表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Delete  作者: Ruria
第四章 EX
57/180

Re:『うらら』

 私は目の前で起きた彼の変化に、戸惑いを隠せないまま、呆然としていた。これはもしかして……


「ごめんなさい。えっと、その……。おねえちゃんはだれですか? それと、『れい』って、あたし?」

「えぇ!? あっ、その……」


 自分自身のことじゃ……。とツッコミたかったけど、本当に違うと言いそうな雰囲気だったので、少し黙り込んだ。


「ん? おねえちゃん、もしかして、えがたくさんあったおへやであったこと、ある?」

「絵がたくさんあったお部屋?」


 それって、ここにある美術室のことかな。確かにいたけどその時は……って!


「あっ!」


 ふと思い出したかの様に言われた言葉を一つ一つ整理し始めた。


――はりつける? そういえば、これがころがってたよ。

――それより、どうぞうさんのおめめ、とけないのかなぁ?


 確かに声のトーンは、麗より少し高めだったけど、言葉が幼稚になっていた部分が所々あった。おかしいとは思ってはいたが、あの時は石膏像に気が行っててあまり気づかなかったなぁ。


「そういえば、逢ってたね。思い出した!」


 私は彼(?)に向かってニコリと笑うと、ベッドの端に腰掛け、色々と話すことにした。もしかしたら何かわかるかも、と期待を添えながら。


「そうだね! それと、あのくらくてこわいところでもあったことあるよ」

「暗くて怖い所?」

「うん。おまわりさんがくろいてっぽうみたいなものをもって、あたしにむけてきたの。あのときはこわくなっておもわずないちゃった……」

「それ……」


 中道がいた処刑室のことだ。この時は確か、麗は何も言っては来ないし、中道見ても「この人誰?」と頭を傾げてた。

 なのに、この彼(?)は何でそこまで知っているのだろう。謎が深まる一方だ。


「そのときにね、おまわりさんにくまたろーをとられちゃってね、『かえして!』っていったのにかえしてくれなかったんだ」

「それは、嫌だね」


 相槌を打っていたが、あのくまには『くまたろー』っていう名前があったんだ。私は普通にくまのぬいぐるみと呼んでいたのでごめん。と心の中で謝りながらも彼(?)の話に耳を傾ける。


「でしょ? でもね、めかくしをとったらね、とられたはずのくまたろーがいたんだ。でもあれって、まさか、おねえちゃんが?」

「あぁ……うん」


 かなり戸惑いながら返事をしたが、もしかして、あの一部始終を見ていたのか!?

 まぁ、その後はとことん制裁を下したから安心していいよ。と言おうとしたが、彼(?)は私の苦労を知ってか知らずか、幸せそうな顔をしながらくまたろーを大事に抱えている。なので、余計なことは敢えて言わないことにした。


「やっぱり! おねえちゃん、ありがとう! くまたろーもね、うれしかったっていってたよー!」

「そ、そうなんだ。それなら、良かった」

「それとねー……」

「と、ところで、お名前は?」


 彼(?)は子供のように笑いながら無邪気に話していたが、名前を聞き忘れてしまったので優しく訊ねる。


「あっ、あたしは『うらら』!」

「『うらら』?」


 もう一度聞き返すと「うん!」と大きく頷き、小さなくまたろーを抱いていた。


「その……、可愛い名前だね」

「うれしいなぁ! ありがとう!」

「えっと……」


 私は笑顔で返したが、ふと、何か聞きたいことがあったので、うららという少女(麗の中にいる)に聞いてみる。れいのことを知ってるかどうかは分からないけど、今の所はこれしか方法がない。


「そういえば、うららちゃんって、歳いくつ?」

「ななー!」


 すると、眩しすぎる笑顔をこちらに向けながら、指で七をつくって見せてきた。


「七つ……」

「うん!」


 目の前で繰り広げられる信じられない光景に、思わず目をぱちくりさせ、頭の中で状況整理する。


「それと、すきなことは?」

「すきなこと? んーと……」


 改めて訊いてみると、うららはおもむろに左のベットサイドに置かれた引き出し付きの小さなタンスから、紙とペンを取り出してこう言った。


「えをかくこととー、くまたろーとあそぶことぉー!」

「えを……かくこと?」


 あれ? 確か、れいは絵には興味が無いって愛さんや私に言ってたはずじゃ……。思わず聞き返す。


「うん。えをかいてるときはねー、いやなこととか、さっぱりときえちゃうからいいんだー」


 唖然とする私をよそに、彼(中身は女)はケラケラと笑いながら勢いよく布団を剥いでベットから飛び降り、ガラステーブルへと向かう。そして、子供のようにはしゃぎながら長椅子に座って真っ白い紙を置くと、左手にペンをもって紙に描いた。


「そうなんだ……」


 ってあれ? 麗って利き手はどっちだっけ。確か、寝室で暗号を解いていた時は右で書いていて、ケーキを切っていた時は右側にフルーツナイフを置いていたけど……。


「んー」


 悩めば悩む程、幾つかの思考が糸のようにぐにゃぐにゃと絡み合っていくが、とりあえず、うららについて色々と聞かなくては。そう思い、反対側の長椅子に腰掛けると、無我夢中で何かを描いている彼を真正面から見てみることにした。


「そういえば、何描いてるの?」

「んーと……」


 覗き込みながら訊いてみると、薄紫色の目でじーっとこちらを見てからこう答える。


「おねえちゃんのえをかいてるの!」

「わ、私!?」


 思わず驚きの声を発したが、彼はどこか淋しげな顔をしていた。


「うん。でも、へたくそだよね……」


 そう言うと、黒いペンだけで描かれた私の似顔絵らしき絵を見ながらボソりと呟く。

 見てみると、丸と三角がくっついていて、そこから手や足が生えていて表情は笑っている。小学校低学年ぐらいの子なら、こういう描き方をしてもおかしくないかな。


「ううん。とっても上手いよ」

「ほんと?」


 目をキラキラと輝かせる彼に、私は静かに「うん」と頷く。


 あっ。そういえば、突然起きた麗の人格の入れ替わりがあってか、その対処に追われてしまって、痣に湿布を貼ることをすっかり忘れていた。貼っとかないと……。

 思い出したかの様にパーカーのポケットから湿布を取り出すと、小さなハサミを使って正方形に形取るようにして切り始める。


「えっと、おねえちゃんは何してるの?」

「ん? うららちゃんの顎辺りに痣ができてたから、貼っとこうかと思ってね」

「あごに、あざ?」

「うん」


 そう頷くと「ちょっと動かないでいてね」と言い、正方形に切った湿布に付いてる透明フィルムを外し、彼の口元付近にある大きな痣に優しくぺたりと貼る。


「んわぁ! つめたーい!」

「はいはい。我慢しててね」


 彼は冷たい反動で一瞬目を閉じ、貼られた部分を右手で抑えていたが、私は取れないようにテーピング用のテープできっちり端を固定した。

 その雰囲気は正に子供そのもの。まるで近所の小さい子の面倒を見るおねえちゃんをやっている様な気分になる。


「できた!」

「これで、いいの?」

「うん」

「あ、ありがとう……」


 そう言うと、瞼を擦って「ふぁー」と右手で口元を抑えながらあくびをしていた。


「ね、眠たいの?」


 訊ねてみると、彼は「うん」と大きく頷き、左手に握られたペンをテーブルの上に置いてベッドへと向かっていく。


「そっか、おやすみ」

「うん! おねえちゃん、おやすみ……」


 あくびをしながらそう言うと、白いカーテンの奥へと消えていった。


「ふぁぁ……」


 この時、私も眠気がさしてきたので、隣のベッドへ向かうと、ベッドサイドに腰掛けてスニーカーを脱いだ。




 結局、彼の中にいるうららに思いっきり振り回され、良い情報を得ることが出来なかった。


「はぁ……」


 大きなため息をつきながら簡易ベッドの中へ入って仰向けになり、呆然と天井を眺めながら考え事をする。たった湿布を貼るだけで、何でこんなに時間がかかってしまったのだろう。訳が分からなくなってしまった。


「それと……」


 唯一分かったことは、私の目の前で起きていたことは、台本シナリオ通りに行われている演技ではないということ。多重人格なんて、ドラマや漫画、ゲームでしか見たことが無かったから、実際に目の当たりにすると、どう接していいのか分からなくなる。

 さっきまでああやって実際に話してる内容だって、『れい』に変わってしまったら「何のこと?」て言われてしまうし、その逆だってそう。こちらから『うらら』に難しいことを聞いても、また思いっきり振り回されてしまうだけだから、正直、画面越しの人と接するオンラインゲームをやるより、格段と難しい。

 

「何かいい方法、ないかな……」


 頭を悩ませながら、ボソっと呟く。


「そういえば……」


 愛さん達は、ちゃんと着いたのだろうか。心配になったのでポケットからスマートフォンを取り出し、LIKEを開くが通知は来ていない。


「とりあえず……」


 こっちはやっと落ち着いた。とでも打っておくか。そう思い、文を打ち込んで送る。


「でも……」


 確かに反対側から行ったはずなのに、まだ愛さんから通知が来てないのは、どうしたのだろうか。もうそろそろ着いてもいい頃合なのに。そう思っていた時だった。


――ガタッ……


「何事!?」


 突然、扉から大きな物音がしたので、私はベッドから勢いよく起き、カーテンを力強く開けた。


「気のせい?」


 しかし、周囲を見渡しても、水道の音もない程の静寂な空気が漂うだけで何も変化がない。まさか……。


「麗? 開けるよ?」


 そう言って声をかけてみるが、反応はない。可笑しいと思った私は、隣のカーテンも勢いよく開けてみる。


「嘘……」


 すると、寝ているはずの麗の姿が無く、白い布団の上には『くまたろー』だけがポツリと寂しく置かれていた。


「麗……。どこに行ったの!?」


 突然のことで混乱した私はどうすればいいのか分からず、ベッドの前で呆然と立ち尽くす。


――ブーッ……


 その時、右手に握られたスマートフォンに通知が入る。バイブの振動ですぐに分かった私は、素早く画面に目を向け、通知のタグを押す。タイミングが良いのか悪いのか分からないが、送り主は愛さんからだ。


 愛:望さん、りょー! と言いたいところなんだけど……。

 望:どうした?


 何があったんだろう。

 気になったので、LIKEで訊いてみる。


 愛:えっと、戮さん、そっちに来てる?

 望:いや、来てないけど、何かあったの?


 戮さん? 確か、手を繋いでまで愛さんの近くにいたはずじゃ……。

 疑問に思いながら周囲を見渡したが、誰もいなかったので、彼女にそのまま伝えた。


 愛:実は、はぐれたんだ……。

 望:え? どういうこと?


「何で?」


 思わず口から本音が漏れてしまったが、再びバイブ音が鳴ったので再度見る。


 愛:んと、向かう途中に理科室があったから、戮さんから準備室に行っていいか? って言われたから寄ってみたんだ。

 望:うん

 愛:それで、目を離した隙にいなくなっちゃったんだ……。


 まさか、私と同じ状況になっていたことに唖然としたが、一言文を送って様子を見ることにした。


 望:なーんだ。

 愛:えっ。何のんきなこと言ってんの? こっちは緊急事態だっつーのに!

 望:いやいや。私も目を離した隙に、保健室から麗がいなくなっちゃったんだ。

 愛:はぁ? それ、まじ!?

 望:まじ


 麗がいなくなったと送ってみると、一分も経たないうちに、彼女からの返信が届いた。文面からして、とても驚いている様に感じる。


「はは……」


 そりゃぁ、愛さんも驚くよね。こんな状況、滅多にないけど、二人揃って何をやっているのやら……。

 溜息混じりに苦笑いをし、再度文を送る。


 愛:それじゃー、理科室で落ち合おう。話はそれからの方がいいっしょ?

 望:そだね。了解。


 そう文を残すと、私はスマートフォンをポケットの中へしまい、枕元に置いていた黒いリュックを背負って部屋を出た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ