4枚の切り札
「ふぅ」
私は狂者がいないか、周囲を確認しながら廊下を歩いているが、相変わらず薄暗い。蛍光灯が切れかかっているせいか、チカチカと床を照らしている。
こんな事、何回心の中で言ってきたのだろう。そもそも光なんて、脱出した時の扉以外、まともに見た事がない様な。
「この先、何も無ければいいんだけど……」
一人、呟きながらぼんやりと歩いていると、突然、鉄の臭いが鼻を刺激してきた。
「臭っ! これは……」
私はパーカーの袖口で、鼻を塞ぎながら言うと、目の前には人型の死体が、沢山転がっていた。
「幸さんが、言っていた通りだ」
じっ。と観察してみると、源さんの周囲を取り囲んでいる、取り巻きだった。白衣は既に血まみれになっており、見るのも無惨な状態だ。
首だけ抉れたような深い傷跡。真っ赤に染った床。まるで愛さんが倒れた時の光景に似ている。
「ここからカードキーを……」
探すのか。面倒だけど、やらないと。
狂者が来てしまう。
なので、私は血塗れた床を踏みながら、取り巻きの山を掻き分けるようにして、カードキーを探してみる。
「あっ」
しかし、案外簡単に見つけてしまった。
運が良かったのか分からなかったが、倒れている取り巻きの男付近に、『社員証』が2、3枚程落ちていたのだ。
「これって……」
気になった私は拾ってよく見てみると、首かけストラップが付いていた。
そういえば、ガス部屋から出ていく時に、麗が持っていたのとかなり似ている。血痕がこびりついていたせいか、誰の物なのかは分からなかったが。
でも。いいや。次行こう。
ひとまず複数のカードキーを手に入れた私は、それらを束にし、左手で握りしめる。
「何か、呆気ない気が……」
それに、こんなすんなりと上手くいくものなのか?
嫌な予感に怯えながらも、もう一枚、扉近くで倒れている、取り巻きの首にかかった社員証を外した。
そして、束にしたカードキーに残りの1枚を加えると、カードリーダーが搭載されている扉前へと向かう。
幸さんが言っていた通り、確かに扉は厳重に閉まっている。
恐らく、取り巻きが開けたと同時に、狂者と鉢遭ってしまって殺られたのだろう。
「いや。もしかしたら、別の階にいるのかも、しれない……」
なので、束にした4枚のうちの1枚をカードリーダーに翳してみる。
――ビーッ。ビーッ。
すると、赤に点滅しただけで全く開かなかった。
「これかな」
なので、使ったカードキーをその場に投げ捨てると、もう一度3枚のうちの1枚を手にし、翳してみる。
――ガチャ。
「あ。開いた」
今度は緑色へと変わり、自動で重い扉が開いた。と同時に、下に降りる階段と、上に登る階段が目の前に現れた。
「ここは4階。3階に行くには……」
下の階段を使って降りよう。
なので、その場で使用したカードキーを捨て、降りようとした時だった。
――ガシャーン
突然、上の階から大きな物音がしたので、更に周囲を確認すると、床にはRと3の文字が微かに見えた。
「あれ。Rって、確か……」
屋上のはずだ。でも、ここまで大きな物音がしたのは驚いた。
なので、私は2階にある手術室に向かう為、足早に降りることにしたが、狂者は一体何処に!?
「まさか……」
下にいたらと思うと、かなり鳥肌が立ってしまった。
でも、居ない可能性もある。
そう信じた私は、恐る恐る階段を降りるが、下はぼんやりと暗く、先まで見えない。まるで暗闇に吸い込まれるかのような気がして、足がすくんでしまう。
「あ。3階だ」
しかし、その後は何事もなく3階へと到達したが、不気味な程に物音も無く、静かだった。
周囲は先程の深紅な床ではなく、綺麗な緑色の廊下だ。
「ここにも、扉が……」
更に降りようとしたら、厳重に閉められた鉄製の扉が、降りる私の前に立ち塞がっていた。試しにグーで扉を叩いてみたりしたが、かなり強い力でないと、無理な程頑丈だ。
だけど幸い、未使用かもしれないカードキーが、2枚手元にある。
「さて……」
私は、左手に握った2枚のうちの1枚を翳そうとした時だった。
――カタッ。カタッ。
「えっ。嘘。この音って」
静かだった周辺に、突如、足音が響いてきたのだ。しかも、この階から聞こえてくる。
――ビーッ。ビーッ。
それに、翳したカードキーは、運悪く『ハズレ』だった。その間にも、不気味な足音は、徐々に大きくなっていく。
「どうしよう! あと1枚。あと1枚……」
そして、残り1枚となってしまった私は、呪文を唱えるかの様に呟くと、急いで最後の1枚を、カードリーダーに翳した。
――ガチャ。
「やった……」
しかし、かなり焦っていた為、喜ぶのは後回しだと思った私は、急いで2階へ向かう階段へ
足を踏み入れた時だった。
――カタッ。カタッ。
足音がかなり大きくなってきたので、扉を閉めようとしたが、閉まらない。どうやら、ある程度、時間が経たないと駄目な様だ。
「どうしよう。早く、閉めないと……」
この先の手術室にいる、麗達に迷惑がかかってしまう!
なので、私は怖い感情を押し殺しながら背後を振り向くと、使えるものが無いか、改めて周囲を見渡してみる。
「あ。これ……」
すると、扉付近に、先程見たのと全く同じカードリーダーを見つけた。
「一か八か、やるしかない!」
ふと、ある事を思いついた私は、試しに持っていたカードキーを翳してみる。
――ビーッ。ビーッ。ガダーン。
その瞬間、かなり早いスピードで、扉が閉まった。
「ああぁぁぁぁぁ!」
と同時に、閉まった扉の向こう側から、狂者の奇声が聞こえてくる。
早く、この場から、離れないと!
危機を察した私は、急いで2階へと降りると、手にしていたカードキーを、勢いよく放り投げた。
「良かった」
まさか、『使用済みのカードキー』も、この様に使えるとは思ってなかった。
あ。でも、手術室、どうやって開けよう。
カードキーも既に使ってしまったから、もう開ける手段が無い。それに、今の時点で麗がいるかどうかも分からない。
確かに幸さんと一緒に見た動画には、先生と『共に』映っていたけど、その後は見ていない。
「んー。あ。そうだ」
ふと、何かを思い出した私は、パーカーのポケットから、白いスマートフォンを取り出した。
「直接電話すれば……」
そして、通話アプリ『Like』を開くと、トーク画面から麗を見つけ、直接電話をかけてみる。
「どうした?」
「私だよ。えっと……」
「あ。お前か。今、扉開けるから待ってろ」
「え? あ。うん」
すると、麗が電話越しで話してきたが、口調がさっき逢った時より、かなり冷静だった。
でも、改めてよく聞くと、『教室』と『シャワールーム』『毒ガス充満の病室』で逢った時の彼に間違いない。
「麗……」
やっぱり、あの時と全く変わっていない。
私は両手にスマートフォンを持ちながら、足早に手術室に着くと、既に扉が開いていた。
「おい。早く、入れよ」
「えっ!?」
そこには、黒縁メガネをかけた彼が私の目の前にいたが、雰囲気が大人っぽくなっていたせいか、変に緊張してしまった。
「そんなとこに突っ立ってたら危ねーよ。ほら」
「あ。う、うん……。って、ええ!?」
そして、怒り気味に手を差し出してきたので、咄嗟に彼の手を握ると、引っ張られる形で手術室に入ることになった。




