父の声が聞こえてきた時には、意識が遠く離れていく気がした。
愛や戮は大丈夫なのだろうか。あいつも……。




