絶望の果て
*
復讐という名の狩りを終えた後は、何だか清々しい気分だった。
まずはお礼を言わないと……。
だけど、その前に着替えなきゃ。
こんな格好のままだと、相手が怖がってしまう。
ふと、制服が血濡れていた事に気がついた私は、彼の元へ行く前に、一旦家に帰ることにした。
部屋へ着くと、錆びた鉄の匂いが充満していたが、気にせず、母を収納した押し入れの隣にある木製のクローゼットを開ける。
「あった」
そこには、普段から着ている、お気に入りのチャック付きの白パーカーと、色褪せたジーンズがしまわれていた。
ついでに言うと、お気に入りの黒いTシャツと黒い靴下も見つけたので、最初に血塗れた制服を全部脱いで、それらに着替えた。
そして、とても快感だ。
袖を通しただけなのに。何だろう。この。
呪縛から解き放たれた様な、開放感は。
それに、やり残した事があまり無いせいか、私はすっかり「無敵」になったのだ。
何も怖い事なんて、無い。
一旦堕ちたら、どこまでも堕ちるだけ。
だけど、唯一の心残りは、彼にお礼を言っていない事。それだけだ。
なので、彼に会って、人生の一区切りを付けるまでの間、私は逮捕されない様に、動く事にした。
例えば、家周辺だと、警察は彷徨いているかもしれないから、最寄り駅の近くにあるネカフェへ泊まって、姿をくらましたり。だ。
でも、警察が優秀だったせいか、私は医療センターの前に居たところを声掛けられ、逮捕されてしまったのだ。
どうやらあの時、教師と生徒を刺し殺した後に、教室にいた誰かが、警察に通報したみたい。
だから、呆気なく捕まってしまった。
かと言って、通報した人を殺ろうか。と言うほど、殺意は無いし、抵抗する気も無い。
なので、大人しく連行された後は、何で殺ってしまったのか、警察から沢山質問されたが、それに対しても、素直に答えたんだ。
「それは、長くの間、虐められていたし、もう、ずっと耐えるのが限界でした」と。
だけど、その前に、お母さんの事を聞かれた時は「さぁ……」としか答えられなかったんだ。
まぁ。この時、未だに犯人は分かっていない状況だったみたいで、警察は「犯人は別にいるかもしれない」と言い残してその場を去ったんだよね。
本当は、殺ったの、私なのに……。
そのせいか、血塗れになった大きな裁ち鋏を握った時の、あの生温い感覚が、未だに消えない。
朔夜の事だってそうだ。結局は別の罪で捕まって、私と同じ留置所にいるみたい。
そして、何日かすると、私は医療刑務所に連れて行かれ、そこで過ごすことになった。
麗が囚われていた、廃墟と化した刑務所で見た夢の通り、うっすらと目を開けると、目の前には真っ白な天井が広がっている。
白いシーツに白い柵。服装は、淡い青色の寝衣で、家具は何も無い。殺風景な部屋で、病人みたいな生活をしていたんだ。
しかも、そこでは、医者と看護師、看守が監視下の中、規則正しい生活をしなければいけなくて、とても厳しかったのを思い出す。
それに、刑務所の中は、老若男女、色んな人が多く受刑していて、常に混沌と化していた。
私が聞いていた中では、窃盗や、覚せい剤みたいな薬で捕まって入ってきた受刑者もいて、常に奇声をあげて騒いでいた人もいた程だ。
それに、鉄製の扉はとても頑丈で、脱獄なんて、簡単には出来ないだろう。
*
そんな場所で生活していた、ある日のこと。
夜の9時前かな。就寝時間より少し前だった気がする。
この時、私はトイレに行きたくなって、寝る前に済ませようと思って、豆電球程の小さな灯りが灯された薄暗い廊下を歩いていたんだ。
「ここから……、出せよ!」
すると、どこからか、誰かが大声を出している声が聞こえてきたの。
「✕✕✕様! いけません!」
なので、気になった私は、声がする部屋の扉の近くまで歩いてみたら、段々と声がハッキリしてきたんだ。
「だけど、ここで喧嘩するって、どういう神経してるんやら。はぁ……」
この時、廊下まで声が聞こえてきてたから、うるさいと思った私は、溜息をついたの。
その後、注意をしようと、大声がする扉の方へ、耳を傾けたんだ。
「ふざけやがって! 何で俺はここにいなくちゃいけねぇんだよ!」
「ですから、うるは様! これは貴方の為にしているんであって……」
「黙れ! お前に俺の何が分かるっていうんだ! どうせクソ親父の言いなりになって動いてるだけだろ? 無能な奴め!」
「な、な、何てことを言うんですか!?」
すると、男の人が荒らげている声と、泣きわめく女の人の声が扉越しから聞こえてきたんだ。
「え? 今なんて……」
ボソッと呟きながら辺りを見渡す。扉付近に取り付けられていたプレートには『四〇七号室』と書かれている。
「俺に口答えすんじゃねー!」
「う、う、麗様! 一体、何するつもりですか!? ここは刑務所の中ですって!」
なので、小窓から覗いてみると、私と同じ寝衣を身につけた、背の高い青年が、近くにあった病院用のパイプイスを持ちだし、看護婦に殴りかかろうとしていた。
でもこの青年、銀髪だし、肌がかなり白い。
ん? どっかで見た事があるような……。
まさか?
「あっ……。危ないっ!」
止めようと思い、私は勢いよく扉を開けたんだ。
「えっ……。嘘……」
私は思わず絶句したんだ。
「なんで……」
だって、驚くよね。
私の目の前にいる、銀髪の青年は、あの時、私の名前を肯定してくれた、麗だったから。




