帰還
*
そして、目まぐるしく景色が変わった後、いつも通りのガーデンに戻っていた。
「ただい……。ん?」
しかし、何か様子がおかしい。周囲がかなり静かだ。
「あれ? 『レイ』達は?」
唯一、ガーデンにいるうらら達に聞いてみると、驚きの答えが返ってきた。
「きえちゃったよ」
「え?」
「なんかね、レイおにいちゃんと、アキラおにいちゃんと、ヒバリおねえちゃん、つぐおにいちゃんがね、とつぜんきえちゃったんだ。ねっ! ななしちゃん」
そして、うららの隣にいる名無しは、ボーッとオレの顔を見るや、こくりと首を縦に振る。
「は? 消えた、だと?」
オレは突然の事で戸惑ってしまった。
「まさか……」
――その、まさかだよ!
すると、どこからか声が聞こえてきたので、周囲を見渡してみるが、『レイ』の姿はどこにも居ない。
「もしかして、オレの……、中にいるのか?」
――大当たり!
なんと、彼はオレの『体内』に居たのだ。
「どういう事なんだ? 詳しく教えてくれ!」
驚きすぎて信じられなくなったオレは、矢継ぎ早に質問をする。
「体内に居るって……」
――まぁまぁ落ち着いて。僕の『相棒』よ。
「だからいつ『相棒』て決まったんだ! ゴラァ!」
しかし、この通りにケラケラと笑ってはあしらわれるので、完全に怒ったオレは左手に拳を作っていた。
――おぉ! 怖いよ怖いよ! 怖いって!
「は?」
――まさか『アキラ』までも取り込んじゃった?
「取り込んだつもりは満更無いが……、って……」
そういえば、うららと名無し以外は誰もいなかった事に気づいたオレ。
まさか、1つになっちまった?
いや。そんな、馬鹿な。
ありえないと思って周囲を見渡しても、5人の姿はどこにも居ない。
――ったく、てめぇは見かけによらず、欲張りだよなぁ。
「その声は!」
――『アキラ』だ。テメェが「クソ親父殺る!」って息巻いていたから、楽しそーだと思ってな。だから、レイと一緒に統合してみたのさ!
「おいおい」
――うちも同じだよ。ね。『レイ』『つぐ』
――うんうん! しかも、君のお父さんのせいで彼女が悲しむのは、本当に嫌だもんねぇ。
――全く。つぐは相変わらずの『彼女』ファーストだね。相棒もつぐの『執念』さを見習うといいよ!
――えへへ! だけど、一番大事なのは君だから安心して!
「まじかよ……」
あまりにも自由過ぎる仮面達の行動に、思わず溜息をつく。
だけど、今は1人じゃない。
オレはそっと胸に手を当てて目を瞑ると、微かに熱い鼓動を感じた。
あぁ。これが……『自分自身』なんだ。と。
「麗お兄ちゃん!」
「ん?」
「あたしも、ななしちゃんといっしょに、おにいちゃんみたいになる!」
すると、うららが笑顔でそう言うと、小さな手をオレに差し出してきた。
「えっ!?」
かなり驚いたオレは、瞬時に瞬きをするが、何をするつもりなんだ!? 戸惑いが隠せない。
――うららは危ないよ! ちゃんとここにいて!
――あぁ! 絶対来んなって! いつ死ぬかわかんねぇーんだぞ!?
そのせいか、仮面達も動揺していたが、彼女はかなり真剣な眼差しで、オレを見つめている。
「おにいちゃんたち、あたしは、いなくなっても、へーきだよ!」
「え?」
「あたしはね! こうやって、おはなしできたり、おねえちゃんとあそんだりできてね、とっても『しあわせ』だったんだ!」
「うんうん」
しかし、彼女は天真爛漫に微笑みながらそう答えると、隣にいた名無しも一緒になって頷いていた。
「だからね、こんどはね、あたしとななしちゃんが、おにいちゃんを『しあわせ』にするの!」
「えっ……」
幸せになれって。家族からも言われた記憶が無かったのに……。
オレは言われたのが初めてだったせいか、何故か目から大粒の涙が零れていた。
「だからね、あたしからのおねがい、きいてくれる?」
「わかった、どんなお願いなんだ?」
「んーとね……」
そして、彼女は名無しとアイコンタクトをとると、オレを見てこう告げてきたのだ。
「おにいちゃんたちを『しあわせ』にしてあげて!」
*
「んんっ。寝みぃ……」
長い長い、夢を見た気がした。
重い瞼をゆっくりと開けて、身体を起こすと、俺は可能な限り、周囲を見渡す。白いベット。スライド式の扉。隣には蛇川先生。かなり驚いた顔をしながら、心配そうに見つめている。
そうか。俺、帰ってきたんだ。
この、残酷なゲームの世界に。
しかも、心の中は未だに温かいまま。今度はただの生きる屍ではなく、ちゃんと『生きている』と実感出来る。
母さんを失い、父さんから受けた、悲しみ。
継母や従兄弟達に向けた、怒り。
望と出会った、喜び。
そして、生きる目標を掲げられる、楽しみ。
これらが俺の体内に刻まれているのが、鼓動で分かる。その証として、白いセーターの袖口に隠された、無数の傷口が微かに見えた。
だけど、もう傷を付けるのはやめよう。傷を付けるだけでは『生きている』証拠にはならない。
それが分かった俺は、捲れていたセーターの袖口をそっと戻す。
「麗君、大丈夫だったかい?」
「あ。先生。実は……」
先程の夢を言おうとした時、先生は突然、「まさか! もしや……」と言葉を呟きながら何か考え込んでいた。
「何か、あったんですか?」
「あぁ。麗君。すまなかったね。実は、君が起きた時、暫く顔つきと口調、行動を観察していたよ」
「はぃぃ?」
「だけど、ようやく理解出来たんだ」
「どういう、事ですか?」
まさか、今度は先生が可笑しくなってしまったのか?
突然、訳の分からない事を言い始めてきたので、恐る恐る聞き返すと、彼は何か確信を得たような顔でこう告げてきた。
「恐らく……、全部の人格と『統合』したんだね」




