黒
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「よっ! 卓!」
「あぁ! 陸斗! 来てくれたんだ!」
放課後16時。ホームルーム終了後に、約束通りに隣の教室に遊びに行くと、卓が嬉しそうな表情で、俺に話しかけてきた。
静かな教室で、俺と卓という、男子生徒が2人だけ。
まぁ。誰も来ないから、大丈夫だろう。
実は俺も、先程の授業で、色々と分かったことがあったからな。その報告がてら、寄ったまでだ。
「当たり前だろ。俺も色々あったからさ」
「あー。さっきの授業で?」
「そうそう。『豚の目玉の解剖』をしたんだけどよ……」
「まさか……」
「そう。その『まさか』だったのさ」
「あー……」
そう。あの解剖材料に使われた目は、間違いなく『人の目玉』だったのさ。
確信に変わったのは、あの鉄交じりで、人間特有の、血の臭い。
獣みたいな言い方だろうが、あの先公、まだまだ隠している秘密が、多そうだ。
「だろうと思ったよ」
「んあ! お前知ってたのか!?」
「うん。かなり有名だよね。解剖する時の実験材料が『毎度危険』だとか。それでPTAから苦情が入って、校長から説教くらったりしていたよ」
「そーかよ……。はぁー」
まさか、校長に叱られた理由が『実験材料』だったと思わなかった俺は、呆れた顔でため息をついた。
「そういえば、この前なんか、理科室で飼ってるアロワナに、変な肉片を与えていたのを、見たことがあったよ」
「まじか。だけどさ、冗談抜きで校長やら教育委員会? とやらに報告した方がいいんじゃねーの?」
「うん。そう言いたいところなんだけど……」
だけど、わかめ頭の先公 遠藤の悪業はこれだけでは留まらなかったのだ。
「まだ、何かあるのか?」
「あの先公、性癖が常識とは思えないほど、イカれていて、やばいんだよ!」
「どういう事だ?」
「確か……『ネクロフィリア』だっけかな」
「えっ。ねくろ……なに?」
聞いたことの無い名称に戸惑う俺は、彼に聴いてみるが、横文字はどうも苦手だ。分かりやすく言ってくれよ。
「はぁ。『死体性愛』だよ。すっごい分かりやすく言うと、『死体』に大興奮する変態ってことだよ」
「なるほど」
これで何とか分かったが、死体に興奮するというのは、どういう事だ?
感情が追いつかない俺は、更に知るため、話を進める彼の話を聴くことにした。
「しかも、遠藤先生の性癖は、これだけでは無い」
「はぁ?」
「彼はその……、『限定的な歳の人の死体』に興奮するんだよ」
「限定的な歳の人の死体!?」
「そうだね。かなり細かく言うとね、死体になれば、『私ら』も対象の1つになるんだよ」
「まじかよ……」
しかし、性癖があまりにも特殊過ぎていたせいか、言葉がでなくなってしまった。
ここまでいくと、『怖い感情』が、1周周って気持ち悪くなるっていうか。何とも言えない感情に襲われて、頭が痛くなる。
「だけどさ、まじで教育委員会に報告した方がいいレベルだよな。それ」
「うん。だから私、何回も試みたんだ。でも、なぜか上の人間に『拒否』されちゃうんだ」
「はぁ!? なんでだよ!」
「それは……。分からない。だけど、遠藤が居ないと、先生方が得をしない、何かがあるのは事実だと思うんだ」
「そっかぁ……」
健全な生徒である、俺達に隠していること。かぁ。あのわかめ頭が居ないと、得をしない事ってなんだろうか。
暫く足りない脳みそで考えていたが、何も思いつかない。
「あと、何か知ってることはあるか?」
「うーん。知ってることといえば……、その性癖は『体の部分』にも異常に興奮するらしい」
「例えば?」
「うーん。陸斗のその茶色くて綺麗な目。とか、晶さんや陸斗のクラスにいる、秋元さんみたいな、綺麗な黒髪とかかなぁ」
「秋元……」
そういえば、放課後、遠藤に呼ばれていたような。
それに、秋元はなんであの時、『人の目玉』について検索していたのかも聞かないと。
ふと俺は、彼女が無事でいるかの心配をしてしまった。
「どうした? 陸斗?」
「そういえば、放課後、あの先公が、秋元を呼んでいたみたいでさ……」
「まじ!? ってことは待てよ!」
「どうしたんだ? 卓」
「もしかしたらだけど……、放課後、呼ばれた秋元さんの所に行ったら……」
「間違いなく『ヤる』よな」
「そう、だね」
だけど、今日こうして集まっているのは、間違いなく『アイツ』の悪業を暴くため。だったんだよな。
「だから、今回はその、遠藤を教壇から降ろす『証拠集め』をしていこうと思ってた所だったから、丁度良かったかもしれない」
「まぁ。秋元には申し訳ないかもしれないが。で、準備は大丈夫なのか?」
「うん! 本当に黒だったら困るから、その対策も、バッチリしてきたよ!」
「おお!」
なので、彼が先公にバレないよう、入念に準備をしてくれたらしい。
しかも、目の前で犯罪行為が行われた場合、誰かがボイスレコーダーを含め、証拠を持って、真っ先に警察に行こう。という事だ。
「あと、実は、私の命が狙われた場合のプランも、密かに考えているんだ」
「卓……?」
「しっ!」
聞こうと思った瞬間、卓の顔色が一瞬だけ、怯えた表情へと変わったのだ。
そして、人差し指だけ立てて、自身の口元に付けて『静かにして』という合図をしてきたので、少しだけ黙ることにした。
――カタカタカタカタカタ……。
誰かがこちらに向かって、走ってくる靴音が響いてきたのだ。
「まさか!」
「バレちゃったのかな……」
「大丈夫だ。あのわかめ頭では無いとは思うが……」
だけど、不穏な足音なのは事実だった。
「陸斗ぉぉぉ!」
「恵っ!?」
閑静な教室に突如、扉が強引に開かれる音がしたので、振り向いたら、恵が真っ青な表情でこう訴えてきたのだ。
「助けて!」
「はぁ!? 何があったんだよ……」
「どうしたんだよ! 神田ちゃん!」
「陸斗、卓。あのね……、実はウチ、放課後に呼ばれて理科室に行ったらね……」
「行ったら……」
彼女は俺と卓に、とんでもない事を言い始めたのだ。
「遠藤の先公が……。『晶を殺したのは俺だ』て、言ってたのを聞いてしまったんだ!」




