秘密
部屋から出ると、両面がコンクリートに挟まれた薄暗い地下通路を道なりに歩く。ボクはと言うと、Siri様の背後にくっつくかの様に、後をついていた。
「改めて聞くけど、『Purple』の様子はどうだったの?」
彼女は、ポテチを抱えながらオドオドするボクを見て、優しく声を掛けてきたが、緊張しているせいか、小刻みに震えている。
「これと言っては、その、変わった様子は無かったっす! でも……、あっ!」
なので、ボクは心配をかけまいと笑顔で答えるが、思わず口走ってしまった。
「でも? 何かしら?」
「実はその、先ほど餌を運んでいた時なんですけど……」
「うん」
「『希少価値のある肉が食べたい』と言い始めていまして……」
「希少価値のある肉? まさか、シャトーブリアンとかではなくて?」
すると、彼女は真剣な顔で再度訊ねてきたが、何故か頓珍漢な発言をしてきた。
「いやいや! 違いますって!」
なので、ボクは思いっきり首を横に振って答えるが、ミカ兄さんやSiri様みたいな上の方々は、何で天然が入ってる人が多いのだろうか。不思議に思いながらも懸命に話し続ける。
「実は、もっとヤバイ物でして……。シャトーブリアンとは全く違う次元の話っす!」
「じゃあ、どんな感じ?」
「えっと……その……、今度の要求は『✕✕の肉が食べたい』と……」
「『✕✕』を食べたいですって!? それは駄目だわ!」
言葉を詰まらせながらも、耳元で大事なことを言うと、彼女は突如、廊下に響き渡るほどの大声で怒鳴り始めた。
「そう言うかと思って、ボクも流石に断りましたよ!」
「そう……ね。それで、『Purple』は何て?」
「そしたら……、あの人はその、鬼の様な顔で睨みつけてきて、ボクにこう言ったんっす。『なら、仕方ないね。次来た時は、貴方を食べることにする』……と」
ボクはと言うと、気丈に振舞おうと声を発するが、最後の言葉を発した時、震えて声が掠れてしまう。
「分かったわ、ガブリ。その、ごめんなさいね」
「いいんです……、ボク。だって……」
彼女はと言うと、『これ以上言わなくていい』と言った様な素振りで動揺するボクの頭を優しく撫でていたが、正直嫌な予感がする。
「そんなに自分を責めちゃ駄目。『Purple』の事はガブリに危害を加えない様、ワタシが何とかするから。ね」
「えっ? Siri様!?」
「だから、変な方向に考えて、自分を責めたりしたら駄目よ! ねっ!」
そう笑顔で言い残すと、暗闇の中へと消えて行ってしまった。
*
「ど、ど、ど、どうしよう……」
これは明らかにボクのせいだ! ボクが犠牲になってしまえば、全て収まる話だったのに!
「あぁー!」
Siri様が代わりに行ってしまったら! と思うと、罪悪感がボクの頭の中を支配してくる。
そのせいか、大きく開封されたビックポテチを抱えたまま、レーザーアイに包まれた目からは、涙がボロボロと零れていた。
「Siri様!」
涙で視界が覆われた中、必死に止めようと叫んでいたが、もう、彼女の姿は何処にも居ない。
「そんな……」
暗闇に一人、呆然と佇んでしまったボクは、重い足を引きずりながらも、前へ前へと歩みを進めた。
これ以上、大切な人が殺されてしまう瞬間なんか、見たくない。
そうだ。Siri様が襲われていたら、ボクが助けないと!
決意と恐怖が入り混じる中、ゴクリと唾を飲み込みながら『Purple』が隔離されているだろう、独房へと向かう。
――ぁ……あぁ……
――何よ! 貴方にあげる餌なんて、どこにも無いわよ!
――ぁ……ぁぁぁぁぁああああ!
――うぐっ! この野郎!
「……Siri、様?」
ふと、耳を澄ますと廊下の最奥の方で、何者かの呻き声と女の怒鳴り声が聞こえてきたので、急いで声がする方へと走る。
「Siri様!」
すると、紫色の可愛いワンピースドレスを着た黒髪の少女が、コンクリート製の床に這いつくばりながらSiriの腕に齧りついていた。
少女は死んだ目で彼女を睨みながら喰らい付くと、腕からは鮮やかで真紅な液体がダラダラと流れ始める。
「いっ! ガブリ! 早くこいつを始末して!」
「は……、はいっ!」
「ったく。ざ、けんじゃねーよ!」
ボクは突然の状況に両手を震わせていたが、彼女は怒鳴り声で言い放つと、袖口に潜ませていたであろう、ピンク色の柄がついた折りたたみナイフを手に持つ。
そして、慣れた手つきで刃を出すと、躊躇うことなく少女の右目に向かってグサリと突き刺した。
「ぁぁあああああああ!」
少女は目を刺された衝撃で、断末魔の叫びを上げながらやられた右目を抑え、もがき苦んでいる。
そして、彼女は素早くナイフを引き抜くと、目からはどす黒い血が、噴水の様に勢い良く吹き出し始めた。
「うぐっ!」
彼女はと言うと、ベットリと血が付いたナイフを持ちながら、床でのさばる少女を冷やかな視線で見下ろし、少女の鳩尾に思いっきり蹴りを入れる。
「全く……、人って『醜い』よね」
「Siri、様?」
「ガブリ。そう、思わない?」
「それは、その……」
突然、何かを言い始めたので恐る恐る尋ねると、彼女は返り血を浴びながらも笑顔で平然と答えていたが、目の前で起きている惨殺な展開に戸惑いを隠せない。
「人間ってさ、欲に対して、とっても忠実的なんだよね」
「……忠実的っすか?」
「そう。寝ることや性的なこと、あとは食欲。この三つだけは人間にとっては、切っても切れない腐れ縁的な存在でさ。大事なんだけど……」
「なんだけど?」
「こうして見ると、欲に埋もれた人間ってさ、まるで化物みたいで『愚か』で醜くて、とても気持ち悪いよね」
「は、はぁ……」
いきなり何を言い出すんだろう。ミカ兄さんはよく、「面倒な事を押し付けられる」とボヤいて頭を悩ましていたが、こういう事なのかな。と、この時察した。
「何か、その」
「ん?」
「Siri様って、凄いあっさりしてますよね? 人を傷つけといて平然としている所とか……」
「あっさり? まー、言っておくけど、こうでもしないと『イルミナ』ではやってけないわよ?」
「それ……」
まさか、鬼になれ。とでも言うつもりでは。
一瞬言葉を失うが、上司の話は最後まで聞かなければいけないと思い、真摯に耳を傾ける。
「ガブリ。もしかして、『犯罪者も人間だ』って綺麗事の様に思っている?」
「いや! それは! その……」
「悪魔達は人の形をした『化物』なのよ?」
「ばけ、もの……」
そう言われ、まじまじと少女を見ると、ゾンビの様に血塗ろの床に這いつくばりながらこちらを睨みつけていた。そのせいか、とても気味悪く感じる。
「そう。だから、この子みたいに無差別に人を『食べる』犯罪者には容赦ないのよね。人権もクソもないわ」
「えっ……」
「まぁー、化物は、化物なりにやって貰わないとね。てことで、ワタシはここで」
「あっ、その!」
「どうした?」
「えっと……」
彼女は不敵な笑みを浮かべながらそう言い残すと、颯爽とその場を後にしようとしていたが、何かを思い出したボクは咄嗟に引き止めた。
「その……、色々と教えて下さり、ありがとうございます」
「そんなのに一々礼なんていらんよ。ったく。ガブリんは相変わらず律儀だねぇー」
「そんなこと、ないっす……」
謙遜しながらも丁寧にお礼を言うと、彼女は先程よりとても明るく微笑んできたが、先程の事もあったせいか、なんだか不気味に感じてしまう。
「でも、期待してるから。とりま、頑張ってねー」
「はっ! はい!」
そして、彼女はそう言ってボクの頭を撫でると、足早に立ち去って行った。
*
「そっかぁ……」
『犯罪者』って、こんなにも化物じみた存在なんだ。
ボクは自分に呪文をかけるかの様に、「犯罪者=化物」と、頭の中で言い聞かせながら床に倒れ込んでいる彼女を見下ろす。
「さてと……」
空になったポテトチップスの袋を床に捨てると、彼女の視界に映らない様、ひっそりと背後に回る。
そして、おもむろにポケットから水色の長い布を取り出し、慣れた手つきで口周りを赤く染めた彼女の口元に強く巻き付けた。
――んっ! んんっ! んんんっ!
「あっ、できた」
すると、彼女は驚いて大きく首を振っていたが、Siri様に片目をやられていたのもあったせいか、細身のボクでも暴れる彼女をあっさりと抑えることが出来た。
まぁ、見た目が『とても華奢な女の子』だから、あまりきつくすると痕がつきそうで強くは縛れない。
でも、Siri様に噛みついて暴れていたのであれば、これぐらいの痛さ、仕方ないよね。お愛顧だ。
「あとは……」
そう呟きながらニコリと口角を上げると、今度はローブから縄を取り出し、うつ伏せになって暴れる彼女の体に跨って手首を縛り付けた。
「んぐ!」
「ダメだよ。暴れたら凄い痛くなっちゃうって……」
「んーっ! んんんっ!」
そんな彼女に対し、ボクは優しく声をかけるが、一向に耳を傾けてくれない。彼女は床に向かって自身の頭を打ち付けたり、脚をバタバタとばたつかせたりして暴れ狂っている。
「だからさ、少し大人しくしていてよ。ね」
なので、ため息混じりに小さく呟くと、ローブのポケットからもう一本、手首を縛った時と同じ縄を取り出して再び跨ると、慣れた手つきで彼女の細い足首を縛った。
「んーっ!!」
こうして、芋虫の様に縛られた彼女は、ウネウネと体をくねらせて必死の抵抗をしていた。
「んーっ! んんっ! んん!」
「そんなに暴れなくてもいいって」
ボクはため息混じりに言いながら彼女をお姫様抱っこの様に抱えると、錆びた簡易ベッドへと運び、ボンっと勢いよく放り投げる。
そして、再びローブから縄を取り出すと、二度と起き上がれない様、柵と柵の間に縄を網目の形で張り巡らせ、蓋を被せた状態にした。
「んぐっ! んっ! んんっ!」
しかし、彼女は相変わらずボクを睨みつけながら縄を解こうと、顔を上下左右に振ったりと抵抗を続けている。
「……」
なので、暴れるのを止める為に、もう片方のポケットから水色の柄がついたアイスピックを取り出すと、それを少女の顔に目掛けて振りかざした。
「!」
「これだけは言っておく」
「……」
「ボクはいつでも、君を始末することが出来るからね」
突き刺した鈍い音と共に、彼女は青ざめた表情をしながら、自身の真横スレスレに突き刺さったアイスピックを見ていた。
「……」
「Siri様を傷つけといて尚且つ身勝手に暴れ回ってさ。君がやってる事、大罪だよ? 本来なら、この場で処理しなければいけないんだけど……」
「……?」
「君、ボクと同い年っぽいし、ボクもボクで、安易に人を殺したくないんだよね。わかる?」
「……」
顔色一つも変えずに冷たく言い放つと、古びたマットに刺したアイスピックを引き抜き、機械人形の様にコクリと頷く彼女を見下ろす形で話を続ける。
「だってさ、簡単に人を殺っちゃったらさ、命の重みが軽くなっちゃうでしょ? これじゃあ、世の中に蔓延しつつある『犯罪者』と大して変わらないもんね」
「……」
「それに……、ボクはいざ。という時でしか人を殺らない主義なんで!」
そう。目を突き刺して返り血を浴びて喜ぶSiri様みたいな、血塗ろ臭い殺り方は申し訳ないが、ボク的には『美しく』ない。せめてなら……。
ニヤリと笑いながら決め台詞を吐くと、右手に持つアイスピックをローブの中にしまう。
「てことで、なりふり構わず人を噛まないよう、ここでちゃーんと、頭を冷やして反省してね!」
「んーーっ!」
その言葉を聞いて再び暴れる彼女をよそに、ボクは無責任な感じで言って右手の人差し指でこめかみを叩くと、惨殺な雰囲気漂う独房を後にした。




