メインルーム
扉を開けると、アンティーク調の部屋で、周りは真っ赤な壁と絨毯が敷かれていた。大きさはそんなに広くはない。天井に吊るされた高そうなシャンデリアは、大きくて綺麗だが、光は何故か薄暗く、豆電球の様な温かみがある。
「ここはホントに……どこ?」
その場で唖然とした。あんな眩しすぎて何もない空間から、突如、西洋風の部屋へと変わった為、思うように頭が働かない。
「お洒落で綺麗だけど、これは?」
歩きながらそう呟くと、左側の壁に架けられた、場違いなモニターの前で止まる。私は思わず無表情でじーっと画面を見つめた。電源はついてない。暗いけど、自分の容姿が鏡のように映ると同時に、今いる場所を再確認した。
両サイドの髪を垂らし、後ろに縛った黒髪。上は無地柄の白パーカー。チャック付なので胸元まで下ろすと、黒の丸襟トップスが見える。下は何回も洗濯をした様な、色あせた青ジーンズに黒いスニーカー。顔立ちは整ってて綺麗だが、少年にも見える顔つきであるから、自分でも一瞬男の子だと思ってしまった。
私の近くには、西洋風のお洒落な木製のテーブルと椅子が六つ、囲むように置かれていた。
「あと、何故かリモコンが無い」
小声で呟きながら歩き、テーブルに目を向ける。白いメモ帳と黒いボールペン、真ん中には薔薇を生けた花瓶が置かれているだけ。見た感じ、スッキリとした印象で、匂いも仄かに薔薇の香りがしたが、一目だけ見てすぐに逸らした。あまり花には興味ない。そして画面と向い合うようにして、椅子に腰掛ける。
――プツッ……
突然、モニターの電源が勝手に入り、白黒の砂嵐になった後、白い仮面の男が画面に映る。一つ目で瞳孔が赤い。なんとも奇妙な姿だ。
「ヤァ! 椎名望サマ! ヨウコソイラッシャイマシタ!」
「え? 誰?」
その男は陽気に話し掛けるが、私は冷静に耳を傾けていた。
「私ハ、此ノ館ノ支配人デス」
「支配……人?」
疑問を抱きながら聞き返す。支配人と自分で言ってるこの男は、かなりのナルシストに見えたが、何者なのかはわからない。
「ハイ。ココ『異空館』ノデス!」
「異空……館? 私の名は、望?」
「ハイ、ヤット覚エラレマシタカ?」
「まぁ」
名前と場所は、何とか覚えることができた。私の名は望だということ、ここは異空館だということも。
しかし、これは現実なのか夢なのか、頭の整理が追いつかない。それを知ってか知らずか、支配人は片言ながら流暢に喋り始める。
「実ハデスネ、貴方ハ、選バレタノデス」
「え! 何に?」
思わず聞き返した。それはそうだ、画面にいる変な男が急に、「貴方は選ばれた」だとか、意味不明なことを言い出したからだ。
しかし、彼はそんなのもお構いなしに、画面越しから再びべらべらと喋る。
「マァ。『常者』二選バレタノデス」
「常……者? どういうこと?」
首を傾げ、画面を睨む。
「用スルニ、ゲームノ参加権ヲ得ラレタ。トイッテモヨイデショウ」
「ゲームの、参加権?」
「ハイ、簡単二言ウト、脱出ゲームデスネ」
「脱出、ゲーム?」
ここから支配人は、長々と片言で説明していたので、私は自分なりに解釈をしながら、忘れないように、白いメモ帳にこう記載する。
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ーDeleteー(ゲームの説明)
・今いる所はメインルーム。
・ここを拠点として、順に扉を開ける。
・次の扉の鍵は、空間の中で手に入れること。
・空間内のアイテムは、自由に使っても良い。
・破片者を仲間にすると、どれか一つ、常者に感情を得ることができるアイテムを渡してくれる。
・又は、破片者に関するアイテムを手に入れ、彼らに渡すと、彼らの抜けた感情を一時だけ、取り戻すことができる。(しかし、関連する物でないと何も起こらない)
・尚、破片者と協力しながら進めてもいいが、所持品は不必要に触らない。
・狂者には何しても効かないので、出逢わないようにするのが懸命。
・一度クリアした扉には、再度入れる。
・尚、各部屋には、休憩所がどこか一つ必ずあるので、そこにいる間は狂者は寄り付いて来ない。なのでゆっくりと休むと良い。
ー呼び名ー(参加者と破片者のみ使える名称)
・破片者……一部だけ感情が抜けた人のこと。常者に味方をしてくれる。
・狂者……文字通り狂った者。主人公や破片者を襲うことがある。そいつに捕まったら最後、抉られて死亡。
・常者……脱出ゲーム「Delete」のプレイヤー。脱出しなければ、死ぬまで異空館から出られないようだ。
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「要するに、破片者を集めて、無くなった私の感情を取り戻せばいいってこと?」
「ソノトオリデス」
メモを執りながら、画面越しの支配人に無表情で鋭く言葉を投げかける。
「ふーん。それと、何で一部の記憶、感情が無くなってるの?」
そう訊ねると、彼は咳払いをしてこう切り出した。
「簡単二言ウト、『Delete』二参加スルコトト引キ換エニ、貴女ノ感情ヲ全テ無クシテイタダキマシタ」
「えぇ? そんなこと、いつやったの?」
疑問が沢山あったが、彼は微動だにしない。まるで人形に話しかけてるかのような気分になる。
「マァマァ。ソレト、全テノ扉ヲ開ケタアカツキニハ、願イヲ一ツダケ、聞イテアゲマスヨ」
「はぁ、分かりました」
彼はなだめながらも淡々と答えていたが、私は「ここを抜けたら願いを叶えてくれる」と言った言葉を信じ、コクリと頷いた。
「アト、一ツダケ忘レマシタ」
「え?」
「貴方ノパーカーノ中二、ゲーム機ガアルノデ、ソレヲ起動シテクダサイ」
「ゲーム機、ですか?」
おもむろにパーカーのポケットを探る。そこには確かに携帯型ゲーム機が忍ばされていた。左右にボタンがついていて、真ん中には大きな液晶がついている。こんなゲーム機、入れた覚えは全く無いが、何故か懐かしく感じる。多分、「前からやっていた」という感覚だけが覚えているからだろう。奇妙な気分だ。
雑念に駆られながら、私は彼に言われた通り、手元に持ってるゲーム機を起動してみる。
すると、今まで手に入れた感情リストというものが出てきた。確かにそこには
━━ノゾミサマノ
ゲンザイノカンジョウハ
アリマセン━━
そうはっきりと、デジタル文字で刻まれていた。
ありませんって唐突に言われても……。そもそも「感情」って何だろう。内心思っていたが、聞くとややこしくなると思い、黙っていることにした。
「デハ、ゴ武運ヲ祈リマス」
彼はそう言い残すと、映像はプツリと途絶え、辺りは再び静寂に包まれる。
「……」
無言でゲーム機を何気なく机に置き、天井を見上げていた。が、それをやっても答えは見つからない。全く無駄な行動をしたものだ。
「さて、行こうっと」
重い腰を上げ、ゲーム機を手に取るとポケットにしまった。
私の周りには、五つの扉が右側に二つ、左側にも二つあるが、何故か真ん中の扉だけは幾つもの南京錠がかけられている。なので、南京錠以外の扉を、虱潰しにガチャガチャと調べることにした。
すると、一つだけ開いた扉を見つけた。どうやら場所は、私から見て右奥の様だ。
「ここからか」
そう呟くと、扉をゆっくりと開けて入って行った。




