休憩室
彼に連れられ、休憩室に付いた私は、ホッと一安堵した。ここにいる時は狂者に狙われないからだ。
周りを見渡すと、両サイドに本棚がズラリと並び、真ん中に白い椅子二つとテーブル。その奥は窓があるけど、ここからはどこの場所にいるかはっきりとは見えない。そして、窓の近くには簡易キッチン。見た感じ、図書室にある休憩スペースのようにも見える。
少し違うのは、照明が薄暗いと言った感じだろう。本当はもっと明るくしてもいいと思うのに。
「ここに座ってもいいよ」
「あっ、ありがとうございます」
「あと、本は趣味で読んでるから、自由に見てもいいよ」
「はい」
彼にエスコートされ、勧められるがまま椅子に座る。
「今からお茶、持ってくるね」
「あっ……、ありがとうございます」
屈託のない笑顔で言うと、奥にある簡易キッチンへと消えていった。まさかこんな展開になるなんて。
「それにしても、凄い量の本だよね」
見渡してみると、本棚にはどれも天井に当たる程、本がびっしりとしまわれていた。待ってるのも暇だったので、久しぶりに本を読んでみることにした。でも、本を読むとか何年ぶりだろう。とても新鮮な気持ちになる。
今はというと、パソコンの画面に噛り付くように見てゲームをして、時を過ごしているような人も多い。私もその中の一種だ。なのでいざ、こういう場で異性と逢うと、かなり緊張して言葉が出ない。
それと、あの美青年は今まで逢ってきた人とは全く違かった。とても親切で、誠実で、何をとっても完璧に見えた。地味な私とはかなり対照的であったから、余計に惹かれてしまうんだろうな。
そう頭の中で考えていたら、彼が紅茶を両手に持って現れ、座ってる私の目の前に差し出した。
「どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
お洒落なティーカップを手にし、いただきますというと、軽く紅茶を飲んだ。とてもフルーティで甘く、優しい香りがした。アップルティーかな。
紅茶を配った後、相手も私の向かい席に着き、こう訊ねてきた。
「本、好き?」
「久しぶりだったので読もうかと思って」
「そっか。それなら嬉しいな!」
唐突に聞かれたので、そう答えると、笑顔で軽く紅茶を飲む。
「それと、自己紹介遅くなってごめんね。僕の名前は麗。よろしくね」
「あっ。麗さん、よろしくお願いします」
「えーっと、さん付けいらないから、麗でいいよ」
「え? い、良いんですか?!」
突然、笑顔で呼び捨てでいいよ。と言ってきたので、戸惑いを隠せない。
「大丈夫。僕も望って言うから。ね」
「あっ、それで、いいです」
そう促され、思わず顔を赤らめた。
目の前に麗がいると、安心感があるけど、余りにも美し過ぎて、とっても緊張して思うように言葉が出ない。
ふと、目の前に理想の人がいて、嫌われないように、モジモジしてしまうシチュエーションを思い出してしまった。
「望って、もしかして、あまり喋り慣れてない?」
「え?」
「僕、喋り過ぎたかな? もし、喋り過ぎたら謝るよ」
「そんなこと、ないです!」
顔を真っ赤にしながら、全力で否定した。
「そう?」
「はい。えっと……」
麗は首を傾げ、じっと相手の言葉を待っている。私は会話が途絶えないよう、頭の中で考えていた。
「だ、大丈夫?」
「あ。はい。久しぶりに人に会うものだから、とても緊張して、喋れなかったんです」
「そうなんだ」
「はい。ここに来るまでの間、人目に逢わないように、避けて通っていたので……」
「それは、何故?」
更に質問してきたので、何かを思い出すかのように、言葉を口にする。
「過去に嫌な事があって、それから引きこもって大好きな物に没頭していたから……ん?」
「どうしたの?」
ふと、喋っている時に思う。
「忘れていたはずなのに……。何で?」
ここに来る前の記憶を覚えているのだろう。
なので、恐る恐る彼に訊ねてみることにした。
「それは恐らく、その感情と記憶がリンクしているんだろうね」
「感情と記憶が繋がってるって……。どういうこと?」
思わず聞き返す。
「んーと、簡単に言うと、喜びを含めた思い出は、今の段階で蘇ったっていうことかな」
「なるほど。それなら納得するかも!」
「でしょ!」
「うん」
麗が解りやすく教えてくれたので、その場で意気投合すると、顔から自然と笑顔が溢れていた。
ここまで親身になって聴いてくれる人なんていなかったから、私にとっては、とても新鮮。
それと、麗のことをもっと知りたいと思い、今度は私から質問をすることにした。
「えっと、ここに入って気づいたことなんですけど……」
「もしかして、ここが薄暗いことかな?」
「え? 何故それを?」
言おうとしたのに、何故か読まれてしまった。
本当にこの人は何者なんだ。不思議な顔をして麗を見る。
でも、彼は先程とは違い、深刻そうな顔をしていた。
「あー。実は、アルビノなんだ」
「アルビノ?」
そういえば、微かに聞いたことはあった。ネット上での話で。
アルビノは「銀髪+赤目」が基本体なんだ! とか決めつけたような書き込みを見られたこともあった。
天使みたいな容姿で、誰もが羨ましがるような話で進んでいたから、それを聞いた時、なんで深刻そうな顔をするのだろうと疑問に思っていた。
「先天性色素欠乏症。とも言われているんだ」
「それって……」
「僕の場合は、生まれつき、黒色と黄色の色素が他の人より少ないらしいんだ。無いに等しい程にね」
「てことは……」
更に食いつく様に訊く。
「だから、このぐらい薄暗くしないと、眩し過ぎる。今の状態なら、これぐらいが限界かな」
「あー。なるほど」
思った以上に大変なんだ。確かにこういう姿の人を見たことなかったし、こんな話も聞いたことがなかった。
「じゃあ、私の色素、あげようか?」
なので私は自身の真っ黒な黒髪を触りながら、冗談まじりで答えてみる。ん? そもそも色素ってあげられるのか?
言った後、冷静に考えてしまい、凄い恥ずかしい気分になった。
「え? 何その答え!? 初めて言われた!」
「嘘!」
驚いて彼を見ると、「ははは!」と満面な笑みで笑っている。
「良い意味ばかりで囚われなくて良かった。ってこと」
「それ、どういうこと?」
「他の人から見たら、僕は天使のように見えるみたいで、それが羨ましいだとか、表面上の褒め言葉だけしか言われなかったからね」
「辛そうだから色素あげるね」と言われ、正直驚いた。ということだ。
「そうなんだ。最初見た時、第一印象はゲームに出てきそうな天使キャラに見えたよ」
「ほんと?」
「うん。でも話してみたら、普通の人と全く変わらないなって」
視線を反らすと再び、紅茶を一口飲む。さっきから緊張が止まらない。手に汗が握る。
「だから、ああいう答えをしたんだね。僕の体質のことも含め、そう言ってくれるなんて、とても嬉しいな」
彼はそう言いながら頬杖をつき、微笑みながら私の話を聞いている。
「えっ? 私はただ単に……」
言いかけようとした途端、彼は立ち上がり、耳元で囁く。
「ありがとう」
「いえ、お礼される程じゃ!」
思わず顔を赤らめて視線を外す。
あー、今が十六年生きた中で、一番の喜びかもしれない!
内心はかなり舞い上がっていた。
「それと」
彼は天井を仰ぎながらこう呟く。
「多分、望とは今後、かけがえのない関係を築いていけそう。そんな予感がした」
「まさか、それは大げさだって!」
「大げさじゃないよ。本当のこと言っただけなんだけどなぁ」
逢って早々、そう言われたせいか、真っ赤にしながら紅茶を飲み干した。彼も立ちながら紅茶を飲んで、私から視線を反らす。
もしかして、女性を口説くのに慣れてないのかな。
そんな雑念に駆られながら、飲み干したティーカップを覗いた時、ふと、あることを思い出した。
「あっ。ところで……」
「ん?」
「裁縫道具、どこにあるか知らない?」
そうだ。裁縫道具を使って、くまのぬいぐるみを縫おうとして探したけど、子供部屋から見つからなかったんだ。
麗なら何か知ってるかと思い、訊ねてみることにした。
「んー、あるとしたら、寝室かリビングのどれかにありそうだよね」
「確かに。あっ、それと……」
「もしかして、心細いのかい?」
「え? でも……」
また言いたいことを読まれてしまい、半分パニック状態になる。
何でこんなにも人の言いたいことがわかるんだ?
謎は深まる一方だ。
「それなら、僕も一緒に回ってあげるよ!」
「いいの? 大丈夫?」
「大丈夫だって! 困ったら手を貸すこともできるし」
「うん。わかった」
ちなみに僕は、英語と医学は得意分野だよ。
と言いながらさり気なくくっついてきたので、私はりんごみたいな顔になりながら笑って休憩室を後にした。