図書室
*
理科室から慌てて出てきた為、いつの間にか扉の前まで来ていた。
「ここは……」
「図書室って書かれてるね」
「とりま、中に入ろう」
うん。と頷くと、彼女は再び、ブレザーのポケットから鍵束を取り出す。そこから【図書室】とタグ付けられた鍵を持ち、鍵穴に差し込んでカチャッと回した。
ふと、理科室に置いてきたあの人のことについて訊ねる。
「ところで、模型さん、置いて来ちゃったけど、いいのかな」
「まー、いーんじゃない。何だかんだ言って邪魔だったし」
バッサリと答えていた。
「でも、仲良さそうに喋ってたから……」
「あー。実は望さん達に逢う前に、模型さんが何故か、この鍵束と懐中電灯を持ってきてくれたんだよね」
「えぇ! うそっ!?」
「ウチもびっくりしたけどね」
「そう……なんだ」
戸惑いながらも図書室の中へ入る。
ふと、気になって背後を見たが、誰もいない。
実は、慌てて理科室を去った際、何故か寒気がしたので振り返ってみたら、模型さんが理科室の扉付近で、不気味な笑みを浮かべていたんだ。
何を考えていたんだろう。
中に入ると、あらゆるところに隙間なく、本が綺麗に整頓されていた。おそらく、麗がいた休憩室よりは、本の量が何倍かあるだろう。ジャンル毎に別けられていた為、どこに何があるのかも、一目で分かる。
「まぁ、あんなオカマ、眼中にないからテキトーにあしらってたけどね」
「そっか……」
まっ、愛さんもこんな感じだし、気にしないでとっとと鍵探そう。
「話割ってごめんね」
「ん? 麗、どうしたの?」
「えっと。望に話があるんだ」
「話って……」
その時、突然麗に呼び止められた。突然、どうしたんだ?
思わず動揺する。
「あっ。手短に終わるから、愛さん、この辺頼むね」
「はーいよ」
愛は軽く相槌を打ち、何食わぬ顔で探索を始めていた。私はスマートフォンの設定から、ライトを起動し、背後から相手の足元を照らしながら後をついていくことにした。
*
話って……何?
疑問に駆られながら、銀髪の背の高い麗の背中を何となく見つめ、後をついていく。
そして、扉から一番離れた右奥隅の所へ着くと、麗は背後にある本棚に寄りかかり、水色のコートのポケットに両手を突っ込んで天井を仰ぐ。なので、私も何となく、同じ行動をしてみた。
この辺は死角になっているため、ここからだと前で探っている愛の姿は見えない。
スマートフォンをかざしながら、少し見渡してみる。すると、今いる位置から目の前と右に、灰色の絨毯が一歩道の様に見える。試しに黒いスニーカーでちょこっと踏んでみると、柔らかい感触がした。変わったことはそれだけで、後は天井がつく程高くて大きい本棚がずらりと並んでいた。
「望?」
先に話を振ってきたのは彼だった。
「な、何?」
突然呼ばれたので身構えながら訊ねる。
「あの話のこと、覚えてる?」
「もしかして、保健室での話のこと?」
「そう。僕の家族のことで、どうしても望に伝えたいことがあって」
「伝えたい、こと?」
あー、思い出した。そういえばファイルを見ていて、二人で話してる所を「いちゃつくなら脱出してからにしてよね!」って愛さんにバッサリと言われて一時中断したんだ。確かにあの時、麗は何かと言いたそうな顔をしていた。
「そういえば確か、麗は院長の息子なんだっけ?」
「うん」
家族構成の一部だけ思い出したので、そこだけ訊ねてみたが、寂しそうな表情で頷く。
「でも、あそこには妹の名前が書かれていなかった」
「え? 妹?」
初耳だ。妹がいるってことは、妹も麗と似て、美人で可愛いんだろうなぁ。うぅ。
会ったことも無いのに、何故か妄想してる自分がいた。
「そうだよ。僕には確か、望と同い年の妹がいるんだ」
「嘘!」
それも、同い年とは! 心底驚いた。
「でも、妹は僕が高一の時に突然、行方を眩ました」
「それは、どうして?」
訊ねると、視線を逸らしてこう呟いた。
「僕も分からない。あの時、病室にいたり居なかったりしてたから」
「そう」
無言で首を軽く縦に振ってたが、何だか辛そうだった。麗にとっては、思い出したくない過去のはず。それなのに……。
「あっ。それと、最近なんだけど」
「ん?」
「時々、不思議な気持ちになる時があるんだ」
「不思議な、気持ち?」
聞き返すと、コクリと頷き、急に真剣な眼差しを向けてこう言ってきた。
「望を見ると、何故か妹を思い出す」
「え?」
突然の発言に口がぽかんと開く。
「あっ。ごめんね。こんな変な話、望にしちゃって。本当に情けないや」
「そんなこと、ないけど。でも、どうして私に?」
「それは……」
頭の回転が追いつかず、戸惑って聞き返した。すると、彼も恥ずかしかったせいか、照れ笑いしながらこう答える。
「今は言えない」
「え? ちょ!」
「それは後のお楽しみってことで。じゃ、近くを探索してるね!」
そう言うと、笑いながらその場を離れていった。
ちょっと! どういうこと?
私は、「はぁ」と大きなため息をつきながら、今いる所の探索を始めた。
*
ライト機能で照らしながら、本を片っ端から漁っていると、ある本を見つける。
「これって……」
【創世記】と書かれた赤い本を手に取り、ページを捲ってみた。
―――――――――――――――――――――――
かつて、全ての地は同じ発音、同じ言葉であった。時に人々は東に移動し、シナルの地に平野を得て、そこに住み始めた。
彼らは互いにこう言い合う。
「さあ、煉瓦を造って、よく焼こう」
こうして彼らは石の代わりに、煉瓦を得て、漆喰の代わりに、アスファルトを得た……
―――――――――――――――――――――――
「続きがある。それとこの話と似たような物が……」
あっ。思い出した!確かあの時は、麗がいたあの部屋で、アダムとイヴの話をしていた様な。それに、麗も言っていた。この話は『創世記の話』だと。
そういえば、悲しみの感情を得てから、何者かが、私の頭の中で単語を一つ一つ、語りかけてくるのだ。まるで命を吹きこまれた様な、妙な感覚だ。だが、それと同時に記憶も切れ切れだが、少しずつ蘇ってきている。
気のせいだと思っていたけど、一体、どうなってるんだ。思考を練りながらも、ページを捲ろうとした。
「あっ」
その途端、本の間から小さいチップみたいな物がすり抜けるように落ちていった。
「何だこれ?」
拾ってよく見ると、小指の第一関節ぐらいの大きさしかないメモリーカードだった。
誰のだろう。ひとまず後回しにしとくか。
メモリーカードを手に入れ、パーカーのポケットにしまい込む。そして、再びページを捲る。
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彼らはまた言う。
「さあ、町と塔を建て、その頂を天に届けよう。そして我々は名を上げ、全ての地の表に散るのを免れよう……
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「要するに……」
「元々は言葉も発音もすべて一種類しかなくて、それらはすべてその一種類で解決できちゃった」
「えっ! 愛さん!?」
声がしたので、思わず横を向く。
「そーゆー感じでいいんだよね?」
「あっ。まぁ……」
くだけた口調で話しかけてきたので、渋々話を合わせる。
そして、長い髪を靡かせながら、私の左肩に顎を乗せ、背後から本を覗き込むようにして眺めていた。
「それと、二人きりで何の話をしていたかは、ウチは全く知らないけどさ」
「え? いや、特別変わったことでは……」
不貞腐れ気味で横からジーッと見てきたので、戸惑いながら答える。
「そう。まっ、いーけど」
そう言うと、少し距離を離し、何となく目線に捉えた近くの青い本を手に取っていた。そして、私の隣で読み始める。タイトルを見ると『七つの大罪』と記されていた。
「ウチ、あーゆー感じより、ノリが良くて単純で、男らしい人が良いんだよね」
「へー」
とりあえず、理想のタイプは麗と正反対の人。か。
適当に相槌を打つ。
「そういえば、さっき変な本を見つけたんだよね」
「変な、本?」
「うん。なんか意味不明な文でさ、見てもさっぱり分かんないんだ」
「意味不明な文?」
言葉をそのまま返す。
「そう! だから、ちょっと来て!」
「え! ちょ!」
彼女に右手を捕まれ、グイグイと引っ張られる。その時、ブレザーの袖口から、ぐるぐるに巻かれた白い布らしき物が微かに見えた。
「愛さん……その……」
「あー、望さんなら解けそうだと思って」
「はぁ?」
ちょ! そういうことじゃない!
左腕のことを言おうとしたが、棒読みで返されてしまった。引っ張られながらも、噂の開かずの本があった場所に着くと、早速手にとってみた。何処にあったかと訊ねたら、入り口近くの本棚の中に紛れていたという。
紫色で分厚く、見た感じは魔導書みたいな装飾が付けられていて、いかにも高そうな本だ。試しに開けようとしたが、びくともしない。
何か、不思議な力が働いているのかな。そんな気がした。で、例の意味不明な文はというと……
「あっ。これか」
よく見ると、表紙にこう書かれていた。
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エ5 カモ ナカモ カモムワ ロチ
ナカモ ムҴナカロЯエナソ
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「これは……」
「意味不明でしょ?」
「確かに」
見たことのない字に、流石の私もお手上げになりそうになった。
「えご……かも?」
難読の文を、そのまま読んだり本を逆さにしたり、色々と試してみたが、状況は全く変わらない。
まさかここで詰むのか?
そう思っていた時だった。
*
「権力者の頭を狩れ。だね」
『ええっ!』
背後から声がしたので、咄嗟に振り向くと、彼が両腕を組んで、笑顔で答えていた。
「この文に書かれていたことね。えっと……」
そう呑気に答えると、私と愛に、詳しく教えてくれた。カタカナ、記号と頭の中で認識したら、読めない仕組みになっていたらしい。
「でも、麗さん。何で分かったの?」
「あー、それは、自然と見た感じで分かった」
『はぁ?』
声を揃えて驚く。どういう風に見たらそう答えられるのか、不思議でたまらなかった。
一体、貴方の頭の思考回路はどうなってるの?
「強いて言うなら、Rのとこが反対になってたから、合ってるかどうか、不安だった。って言うことかな」
や。そこは、別に不安になる要素でもない様な……。首を傾げながら思う。
「ねぇ」
突然、彼女が曇った顔をして、訊ねてきた。
「どうした?」
「誰かの話し声が廊下から聞こえるんだけど、こっちに向かってくるんでない?」
「え?」
――タッ タタッ タッ タタッ
そう言われ、三人共無言になる。周囲に耳を傾けてみると、確かに誰かの足音がした。それも、二人。
「とりあえず、隠れよう」
「何処かないかな」
彼は周囲を見渡す。
「あっ。ここならいけるんじゃない? 広そうだし」
「じゃ、隠れよう」
「うん」
彼女が懐中電灯で照らすと、そこは入口付近にあったカウンターだった。その上には『受付』と書かれたプレートが置かれている。一先ずカウンターの裏に回ってみる。すると、体育座りしたら三人は入れそうな空間を見つけた。なのでそこに一時、身を潜めることにした。きついけど、しばしの我慢だ。
*
――スタスタッ
「……したよぉ!」
――ガラッ
「……よ。それは本当か?」
「……でしたわぁ!」
辺りが静寂に包まれた中、扉の開く音と誰かが話す声が、図書室中に響く。彼女の言った通り、誰かが入ってきたようだ。
入ってすぐに荒らす狂者とは違う感じだが、何だか寒気がした。何故かと言うと、その声には聞き覚えがある声も混じっていたからだ。
「まさか……」




