職員室
今いる所から階段まで近いので、そこまで音を立てないよう、早歩きで向かう。そして、降りれば一階に辿り着く。ここでの安全圏と言ったら、今の所一階の保健室が一番だろう。しかし、その間にあいつにバレたら厄介になる。
私は頭の中で、冷静に考えながら、階段付近に着く。
「ここから、静かに降りるよ」
「了解」
小声でヒソヒソと言い合うと、互いに喋らないよう、手に持っていたべっこう飴を麗にも分け、すぐに口の中へと入れる。舐めてみると、懐かしい様な甘い味がした。
そして、しゃがんで手すりに掴まりながら、そっと一段、足を踏み入れた。この姿勢で降りるのはきついけど、無駄な音を立てずに済む。そう前向きに考え、慎重に降りていく。
そして、やっとのことで無事、一階に着いた。
ずっとしゃがみながら降り、尚かつ階段も地味に長かったせいか、足と腰がジンジンと痛む。彼も何だか痛そうに立ち上がって、腰を擦っていたが、笑顔は相変わらず絶やさない。本当に不思議な人だ。
「ふぅ」
一つ溜息をつく。これで普段、引きこもってばっかりで運動してないことが露骨に現れてしまい、正直恥ずかしい。
「きつかったね。でも、よくある潜入のシーンみたいで楽しかったよ!」
「え? そう?」
例えが余りにも大雑把過ぎる。私は半笑いしながらも体を元に戻しつつ、痛む腰に手を当てる。
「次は職員室か」
「そういえば、あの人から連絡来てる?」
「あっ!」
そういえば、あれからLIKEには教室で通知が来て以降、全く入ってなかった。
「もしかしたら……」
嫌な予感がしたけど、まずは行って安否確認をしてこない事には話が進まない。
「とりあえず、向かおう」
「そうだね。連絡くれた人、無事だといいね」
「うん」
不安な思いを抱え、急いで職員室へと向かった。
*
職員室の前に着くと、早速扉の取っ手に手をかけ、横にガラガラと引くとすんなりと開いた。鍵はかかってなかったのかな。助けの通知を送ってきた張本人に会う為、二人で探すことになったが、入って早々、妙な薄暗さと静けさが、職員室中に漂う。
何だろう。電気は落ちて、エアコンなんてつけられる状態でもないはず。なのに、何故か寒気がする。
そう感じていた私の視界に、あるものが飛び込んできた。
「これって、まさか」
「手……だね」
彼が青ざめた顔で呟く。
「あそこに誰かいる!」
私が指を差し、その先へ駆け寄ると、茶髪の少女が一人、うつ伏せになって倒れているのを発見した。
服装は、深緑の制服でブレザーらしき上着を羽織っているが、うつ伏せの為校章が見えない。下はプリーツスカートでお洒落な感じだ。
右手には、刃に血がついた剃刀、左手には画面が暗いスマートフォンが握られている。もしかしたら、この人がLIKEに通知をくれた人なのかな。
「大丈夫?」
倒れてる少女に声をかけるが、ビクともしない。
「まずい状況だね。ひとまず血を止めなきゃ」
彼は捲って素肌が見えた左腕を見て、命が危ないと判断したようで、止血できる物を探し始めた。
その腕には、刃物で切った様な無数の傷跡が、痛々しく残っていて、そこの一部からくっきりと鮮血が流れているようだ。傷口からして、まだ新しい。
私は少女が生きているかどうか、確認をする為、首元を触ってみる。するとまだ体温が温かく、右手が微かに動いていた。
生きている! 良かった!
一安堵したと同時に、彼も止血できるものを見つけたようで、慌てて私の元へ駆け寄る。
「望! 見つけたよ!」
「ありがとう! えっと、どうしよう」
どう止めればいいんだ?
何故か止血の方法が思い出せない。なので、すかさず彼に助けを求める。
「大丈夫。僕に任せて」
私からバンダナを笑顔で受け取った彼は、三角にして器用に折り畳み始めた。
「え? いいの?」
そう訊ねると、笑顔でコクリと頷き、彼女の体制を変えて慣れた手つきで止血を始めた。
「あとは、この人を連れて、保健室に向かうだけだね」
そう言うと、あっという間に傷口がバンダナに覆われ、一先ずホッとする。
「そう、ね」
ボソリと呟くが、さっきから何故か、魂が抜かれたかの様に頭がボーッとする。
「望? 顔色、悪いよ」
「そんなこと、ない。私はこれでも平気だから」
「そう。でも、無理はしちゃ駄目だからね」
「はいはい」
そう冷たくあしらうが、ここまで心配してくれるのは、内心嬉しかった。でも、照れ臭いから冷静なままを装う。
「じゃ、保健室に運んどくね」
「ありがとう。あっ!」
ふと、何かを思い出した私は、おもむろに近くを探索し始めた。
「どうした?」
「ちょっと先、行ってて」
「え? 何で?」
バツ印のマスクを着けた少女を抱えながら、不安そうな顔で私を見つめている。
「この辺を少し調べてみるだけ。でも大丈夫。あとで合流するし、あいつが来たとしても、やられないよう、うまく隠れるから」
「んー、分かった。じゃ、先に行ってるね」
「うん」
彼は気乗りしてなかった様だが、少女を抱えたままの行動は難しいと思っていた様で、先に職員室を出て行った。
そして、私はこの場に残って調べることにした。




