保健室
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「さて」
少女をお姫様抱っこの様に抱えた僕は、職員室を出て、急ぎ足で保健室へ向かうことにした。
でも、この子に対しては、恋愛感情は全くない。ただ、ごく一般的な女子高生が倒れているから、仕方なく運んでいる。という感覚だ。望の時は何故か、色んな感情がこみ上げてきたのに。何でだろう。
一人疑問に思っていると、あっという間に保健室の前に着く。幸い、プレートが付けられていた為、直ぐに見つけることができた。
鍵は開いてるのかな。
右手がかろうじて使えたので、取っ手に手をかけてみる。
――ガラガラガラガラ……
「あっ。開いた!」
すると、鍵はかかってなかったみたいで、力をかけなくても開けることができた。
でも、誰が開けたのかな。さっきから理科室と言い、教室と言い、鍵が開いてる所が、妙に多い。まさか、この人が一人で……
そう思いながら、保健室に入り、扉を閉めて白い簡易ベットまで運ぶ。少女を優しく下ろすと丁寧に白い布団を肩までかけてあげた。
中は相変わらず薄暗い。真っ白な壁で、フローリングみたいな床。右側にはガラス棚、左隅には先生の机。真ん中には、病院で見かける様な、背もたれが着いてない長椅子が二つ。
「ふぅ」と溜息をついてから、少し考える。ここは、怪我人や病人が運んでくる場所。と言うことは、包帯や薬があるのは確実。
そう思い、まずは気になっていたガラス棚から調べてみることにした。すると、ガラス戸も鍵がかかってなく、すんなりと開けられた。そして、手前にあった救急箱を手に取り、開けてみると、包帯と傷用の軟膏が入っていた。青色のチューブ状で蓋が閉まっている。
「これなら、あの深い傷に効きそう」
そう呟き、軟膏と包帯を手に入れ、コートのポケットにしまった。更に漁ってみると、綿棒とガーゼが入っている透明な救急箱を見つける。
「あとは……」
中身の様子を見ると、絆創膏とテーピング用テープもしまっていたが、絆創膏は少女の傷に合うサイズが無かった為、ひとまずガーゼとテーピング用の白いテープ、塗る用に綿棒を貰うことにした。
「これで治療できる」
そう思った僕は早速少女の所へ行き、治療を始める。まずは緊急用の止血で使ったバンダナを外し、次に綿棒に軟膏をつけて、傷口に付ければ。と思い、軟膏付きの綿棒を傷口に当てた。
「うっ! 痛ぁ!」
「わっ!」
「さっき、ウチの腕に何したの!」
その途端、少女が急に目を覚まし、声を荒げてきたので思わず僕も驚く。
「えっと、ただ治そうとしただけだって!」
「あー! もぉ、痛い! どうしてくれるの!」
「そう言われても……」
いや、こっちは治そうとしてるのに、何で? 精一杯宥めても、彼女には逆効果の様で、増々イライラを募らせていた。
「でも、そのままだったら、いずれ、君は死ぬよ」
「うぅ……。じゃあ、我慢するから治して」
そう正論で言い返すと、彼女はぐずりながら渋々、傷だらけの左腕を僕に差し出してくれた。
*
「よし、完了」
慣れた手つきで治療を終わらせ、薬をしまおうとした時だった。
「このぐらいの傷なんて、しょっちゅう付けてるから、何ともなかったのに」
「え? それは、どういう意味かな?」
思わず少女に訊ねる。
「……自分が醜くて情けないって感じた時、こうすることがあるんだ」
そう悲しげに呟き、包帯で巻かれた傷跡を眺めている。
「もしかして、自傷癖?」
「はぁ? 何その病気みたいな癖」
聞き慣れてなかったせいか、眉間にシワを寄せて更につっけんどに言い返す。
「つーか、嫌ならウチの前から消えて」
彼女は僕に冷たく言うと布団を深く覆い被ってしまった。
「そう突っ撥ねなくても……」
何気なく訊ねたのに。でも、自分がこんな雰囲気を作ってしまったのは反省するけど、これでは余りにも気まず過ぎる。身勝手だが、今すぐにでも抜け出したい気分だった。
しかし、自分がここから出たら、今度は望が僕を探し始めてしまうだろう。それだけは避けないと。そう思い、一人長椅子に腰をかけ、帰ってくるのを待つことにした。
*
相変わらず重たい空気が流れている。ふと、気晴らしに立ち上がり、隣りにあった全体鏡に映る自分を何気なく見つめた。そこには浮かない表情をした僕が映っていて、その容姿にボソリと呟く。
「これじゃ、初対面に驚かれるのは当たり前か」
白に近い銀髪。カラーコンタクトが入った様な、透き通った薄紫の瞳に切れ長の目つき。血色がない様に見える白い肌。長身で女の子並の華奢な体型。
そして誰もが足を止め『美しい』『綺麗』と呟き、惹きこまれてしまう整った顔立ち。
本当はこんな姿、望んでない。
そう暗く考えていた途端、ベットがあるカーテンがそっと開き、そこから✕印が書かれたマスクをした彼女が、怯えながら現れた。ゆっくりと歩きながら、長椅子に腰掛けると、ブラウンのぱっちりとした目で僕を見つめ、こう切り出した。
「貴方は……、アルビノ?」
「うん。誠に不便な体だよ。どこにいても目立つし」
彼女の方に振り向き、顔は笑顔だけど発言は否定的に答える。
「そうかな?」
「え? 何で?」
「んー」
彼女は戸惑いながら答える僕をジーっと見て、少し考えてからこう切り出してきた。
「綺麗だけど、何か違う」
「え?」
望以上に豪速球な彼女の発言に、どう返せばいいか迷う。
「何て言うか、全体的に暗い」
「暗いって……」
「うん。貴方も自虐的な所があるんだなぁ。って」
「それって、あまり良いように言われてない気もするけど」
そもそも僕が自虐的って、どういうことだ?
益々疑問点が増えてきた為か、思わず腕を組み、んー。と考える仕草をする。
「違うの。何て言うか、良い所を沢山持ってるのに、ネガティブなことばっか言うのが勿体無いって思った。それだけ」
「あっ」
確かに。それには僕も納得した。
「まっ。それに関しては、ウチは全く持って悪いとこだらけだから、人のことは言えないけどね」
視線を床に向けて、ボソリと呟く。
「それと、たまに思うの。何で人は『平等』じゃないんだろうって」
「んー。君はさっきから、難しい所ばっかり突いてくるよね」
「そうかな。固く考えなければ良い話なような気もするけど」
彼女は茶髪の長い髪を揺らし、キョロキョロと辺りを見渡すと、僕にまた訊ねてきた。
「そういえば、もう一人の方は?」
「え? もしかして、望のことかな?」
「あっ! えっとその、望さんに渡そうと思っていたものがあったんだけど……」
そう言うと、ゴソゴソとブレザーの右ポケットからゲームソフトらしき物を取り出してきた。
「それ! 僕が持ってた物と同じ!」
「てことは、貴方も破片者ってことね」
無言でコクリと頷くと、保健室の扉が突如、ガラガラと開いた。
「もしかして、帰ってきたのかな?」
「かも、しれない」
僕は微笑んで扉の方を振り向くと、開けた人の姿が見えたと同時に、ホッと一安堵した。
「望! おかえり!」




