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Delete  作者: Ruria
第三章
18/180

記憶 1


「ここは……」


 瞼をそっと開け、体を少し起こす。すると、全体的に灰色の景色がぼんやりと見えた。

 少し見上げると、灰色に包まれた雲。下を向くと、コンクリートの床。所々にヒビが入っているので、手で触れてみる。湿り気もなく、ザラザラとした感触がした。


 年季、かなり入ってる。てことは、ここは、どこかの建物の屋上?


 そう考えている時、体中にひんやりと、冷たい風が自身に纏わりつくのを感じた。


 寒い……。何かないかな。


 そう思い、再び周辺を見渡すと、鉄の柵みたいな物が枠に沿うように取り付けられている。よくある飛び降り防止についてる大きな柵かな。


 そう考えていた途端、上下紺色の服を着た人が五、六人程、私の周りをぐるりと囲んでいるのを視界に捉えた。


「え? 誰? この人達!」


 突然飛び込んできた景色に思わず身構える。しかし、その人間が誰なのか、全く思い出せない。自分で身なりを確認してみると、何故かその子達と同じ服になっていた。


 これは一体、どういうこと?


 考えていると、突然、サッカーボールを蹴る様な鈍い音と共に、体中から痛みが容赦なく襲いかかってきた。


 背中に何十発、足に何十発、腹に何十発、他に何十発……。冷静に数えきれないほどの激しい音が、体中の至る所に響いてくる。


「うっ!」


 私は思わずその場にうずくまり、ひたすら激痛に耐えることにした。それしか今は、抜け出せる方法がないと思ったからだ。


 少し目を細めると、白い靴と紺の靴下を履いた複数の足が、此方から微かに何本か見える。その時、蹴られてるんだ。と言う事を、意識が朦朧もうろうとする中、何とか理解した。


「あぁ……」


 痺れる感覚と共に、蹴る音が痛々しく響かせながら続いていく。


 少し経つと、あの音はパタリと止んだが、力が全く入らない。なので、気が済んでこのまま帰ってくれるだろう。そう思っていた。


 しかし、今度はいきなり髪を鷲掴みされ、思いっきり上へ引っ張られてしまう。このまま抜け落ちてしまうのではないかと思う程、とても痛い。

 掴んだ本人とは向かい合う形で目があったが、顔がぼやけていて、誰だかはっきりと分からない。


 両手で抵抗しようとしても、いつの間にか後ろにされ、紐みたいな物で縛られていた。その為か、身動き一つもできない状態になっていた。 


 音もスピーカーのボリュームの様に、罵声が段々と大きくなり、嫌でも耳元に流れ込んでくる。


――何。こいつ。ずっとうちのことみてきてるんだけど!


――わー! マジで気持ちわるぅーい!


――確かに!


――つーか、こっちみんなよ!


――ガンッ、ガンッ、ガンッ


「いっ!」


 そいつらは私の髪を鷲掴みしたまま、恨みか八つ当たりなのか楽しんでるのか、顔から入る形で床にガンガンと何度も何度も叩きつける。


――わぁ! めっちゃ惨めやん! こいつ!


――きゃはははははははは!


――もっとやっちゃえ!


 その間はガンガンと痛々しい音と共に、耳がつんざく程の五月蠅い笑い声が辺りに響く。


 その衝撃で顔中、血だらけになってしまった。白い前歯も一本折れてしまい、欠片が無惨にも近くに転がっている。しかし、周りからの暴力は止むことはなく、更にエスカレートしていく。


――やっば! オバケみたい!


――ちょ! そんなこと言ったら絶対呪われちゃうって!


――大丈夫! これでお祓いするからさ!


――バシャン!


「うっ!」


 その中の一人が言い放った途端、頭上から大量の冷水が勢いよく流れ落ちてきた。そのせいで髪から全てがびしょ濡れだ。氷の様にとても冷たく、小刻みに震える。それと同時に、目からは大粒の涙が零れていた。


――あはははははははは!


――やーばっ!


――マジでオバケみてぇ!


――ぎゃははははははは!


 周りはその姿を見て甲高く嘲笑い、罵声の嵐は止むことを知らない。


「や……め、て……」


 必死に抵抗しようとするが、思うように声が出ない。寒さと共に声がガタガタと歯を軋ませ、片言で一語言えるのがやっとだ。


――何? 聞こえないんだけどぉ!


「何……で、こ、んな、こと」


――はぁ?


「する、の?」


 それでも私は、傷だらけになっても、必死にやめるよう訴える。これでも精一杯、声を出していたが、あいつらは全く耳を傾けず、さらなる仕打ちを行おうとしていた。


――オバケの分際でいちいち口答えすんじゃねーよ!


――グシャッ


「あ゛ぁぁ!」


 突然、冷酷な暴言と共に、上から布とゴムの匂いが漂ってくる。力強く踏み付けられていると分かったが、その直後、私の視界は真っ暗になり、意識が遠くなっていった。






 頭の中で、カメラのシャッター音が遠くから聞こえ、それと同時に私は目が覚める。


 しかし、そこには全く違う光景が、目の前に映しだされていた。場所はおそらく台所。ここだけはぼやけることなく、高画質の画面の様にはっきりと細かく映っている。

 木目が綺麗に出ているテーブルに椅子。まな板と包丁が置かれていて、生活感が溢れる小さな台所。その上には、色鮮やかなサラダや美味しそうな魚料理が並べられていた。


 もしかして、私の家、なのかな?


「えっ! ちょっと、一体どうしたの?」


 そう思っていると、エプロン姿の女の人が青ざめた顔をし、びしょ濡れになった私を軽蔑するような目で見つめて言い出した。


「あのね。お母さん……」

「貴方はなんでそんなに濡れているの? それと、今日って雨だったかしら?」

「これはちが……」


 言いかけたが、彼女は全く耳を傾ける素振りすらしない。それどころか「あーやだやだ」と愚痴ばかり漏らす。


「冬なのに、まだ遊ぶ元気があるのね。でも望、テストはいいの?」

「本当にこれは違うの!」


 声を荒げて聞いてもらおうと説得したが、状況は変わるどころか悪化の一行を辿っていた。


「またそうやって言い訳をする。まぁ、いいわ。とっととシャワー浴びて来なさい」

「……はい」


 此方を見ずに冷めた顔で言い放った後、母らしき女の人は、また台所に立って料理の続きを黙々と行っていた。


 その場に取り残された私は浴室に向かう途中、ぼそぼそと独り言のように呟いた。





「そっか……。そうだよね」


 いつも、心から安心できる居場所なんて、何処にも無かったんだ。外に出る度に、みんな私のことを軽蔑した目で見ては笑ったり、血だらけになってるのに、誰も見てみぬふりをする。そして、手を差し伸べようともしてこない。


 寧ろそれを話しの材料にしてまたあざけり笑ったり、私のことを『オバケ』だと言って、根拠もない理由を勝手につけられる。しまいには、あいつらの憂さ晴らしの標的ターゲットになって、次の日も殴られ蹴られ……、それが毎日だ。


「何だ」


 全員馬鹿だってことか。親も、見てみぬふりをする大人、生徒すらも。普段は『笑顔』の仮面を何重にも覆い被さっているからそうは見えないけど、中身はひどく濁ってるんだよね。

 本当は剥がれたら傲慢で、冷酷で、外道でずる賢い「化物」になって集まってるのが、今のこの『腐った』世界だよね。


 そう自分に言い聞かせ、日々を生きてきた。


 だから、相手に迷惑をかけたくないと思って、自分の短所を無くすよう人一倍努力もしてきたし、長所も伸ばしながら精一杯頑張った……、つもり。

 みんなの話に付いてこれる様に、話題をテレビからネット、ゲーム、雑誌など、あらゆる所から漁って情報を収集した時もあった。


「私、できる限り頑張ったのに」


 これじゃ、理不尽よね。相手からは裏切られて、冷ややかな視線で突き刺してきて。挙句の果てには、心も体もボロ雑巾のように酷く汚くなっちゃった。


 とても悲しい。悲しいけど、どんなことがあっても泣かない。絶対泣かないと我慢しちゃって。だから、どう泣けばいいか分かんない。


「どうすれば……」


 虚ろな目で呟いた途端、また強烈な痛みが容赦なく襲う。


「いたっ! まただ!」


 脳が絞られたタオルの様に締め付けられ、とても痛い。視界はぐるぐると歪んで回ってを繰り返され、段々と体全体の力が少しずつ抜けていくのを感じた。


「うっ! ううっ! うわぁぁ!」


 叫びながら意識が吹き飛び、その場でバタリと倒れた。

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