理科室2
*
「ふぅ」
美術室の扉を無理矢理閉めた後、私は力なくその場に座り込んだ。
「望、大丈夫? 立てる?」
「あ……」
彼は優しく声を掛け、私に左手を差し伸べてきた。
――ガタッ
しかし、目の前の扉はまだ、不気味な音を立てているが、気にしたら負けだと思い、聞こえないふりをした。
「ありがとう。さっきので、気が抜けただけ。だから……」
それよりあと五つ、七不思議を開放しなくては。
って、あれ? 可怪しいなぁ。このまま攻略してったら六不思議になるのに。最後の七つ目が何なのか、とても気になる。
前に職員室で手に入れたメモの言葉を思い出し、更に疑問が深まった。再度、深呼吸をすると、彼の左手をそっと握り、ゆっくりと立ち上がる。
「じゃ、行こうか」
私が言うと、コクリと頷き、隣にある理科室へと歩いて行った
*
再び理科室に着いた私は、取っ手に手をかけ、扉をガラッと開けた。右隣には、銀髪長身の美青年 麗。左隣には、茶髪でマスクをした少女 愛がいる。
「今度は懐中電灯もあるから、理科室の奥、いけるかな」
「まぁ、それでも大丈夫。とは思うけど……」
右手に懐中電灯を握っている彼女に問い掛けていたが、何か不満気な表情を浮かべていた。
「けど……って。愛さん、どうしたの?」
私は気になったので訊ねてみると、マスク越しで溜息をついてからこう呟く。
「あのさ、さっきから、めっちゃ見られてる感が凄いんだよね」
「えっ! どこから?」
「左側から」
『はぁぁ!?』
顔色ひとつ変えずに淡々と答える愛に、瞬時に左を振り向く。
『うわぁ!』
――ドンッ
そこには、理科室にいたはずの人体模型が、呆然と目の前に佇んでいた。その姿に二人共驚いて尻餅をつく
「あー。模型さん」
しかし、彼女は至って冷静に挨拶をし、懐中電灯を照らしている。
え? ちょ! ちょっと待って! 何だこれ!
余りにもシュールな展開になった為、思わず口があんぐりと開く。
「やぁ! そこの茶髪ロン毛ちゃん!」
『模型さん』と呼ばれた人体模型は、右手(肌付き)で此方に手を振っていた。しかし、表情は全く変わってない。
って、喋るし動くんだ。今どきの人体模型は凄いなぁ……。
関心しながらもそっと心の中でツッコミを入れた。
「何? ウチのコト?」
「そーよ! どこ行ってたのぉ!」
え? まさかのオカマ!?
終始驚きっぱなしの私達をよそに、模型さんは口元に両手を添えながら、ウフフッ! と女の子の様な仕草をする。
彼女は呆れてやれやれ。と呟きながら腕を組んだ。
「ていうか、オカマの模型さん、何の用?」
「オカマって何よぉ! もぉ! 『も・け・い・た・ん!』って言って欲しいわぁ!」
「それは却下」
模型さんは、ぶりっ子みたいな素振りを見せているが、彼女は適当に返事を返し、続け様にこう言い放つ。
「あとさ、こんっな原始的な脅かし方、滅茶苦茶ださい。望さんと麗さん、めっちゃ迷惑してるから」
「はぁーい」
「ていうか、普通に声掛けられないの?」
「や。それは……」
模型さんは、彼女の説教にあたふたとしながら答えている。
私と麗は、目の前に広がる現実離れした茶番を見ながらゆっくりと立ち上がり、青ざめた顔をしながら、こう思っていた。
左半分は真っ赤でとても良い筋肉が幾つも見えるのに、中身はナヨナヨの模型さん相手に、人間同様にあしらえるなんて。
愛さんって、なんて恐ろしい人なんだ!
「そんなぁー! すっごいショックぅ! コォ見えて私、純情乙女が入った男の娘なんだからぁ! グサグサ突き刺さること、い・わ・な……」
「それより、近くに黒い奴いないか偵察してきて」
「ぷぅ」
人形の様に全く表情を変えずに睨む彼女に、模型さんは指同士でツンツンしながら、不貞腐れ気味に答える。どうやら降参したようだ。
「もぉ、分かったわよ。今、黒い奴は3階をウロウロしてるから、早々降りてこないわ!」
「ふーん」
「あとは、なにか手伝うこと、ないかなぁ? 茶髪のロン毛ちゃん!」
「じゃあ、先に理科室入って誰かいないか見てきて」
「はいはーい」
そう言うと、模型さんは颯爽と理科室へ入り、偵察を始めた。
「ところで、愛さん」
「ん?」
彼が青ざめた顔をし、こう訊ねていた。
「これ、夢だよね? あんな人体模型が、人間みたいに動いたり喋る訳が……」
「残念ながら、見ての通り、現実よ」
「そっか」
そう呟き、しょぼんと項垂れていた。相当怖いのが苦手なようだ。
「まぁ、『今の所』害はないけど……」
「それって、もしかして……」
続けて私が訊ねてみると、彼女は少し考え込む。
「あぁ。何れは。ということかな。今はあんな風に変態オカマになってるけど」
「そか。まぁ、とりあえず、手がかりを探そう」
――ガラッ
無言でうん。と頷いた時、廊下側の窓が開き、そこから模型さんが右側の顔(肌付き)を出してきた。
「中は見てきたけど、黒い奴いないから探索可能よぉ!」
「りょーかい。あんがと」
「いえいえよー! じゃ、私はここを見張ってるわ!」
そう言うと、コクリと頷き、理科室に入って再度探索を開始した。
*
理科室の中は、彼女と逢う前に一度、麗と共に訪れていたので、粗方把握はしてる。と思ったが……
「暗いとこって、こうなってたんだ」
「意外と広い。ね」
奥には、先生が授業を教える流し付の大きな教卓。その後ろには上下にスライドができる黒板。右側には、棚がズラリと並べられていた。更に奥には不気味な扉。見取り図の通りにいくと、あそこは準備室か。
「確かにそうだね。ん?」
「どうした?」
「あれ。何だろう」
ふと、彼が窓側にある棚の上に、大きく光る何かを見つけたようで、思わず指を指していた。近くまで見てみようと思い、愛を連れて三人で指を指した先へと向かう。
「望。これ、かなり大きな水槽だね」
「うん」
そこには、長くて奥行きもある大きな水槽が置かれていた。
中をよく見ると、少し紅みがかかった魚が一匹、悠々と泳いでいる。鱗と口が、前飼っていた金魚より、倍の大きさはある。ざっと見ると、一メートル以上はありそうだ。特徴と言ったら、綺麗な体とでかい鱗。という所かな。
すると、その魚を照らしながら彼女はボソリと言った。
「あー、これ、アロワナだ」
『アロワナ?!』
そもそも何で学校にアロワナがいるのか不思議に思う。この子の飼い主誰なんだ? ん?
ふと、私の頭の中で、記憶の一部が蘇る。
確か、自分の部屋で、ネットサーフィンをしていた時のことだ。あの時、何故かキーボードで『古代魚』と打ち込んで検索したら、偶然、アロワナを見つけたんだよね。画像だったけど。
でも、体もかなり特徴的であった為、微かに覚えていた。まさかこんな形で本物が見られるなんて、内心嬉しかったけど、喜べる様な状況ではない。
ここで狂者が来たら、確実にオワるのだ。
「そういえば、アロワナって、南アメリカの淡水にしかいない珍しい魚だよね?」
「いや。そこだけではないよ。アロワナにも種類によっては、インドネシアや中国の淡水にいたりと、様々なの」
「え? そうなんだ!」
彼が珍しく、彼女に色々と訊いている。生物に関してはとても詳しい様で、私も周囲を見渡しながら耳を傾けていた。
「うん。ちなみにこの水槽の中にいるのは、アジアアロワナの、スーパー・レッドかな。かなりレアもんだよ」
「へー。レアもんかぁ! ちなみにそれ入れて、何種類ぐらいいるの?」
しかも、彼は更に食いつくように、グイグイと聞いている。
「シルバー、ブラック。アジアもあるけど、そこからまた分類されるから、ざっと十五種類近くはあるんじゃないかな?」
「え! そんなに種類が豊富なんだ!」
「あー。うん」
その目は星の様にキラキラと輝いていた。
アロワナ様、マジで凄い。
私は遠目ながら一人で感心していた。
「それに、水の中にいたら、穏やかでとてもいい子よ」
「ふーん」
その時、彼は何故か、なんの躊躇いもなく、水槽の中に人差し指を入れようとしていた。
「でも、肉食魚だから、下手に指入れないほうが身の為よ。しかもこの子、お腹空かしてる」
「えっ!」
それを見た彼女が横目で注意をすると、指を水槽から瞬時に放した。そして、再びアロワナを水槽越しから眺め始める。
ふと、あることを思い出し、彼女に訊ねてみた。
「ねぇねぇ?」
「ん?」
「さっき、この子がお腹空かしてるって言ってたけど、何食べるの?」
熱帯魚って実際に飼ったことがないからどんなのを食べるのか全く想像つかない。肉食だとしてもあれなら食べれるとかこれはダメとかというのがあると思うし。
「あー。この子はエビでもあげたらいいんじゃないかな」
「そうなんだ。じゃ、ここにエビがないか探してみるね」
「あっ。でも、懐中電灯はいる?」
「いや。愛さんが持ってていいよ。これで試しに探索してみるし」
そう言ってパーカーのポケットから、スマートフォンを取り出した。そして、ここで初めてライト機能を使ってみることにした。
「なら最初っからそれで探索すれば良かったのに」
「それが、あまり使わない機能だし、面倒くさくて頼ってなかったんだ」
「ふーん。そっかぁ」
腕を組みながら相槌を打っている。そして、少し考えてからこう切り出した。
「エビや赤虫は、保存すると言ったら大抵、冷蔵庫が多いかな」
「赤虫? まぁ、分かった。それもあるかどうか、見てみるね!」
そう言って私は、冷蔵庫が無いか、スマートフォン(ライト機能起動中)片手に持ち、周囲を照らしながら、探してみることに。
あるとしたら、まずは教卓辺りかな。
そう思い、教卓の下辺りをライトで照らすと、奥まった所に小さな冷蔵庫を見つけた。
エビ、あるといいな。期待をふくらませながら冷蔵庫の扉をガチャっと開けてみる。
「なに……これ」
すると、冷蔵庫の中に何かの臓器らしきものがごそりと入っていた。形からして、動物の腸、胃……。思い出すだけで吐き気がするので、考えるのをやめることにした。臭いは前に嗅いだことがある、あの鉄みたいな独特のきつい匂いが、私の鼻を再度、刺激していく。
「エビはどこ?」
なのでパーカーの袖口を肘辺りまで捲り、鼻を摘みながら中を漁る。
「あっ。みっけ!」
すると、奥側に何故か、ジプロックにしまわれた大量のエビを見つけた。ボイルはされていたようでかなり赤くなっている。
でもさ、保存するなら普通は先に臓器から入れないか?
疑問に思いながらエビを手に入れ、彼女の元へ持っていく。
「持ってきたよ」
「おー。あったんだ!」
目をぱちくりさせながら彼女はそう言うと、エビを受け取り、早速アロワナにあげていた。
「うん。臓器らしき物もあったけど」
「それ、人の……」
「吐きそうになるから言わないで!」
その時、彼の顔がかなり引きつっていたので、これ以上言うのをやめることにした。
まぁ、どっちにしろ当分の間、お肉は食べれないや。そう思いながらアロワナを眺めていた。
「あっ」
ふと、『紅く染めよ』と書かれていたあのメモにも魚のマークが書かれていたことを思い出した私は、再度彼女に聞いてみることにした。
「あのさ、スーパー・レッドとかって言ってたけど、日本語に訳すとどう言うの?」
「確か……。血紅龍だった様な」
「なるほど、ありがと」
この時、頭の中で無意識に何かが繋がる感じがした。要するに、この絵に書かれてる物を赤色に染めればいい話。てことは、染めたり色着けたりすればいいってことだね!
でも、ひとつ引っかかるのが、最後に書かれてた、刃物的な何か。あれは一体……
――ガタッ ガタガタガタガタ
「今のって……」
そう思っていた途端、準備室の扉が突然、震えるように動き始めた。
「まさか、黒い奴じゃない?」
「かも、しれない」
「とりあえず、逃げよう」
私がそう言うと、麗と愛はコクリと頷き、咄嗟にアロワナがいる水槽から遠ざかる。そして、近くを警備(入り口に突っ立っているだけ)していた模型さんに助けを求めた。
「模型さん!」
「おょ? 貴方達、突然どうしたのぉ? すっごい顔色青いわよ!」
模型さんにはさっきの物音が聞こえてなかったみたいで、すっとぼけた顔して答えている。
「さっき、準備室から大きい物音が!」
「そぉ。私には聞こえなかったけどなぁー」
呑気に答えているが、此方はかなり焦っていた。
「とりあえず、ここを出るね! 模型さん、色々とありがとう!」
「え? あっ! ちょっと!」
模型さんにそう言い残すと、はね退けながら三人揃って理科室を後にした。
*
この時、急ぎ足で出て行く三人の後ろ姿を見て、こうボソリと呟く。
「望、愛、ねぇ。ボスが喜びそうなタイプなこと。フフフッ」




