人間観察
「はぁ?」
怖いというのが、分からない。だと?
私はこの時、全身に汗ばむような不気味さを感じた。
血の気がよだつというか、なんて言うか。一言では言い表せないほどの気味悪さだ。
「もしかして望ちゃん、あたいの事、まるで、無機質な『ロボット』の様に見えるのかな?」
「いや。それは……」
普通に考えれば、こんな個性が極まって、尚且つ、ハッキングが出来る高性能な人型アンドロイドなんて、存在する訳が無い。無い。
咄嗟にツッコミそうになったが、黒目を輝かす彼女の眼力に負けてしまい、全く言葉が出ない。
「まーまー。そんなにガッチガチに固まんなくていいって! ほらほら! あははは!」
「ええっ!? って……、あああぁ!?」
しかし、彼女は笑顔で私の両肩を持つと、思いっきり前後に揺らす。と思えば、私の両手を握ってきては、砲丸投げをするかの様に、グルグルと振り回し始めた。
「こんな状況だからこそ、心から楽しまなきゃ! ねっ! きゃはははは!」
「ちょっ!? 幸さん! やめっ! あぁぁ!」
本当に、何なの! この女!
あまりにも予想外な展開に戸惑いながらも揺られていると、突然視界が歪んで、気持ち悪くなってしまった。
「ほらほら! 笑ってってばぁ! あはははははは!」
「あ。わわわ! ムリムリムリムリ!」
なので、頭を抱えながら咄嗟にしゃがむと、視界の揺れは少し収まったけど、未だにブレが生じていて、止まらない。ガタガタする。
「あ。大丈夫?」
だけど、揺らした張本人は、平然とした顔で蹲る私の顔を覗き込みながらそう言い捨てた。
でも、その後は「まぁ。へーきそうだからいっか」と、小声で呟いている。
あの女。いつかころ……。ってあれ?
私って、なんでこんな些細な事で、『殺そう』と考えていたんだろう。
変に頭を使っていたら、一気に疲れが込み上がってきた。
でも彼女はというと、再びベットの方へ向かうと、タブレットPCを起動し、何事も無かったかの様に弄っている。
今度は何をしているんだろう。
気になった私は、そっと彼女の背後から、画面を覗き込むことにした。
「あ。今、監視カメラをハッキング中」
しかし、彼女は笑いながら、監視カメラをハッキングし、楽しく人間観察をしていた。
「そう、ですか」
いちいち構うのも疲れてしまった私は、呆れ気味に相槌をうつ。
でも、目の前に彼女がいるので、気になって仕方がない。なので、背後から暫く覗いていたが、彼女はこんな事を毎回していて、楽しいのだろうか。見る度に疑問が湧いてくる。
今まで会った事の無いような。
本当に変な人。だと。
「あ! 望ちゃん! 見て見て! 何か動きある!」
すると突然、彼女が一つの画面に指をさしていた。
「これは! ねぇ! 幸さん」
「お? やけに食い気味だね。望ちゃん。どしたー?」
「この画像って、巻き戻したり、再生したりできる?」
「おっけー。あたいも丁度気になってたから、試しにやってみるよー」
なので、思わず釘付けになってしまった私達は、1個1個確認するかの様に、その映像を再生したり、巻き戻したりする事にした。
見た所、手術室の前にある廊下が映し出されている。
そこに白衣を着た大人の黒髪短髪の男性と、水色のコートを着た白髪の青年が、扉の前で何かを話している姿が見えた。
青年の方は何故か、黒縁メガネを着用している。そのせいか、雰囲気が大人っぽく見えて、思わず源さんと間違えそうになった。
ってあれ?
「この背格好と髪型といい、明らかに先生と麗君だね。何をするつもりなんだろー」
確かに雰囲気が全く違かったけど、よく見たら麗だ。
私は少しだけ容姿が変わった彼を見て、思わず顔が熱くなってしまったが、彼女は顔色一つも変えず、画面を凝視していた。
「あの。幸さんはこの後、彼達はどんな行動をすると、読んでいますか?」
なので、彼女の機嫌を損ねない程度で、恐る恐る訊ねてみる。
「お? 珍しい質問だね! んー。多分、あたい達をさしおいて、めーっちゃ、面白い事をするつもりだよ! きっと!」
「あの、その辺をもう少し、具体的に……」
すると、満面な笑みで、大雑把な答えが返ってきたので、私は返答に困り果ててしまった。
「うーん、おっかしいなぁ。どこの映像を見ても、朔ちゃんの姿が見えないんだよねー」
「えっ!?」
だけど、直ぐ様に全部の画面を見たら、彼女の言う通り、朔夜の姿が全く見当たらない。彼の姿なら上下黒い服、両手には手錠がかけられているから、パッと見、すぐ分かるはずだが……。
一体どこ!?
ふと、あの時の抗争を思い出したせいで、強く噛み締めた下唇から、滲んだ鉄分の味がした。
「その姿を見るに、『助けたい』んだね」
「当たり前です! 唯一、血の繋がった弟だし、彼に『必ず戻る』って約束したので……」
「おっけー。望ちゃん、まずは扉を開ける『カードキー』を奪おっか!」
「奪う!?」
「そうだよ。4階の階段降りるのに1枚と、3階に1枚。更に2階の手術室に入るのに1枚と、合計3枚は『未使用のカードキー』が必要なんだ」
「へぇ……」
聞いた途端、面倒臭いと感じた私は、かなり嫌な顔をした。うん。鏡で見たらきっと、変な顔をしていたと思う。
「だけど、今回はあのカートも持ってかなきゃだから、別ルートで行くよ!」
「別ルート!?」
しかし、彼女が指さした先には、カウンセリングルームの時にあったランドリーカートと全く同じのが1つ、隅っこに置かれていた。
それにも驚いたが、そもそも別ルートなんて、あったのか。ここには階段の前にある頑丈なセキュリティドアと、南京錠がかけられた扉だけかと思っていたせいか、かなり驚いた。
「それは、今から案内するけど、そのエレベーターを起動するのに1枚と、手術室を開けるのに、1枚。合わせて2枚の『未使用のカードキー』があれば、オッケーなの。だから、本来行くルートよりも、そっちの方がいいかもしれないねー」
「なるほど」
そういえば、手術室から脱出する時、幸さんが言っていた事を思い出す。
確か、院長のカードキーは、マスターキーになっているから、どこの場所でも開けられた。だけど、取り巻きが身につけているカードキーは『使い切り』だと言うことに。
「つまり、取り巻きから奪えば良いんですね」
「だけど、コレ見て!」
「えっ!?」
すると、4階の廊下辺りが、血の惨劇と化していた。よく見ると、何人かの取り巻きが、狂者によって首元から齧られ、口から何かを吐き出している。吐き出した物は恐らく、手に入れる予定の『カードキー』だろう。
「まさか、取り巻きが……、狂者に喰われている!?」
だけど、初めて狂者が人を捕食する姿を見てしまった私は、唖然としてしまった。
「これは凄い事になったねー! あははははは!」
「笑うツボでもない様な……」
「ままっ! 細かい事は気にしない! ひとまず、カードキーを回収しに行くよ! ほらほら! ちょっと押すの手伝って!」
「ええっ!? 幸さん!」
そして、彼女は微笑みながら素早くタブレット型PCを片付けると、突然、隅に置かれたランドリーカートを、私の目の前まで引っ張り出してきた。
「あ。あのランドリーカート……」
ふと、彼女が病室にまで押しながら持ち込んでいるカートの中身が気になった。なので私は、彼女の視線が合わない様に、空いている手で慎重に開けようとした。
「望ちゃん。ダメだよ」
「えっ!? あ。ごめんなさい」
しかし、隣にいる彼女の睨んだ視線が痛く飛んできたので、咄嗟に謝ったが、結局中身は何だろう。
でも、彼女の事を考えたら、変に詮索して聞かない方が良いのかもしれない。
それに……。
いつまで『この女』と一緒に、探索をすればいいのだろうか。
不安が拭えない私はただただ、自由奔放な彼女に従いながらも病室【416号室】を後にした。




