浴室
子供部屋を後にした後、廊下を歩いてみると、隣にはまた扉があった。誰かいるかわからないので、今度は音を立てないよう、そっと開いてみた。
「ここは……」
シャワーの音がする。どうやら浴室のようだ。誰かが浴びているのだろうか、部屋は酷く湿っていた。
周りを見渡していると、白いカーテンの奥にうっすらと黒い人影が見えた。狂者かと思い、隠れ場所を探していたが、さっき見た狂者とは明らかに背が高い。
「もしかして……」
あの支配人が言っていた破片者だろうか。でも、声をかけようにもかけられない。
見ると右側にパイプ椅子があったので、座って待つことにした。でも、さっきみたいに狂者がナイフを持って現れても困るので、人影の正体が分かる間、隠れ場所も探してみることにした。
すると、椅子の傍にアコーディオンカーテンを見つけた。その先には、大きなダンボールが二つ。身を潜めるにはうってつけだ。
カーテンを閉め、再び待っていると、例の人影がシャワー室から出てきた。しかし、正体を見た途端、息を呑んで呆然とその場に立ち尽くした。
人影の正体は、ゲーム物の天使がリアルに出てきたと思う程、髪は白に近い銀髪の青年だった。濡れていたせいか、ストレートになっていたが、長さは耳に掛かるかかからない程短い。横顔は顔立ちが整ってるせいか、凛としていて、目は透き通った薄紫色。肌も白く、見た感じ、王子様の様だ。
どうしよう。気まずい。思わず恥ずかしくなって、裏に隠れようと背を向け、カーテンの取っ手を握る。
「どうしたの?」
全裸になっていた青年は、隠れようとする私に声をかけてきた。
「えっ、えっと……」
後ろを向きながら答える。取っ手は握ったままだから私は見ていない。見ていない。
そう思いながら呟いていると、青年は何かを察したようで、自身の上下を見ながら「いっけない!」と叫びだした。
「あっ。えと、その、ごめんね! 僕、裸だった!」
彼は私に謝ると、急いでタオルで体を拭いて着替え始めていた。
「あっ」
後ろ向きのままであるが、どうすれば良いかわからず、挙動不審になり、終始取っ手を強く握りしめる。
「気にしなくていいよ」
しかし、青年は笑顔で答えると、再び着替え始めていた。
*
「あっ。着替え、終わったよ」
「は……はい」
少し経ったあと、青年から声をかけられ、そっと振り向いて返事をした。
改めて見ると、白のタートルネックにベージュ色の新品同様のズボン。黒のブーツに、高そうな水色のコートを羽織っていた。その為か、乙女ゲームのイケメンがそのまま現実に現れた感じがした。
「えっと、突然……、入ってしまい、すいませんでした」
失礼のないように、言葉を探して謝罪の言葉を述べた。
「謝らなくていいよ。椎名望様」
「え? 何故私の名前を……」
青年は微笑んで私の名を口にした。
私はこの美青年とはここで初めて逢ったはず。なのに、何で名前を知っているのだろうか。とても気になった。
「んーっと、支配人から聞いたんだ」
「支配人から?」
そう訊ねると、彼はうん。と頷く。
「これを渡して欲しいって」
「これ……」
水色のコートのポケットから取り出し、私に渡した物は、あのゲーム機のソフトらしきものであった。色は緑色でタイトル名が書かれていたが思い出せなかった。
「望さんが持ってる物に使えば良いと思うよ」
「これに?」
そう訊ねると、彼はコクリと頷いた。私はポケットからゲーム機を取り出し、渡されたソフトを挿し込んでみる。すると……
――ノゾミサマハ
ヨロコビノカンジョウヲ
エラレマシタ――
と液晶に書かれていた。ソフトは取り出そうとしたら、ガシャンと音を立て、粉々に砕けてしまった。
「どういうこと?」
「じゃ、笑ってごらん?」
そう言うと、彼は満面な笑顔で微笑んできたので、思わず笑ってしまった。
「あっ!」
不意に口角が上がっていることに気づき、私は思わず声を出して喜ぶ。
「えっと……」
「あっ、ここじゃ危ないから、休憩所まで案内するね!」
「は、はい!」
すると、彼は何故か顔を赤くしながら私に背を背け「ま。ついてきて」と辿々しく言うと、扉の前まで歩き始めた。私も彼の後をついていく様に、二人揃って浴室を後にした。