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Delete  作者: Ruria
第三章
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メインルーム4


「模型さん……」


 あの場所を脱出した後、私は置いていってしまった彼のことが気になり、青い扉を見つめていた。


「模型さんは大丈夫だよ。望」

「そうかな」

「んー。でも、心配する気持ちは分かる気がする」

「やっぱり、そうだよね」

「とりま、座ろう。疲れた」


 うん。と頷き、共に木製の椅子まで歩いて腰をかける。かなりの距離を歩いていたせいか、足を伸ばすと棒のようになっていた。


 今思うと、私は何の取り柄もない。運動は苦手。頭も閃きと運だけで通ってきたような感じだから、決して良くない。それに比べて、麗はかっこ良くて優しくて頭が良い。愛さんは容姿端麗で、何事にも冷静で、生物にも詳しくて……


「ふぅ」


 一つ溜息をつく。下に水滴があって、それを間違って紙で潰したように、自身の非力さが底からじんわりとにじみ出てきた。それが嫌になり、両腕で顔を埋めながら机に突っ伏す。


「ん?」


 ふと、私の背後から何かがそっと体を覆う。


「これって……」


 目をうっすらと開けてみると、見覚えのある水色の布らしき物が、自身の肩にかかっていた。


 もしかして、これをかけてくれたのって、麗かな? 後でお礼を言わなくちゃ。


 そう思い、微笑みながら再び眠りについた。


「ん?」


 今度は何だろう。


 少し経った頃、何処からともなく甘くて懐かしい匂いがした。なので、「うぅ」と瞼をこすりながら、突っ伏していた体を起こす。


「これ、誰が?」


 すると、目の前にクッキーが置かれていた。それも、皿いっぱいに盛りつけられていて、チョコチップからマーブルまで、模様や種類が色とりどりで華やかだ。形はと言うと……、葉っぱみたいな形をしているのもあれば、きちんと丸型になっているものもある。


「おはよー。望さん起きたんだね」

「あ、愛さん。これはどういうこと?」


 半分寝ぼけながら彼女を見ると、髪型は後ろに縛っていて、服装もワイシャツ姿に袖を肘辺りまで巻くっている。その上には緑色のエプロンをしていた。その格好にも驚きながら訊いてみた。


「起きて早々、唐突に聞くのもどうかと思ったんだけど」

「うん。大丈夫だよ。内容は何?」


 彼女も申し訳ないという気持ちがあるのか、えーっと。と戸惑いながら答える。


「今日は何の日だと思う?」

「確か……」


 そう呟きながら、テーブルに不自然無く置かれた卓上カレンダーに、視線を向ける。


「ホワイトデー?」

「当たり。てことで、ケーキを切るのも不器用な麗さんが、望さんの為に作ったんだって」

「え……えぇ!?」


 もしかして、麗が作ったのって、これ?


「これはこれで可愛いね!」


 そう褒めると葉っぱみたいな形をしたクッキーを手に取り、驚いて四方八方から眺めてみることにした。


「あっ。これは、その……」


 白いタートルネック姿の彼は、私から視線を大きく逸らしてこめかみを掻いていた。そして、おもむろにクッキーをパクッと一口かじる。


「んん!」


 口から仄かな香りがしてきて、とっても美味しい!


 あまりにも美味しかったので、思わず笑みがこぼれる。


「そういえば麗さんね、望さんが寝てる時に、クッキー作りながら惚気話に花咲かせてたんよ」

「え?」

「あー! それは言っちゃ!」


 彼はそう言うと、林檎のように顔を真っ赤にしながら右手を額に当てる。


「ったく。惚気けるならウチがいない所でやってよね! こっちはこっちでレシピ見ながらクッキー作ってたんだから!」

「まぁまぁ」


 二人はまたもや言い合いながらキッチンで片付けを行っていた。


 あれ? ここってキッチン置いてなかったよね? 


 一体誰が。そう思いながら彼女達を眺めていた時だった。


「ヤァ。椎名望サマ。マタモヤ無事ニ脱出デキマシタネ!」

『支配人!?』


 突然、あの一つ目の仮面を被った支配人が映り、私達はモニターに目を向ける。


「アァ。ソノキッチンハデスネ、私ガ愛サマニプレゼントシタモノデス! 料理ガ得意トイウノデ!」

「そ、そうなんですか……」

「ハイ! コレニハ流石二興味ガオ有リナヨウデ!」


 それと「机ノ上二置カレタカレンダーモ私ガ置イタノデス!」と一言付け加えてから再び陽気に喋り始める。


 また破片者パーツ達の無茶な要求に答えてたんですね。支配人、ご苦労様。

 そう思いながら支配人が言ったことに「はいはい。そうなんですか」と、適当に相槌を打つ。


「それで、次は何の用?」

「エットデスネ! 今回ノフロア、カナリ手ヲ凝ラセテイタダイタノデ、ソノ感想ヲオ願イシマス!」

「あー。それなら……」


 私はそう言いながら、両隣に座る二人に目で合図を送る。二人共コクリと軽く頷くと、声を合わせてこう言った。


『とても面倒くさかった!』

「チョット! ソンナ破片者パーツ達ト一緒ニナッテ言ワナクテモ!」


 画面の中で慌てふためく。


「だって、本当のこと言っただけだよ?」

「確かにそうだね。あんなに長いと正直飽る」

「つーかさ。支配人はウチをフロアから出したくなかったんでしょ! あんな回りくどいことやらしてさ!」


 彼女が不貞腐れながら言ったので、確かにそうだ。と声を合わせる。


「今回ばかりは、みんなに同情する」

「ア……チョット!」

「反論は認めないよ。支配人」 

「ハァ。流石二三体一ハ卑怯デスヨ!」

「そうかなぁ。一番卑怯なのはこんな所に僕らを閉じ込める貴方だと思うけど?」


 そう言いながら彼は微笑み、目の前のクッキーを美味しそうに食べる。それを見た支配人は参ったようで「ヤレヤレ」と呆れ気味に呟いた。


「さてと……」

「あっ。どうしよう!」

「愛さん、どうしたの?」

「あぁ! もうこんな時に!」


 彼女はそう言いながらスマートフォンを弄るが、画面は真っ暗のまま。どうやら電源が落ちてしまったようだ。


「そういえば……」


 ふと、私は何かを思い出したかのようにリュックの中をガサゴソと漁る。


「あった! これ、よかったら使う?」


 すると、奥底に絡まるようにしまわれた充電器を見つけたのでそれを取り出し、彼女に差し出す。


 改めて思う。この充電器の持ち主、ホントに誰のだろう。


「いいの? じゃ、早速使ってみる」


 彼女はそう言うと、席を立ち、私から充電器を受け取ると、キッチンの近くにあったプラグ口に充電器のコンセントを差し込む。


――カチャッ


「あっ! ちゃんとついた!」


 充電器とスマートフォンの充電口の型が合っていたようで、それもピッタリとはまった。


「愛さん、ついた?」

「ん。えっと……」


 首を縦に頷くと、ぼそっと呟き、顔を赤らめていた。


「どうした?」

「あの、その……」


 訊ねてみたが、「えっと……」と言って視線を逸らし、モジモジしたままだ。明らかに様子がおかしい。一体どうしたんだろう。


「望さん、『色々と、ありがとう』」

「え? あ、愛さん?」

「これからも、よろ、しく!」


 突然、感謝の言葉を言って来たので思わず聞き返す。彼女の目には、いつもの悲しげな影は映っておらず、明るいブラウン色となっていた。


「あ。これ、実は……」

「愛サマハ、一時的デスガ、抜ケタ感情ガ戻ッタノデス!」

「え? そうなの?」


 私は突然の事に唖然とする。


「一番初メニ、望サマガメモヲシタ【ルール】ヲゴ覧ニナレバヨイカト……」


 そう投げやりに言われ、机に置いたメモを手に取ると、ペラペラと捲り始めた。


―――――――――――――――――――――――



・又は、破片者に関するアイテムを手に入れ、彼らに渡すと、彼らの抜けた感情を一時いっときだけ、取り戻すことができる。(しかし、関連する物でないと、何も起こらない)



―――――――――――――――――――――――


「ホントだ!」

「なるほど。つまり、その充電器は、愛さんの『心の補給品』みたいな物ってことかな?」

「ソウイウコトデス! 麗サマ流石デスネ!」

「でもそれって……」


 支配人は画面越しで彼をべた褒めするが、ルールに書かれた『一時いっときだけ』が引っかかり、再度訊ねる。


「取り戻したとしても、また消えてしまうってこと?」

「残念デスガ、次ノフロアヲクリアシタ後ニハ、元ニ戻ッテシマイマス」

「そっかぁ……」


 彼女は充電器を挿したスマートフォン片手に、残念そうな顔で呟いていた。


「でもウチ、次のフロアで麗さんみたいな素敵な人を見つけようかと思う」

『え!?』


 突然の爆弾発言に、思わず驚く。


「そして、その人に笑顔で告白する! 成功するかわからないけど、成功したら、晴れてリア充の仲間入り!」


 そうキラキラと目を輝かせながら、充電器を抜き取り、元気になったスマートフォン片手に左隣の椅子に座る。


「だってさ、ウチだけハブいといて『リア充満喫』だなんて許さないよ? 望さん! フフフッ」


 彼女はそう言って、頬杖をつきながら私に目を向け、マスク越しで小さく笑った。


「いや、その、私と麗はまだ……!」

「ふーん」


 否定しようとすると、視線をそらし、素っ気なく返された。


 えっと、愛さん。正直言ってかなり怖いんですけど!


「てことで、ウチからは以上かな」

「ソウデシタカ。デモ、愛サンガ元気二ナラレテイル。ソレダケデモ素敵ナコトジャナイデスカ!」

「そっかなぁ?」


 彼女は照れながら、モニターに自然を向け、右手の人差し指で右頬を掻く。


 でも、この会話だけを聞いていると、益々『Delete』の真意が分からなくなってくる。支配人よ。一体こんなことして、貴方は何がしたいのだろうか。


「つーか。ウチ、こんなバカ真面目なこと言って、マジで恥ずかしいんですけど!」

「フフフッ。マァ良イ。私ガ望ト話ヲシテル間、コノ中デ自由ニシテナサイ」

「りょーかい!」


 彼女はそう言うと、キッチンに向かって、鼻歌を歌いながら(これだけでも珍しい光景)途中になっていた洗い物の片付けをし始めていた。


「んー、じゃ、僕も良い話聞けたし、浴びてくるね」

「分カリマシタ。麗サマ」

 

 そう言い残し、シャワルームへと向かった。





「そういえば、支配人?」

「ナンデショウ? 望サマ」

「えっと。前々から気になってたんだけど、これの意味は?」


 そう言いながら、おもむろにパーカーのポケットからあのゲーム機を取り出す。


「詳シク言イマスト、ソレハ『貴方自身ノ心』ヲ具現化シタモノデス」

「具現化?」

「ハイ。先程ハ、ソレデ欠ケタ部分ヲ補ッテイマシタガ、心ヲ物二例エルコトデ、大切ニシテクレルノデハナイカト私ハ考エタカラデス!」


 そして、そこから長い話になったので、白いメモにこう書き留めた。


―――――――――――――――――――――――


 全人類は、「誰もが人らしく生きる」為に、「三つの欲」や「感情論」など、様々な論や思考が、この世から生まれました。


 そして、これらの感情や思考は、「心」として一つに纏められ、頭で考えるようになったのです。


 しかし、外部からのきっかけにより、感情、思考の中で綻びが生じ、トラウマや恨み、依存、快楽などが生まれてしまいます。


 それは次第に偏り始め、大きく偏った時には手遅れになり、「狂い」になっていきます。

 そして、最後に人は「慈悲」を無くし、大罪を犯すのです。 


―――――――――――――――――――――――


「これってつまり……」

「ソウ。物ヲ大切ニスルコトデ『愛着』ヲ沸カセ、『慈悲』ノ心ヲ育モウトシテイタノデス」

「なるほど」


 このゲーム機に深い意味があったとは。てことは、愛さんが肌身離さずに持っていたスマートフォンや、麗が大切にしていたくまのぬいぐるみも、あながち納得は行く。でも、まだ気になることがある。


「だけどそれって、依存に発展しない? くまのぬいぐるみは別としても、スマートフォンやゲーム機なんて、やり始めたら止まらないという中毒性があるよ?」

「デモ、壊サナケレバイイノデス」

「はぁ?」


 確かに壊さなければいいだろうけど、たったそれだけでいいってこと?

 その場で唖然とする。


「壊シタラ、思考ガ偏リ始メ、依存カラ恨ミニ変カワリマスヨ」

「てことは……」

「ソノ物ハ先程言ッタコトデスガ、『貴方自身ノ心』ナノデス。ツマリ、簡単二壊スコトモデキルトイウコトデス」

「簡単に壊すこともできる。か」


 それを聞いて、オウムのように最後の言葉を繰り返し口にしていた。


「他ニ何カアリマセンカ?」

「あとは、まだ破片者パーツ達のことがよくわからない。常者プレイヤーとの関係って、詳しく言うとどんな関係なの?」

「ソレハ、考エ過ギデスヨ」

「えぇ?」


 モニター越しで陽気に話す彼に、首を傾げる。


「脱出スル為ノ単ナル『協力者』ジャナイデスカ」

「それは前にも言ったけど、私が言いたいのは、本当の正体は何? てこと」

「正体デスカ……。人間デスヨ」


 いや、だからそれは見ればわかるって!


「はぁ」と溜息をつき、心の中でツッコミを入れた。


「じゃ、分かりました」


 進展が全くしないので適当に相槌を打ち、質問を変えることにした。でも、破片者パーツの話になると、なんでこんなにもはぐらかされるんだろう。不思議に思う。


「えーっと、このゲームって、そもそも何をするための物?」


 前から気になっていたんだけど、このゲームって、謎が多すぎてさっぱりわからない。


 それと、私は『何も』悪いことはしていない。人にも迷惑をかけてない。物を盗んだりもしていない。なのに、何でこんな訳分からないゲームに強制参加されて、終いには感情を抜かれていたり、記憶が消されていたり。これじゃ、踏んだり蹴ったりだよね?


 あまりにも理不尽すぎるこの展開に、画面越しの彼に疑問を投げかける。


「ソレハ『今ノ段階デハ』答エラレマセン」

「え? 何で?」

「ソレヲ言ッタラ、望サマノ心ガ、イツマデモ成長シナクナルカラデス!」

「成長? それはどういう……」

「ソコマデ抜ケテイタトハ。コレハカナリノ大誤算デス」

「はぁ?」


 そこまで抜けていた? 大誤算?


 全く状況が掴めない。


「一体、どういう……」


 そう言いかけた時、プツリ。と画面が切れた。


 またこの展開か。支配人は相変わらず何が言いたいのか、私らに何をやらせるつもりなのか、はっきりとしないから嫌いだ。


 その後も私の中にあるモヤモヤは、いつまでも消えることはなかった。

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