記憶6
*
「ここは……」
目を覚ますと、懐かしい匂いと共に、小さな部屋らしき場所にいたが、その光景に、かなり見覚えがあった。
「まさか、私の……、部屋?」
周囲を見渡してみると、足元には、バラバラに散らばった布や綿が、床中に敷き詰められているかのように覆い尽くしている。
だけど、一つだけ違かったのは、その布や綿に、沢山の血痕が付着していた事だった。
え? なんで床に……、血?
今まで見た記憶の中では、こんな所にまで血はなかった.......、はず。
疑問だけが頭の中に残っていたが、右手に違和感を感じていたので見てみる。
「は、鋏?」
すると、何故か、血塗れた大きな裁ち鋏を手にしていたのだ。しかも、まだ真新しくて、生温い感触だ。
「あっ……」
そして、目の前を改めて見てみると、エプロンを着用した40代程の女性が、胸から血を流して倒れていたのだった。
そうだ。私が……。
それで、警察に見つかったら、離れ離れになってしまうから、押し入れにしまったんだ。
そう思い出した私は、動かなくなった『人形』を、押し入れにしまうと、静かに扉を閉めた。
「……ん?」
ふと、部屋の扉から視線を感じたので振り向くと、朔夜が青ざめた顔でこちらを見ていたが、何も言って来ない。
「さく……、や?」
しかし、彼を振り向きざまに呼んだ途端、スっと姿を消してしまった。
あれは、ただの残像か何かだろうか。
だけど、ここまで色々と巡ってきて、ふと思った事がある。
私は仮想空間にいるはずなのに、なんで、私だけ、こんな悪夢を見ているのか。
この謎の現象は……。
「いや。そんな事、ないよね。あは、はは、ははは」
血塗れた部屋の中、私は静かに空笑いしながらも、右手に持つ鋏を強く、握りしめていた。
――カシャッ。カシャッ……
ふと、静寂な空気の中でシャッター音がした。
「一体どこから!?」
なので、周囲を見渡してみるが、人影も無いし、音の根源も見当たらない。
――カシャッ。カシャッ。カシャッ。カシャッ。カシャッ。カシャッ。カシャッ。カシャッ……
「あぁぁぁぁ! やだ! やだ! もうやめて! やめてよ! お願い! ねぇ!」
一定間隔で不気味に鳴り響くシャッター音に狂いそうになった私は、思わず両手で強く両耳を塞ぎながら、大声を発してしまった。
「いだぁ!」
すると、唐突にあの頭痛が襲いかかってくると、再び視界が歪み始めたのだ。
なにコレ。力が段々と……、抜けて……、
と同時に、全部が奪われていく感覚に見舞われながらも、徐々に意識が遠のくなっていった。
*
「……あれ。ここは?」
目を開けると、今度は人の声がする雑音が、教室中を響かせていた。
だけど、一つだけ違うのは、周囲の人の顔が、みんな私を見るや、かなり青ざめていたこと。その中には、身体中を震わせていた子もいれば、スマホを開いて、何かを書き連ねている子もいた。
服装は先程と変わっていて、血塗れた制服と、右手には鋭利な鋏を握っているが、誰かを刺した後だろうか。どす黒い血液がベッタリと付着している。
「きゃー! 先生! 椎名さんが! 〇〇さんを!」
「えっ!? ちょ! これは……。椎名さん、まさか、貴女が……」
そう言われても、私は……。
あ。そうだ。
「って、ちょっと何す……」
――グサッ。
しかし、五月蝿いと思った私は、先生の心臓目掛けて、素早く鋏を突き刺した。
かなり深く……。深く……。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁ!』
すると、周囲は更に悲鳴をあげ、教室は地獄絵図と化していた。床を這いつくばりながら、逃げようとしている子もいれば、腰を抜かして動けなくなった子もいる。
だけど、こう見ると、ホント。
人間って、『滑稽な生き物』だよね。
なので、私は怯えるその子達に向けて……。
――グサッ。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁ!』
――グサッ。
『いやぁぁぁぁぁぁ!』
五月蝿い断末魔の叫びと共に、容赦なく刺し殺した。
1人目。2人目。3人目……。4人目。
まるで、自分の中に閉じ込めていた『悪魔』が目覚めたみたいで、とても高揚な気分だ。
「あは! あはは! あはははははは!」
あぁ! 何だか、楽しい。楽しい。楽しいなぁ!
私は次々と降りかかる生温かい感触を肌で感じながらも、鋏を持つ右手は止めなかった。
5人目、6人目、7人目.......。
「あれ? もう、いなくなっちゃったの?」
しかし、我に返った時は、何人殺ったのかも、全く覚えていない。
私の周囲は既に、血みどろだらけになっていたり、動かなくなった『人形』が、数え切れない程、ゴロゴロと床に転がっていた。
「でも、いいや」
私はその『人形ら』を軽蔑した目で見ると、血塗れた鋏をテーブルに置いて、ゆっくりと教室を出る。
勘だけど、ここにいたら、あの時に唯一、私の名前を肯定してくれた『彼』に会えなくなってしまう。
だから、せめて最後に.......。
「あっ.......。あぁァァァ!」
また、強烈な頭痛が襲いかかってきた。と同時に、視界が徐々にフィールドアウトしていく。
なんで!
もう、私は、
全てのソフトを揃えた.......、はずなのに!
*
「今度は.......、何?」
目覚めると、見たことの無い、真っ暗な空間に飛ばされていた。どの記憶の時でも見たことの無い、歪な場所で、とても不気味だ。
「やぁ」
すると、私と全く同じ姿をした少女が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、目の前で両腕を組んで突っ立っていた。唯一違うとしたら、相手が着ているパーカーの色が、黒だと言うことだけ。
「誰!?」
なので、横向けに倒れた体を起こそうとしたが、ビクともしない。まるで、上から何かの圧がかけられているかのようで、指1本も動かせられない状態だ。
「動こうとしても、無駄だよ」
「はぁ?」
「ここにいる。ということは、ついに全部の感情を手に入れちゃったんだね」
「えっ.......」
「ははは。そんなに怯えなくてもいいからさ」
「いや.......」
だって、目の前に、私と容姿が鏡合わせしたかの様なそっくりな奴がいるんだよ?
普通に考えても、明らかにおかしいでしょ。
この状況。
内心そう言いたかったが、彼女はニヤニヤと笑いながらも、続け様にこう話し始める。
「まぁ。じゃれ合いはここまでにしといて、早速本題に入ろうか」
「本題?」
「そ。本題」
何を言ってるか分からない彼女に、私は思わず聞き返すが、素っ気ない態度で返されてしまった。
「まずは、私の正体からね」
「.......」
「私はね、貴女がどんな記憶を持っていたか、別の角度から常に、監視していた者だよ」
「監視!?」
「そ。貴女が一時的に思い出した記憶を、写真にして『預かっていた』と言った方が正しいかな」
「写真.......」
ってまさか、毎回カシャカシャとシャッター音が鳴っていたのは、コイツが写真を撮っていたって事!?
ふと、毎度の記憶ごとに出ていたシャッター音の正体を知った私は、空いた口が塞がらなかった。
「あーそういやさ、君も一眼レフカメラを持って、写真を撮っていた事、あったよね?」
「あっ.......」
確かに持って、思い出を『残していた』記憶はある。
そう。怒りの感情を手に入れた時に見た夢の中で.......。
「もしかして、その時も、貴女はいたの?」
「いたよー。証拠に、ほら」
彼女は笑顔で言うと、黒いパーカーのポケットから、一枚の写真を見せてきた。
確かに写真に映る自分は、床に倒れている『人形』を撮影している。
つまり、その姿をコイツが撮影していた。
「だけど、その、何でそんな形で人の記憶を預かっているのか、その辺がよく分かんないんだけど.......」
「あー。それはねー」
私は思ったことをそのまんま言ってみると、彼女は、面倒くさそうな顔でこう答えたのだ。
「君の仲間がね、自分勝手な都合で、この世界に茶々を入れてきたからなんだ」
「茶々?」
もしかして、幸さんの事かな?
確かにこの仮想空間の世界を弄っていたと、前に言っていたが.......。
「だから、君のゲーム端末が壊れる前に『ネットの雲』に一時的に保存していたって訳。そんで、私はそのネットの雲の『管理者』だよ」
「管理者!? という事は.......」
「仮想空間『Delete』の全てを知る者だよ。名前は知らん」
「はぁ!?」
どういう事だ。先程から言っている事が、良く分からない。
そもそも『管理者』が何で、こんな所にわざわざ.......。
「ところで、椎名 望よ」
「な、何!?」
「貴女は本当に、『罪を償う』気はあるのかい?』」
「急に何を言って.......」
「だから、ちゃんと『罪を償う』気はあるのか? と聞いているんだよ」
「.......」
そういえば、私も破片者と同じく、『罪人』だったんだ。
嫌な事を思い出してしまった私は、瓜二つの相手から目を逸らすと、下唇を思いっきり噛んだ。
「どうなんだ? ん?」
「.......」
だけど、私は、悪い事なんて、一切していない。
ここに来る前からも、そして、今までも。
それなのに、何で、私だけ、こんな理不尽な思いをするんだろう。
こんな思いをするんだったら、いっそ.......。
私は必死に降りかかる圧力に抵抗しながらも、ポケットから拳銃を取り出す。
「ん!? な、何を取り出してるの!?」
「.......何って? やることはただ一つだよ」
そして、自称 ネットの雲の管理者に向けて銃口をむけた。
「ふっ」
「何がおかしい!」
しかし、彼女は鼻で笑うと、余裕の笑みで私にこう告げてきたのだ。
「まさかさ.......、私をそれで『消そう』と言うのかい?」
「うっ!」
「という事は、全く『罪を償う』気は無いという事だね。よーくわかった」
「いっ.......」
なので、痛いところを突かれた私は反論できずに銃を下ろすと、ただ下唇を噛むしか出来なかった。
そう。まるで、自分の手際を相手に全部見透かされたかの様で、何だかとても悔しい。
「あ。そうそう。そんな貴女に良いことを教えてあげるよ!」
「は?」
「君は時期にね……」
「……」
「『殺される』んだ」
「え……」
誰に? とは言いたかったが、まさか!
いや。『彼』がそんな事をするはずは……。
「まぁ。今回だけは見逃してあげるよ」
「えっ?」
「それに、ぶっちゃけた話、私は幾ら、君が過去に犯した罪の数が多かろうが少なかろうが、そんな細かいことは、どーでもいいんだー」
「じゃあ……、何で?」
「ん? それは、君が本気で『償う気』があるかどーか、気になっただけ。ま。結果的にはこっち側で『ない』と判断を下したまでだけど」
「君はさっきから何を……」
「そーだな。細かく言えば……」
しかし、彼女はゴミを見るかのような目で見下げると、私に右掌を翳し、思いっきり握り拳を作ったのだ。
「いぎゃぁ!」
その途端、頭が割れるかのように痛み始めた。
まるであの時、夢から現実に近い仮想空間に引き戻される時の様に……。
「うっ……。あぁぁ!」
そして、私は呆気なく、真っ黒な床に倒れ込んでしまったが、相手が言っていた言葉は微かに聞こえてきたのだ。
「君にはもっと、盛大に、そして、永久に苦しむ必要性が出てきた。という事だよ。あは。あはは。あはははははは!」




