ゲームクリア
重い足取りで歩きながらもエレベーターに着いた私は、麗にカードキーを翳してもらいながら、屋上へと向かうエレベーターの中にいた。
外との世界も閉ざされた、狭い空間だ。
その中には私と麗の二人しかいない。
とても静かだ。
「なぁ」
「どうしたの?」
「あんなに沢山人がいたのに……。もう、俺とお前しかいなくなっちまったな」
「……うん」
確かに最初は、愛さんと戮さんの4人でこの場所に来たのに。気がついたら、私と麗しかいなかった。
「望はさ、この世界を抜けたら、何がしたいんだ?」
「うーん……」
そして、彼から突然ふられた質問に、戸惑いを隠せない。
だって、本当にこの世界から、抜け出せるのか。という疑問の方が強いからだ。今だって、攻略法が無ければ、この歩んでいる道だって、正規ルートだとは思えない。
「まだ、分からない」
「そっか……」
だから、私は素っ気なく答え、相槌をうつ彼から視線を逸らした。
先程の父親のこともあったのに。
これ以上、彼を不安にさせたくない。
「もし、分かったらさ、俺に教えてくれよ」
「えっ!?」
「俺もその時、教えるからさ。なっ!」
「う、うん!」
しかし、彼は満面な笑顔でそう言うと、エレベーターの扉を、呆然と眺めていた。
静寂だ。
2階から3階、4階へと上っていくにつれ、徐々に心臓の鼓動が大きくなっていく。
私は無くさないように、猫耳のリュックサックの前ポケットに、先程手に入れた血塗れの鍵束と黒いゲームソフトを放り込んだ。
「あっ」
そういえば、忘れていた。
前ポケットを整理していたら、いつの時に作ったか分からない、アルミホイルに包まれた茶色と銀の物体が出てきたのだ。
「懐かしい……」
べっこう飴だ。確か、あの時はお腹が空いていて、近くにある機材を使って、何となく作ったんだっけ。
だけど、もう溶けてしまっているせいか、アルミホイルと融合していて原型を留めていない。
なので、もう食べれない。と思った私は、それを目印代わりとして、何となく床に置いてみる。きっと、誰かが見てくれると信じて。
――ティーン……。
ふと、エレベーターが止まり、錆色の扉が重く開いた。
「うわっ!」
すると、かなり強い風が吹いた。
自身の黒髪は乱れたが、幸い、結び目は解けていない。
空は真っ暗で、周囲を見渡すと、あるのは飛び降り防止の白い柵と、大きなヘリポートだけ。
「風が強いなぁ……」
「確か、飛び降りればいいって、先生、言ってたよね。だけど、柵が……」
「そんなの、飛び超えればいけんじゃね?」
「は?」
「あの柵を飛び越えるんだよ!」
「ええええ!? ちょっと待って!」
すると、彼は無謀な事を言いながら柵を登ろうとしたので、思わず驚いてしまった。
だって、柵と言っても、私達の何倍か分からないほど、高く聳え立っていたからだ。それを登ると言ったらキリがない。
「ねぇ! 安全に飛び降りれる場所を探そうよ! 麗、お願い! まだ、早まらないで!」
なので私は、新たな脱出方法を探す為、彼が着ている水色のコートの裾を強く引っ張りながら大声で言ってみる。
「おっ! おいおい! わわわ、分かったから! 分かったからそこ引っ張んなって!」
すると、彼も大声で荒らげながらも、素直に白い柵から降りてくれた。
しかし、何時見ても、彼の黒縁メガネをかけた姿は、とても見慣れないけど、どこか大人っぽくて……。
あ。いやいや。今はこんな事で現を抜かす訳にはいかないんだった。
早く脱出できる場所を見つけないと。
なので、私は両頬をバンバンと叩きながら我に返ると、周囲を改めて散策してみる。
「あ。見つけた」
ふと、一つ一つ柵を見ながら歩いていたら、盛大に大きな穴が空いた柵を見つけた。
穴は直径2メートル程だろうか。こんな大きな穴、どうやって……。
「しっかし、どーやってこんなデカい穴を開けたんだろうな」
彼も同じことを思っていたみたいで、ボソッと呟いていた。
「多分、あのランドリーカーが関係してるのかも」
「だけど、見る感じだと、前々から空いていた穴を更にでかくした感じだな」
「うん。まさか……」
幸さん、全部を見越してこんな事を?
そう思うと本当に、幸さんは何者だったんだろう。本当にただの破片者だったのか、未だに疑問に思ってしまう。
「まぁ。だけどよ、ここを抜けたらどうなるんだろうな。俺達」
「それは、流石の私でも、分からないよ」
「だが、俺はもう、この病院に未練はないな」
「そっか」
「あぁ。俺は『俺』だからな!」
だけど、彼は初めて会った時よりも、天使の様な素敵な笑顔になっていた。
きっと、長年、彼を拘束していた『父親の呪縛』が、跡形も無く消えたから、そのせいかもしれない。
「それに、俺も抜けたらやること、やらねぇと。空にいる母さんにも悪いしな」
「そうだね。私もだ……」
お互い、やることが沢山あるのに気がついた私達は、歪に大きく開いた柵を潜り抜ける。
だけど、下は底が見えない真っ暗闇だった。
でも、不思議と恐怖は消えていた。
ありがとう。愛さん。戮さん。模型さん。幸さん。蛇川先生。そして……。朔夜。
私は今まで一緒に行動してきた人達に感謝しながらも、暗闇に向けて、笑顔で飛び降りたのだった。
―――――ゲームクリア―――――




