リビング
*
廊下には赤い絨毯が敷かれているが、前後真っ暗で先が見えず、周りにある蝋燭の火が不気味に怪しく揺らめいている。ここまで薄暗いと、狂者がどこから現れるのか、全く予想がつかない。
寝室を滅茶苦茶にした、あのガキ狂者。出会い頭には絶対に逢いたくない。
前も後ろも先が見えない恐怖に襲われながら、より慎重に行動していた。
「ホントここ、広いよね」
「そうだね。あっ。リビング、確かこの辺のはず」
辺りを見渡すと、左右に扉があった。
「麗。どっちから入る?」
「んー、右から見てみよっか」
「了解」
――ギー……ギギギギギギ
私達はそっと右側の扉を開けて入り、念の為、内側から鍵をかけた。これで大丈夫。うん。
薄暗かったが、ベージュのソファの前にガラスのテーブルが置かれている。壁周りには沢山の棚や装飾品が飾られていた。
「ここだね」
そう呟くと、探索を始める。麗も壁の周辺から探索を始めた。
*
「望。もしかして、探してたものって、これ?」
「ん?」
探索して少し経った時であった。棚を漁っていた彼が、こっち来てと言って手招きすると、おもむろに大きなクッキー缶を渡してきた。
「これ、クッキー缶じゃない?」
「開けてみればわかるよ」
「う……うん」
言われるがままに缶を開けてみる。すると、中には針と糸が沢山あった。針もきちんと糸が通っていて、針山に刺されている。間違いなく裁縫道具だ!
なるほど。確かにクッキー缶ぐらいの大きさになると、そのデザインの可愛さから、裁縫道具やちょっとした小物入れにする人も多い。少しだけ納得した。
「望は何か見つかった?」
「うーん、まだ……ん?」
ふと、ガラスのテーブルの上に置かれたあるものを見つけ、手に取ると、彼は背後から覗きこむようにして見ていた。
「これは、本かな。でも、なんでこんな所に?」
「流石に僕でも分からないなぁ」
困った顔をして辺りを見渡している。
普通は子供部屋や書斎に置いてあるはずなんだけど、パラパラと見る限り、ひらがなばかり書かれているから、子供向けだろうね。そう思い、手にとって捲ることにした。
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【アダムとイヴ】
――むかしむかし、エデンとよばれたところに、アダムというおとこのこがいました。
アダムはひとりでエデンをみていましたが、さみしくなり、じぶんのからだをつかって、イヴというおんなのこをつくりました。
そのときかみさまは、アダムにこういいました
「ほかのみはたべてもいいけど、ちえのみはぜったいに、たべてはいけないよ」
そういわれ、アダムはかみさまのいうことをちゃんとまもっていました。
やがて、イヴはアダムとむすばれ、ふたりでなかよくくらしていました……
―――――――――――――――――――――――
「んー、見た限り、特になさそうだけど」
「次、めくってみよう」
「そうだね」
勧められるがまま、私は更にめくってみることにした。
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――ところが、
「たべてもだいじょうぶだよ。ちえのみをたべたら、あたまがよくなるんだよ」
あくまがヘビにへんしんし、イヴにこっそりとちえのみをたべるように、すすめてきました。
ちえのみをたべたイヴは、アダムにもおしえ、むりやりたべさせました。
かみさまはそれをしって、カンカンにおこり、やくそくをやぶったばつとして……
『イヴはひだりて、アダムはみぎてをけんできられて、からだはズタズタにきりきざまれたのでした』
――――――――――――――――――――――
「え?」
何故か、一番下だけ血文字でそう書かれていた。
これ、子供向けの本だよね。教育上よろしくないけど、一体誰がこんなことを。
「元々、こんな話?」
喜び以外の感情が無いせいか、最後の正しい話がうまく思い出せない。なので彼に訊ねてみることにした。
「んー、内容からして、アダムとイヴの創世記の話だと思うけど、最後は体をバラバラにする様な恐ろしい結末ではなかったよ」
「そう」
顔は青ざめていたけど、気さくに答えてくれた。私に心配かけまいと平常を装ってるかのようにも見えたが、寝室であの腕見てからのこの文章だから、誰でも怖いと思う。
「そういえば、この話って、詳しくいうとどんな感じなの?」
「アダムとイヴの話ね。確か……」
そう言うと、丁寧に解りやすく教えてくれたので、お陰で少しだけ内容を思いだすことができた。確か、最後の罰は衣を与えてエデンから追放した。という流れだ。
「ところで、裁縫以外になにか良いの見つかった?」
気分転換に話題を変えてみるが、彼はううん。と首を横に振る。
ここでの収穫は針と糸と、変な本だけか。本は持っていてもしょうがないから、元の場所に置いておこう。
でも一体、見取り図はどこにあるんだ? もしかして、他のところかな。
「麗。ここにいても埒開かないから、次行こう。針と糸は手に入った。それだけでも、今の所は嬉しいかな」
「そう。だね」
彼は元気がなかったが、前向きに考えることにした。
*
リビングから更に奥に行くと、立派なIH付のキッチンに食器棚、ダイニングテーブルが備え付けられている。テーブルクロスもかかっていて、海外にありそうなお洒落なキッチンだ。ここに見取り図があるのかな。
「キッチン……」
「そうだね。あっ! 望!」
「ん?」
麗が私を呼ぶと、振り返って相槌を打つ。よく話しかけてくる彼が、子供みたいで可愛く見えてしまう。
「僕は食器棚から探してみるね!」
「わかった。じゃ、私はそこを調べてみる」
そう言って、キッチンに取り付けられている収納棚に指差す。電気も付いてないので、見るからに不気味で怪しさが漂う。
「でも、気をつけて。望に何かあったら、僕、不安だよ」
「うん」
淋しげに言う彼に笑顔で返すと、二手に別れて一つ一つ調べることにした。
シンクには何もなく、誰かが使った形跡もない。蛇口をひねったら、茶色く濁った水が出るようだが、すぐ様に締めた。カウンターは食器が乱雑に置かれていて、IHだけは綺麗に拭かれていた。
そこだけゴミが一つも無いのが気になる。でも、変なことを考えるのは止めよう。
次に見たのはシンクの下。そこは開き戸になっていて、大きな収納棚が二つ、その隣のカウンターの下にも引き出しが三つ。更に隣のガス台の下にも開き戸が一つ。
まずは、下を開けてみる。奥行きが思ったより広かったが、排水溝があるだけで何もない。
次は引き出しを一段一段漁ってみることにした。一番上は、鍵が掛かっている為、開けられなかった。なので、真ん中を開けてみると、中には調理用ハサミ、長いさえ箸などの調理器具がしまわれていた。
「見取り図はどこ?」
そう呟いて一番下を開けてみると、料理本が何冊かしまわれていた。なので気になって本をめくると、少し大きめの切れ端らしきものが挟まれていた。もしかして……。
そう思い、恐る恐る開けて切れ端を取り出してみる。
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だけど、いとこがぼくのめのまえでわらいながら、だいじにしていたぬいぐるみを、はさみでぼろぼろにしたんだ。
だから、ゆるさない!
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もしかして、子供部屋で見つけた日記の一部か!
日記の切れ端を見つけ、ポケットにしまう。
そういえば、麗は何か見つけたのかな。声をかけてみることにした。
「ねぇ」
「どうした?」
「なにか見つけた?」
「あっ。さっき、食器棚の中から、こんなのみつけたよ」
そう言って渡してきたのは、銀色に輝く小さな鍵だった。
「てことは」
おそらくは、キッチンの一番上の引き出しの鍵。
彼から鍵を受け取った私は、先程の引き出しに差し込んだ。
――ガチャッ、ガー……
すんなりと開いた。でも、良いものではなかった。
「また、これ」
「望、まさか、例の手かな」
「うん。天秤に乗っけるやつ」
そう言って、切られた右手を見つけた。右手は大きくがっちりとしていて、寝室で見つけた左手とは、硬さが違う。しかし、これも不思議と腐敗が無く、真っ白で切り口も綺麗に切れている。尚かつ、血も流れてない。もしかして、模型か?
ふと、今の状況を確認した。そういえば私のパーカーのポケットの中、拾ったものばかりでもう入りきらない。どうしよう。
「バックとか、その辺に無いかなぁ」
呟くように辺りを見渡す。流石に手の模型を、ポケットの中に突っ込んで持ち歩くのはかなりひいた。
すると、彼がおもむろにリビングから、黒色で猫耳がついた可愛いリュックを持ってきて、チャックを開ける。
「これならどうかな?」
「あっ! それならたくさん入れられそう!」
そう言うと、右手をリュックの中にそっと入れた。ついでに日記、ペン、プラスドライバー、充電器、腰にお飾り程度につけていたレプリカの剣を入れて、背負ってみる。
思ったよりは重くない。これはとても便利! ということで、そのままいただく事にした。でも、こんな可愛いリュック、どこにあったのだろう。
「後は来た道を戻って、だね」
「うん。でも、どうなるか分からないから、これからも慎重に行こう」
「そうだね」
無表情で頷いていたが、内心は怯えていた。生々しい物ばかり見せられ、泣きたかったけど泣けなかった。
「麗」
「どうした? 望」
「あ。えっと、ありがとう」
「えっ? あっ。此方こそ」
お互い、顔を真っ赤にしてお礼を言う。傍から見れば、初デートでぎこちなさが残るカップルのようだ。
私達は狂者が来てない事を確認し、リビングからそっと出て行った。