メインルーム6
*
「はっ!」
目を覚ますと、あの破片と化したシャンデリアの上にいた。
「あれは一体……。うっ!」
とても気味が悪かったせいか、胃酸が逆流し、今にでも吐きそうだ。
まるで全てを支配したかの様な、あの『監視者』の言いぶりは、何度聴いても、耳障りがし、背筋からは寒気が増してくる。
「はぁ……」
静寂なメインルームで1人、深いため息を吐いたが、何も解決できなかった。
だけど、ある思考が私の頭の中を過ってくる。
いつになったら、ここを抜けられるのだろう。
でも私は、あの記憶の通り、大罪人だ。
沢山の人を、現実から『消して』しまった。それだけは揺るぎない真実だ。
それに、こんな人形の血で塗れた私の手で、純白な彼の肌や髪を触ってしまったら……。
「ならいっそ……」
今まで大罪を犯した記憶を、削除、しようかな。
そう思った私は、徐にパーカーのポケットから拳銃を取りだし、頭に銃口を付け、引き金を引いた。
――カチャッ。
「えっ……」
だけど、何度引き金を引いても、カチャカチャと鳴るだけで、虚しさが増した。
「嘘……。でしょ」
あの看守を撃った時、狂者を撃った時は、確かに弾があったはず。
それなのに、何で……。
いや。もしかしたら、その時から既に弾が『無かった』のかもしれない。
「それだったら私……」
何のために拳銃を持っていたのだろう。
これじゃあ、幸さんの言う通り、単なる脅しになっちゃうよね。
「あは……、あははは……」
何もかも無力になってしまった私は、空の拳銃を放り投げると、猫耳がついたリュックから血塗れの鍵束を取り出した。
そういえば、まだ1つ、開いてない扉があったんだ。そこさえ入れば、きっと……。
そして、力なくフラフラと歩きながらも、南京錠がかかった扉の前に着くと、両手で1つ1つ、鍵を解除していく。
――あのね、望さん。トラウマっつーのは、逃げても逃げなくても、ついてくるもんだよ。一度起きたら、ずーっとね。これだけは、ゲームみたいにリセットボタンなんて、かけられないんだよ。ずっと鎖に縛られないと、いけないんだ。
「愛さん……。その通りだね。トラウマ……」
うん。いつまでもいつまでも、自分が犯した『大罪』はついてくるね。今、こうやって過去を思い出したけど、両手が未だに血で濡れているかのような感覚がするよ。うん。
――ガチャッ。
1つ目の南京錠が開いた音がした。
――怒りを行動に移さず、感情としてありのままで出せてよ。そんなお前はすげぇと思う。
「戮さん。それは……、違う」
私は怒りに任せて、行動を起こしてしまったんだ。過去形なの。だから、そんな私を褒めないで。
――ガチャッ。
2つ目の南京錠が開いた音がした。
――楽しい事は、人間生きていく故で大事な物なんだよ。それが無かったら生きている意味も価値も無くなっちゃうからね。
「楽しい、こと……」
もし、それが『許されざる行動』だったら、どうすればいいんだろう。幸さん。教えて。
――何かがしたい、という自分の意思が無くなったらね、死んだ魚の目みたいになるんだよ。
「死んだ……魚の、目……」
今の私は、死んだ魚の目をしているのだろうか。何かがしたいか? と聞かれても、答えられる自信が無い。
――ガチャッ。
3つ目と4つ目の南京錠の鍵が開いた音がした。残りは3つ。
――違うと思うんです。このゲームの『鍵』は過去ではない。と。
「それだったら……、死んでないで、答えを教えてよ。朔夜。このゲームの『鍵』は何?」
その途中、私は彼が言った言葉を1つ1つ、稚拙な脳内に思い出しながら、独り言のように、ボソボソと言っていた。
――オレはいつだって、お前の事を『第一に考えて』動いている。それだけは忘れるな』
「わかってる……、わかってるよ……」
麗はいつだって、『優しすぎる』よ。
自分を犠牲にしてまで、大罪人の私を優先だなんて。
どこまで『お人好し』なのだろうか。
どこまで脳内が『お花畑』なのだろうか。
「はは……、ははは……」
思い出してしまったせいか、口角がニヤリと上がり、変な空笑いをした。
――何でまた、1人で大きな荷物を背負おうとするの?
「それは……」
――貴女は本当に、『罪を償う』気はあるのかい?
「うわぁぁぁぁぁぁあ!」
――ガチャッ。ガチャッ。ガチャッ。
そう考えているうちに、残り3つの南京錠も開いてしまった。
『望はさ、この世界を抜けたら、何をしたい?』
ふと、エレベーターで麗に聞かれた言葉を思い出した私は、半笑いしながら、灰色の扉の取っ手に手をかけて回した。
「この世界を抜ける?」
――ガチャッ。ギーッ……。
重く錆び付いた扉が開き、その中へと入るが、この先、何が待ち受けているんだろう。
予感だが、きっと。いや。あるいは……。




