学校
*
青い扉を開けて中へ入ると、先が見えない程、暗くて長い深緑の廊下が見えた。コンクリート製で走っても軋まなそうだ。まだ建って間もないのかな。とても綺麗に清掃されていて、ゴミが一つも無い。
右側には縁が白く、大きな窓があり、外は何故か真っ暗で星空も見えない。まるで闇の中にポツンと建っているような。そんな錯覚を抱いてしまう。左側は横スライド式の白い扉が二つ。
「ここって、もしかして」
「学校のよう、だね」
私達はそう言うと、辺りをキョロキョロと見渡す。目の前には『2―1』と書かれたプレートが、信号機の様に取り付けられていた。
後ろを振り向くといつの間にか扉は消え、辺りは静寂に包まれた。でも、このお決まりパターンに慣れてきている為か、私自身あまり驚かなくなった。
「学校……」
「どうした?」
「……何でもない」
ふと、その言葉を聞いた時、何かを思い出したかのように呟く。しかし、結局それが何のことか思い出せなかった為、黙り込む。
「そっか」
うん。と軽く頷くと、視線を前に向いて考え込む。
「まっ、まずは破片者を見つけよう!」
「う、うん」
「望?」
「ん?」
静かに頷くが、彼は心配そうな顔をしている。そしておもむろにもう片方のポケットから、白いメモ帳とボールペンを取り出し、私に差し出してきた。
「これ、置いてきたものじゃ……」
「勝手に持ってきちゃった。ごめんね。でも、これで言いたいことは言えるよ」
「ん? どういうこと?」
思わず聞き返す。
「確かにこのゲームのせいで、望は全ての感情を支配人に取られてしまったんだよね。引き換えだとか言われて」
「え! 何でそれを?」
突然そう言われ、また一つため息をつきながら、右手で頭を抱える。彼は淋しげに視線を逸らすが、発する言葉は、一つ一つに重みがある。
「だからね、書いて言葉にしたら、失った感情を形にすることができるんじゃないかな。って考えたんだ」
「感情を、形にする?」
「そうだよ。筆談みたくすれば、ね!」
「そっか」
その手があったのに、何でさっきまで考え込んでいたんだろう。メモを受け取ると同時に早速伝言を書き、上側を破って彼に渡す。
「はい」
「どれ?」
受け取ると、真剣な眼差しでメモを隅から隅まで目を通し始めた。
――さっき、学校と聞いて、寒気がしたの。思わず怖くなって逃げそうになっていたけど、今は大丈夫。
「書いてみたけど……」
「うん。それでいいんだよ。偉い偉い」
そう言うと、彼は私の頭をそっと優しく撫でた。大きくて触れられると何故か心地よく感じる。でも、こういうのは余り慣れてないせいか、顔を何かで覆いたくなる。
「さっ。改めて、行こう。望」
彼は笑顔で言うと、『2―1』の扉の近くまで、軽い足乗りで行ったので、私も無言で「うん」と頷き、後をついていく様に足を踏み入れた。
*
教室に着いて早々、彼は窓側、私は廊下側に分かれ、机の中を隅々と探索する。
「麗、そっちはどう?」
「んー、今の所、ないかな」
そう言って机の中を虱潰しに調べてはいるが、中身は空っぽだ。
なかなか良いのが見つからない。他を当たるかな。
心の中では諦め気味に呟いていたが、何かあると思い、懸命に調べていた。
――コツンッ
「ん? 何これ」
すると、私の足元に何かが当たる感覚がした。なので下を見ると、可愛い林檎柄のカバーに包まれたスマートフォンを見つけた。
誰の持ち物かな?
そう思い、珍しそうに四方八方眺める。よく見ると小さくて片手でも持てるサイズなので、ポケットにしまえそう。少し弄っていると、背後から彼が覗き込んでいた。
「何見つけたの?」
「スマホ。電源が入るけど、電池が少ない」
「スマートフォンか。どんな時に使うんだろう」
「連絡手段とか、いろいろ使えそうだけど。ん?」
すると、SNSアプリ『LIKE』に一件通知が入っていたので、早速開いてみると、次のメッセージが書き込まれていた。
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どなたか、助けて下さい。
黒い人が近くを彷徨いていて、身動きが全く取れません。
ちなみに今、職員室にいます。
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「これ、誰かいるってことだよね」
「そうだね。しかも緊急だ。場所はどこって書いてある?」
「んーっと……」
私と彼は、食い入る様に注意深く見る。
―――――――――――――――――――――――
安全な場所は、保健室……
―――――――――――――――――――――――
そこでメッセージが途切れていた。これだと無事であるかどうか、はっきりとわからない。
「助けに行かないと……。でも、職員室と保健室って、どこ?」
彼が訊ねてきたけど、分からずに首を傾げる。
「んー、見取り図か場所が書かれた紙、どっかにないかな」
「とりあえず、それを持って他を当たるしかないね」
「うん」
そんな訳でスマートフォンを手に入れた。試しに彼がいた間で手に入れた充電器を差し込もうとしたが、型が合わなかった。
本当にこの充電器、どこで使うんだ?
疑問に思いながら辺りを見渡すと、扉付近に紙が山盛りになって捨てられているゴミ箱を見つけた。
「何か入ってそう」
ボソッと呟き、何気なく漁ってみる。すると、一階から三階まで、詳しく書かれた見取り図がクシャクシャに丸められた状態で見つけた。擦れているがかろうじて読める。
「おっ! あった!」
私は嬉しくなり、早速開けてみることにした。よく見ると一階から三階まで廊下が回の字になっており、配置も似ている。尚かつ似たような部屋が幾つもある為、慣れている人でないと、確実に迷う構造だ。
「どうやら、一階に職員室があるみたい」
「ほんと?」
彼が後ろで顔を覗かせながら言う。
「うん。このフロア全体、全部で三階まであって、今いる所が二階と言った所かな」
「何だか広いね、僕、迷いそうだよ」
「まっ、とりあえず職員室に行ってみよう」
「でも、黒い奴が下でウロウロしてるって言ってたよね」
「そういえば!」
すっかり狂者の存在を忘れていた私は、とりあえずそいつをどう職員室から引き離すか。と言う考えもすることになった。
「てことは、まだ下には行かない方が良さ気だよね」
「今の所は、ね。でも、今は二階を一通り探索したいかな」
「んー、そうだね。どこから行ってみる?」
じーっと見取り図を見ながら言う。
「理科室なら何か使えそうなものあるかな」
「理科室ね!」
そこなら使えそうなものも、あるかもしれない。
「まっ、とりあえず行こうか」
コクリと頷くと、『2―1』を後にした。




