保健室3
*
「んん……」
「望!」
「望さん! 大丈夫ですか?!」
誰かが私の名を耳元で呼んでいる。とても優しくて、聴いてて癒される低音ボイス。それと、聞き覚えのある女の子の焦り声。
そっか。私、戻ってこれたんだ。
そう確認すると、閉じた目を思いっきりこすり、ふあっとあくびをしながらゆっくりと体を起こした。床に倒れたはずなのに、何故かベットにいた為、身体はさほど痛くない。
「うぅ、凄い心配したよ。大丈夫?」
「ん? あぁ、今の所は」
「それなら良かった!」
まさか、麗がここまで運んでくれたのかな? どっちにしても、二人共、心配かけて本当にごめん。
しかし、元気な私の姿を見た途端、愛は目で確認すると、直ぐ様に下を向いてスマートフォンを弄る。半泣きだった麗も、嘘みたいにいつもの明るい表情に戻っている。
「えっと」
ふと、考えた素振りをし、私にこう訊ねてきた。
「起きて早々で申し訳ないけど、変なこと、聞いてもいい?」
「あー、大丈夫だよ」
私は一瞬、あの事を思い出したが、心配かけまいと笑って答える。でも、彼は何かが引っかかるようで、悩んだ表情を見せている。どうしたんだろう。
「凄い魘されてたけど、何があったの?」
「え? んーと……」
戸惑いながら少し考えた後、虚ろげにボソッと言う。
「変な、夢見た」
「それはどんな感じの?」
「ウチもそれ、気になる!」
彼女も少し離れた長椅子の所に座っていたが、その話が気になっていた為か、その場に立ち上がる。そして、左手でスマートフォンを握りしめ、ベットの右サイドの端辺りに腰掛ける。
「何て言うか……」
その後、あの夢の中で起きたことを麗と愛に打ち明けた。
「うわっ! それ、ちょー酷い!」
「確かにそれは酷いよね。望、何も悪いことしてないし」
「そうだよ。いきなりボコスカやられて何が何だか……」
その後、私は頭を捻らし、「もう訳わかんない」と呟くと、薄暗い天井を仰いだ。
でも、今の所それが一番印象が強いけど、何であんな痛々しい夢を見ていたのだろう。不思議に思う。
「それと、その女の人も無責任過ぎて酷いとしか言えないし!」
「あぁ」
夢に出てきた人らに対して、彼女はかなり怒って声を荒げていた。彼もそれに対して相槌をし、少し考えている。そして、そっと立ち上がり、私の名を呼ぶと、微笑を浮かべながら耳元でそっと囁いた。
「もし、僕がそれを見てたら、許さないかも」
そう告げ、ふふっと私に微笑んだ後、ベットから背を向けて保健室にあった冷蔵庫に向かっていった。
え? ちょっと待って! 今、笑顔でサラッと怖いこと言ったよね?
突然の爆弾発言に対しては、まだ慣れていないせいか、思わず目をぱちくりさせる。でも、それは私にしか聞こえてなかったみたいで、彼女はまだ怒り心頭で右手をグーに握っていた。
「ウチ、そんな立場だったら立ち直れないと思う。ていうか望さん、よく耐えたよね?」
「んー、まぁ。今は過ぎた話だと思ってるから良いんだけど……」
まだ熱が収まらない彼女にまぁ。まぁ。と宥めていた。
そういえば、あのソフトを挿してから倒れたんだよね。てことは、ソフトについて、何か知ってるのかな?
ふと、その疑問を思い出したので、訊ねてみることにした。
「あっ。そういえば、愛さんに聞きたいことがあったんだ!」
「え? ウチに?」
我に返ったようで、目をまん丸くして聞き返す。
「そう。あのソフト、どういう仕組みになってるの?」
彼女は「んー」と暫く考えてから、バツ印の付いたマスクを外さず、こう話した。
「それは、多分、悲しみの感情に絡んだ記憶が、トラウマとして現れたんだと思う」
「あー。トラウマか」
それなら納得する。あの夢といい、それがあってから人間不信に陥ったのも不思議なことに、同時期だったからだ。
「そう、その夢自体が、今の状態になる何かしらのキッカケになっている。というのは間違いなさそう」
「あー、そう言われてみればそうかも」
「てことはさ、そのキッカケはさっき話したあれっていうこと?」
私は大筋納得し、うん。とその後大きく頷いた。あの夢は多分、引き籠もる前の世界だ。
「だから『学校が怖い』だとか言ってたんだ。でも、そんなトラウマを抱えていたなんて、知らなかったなぁ……」
彼がそう言いながら、おもむろに長椅子の間に置かれていたガラステーブルに何かを置く。そして、再びベットの左サイドに座ると、淋しげな表情でこう言ってきた。
「気づいてあげられなくて、ごめんね。望」
その時、左手の上から彼の左手が重なるように置かれていた為か、一瞬ドキッとし、思わず視線を逸らした。
「別に……、気にしてないし、色々と吹っ切れたから大丈夫!」
『えっ?』
何故か私の発言に唖然とした顔をしている愛と麗。
あれ? 何か変なこと言ったかなぁ。
「いや。吹っ切れた。というか、色々と抱え過ぎて、吐きどころが無かったから正直、悲しみの感情が無かった時は、とても辛かった」
そう言った途端、無意識に大粒の涙が頬を伝う。でもこの時、何故か不思議と心の中を整理されているみたいで、思ったことがスラスラと言えるようになっていた。
「誰にも言えずに辛かった。でもこれで悲しみ、痛みを知る事で、相手を思いやることが出来る。っていうのが分かった気がした」
そう言いながら私は、涙を手で拭い、布団を剥いで麗の隣にちょこんと座る。
「それだけでも良かった。ていうことだよ?」
「そっか。そうやって前向きに考えられるようになったんだね。良かった良かった」
「んー、そう、かな? でも、色々とありがとう」
「いや、僕、ずっと足引っ張ってばかりだし、役になんて……。あっ!」
ふと、彼は思い出したかの様に、ばっ。と立ち上がる。
「ちょっと来て!」
「え?」
そういうと、笑顔で私に手招きをする。戸惑いながら、後を付いて行くと、そこには白いホイップクリームがたっぷり塗られているショートケーキが置かれていた。
小さいホール型で、いちごが多めに置かれていたが、彼が頑張って切ったのだろう。お世辞で綺麗とは言えないけど、きちんと三等分されていた。
「これ……、どこにあったの?」
「さっき、冷蔵庫を開けてみたら、これが入ってたんだ!」
『えぇ!』
私と愛は驚いて口が塞がらない。
「だから、仲良く話ししてる間に、たまたま近くにあったフルーツナイフで切っといたよ!」
「あっ。ありがとう!」
お礼を言うと、美味そうなケーキを暫く眺めていたが、彼女は無言でコクリと頷き、麗にこう言ってきた。
「フォーク、ある?」
「ん。あっ! フォークなら小さいのが付属で付いてたよ!」
そう言ってケーキが入ってた箱から付属に付いてた小さいプラスチック製のフォークを二人に渡す。
「どうも」
「ありがとう! じゃ、いただきます!」
両手を合わせて真っ先に言うと、フォークで丁寧に一口サイズに切って食べる。
んー! すっごい美味しい!
実は私、ケーキが大好きで尚且つ、お腹も空いていたので、これはかなり嬉しかった。彼女はというと、マスクを外したが、何故か二人に背を向けて食べていた。
どういうことだろう。気になっていたけどそこには触れないようにした。ふと、べっ甲飴の存在も思い出していたが、これはまた、お腹が空いた時にでも食べよう。
そう思い、三人でケーキを美味しく食べていると、真ん中に置いていた敷紙に、言葉らしきものが書かれていた。
「何これ?」
よく見てみると、プリントした様な文字でこう書かれていた。
―――――――――――――――――――――――
○+□=15
△+○+●=22
―――――――――――――――――――――――
「これ……」
また暗号。か。この至福の一時さえもくれないのか、とガッカリしたが、ここを抜ける為の鍵を探さないと。
「んー。そういえば、職員室に何かあったの?」
あっ。そういえば探索した時にこんなの見つけたんだ。
私は、思い出したかの様に、枕元に置かれていたリュックから、ガサゴソとファイルを取り出す。
「これと、七不思議が書かれたメモと変なメモがあっただけかな」
「そっかー。でも、どっかで使うのは確かだね」
「うん。それと、これに書かれてることって、ほんとのこと?」
「えっ? どーれ?」
そう言って彼に緑色のファイルを渡すと、私からそっぽ向いて書類をこと細かく見始めた。
「麗?」
「……」
「もしもーし?」
後ろから声をかけても全く応じない。そんなことで、暫く沈黙が続いていたが、彼女はケーキを食べ終わったあと、再びマスクをつけ、スマートフォンを弄りながら、前を振り向いた。
少し経った時、彼が後ろにいたのに気がついたのか、書類を持ったまま、くるっと向いてこう言った。
「……ん? 望どうした?」
「はぁ?」
あーもう! かなり心配して損した!
人の心配をよそに、呑気に答えてた彼に思わず拍子抜けする。
「あー、これがホントのコトだって言うこと?」
「そうそう。で、本当は?」
「これ? 全部ホントことだね」
「え! じゃあ……」
言いかけそうになった途端、私の背後から、とても痛い視線を感じるので、思わず振り向く。すると、彼女が目を細めて睨んだ顔で二人をジーッと見ていた。
「お二人さん、いちゃつくならここを出てからにしてよね」
『げっ!』
背後から声がしたせいか、二人揃って青ざめた顔をしていた。
「ウチ、さっきからあんたらの愛の茶番劇場、静かに見てたけどさ……」
「ちょっとまって愛さん! これには……」
彼は思わず苦し紛れの言い訳を考えていた様だが、「はぁ」と呆れて溜息をつく。
「ったく。熱すぎて見てらんねぇっつーの!」
『え?』
これ、もしかして、私と麗が、何処かにいるリア充カップルと何ら変わりないことしちゃってるってことだよね。
「実は、まだ友達なんだ」
「あー、他人がイチャコラしてそう言い訳してるの全く気にしてないから大丈夫」
「いや、そう言われても……」
戸惑う私に、彼女はバッサリとした口調で返したが、まだ何か言いたいようだ。
「まぁ、それより、お願いがあるんだけど、望さん、いいかな?」
「あっ。いいよ。何のこと?」
「んー、ウチもさ……」
「えっ?」
そう言って一枚の紙を私に渡してきた。
開けてみると、そこには『麗さんみたいな頼れる彼氏がほしい』と書かれている。
「はぁ?」
彼女に突如訪れた『彼氏が欲しい』宣言に、思わずぽかん。と口が開いていた。
「まっ、その、ただ単に書いただけだから!」
彼女はというと、視線を泳がせながら不貞腐れている。
「そっか。そういう人、できたら良いね」
「まぁ、だから早くここから出たいの」
「なるほど。分かった!」
私と彼女は何故かそこで意気投合し、見取図を広げながらどこを探索するか相談し始めた。そこに彼も背後で見取図を眺めながら、考えている。
「とりあえず、どこから探ろうか」
「まず、七不思議を上から攻略してく?」
「と言いたいけど……」
「あっ。黒い奴、まだあの辺で彷徨いてるんだっけ?」
あー。そういえば理科室近辺にいた様な。でも今の所、二階が有力だしなぁ。試行錯誤で頭を撚りながら暫く考える。
「多分。でも、とりあえず二階を探索してみる?」
まぁ、一か八かだけど、行ってみるか。
「うん。じゃ、いこっか!」
私達はうん。と頷き、三人で保健室を後にしていった。




