異変
*
次の日の朝、教室に入ると、クラスの何人かが、私の机に取り囲んで、何かしているのが見えた。
何してるんだろう。
気になった私は、机に向かおうとしたら、その何人かは足早に立ち去って、自分の机に戻って行ったのだ。
まるで、『他人事』の様にこちらを見て。
なので、自分の机の元に向かったら、何故か悪口がハッキリと、大量に書かれていたのだ。
しかも、中には油性マジックではなく、机を掘ったと思われる跡もあって、私はただ、呆然と立ち尽くしていた。
だけど、周りのみんなはコソコソと笑ったりするだけで、誰も私の机に手を出してこない。
あの時『盗ったら友達になってあげる』と言ってきた綾やその取り巻き達、担任の先生ですら、見て見ぬふりをしていた。
なので私は、落書きされた机を職員室に持っていくと、入口付近にわざと置いて、家に帰ったんだ。
もう、こんな事があったので、学校には行きません。という、自分なりの最大限の意思表示だ。
だけど、重い足取りで家に帰ってきた時には、お母さんには、こう言われちゃったんだよね。
「どうしたの? こんな早くに帰ってきて。まだ登校して一時間も経ってないのよ?」
確かにそうだ。時計を見たらまだ、朝の8時半だったけど、既に行く気力は無い。
「もう、学校なんて、行きたくない!」
なので、私はそう大声で吐き捨てると、足早に部屋へと逃げ帰ったんだ。
それからかな。お母さんは世間体を気にしていたせいか、無理やりにでも学校に行かそうとしていた。
なので、私も半年程は、お母さんに言われた通りに学校には行ったんだ。
だけど、行く度に、教科書をゴミ箱に捨てられたり、体操服をハサミでズタボロにされたりと、散々だった。
行っても居場所や仲間なんて居ない。
増してや、家にいても安息地なんて、どこにも無い。
じゃあ、どうすれば良かったの?
それからの私は、学校に行っては、授業は受けず、速攻で家に帰ったり、近くの公園に寄り道する日々だったなぁ。
その道中、呑気に歩いている小動物を見かけては、自分で手をかけて、身を守る練習をしていた。単なる憂さ晴らしだ。
まぁ、傍から見たら『動物虐待』となってしまうだろうが、そんな事、知らない。
「ほーぷ! こらっ! 待ちなさい!」
お母さんはというと、家に帰ってきた私の後を追いかけては、無理やり扉をこじ開けようとしてくるから、正直嫌だった。
しかも、何故か綾が「お見舞いに来ました」と言って、家に突撃して来た時も、私は包丁や物をぶん投げて玄関から追っ払ったのに……。
「なんでお友達にそういうことをするの!?」
と、逆に怒られてしまった。
「はぁ? 物を盗んだら友達にしてあげる。て言ってくる奴だよ。あいつは友達でも何でも無い、ただクラスが同じ。ていうだけだよ! 頭沸いてるのか、このクソババア!」
だから、私も私で、こんな風に大声で荒げたり、誰も入らないように、わざと部屋を汚くしたり、階段に両面テープを貼り付けて、2階に登ってくるのを阻止していたんだ。
そしたら、弟から「お母さんが階段から転げ落ちて、骨折したよ!」て、扉越しから報告があったから、思わず笑ってたなぁ。懐かしい。
あと、11歳の頃には、完全に学校に行けなくなっていたけど、もう、良いんだ。
私はこの方が、みんなに迷惑もかからないし。悪口も言われない。
お父さんはと言うと、私達には無関心のせいか、育児やら家事は全部お母さんに押し付けて、仕事場がある地下に引きこもったりしていた。
確か、『有名な医療機関とのコラボプロジェクト』だから、邪魔するな。て、お母さんに怒っていた様な。
*
そんな事を繰り返し、私は中学2年生になったが、相変わらず、学校には行けずにいた。
唯一変わった事と言えば、長期化した私の不登校のせいで、お母さんは精神的に可笑しくなったのだ。
なので、家に居たくなかった私は、渋々学校に行くんだけど、そこで変わったことがあった。
「あれ?」
いつもカースト最上位にいた、綾の姿が見当たらないのだ。
どうしたんだろう。
今なら言えるけど、前日の夜に、イカれたアイツの父親が、綾とお母さんを連れて、家から出ていくのが見えたのを思い出したんだ。
写真だらけの部屋の窓から、外を覗いていたからハッキリと覚えている。
まぁ。その時は興味本位で外に出たら、彼に遭遇して、ウザイ連中をスタンガンで撃退したんだよね。それから、助けた彼から、名前の事を褒められて……。うん。懐かしい。
まぁ、綾のことはいいか。
これも因果応報だ。あいつはあいつで、どっか別の所で苦しめばいい。
そう思いながら日々過ごそうとしていたのだが……。
「あのさ、綾はどうしたの?」
「……知らない」
「あんたが殺ったんじゃないの?」
「だから知らないって!」
「いや。うちらさ、椎名さんの家と綾の家が近所なの知ってるんだけど。殺ったの絶対、あんただよね?」
取り巻きの麻美と美緒は、妙に正義感を振り回しながら、真っ先に私に疑いの目をかけてきたのだ。
「だから、知らないって言ってるでしょ!」
なので私も必死に言ったけど、あいつらはこちら側の聞く耳なんて、全く持たない。
しかも、麻美と美緒は、私が綾に手をかけたっていう嘘を、私が通ってた中学、高校全体にまで広げたんだ。
本当にあの二人、ガチでうぜぇ。
折角学校に行けたのに、こいつらのせいでまた、振り出しに戻ってしまった。
それに、いじめの度合いは、小学校の時よりも陰湿で、悪化の一途を辿っていたんだ。
中学から高校へと変わると、いじめは収まるどころか、益々酷くなっていく。
LIKEのグループで省かれるのは勿論、女子からは『殺す』や『死ね』等、脅迫まがいな言葉ばかり書き込まれていた。
あと、麻美達と一緒に行動している、男子グループからの性的な嫌がらせもあったなぁ。
例えば、体操服に変な白い液体が着いていたり、個別のLIKEで『裸の写真送って』て言ってきたり、様々だ。
だけど、それは死体になった猫の画像を何十枚も送っといたから、幸い、レ〇プみたいな性行為的な事はされなかった。
男子グループも、『こいつに関わったらヤバい』という学習能力はあったみたい。
まぁ。それをした事によって、誰も私に話しかけて来ることは無かったけど、その方が気楽だった。
*
「……死にたい」
学校の屋上で一人、私は秋風に吹かれながら、毎日の様に呟いていた。
もう高校1年の9月になったけど、友達は誰一人いない。
きっとみんな、私のことは『関わったらやばい人』とでも思っているのだろう。
いつまでも学習をしない、こいつらを除いては。
「あ。いったぁー! なんでこんな所にいるのぉ? 逃げちゃダメだよォー」
「それなぁ! ぎゃははははは!」
背後から、女子高生の生意気でうるさい、嫌な声が聞こえてきた。
その子は、高校デビューと同時に、派手な格好で、茶髪のギャルと化した麻美と美緒だった。
「ていうかさ、いつまで謝んないつもりなの? もう二年経ってるんだけどー」
「あの事は本当に知らないの」
「知らないってしらばっくれても無駄だよ。こっちはちゃーんと、SNSで情報を探ってるんだから!」
そういうと、意気揚々と『中毒死事件の犯人は虐められた人じゃないのか?』と言ったコメントを見せびらかしてきた。
でも、これは全部、憶測で語ってる嘘だ。
「それは、情報に踊らされているだけじゃ……」
「うるさい!」
だけど、こういう奴は、核心をつく発言をすると、直ぐに喚き散らす害獣になるんだよね。
「……」
だから、私は暫く黙っていた。
でも、沸点が低い彼女達は、直ぐさまに5、6人近くの友人を屋上へ呼ぶと、あっという間に囲まれてしまった。
「まぁ。そーじゃないにしても、私らの親友を殺した犯罪者は、ここにいるべきじゃないと思うのよ」
「……」
「ということで、今から死んでもらおっか! まぁ、大丈夫! うちらが殺っても少年法があるし! あはははは!」
そう言うと、あの時の夢みたいに、殴る、蹴るの暴力的な行為が始まったのだ。
まるで男子みたいだと思うけど、実際にこういうことは、女子でも、日常茶飯事にある。
「ぐはっ!」
口からは真っ赤な液体が吹き出してくるが、それでもお構いなく、サッカーボールみたいに、蹴られ、踏まれ、殴られ……。
何十回だろう。
そう思っていた時だった。
「なっ!? 何するんですか!」
「少年法が助けてくれると言うなら、俺も適用、だよな?」
「やっ!?」
何故か騒ぎ声がしてきたのだ。
「……え?」
私は薄れていく意識を、無理やり起こしながら目を見開くと、お姫様だっこで抱えられた麻美が見えたのだ。
しかも、高身長で、私達と同じ、ブレザーの制服を着た、黒髪の青年に。
「ぎ……ぎゃああああ! 」
「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーうっせーなぁ!」
「や……やや……」
「オイオイ。さっきの威勢はどーしたァ! もっと楽しませてくれよぉ。なぁ!」
「い……い…………いやぁぁぁぁ! 」
そこからは、前に見た夢と全く同じで、黒髪の青年が、暴れる麻美を抱えながら、屋上の柵へと向かっていた。
「ごごご、ごめ……」
「はぁ? 聞こえねーなぁ! 」
そして、彼女と謎の青年は、柵の前へと行くと彼女を下ろし、柵にグリグリと頭を押し付けられていた。
「ごめん……なさい……って言ってるでしょ!!」
「言う相手間違ってるだろ!」
『ひぃぃぃ……』
だけど、青年の気迫が怖すぎて、周りにいた取り巻きは、動けないほどガタガタと身震いしていた。
「あいつに謝れ!」
「だって……あの子だって……」
「だとしてもな、高校生にもなって、1人に対して寄って集って蹴り飛ばしたり、水かけたりしてよー。お前ら何してんだ! この学校の恥さらしが! 」
『ひぃぃぃぃぃ!』
そして、美緒も含む取り巻きは、屋上から、一目散に逃げていってしまった。
見捨てられてしまった麻美は、とても驚いた顔をしていたが、まだまだ彼からの制裁は止まらない。
「恥さらし……じゃ……ないもん……。みんな……虐めてる……から……」
「ふーん……」
だけど、この麻美という人間は、かなりのクズ人間だ。こんな一人になった状況になっても、まだ反省の色さえもない。
「じゃあ、城崎先輩は庇ってるけど、あの子が……好きなの? あんな……お化けのこと…… 」
そして、彼は彼女の言葉を、最後まで聞くことは無く……。
「いやいや! 何するの!! やだ! やだ! 死にたくない! やだぁぁぁ! 」
泣いて暴れる彼女を、放り投げる様に、屋上から落としていた。
「えっ……」
この時の私は、呆然と動けないままでいたが、屋上という空間には、私と彼しか残っていなかった。
でも、なんで助けてくれたんだろう。
しかも、この『城崎先輩』は、あまり学校にも姿を現さなくて、来ても保健室通いだ。という噂を聞いたことがあった。
見た目が天使みたいで顔立ちが整っていて、綺麗だった事から、彼の姿を見ようと、よく保健室の扉から覗いてた人が多かった。
しかも、毎日ではなく、月に何回か程度だったので、来た途端に保健室の前で出待ちしている子がいる程、彼は人気だったのだ。
だけど、私からしたら、まるで見世物小屋みたいな。そんな感じがした。彼だって、教室に行って普通の学校生活を送りたかったんだろうに。
だけど、なんで?
そんな疑問が、記憶の片隅にあったけど、もしかしたら、見ていた私も目撃者だから、殺されるかもしれない。
そう考えた私は、その前に逃げなければ。と思って、その場から逃げようとしたんだよね。
片足を引きずりながら。
「!!」
すると、背後から白い手が伸びてきて、私の手を掴んできたんだ。
「大丈夫?」
「あっ……えっ……」
彼は優しい口調でそう声をかけると、背後から抱き寄せてきた。
「怖がらなくて、いいよ」
「だって、あなたはさっき……、人を……、ってえっ!?」
「驚かしてごめんね。でも安心していいよ。『僕』は君を絶対、殺したりしないからさ」
「……」
「それに……」
彼は、天使のような笑顔でこっちを見ると、そっと頭を撫でてきたのだ。
あぁ。懐かしい。何だろう。
だけど、その彼は、目は黒くて、髪も黒い。
私の知ってる彼は、紫水晶みたいな綺麗な瞳と、銀髪の髪色。
あの時、本当に誰なのか、疑問だったけど、取り巻きが言った『先輩』で、今やっと思い出したんだ。
「僕は君の事を『第一に考えて』行動しているからね。決して殺したりしないから、安心してね。あの時の、『恩返し』だよ」
「まさか!」
公園で会ったあの青年と、同一人物だった。て事に。
*
それから、私は暫く、彼と屋上で話をしていた。
空は夕暮れ。下では生徒や先生の声が聞こえてきて、かなり大騒ぎしていたけど、私達の世界の中では、ただの雑音にしか聞こえない。
「もしかして、あの時の!」
「そうそう! 思い出してくれて嬉しいよ! あの時はほんっとに危なくてねー。君がいなかったらあの後どうなっていたか……」
「だけど、何で、助けてくれたんですか?」
「え? 助けちゃ駄目だった?」
「あ。いや。そういう訳じゃないんですけど……」
だけど、今思うと、私と話していたこの彼は、『麗』ではなく『零』だったんだ。
このゲームに入るまで、全然分かんなかったけど、本当に以前から会っていたんだなぁ。て。今更だけど。
「まっ。無事で良かった!」
「えっと、あの……」
「どうしたの?」
「何で、さっきはその……、助けて、くれたの?」
あんな取り巻き一人、抱えて屋上へ落としちゃうんだから、かなり驚いたんだ。
だから、私は恐る恐る聞いてみる事にした。
「あー。単に『邪魔』だっただけだよ?」
「え!?」
しかし、彼はケロッとした顔でそう言うと、西に沈む太陽を指さしてこう言っていたのだ。
「例えるなら、君は太陽だ。けど、取り巻きは雲で、太陽を隠してしまうよね?」
「あっ……」
「だから、僕は風として、覆った雲を追っ払っただけなんだ!」
「……」
凄いわかりやすい例えで、一瞬頷いたが、やってる事は人を殺しているので犯罪だ。
「あ。驚かしちゃったね。ごめんね!」
それなのに、彼は常に笑顔を絶やさない。
「でもね、不思議な事に、さっきの行動は悪いこと。じゃないって思うんだ。勿論、僕の中にいる『仮面達』だって、賞賛してくれるはずだし」
「……」
「それに、何のために『少年法』なんて、存在しているんだろうね。この法律さえなければ、こんな犯罪まがいなイジメなんて、無くなるのにね」
「……そう。かな?」
「え? 君は違うのかい?」
「……うん」
違う。法律が無かったら無かったらで、また、別な『法律』が生まれるのだ。
少年法に代わる『何か』が。
それが良い方向に働くのか、悪い方向に働くのか。分からないけど……
「少年法から取って代わって、厳しくしたところで、また同じになると思う」
「へぇ。なんで?」
「それは……、破る人の大半は、法律を重視して行動しない、人に似た『バケモノ』だから」
「なるほどね! バケモノって! さっきの取り巻きも『バケモノ』だったってことか! はははははは!」
「そうそう! あはっ! ははははははは!」
思わず二人で顔揃えて笑ってしまったが、多分そこからだと思う。
「だから、貴方も、殺したのは人ではなくて、『バケモノ』だから、大丈夫。無罪。だよ!」
私も『人』という倫理観が狂ったのは。




