救世主
*
「はぁ……。はぁ……」
閉鎖された第1音楽室までの道のりが、果てなく遠く感じる。
俺と卓がいた『2-2』からは、階段登ればすぐの距離だから、さほど離れてないはずなのにな。
そう思いながらも一人、第1音楽室に着いた俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
そして、禍々しいオーラが放つ、音楽室の扉を開けようとしたが、何故か取っ手を持つ右手が、微かに震えた。
「くそっ!」
この先に何が、待ち受けているんだろうか。
恐怖で支配されそうになるが、そこには秋元がいるはずだ。
それと、卓から奪った感じになってしまったボイスレコーダーも、制服のポケットに忍ばせてある。電源もここに来る途中、オンにしといたし、準備は万端だ。それなのに……。
なんで、手の震えが止まらないんだ?
もしかして俺は……。『怖い』のか?
そんな馬鹿な。俺が対峙する相手は、倫理観が外れた犯罪者なんだ。
だから、証拠を集めて警察に届ける。これさえきちんとやれば、『2-2』のみんなが、不可思議な行方不明になることなんて、この先無くなるはず……。なんだ。
俺は弱くなった心にそう言い聞かせ、手の震えを無理矢理抑えると、取っ手から手を離し、トントン。と、軽くノックをした。
こじ開けるより、向こうから赴いてくれた方が効率がいい。足りない頭で考えた俺は1番良い手段をとった。と思った。
「何の用だ?」
すると、大きな足音がしたと同時に、わかめ頭の男が少しだけ扉を開き、返事をしてきたのだ。
「あの、遠藤先生。2年1組の滝沢陸斗です。先程の授業で分からない所があったので、直接伺いに来ました。入ってもよろしいでしょうか?」
なので、慣れない敬語を使いながらも、こう言ってみることにした。
けど、扉越しから漂ってくる臭いと……、微かに聞こえてくる声で、俺は確信してしまったけどな。
「んー。今は取り込み中なんだけどなぁ」
先生は何故か困り気味に言うと、はぁ。とでかいため息をついていた。
「あ。すぐ終わるんで、一つだけ、この質問に答えて欲しいと思いまして……」
だけど、その態度に内心、怒りを覚えていた俺は、とうとう本題を持ってくる事にした。
「あの『実験道具』、どこから仕入れてきた物ですか?」
「はぁ!? 急に何を言い出したと思えば! あの『目玉』の事か!」
すると、彼は豹変したかの様に突然、俺に対して怒鳴り声を上げてきたのだ。
「えぇ。正直に答えて下さい。あれ、『豚の目玉』。では無いですよね?」
やっぱり、コイツは『黒』だと確信した俺は更に追求することにした。それに、制服のポケットに忍ばせていたボイスレコーダーは、只今起動中だ。
さぁ。どんどん白状しろ。この犯罪者が。
「それを知って何になるんだ。そんなの、生徒は知らなくてもいい話だ。さぁ。早く帰るんだ」
しかし、本当の事を言わないずる賢いクソ先公 遠藤は突然、音楽室の扉を閉めようとしたので、俺も必死に右手と右足で抵抗をした。
正直言うと、挟まれて痛い。
だけど、殺されてしまった生徒の事を考えると、こんな痛みは、痛いうちに入んねぇ。
「嫌だ!」
「なにっ!?」
「てめぇが本当の事を話すまで、俺は永遠に抵抗するからな! それに……」
「……」
「秋元はそこにいるのか!」
「チッ」
すると、クソ先公は突然、舌打ちをしたかと思えば、背後を見る仕草をし始めたのだ。
「いるんだな! じゃあ、開けるからな!」
「なにっ!?」
なので、扉を閉める手元が緩んだ隙に、俺は精一杯の力を振り絞り、強引にこじ開けた。
やっぱり、先公の言うことは、どいつもこいつも信用ならねぇ!
「秋元っ!」
「……えっ。滝沢……、君!?」
すると、音楽室のピアノの前で、一人の黒髪少女が、腹を抑えながら倒れ込んでいたのだ。
彼女の腹部からは、大量の血が流れている。
早く応急処置をして、病院に運ばねぇと。
「急いでここから出るぞ」
「でも……」
「話はそれからだ。お前はもう喋るな。分かったか」
「う……、うん」
そして、俺は小柄な体格をした秋元を、お姫様抱っこの様に抱き上げると、速攻音楽室から出ようとした。
これで秋元が生きて、証人として、遠藤の悪事を洗いざらい話してくれれば……。
だけど、そう上手く事が運ぶことがなかった。
「いいのか? そんな、成績に響く様な事をして」
「はぁ!?」
「君は確か、隣のクラスの子だな。とても優秀な生徒だと聞いている。そうだろ?」
突然、扉の前で立ち塞がるかのように、先公が腕組んで突っ立ったまま、そう言い放ってきたのだ。
「いやいや。センコーが悪ぃ事したんだろーが! こんな残酷な事してねーで大人しく、逮捕されてムショにでも入ってろよ」
「言葉が悪いぞ! 滝沢! 先生の前で、そんな暴言を吐くんじゃない!」
「うるせーのはそっちだろーが! 自分の所の生徒を、こんな大怪我させといて、クソ酷いことばっかしやがって!」
「チッ……」
「また舌打ちしてんじゃねーよ!」
だから俺は、思いっきり本音をぶちまけた。
もうこの際、こんなクソな高校、退学したって構わない。
そんな勢いで俺は、先公と口喧嘩をしまくったんだ。本当、先公というクズの塊をした大人は、どいつもこいつも、信用できねぇ。
それに、コイツは一向に、ドアの前から動こうとしない。何分ほど、こんな膠着状態が続いていたんだろう。無情にも時間だけが過ぎていく。
その間にも、秋元の腹部からは、ドクドクと血が溢れるように流れていた。
この出血からして、相当深く刺されたのかもしれない。早く止血しねーと。
クソっ。どうすれば!
そう思っていた時だった。
「うわっ!?」
突然、先公がバランスを崩し、そのまま血まみれの床に向かって転倒したのだ。
「えっ!?」
驚いた俺は真正面を向くと、見慣れた姿をしたあの2人が、俺達に『ここから出ろ』と合図をしてきたのだ。




