表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Delete  作者: Ruria
第三章
31/180

玄関


 私は愛と共に、慎重に階段を降り、一階に着くと、辺りをキョロキョロと見渡しながら歩いていた。


「あれって……」

「まさか!」


 彼女が指を指した先には、職員室の扉にもたれるようにうずくまる銀髪の青年がいた。その人は水色のコートとベージュのズボンを着ていて、黒いブーツを履いている。ってあれ?


「れ……、麗!」

「……あ。の、のぞみ!」


 近くまで駆け寄り、声を掛けると、彼は顔を上げて私を見る。透き通った薄紫色の目からは、大粒の涙が頬を伝っていた。まるで小さな子供が怖い物に対し、怯えながら目で訴えている。そんな風に見えた。


 いない間に、何があったのだろう。


「一体、どうしたの? 泣いてるけど」

「はっ!」


 思わず心配して訊ねると、涙をコートの袖で拭い、すっと立ち上がってこう言った。


「な。何でもない!」

「え?」

「望、僕は大丈夫だからね!」

「あっ。そう」


 ポケットに両手を突っ込み、笑顔で返された為、どう言えばいいのか戸惑う。しかし、ブラウン色の目を細めていた彼女は、私の後ろでこう言い返していた。


「でも、大丈夫じゃない様に見える。いつも笑ってる麗さんが泣くだなんてさ」

「そんなことはないよ。気のせいだと思う」

「はぁ? こっちは心配して声かけたっていうのに?」


「あーもぅ!」と怒って茶色の髪をぐしゃぐしゃに掻くと、彼を睨む様にしてこう言い放つ。


「いくら何でも、それはありえなくない?」

「でも、僕が泣いてるとか泣いてないとか、そういうのって、愛さんには関係ないはずだよ」

「何よそれ!」

「まぁまぁ」


 二人が些細な痴話喧嘩(麗は戸惑いつつも、微笑みながらあしらっている)をしてる中、私がやんわりとなだめる。


「望さんも望さんだって! もうっ!」

「いや。そういうことじゃ!」

「ふぅ」


 しかし、彼女は不貞腐れてそっぽ向く。バツ印が付いたマスクで口元は見えないが、頬が膨らんでいた。彼は彼で、深く溜息をつき、前髪を掻きあげると、彼女から視線を逸らしていた。


 あれ?


 ふと、私はあるものに目がいく。


 二人でこの場所に来た時、麗の手には何も嵌めてなかった。なのに今見たら、革製の黒い手袋が、右手に馴染むように嵌められていた。


 あんなの、いつ付けてたんだ?


 疑問は深まるばかりだ。でも、どこかで拾った物かもしれないし、誰かから貰った物かもしれない。だから、今のところは言わないでおこう。


「あ。それより、望?」

「ん?」


 そう思って二人を見ていた時、彼が突然、何かを思い出したかのように訊ねてきた。


「鍵は見つかった?」

「うん。ここにあるよ」

「そっか。扉もほら」


 なので、パーカーのポケットから鍵を取り出して見せると、彼は軽く相槌を打ち、玄関の中央側に指を差す。指した先には、一つ前の場所で似た形をした赤い扉があった。その両側には、年季が入った下駄箱。高さは麗より少し高めだ。


「ほんとだ! そこから脱出できそうじゃん!」

「そうだね。愛さん、麗、行くよ!」

「りょーかい」

「うん!」


 互いに頷いた後、扉へと向かおうとした。


「クククッ……」

『えっ?』


 その時、何処からか声がしたので、思わず振り向く。


「ミイ……ツケタッ! キャハハハハハハハハ!」


 校長室の前で血だらけの包丁片手に持ち、悪魔の様な声で笑う黒い影が佇んでいた。真正面から見ると、女子高生みたいなシルエットだが、目は一つしかない。瞳孔は真っ赤でいつ見ても不気味だ。


「はぁ。狂者あいつかよ!」

「こんな時に!」

「早く扉に向かうよ!」


 私達は、赤い扉の前まで全力疾走で走る。狂者もこちらに向かってくるが、走ってはいない。その代わり、力任せでバキバキと下駄箱を壊す音が、左側(校長室方面)から聞こえてきた。


「これ、もしかして!」

「下駄箱壊して扉を封鎖するつもりだ!」

「えぇ!? それ、まずいじゃん!」


 お互いに言い合いながら青ざめた顔で扉近くまで着いた。短い距離なのに、呼吸せずに全力で走ったせいか、はぁ。はぁ。と息を切らす。そして、慌てながらも赤い鍵を取り出し、鍵穴に差し込んでガチャガチャと回す。


――ガチャッ


「よし! 開いたよ!」

「早く出よう!」

「あっ!」


 その途端、狂者あいつが壊した衝撃で、左側にあった下駄箱がこちらに向かって倒れてきた。


「望! 危ない!」


 彼が咄嗟に私を庇おうと前に出る。


――ガシャッ


『えっ!』


 すると、麗の前には見慣れた姿が両腕(片方は筋肉が丸見え)で、倒れてくる下駄箱を支えてた。


「模型さん、なんで!?」

「三人共、早く行きなさい!」

「でも……」

「これでもしないと、ここから抜け出せないでしょ?」

「うっ!」


 確かにそうだ。今の状況では何もできない。逃げるのに精一杯だ。でも、危ない目に遭ってる模型さんを見捨てることもできない!


 どうしよう。

 しかし、彼は「ぅぐぐ!」と言いながら、こう言い放つ。


「貴方達に、あの時のこと、謝ろうと思って、ここに、来たのよ!」

「そんな。模型さん! 私、あの事全く……」

「あっ。望ちゃん、だっけ? 一つだけ、ある人に、伝えて貰っても、いいかしら?」

「あっ。はい」


 言いかけそうになったが、思わず返事をした。

 彼は力ある限り、両腕で支えながら、話を続ける。


「そう、ね。『滝沢陸斗』を、見つけたら、伝えて、ほしいの!」

「『滝沢陸斗』……ですか?」

「そう、よ。うぐっ! どこかに、いるはず、なの! 『生徒指導室に、お前の大事なもの、隠しといた。藤田、卓』とね!」

「わ、分かりました。でも!」


 模型さんを助けないと! そう思い、共に下駄箱を支えようとした。


「望ちゃん!」

「でも私!」

「いいのっ!」


 その時、模型さんは声を荒らげ、私に対してこう言い放った。


「私のことは、気にしなくていい! だから、構わずに、行きなさい!」

「えっ……」

「はやく!」

「うっ!」


 下駄箱を支えた手を離し、言葉が詰まって何も言い返せないまま、彼を見る。距離はあったが、彼がいる位置の奥側には、狂者あいつがニヤリと口角を上げながら一歩一歩近づいてくるのを見た。


「ごめん、なさい!」

「望さん?」

「愛さん、行こう。でないと……」


 殺される!


 『死』が音も立てずに、近くまで迫ってきていることに気づくと、恐怖で声が震える。その後ろで彼女は深く頷き、肩にポンと手を静かに置く。そして、彼に視線を送るようにしてこう言い放った。


「わかった。模型さん、望さんの為に、どうか無事でいてよね!」

「分かったわよ。フフッ!」


 私達は赤い扉を開け、重たい足を引きづる様に、中へと入る。私はもう一度後ろを振り向き、悲しげな眼差しで彼を見てその場を後にした。






――望達が脱出した後。


「くっ! こんなのなんて! こうよっ!」


 わたくしは最大限の力を発揮し、体全体で倒れてくる下駄箱を撥ね退けた。こんな馬鹿力が出せたなんて、何年ぶりかしら。


 そして、おもむろに閉まった赤い扉を呆然と眺め、一人思う。


 望ちゃん達は、無事に脱出できたようね。これが、遠藤側についてしまい、望ちゃんを騙してしまったことに対しての償い。だから、これで私はきちんと役目を果たせた。もう、悔いはないわ。


「クククククッ」


 声がしたので振り向くと、忍び寄る怪しい影が、不敵な笑みを浮かべながら、包丁片手にジリジリと近寄ってきた。


「何よ。ていうか、貴女は随分楽なポジションじゃない?」

「……」

「ただ単に標的ターゲットを追っかけて『殺る』だけで良いだなんて。ねぇ?」


 気晴らしに此方から話を振ってみるが、全く反応しない。それどころか、徐々に近づいてくる足音。上から『殺る』事だけしか命令されてないみたいで、正直言うと何だかつまんない奴。


「こっちはこっちで、人を騙さないといけないなんて。やりたくなかったわよ!」

「……ダ、マ、レ」

「ふーん。そう」


 そう呟いた途端、たまたま足元に落ちていた血まみれのバールを拾い、狂者に向かって大きく振りかざした。


「ゥガッ!」


 狂者は頭に直撃した勢いで、よろけて目を瞑る。しかし、再び目をギッと開け、包丁を私の腹部へ突き刺してきた。柄と刃の間が見えない程、深く刺されたが、痛みよりも怒りの方が上回っていた為、全く痛くない。


「フフッ! 殺そうとするなら、貴方も道連れよ!」


 そう呟くと、バール(真っ直ぐの部分)を大きな赤い目に向かって、ブスリと力強く突き刺した。


「ゥガァァァァァァ!」


 狂者は耳障りする程の煩い声を放ち、だらんと力なく立ち尽くす。赤くどす黒い液体が、目からダラダラと流れる。


――後は任せたわよ。望ちゃん。


 その時、私は狂者にもたれる様な形で、絶え果てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ