赤城征四郎2
「貴様が滅びるその時を楽しみに待っているとしよう、ランサー……」
そう捨て台詞を吐きながらも、私が考えていたのは別のことだった。
考えていたのは一人ぼっちで戦い続けていた、ある怪人のことだった。
昔から変わり者だと言われていた。
学識ある職業の両親のもとに生まれた私はそれなりに頭の出来が良かった。
加えて、両親は高等な水準の教育を与えてくれていた。
一つのことに執着しやすい性格だった。
勉強が好きと言うわけでもないが、
勉強しかしてこなかったようなクソ真面目な両親が家にいれば私の興味もそちら側に動く。
幼少期はひたすら理系の勉強をしていた気がする。
周りから何を考えているのかわからないと言われることも多かったが、当たり前だ。
馬鹿に自分の考えなど理解できるはずもないし理解してもらおうとも思っていないのだから。
周りは馬鹿ばかり。
こんな性格だ。
気づけば人間関係もそこそこに私は偏差値の高い大学とやらに進学していた。
その頃になって私にも興味のあることが出来てきた。
ディバイン。
世間一般には怪人と呼ばれるその神秘の存在。
人間には不可能な現象を容易く引き起こす神秘の存在。
直訳すれば神だ、大仰すぎる呼称だが、
私の興味を引き付けるそれはまさに私にとっての「神」であった。
人は信じたいものを信じる。
私にとって信じるに値する存在とは、
つまらないこの世界で唯一興味を引くそれであった。
大学を卒業するころには私はとある研究所に入所することになっていた。
表向きは生物工学の研究所だ。
だが私の調べによればここはあのミュトスともつながりがあるらしい。
怪人たちの秘密結社、ミュトス。
その頃私は怪人に近づけることに興奮していた。
大学構内で思わず鼻歌を歌いながら歩いていると、
ふと、多くの取り巻きを引き連れ歩いている女と目が合った。
新入生なのだろう、まだ少女ともいえるあどけない顔立ちだ。
自信満々で、世界は自分を中心に回っていると本気で思っていそうな女。
馬鹿そうな女だ。
恋人どころか友人も少ない私には縁の無さそうな人物。
しかし、その時何故かしばらくの間私と彼女は見つめ合っていた。
思った通り、研究所はミュトスの下部組織であった。
若く、優秀であり、おまけに倫理観のかけらもない私はすぐに頭角を現していった。
怪しげな薬や装置を用いて人体実験をすることもあった。
泣いてやめてくれと叫ぶ人や、
どうしてこんなことをするのか信じられない、とでもいう顔で見てくる人。
恨みのこもった目を向けてくる人。
そういった目を向けられるたび、
私は彼らをのぞき込んで念入りに観察していた。
やはり、馬鹿の考えることはよくわからない。
数年で研究所の所長となった私は、このあといよいよ怪人の研究所へと移籍することとなった。
つまり私もミュトスの末端へと食い込むことが出来たわけだ。
この頃から煌びやかなパーティーにも呼び出されるようになる。
ずっと怪人の研究をしていたい私にはとても退屈な時間だ。
人間を超越した怪人に、矮小な人間の政治的な取引など必要ないのでは……
私はそう思ってはいたが、どうやら怪人も中身はただの人間だったようだ。
パーティ会場の外れで壁に寄りかかり退屈そうにシャンパングラスを傾ける私に声がかかる。
「ねぇ、あなた、研究所のホープなんですって?」
そう言って笑いかけてくる気の強そうな女は、昔大学で見かけたあの女だった。
随分と高そうな大きな宝石をふんだんに身に着けた煌びやかな格好はいかにも金持ちのお嬢様。
くっきりとしたメイクは気の強そうな顔をさらにきつそうに仕上げている。
私と彼女の初めての出会いであった。
「本当は大学にいたころから気になっていたの。
この男は他の奴とは違うって。」
どうして、と問いかけると彼女はこう答えた。
「だって、あなた、自分以外の人間を皆馬鹿にしてますって顔していたもの。
私もそうだから。」
変なことを言う女だな、と思った。
大体、それが本当ならば私は君を馬鹿にしているし、
君だって私を馬鹿にしているだろうと返せば。
「まぁねー。私も、あなたもばかなのかもね。」
といたずらっぽく笑った。
その表情は性格は悪そうだったが普段の表情より幼く、私は初めて女を可愛いと思った。
それから、たまに会う関係になった。
彼女の家は見たままの金持ちで、彼女はそこの跡取りとしてふさわしくなるように頑張っているらしいと。
彼女の家には妹と弟がいて、弟は小さいころに死んでしまったこと。
妹とは仲が悪いこと、自分の方がはるかに優秀だということ。
色んな事を聞いた。
つまるところ、彼女は孤独なのだ。
煌びやかに見えるし、そうあろうとしている彼女はその実いつだって認められることに飢えている。
しかし自分以外の多くを馬鹿にしている彼女は馬鹿に認められたって嬉しくはない。
彼女の父か、はたまた母か。
認めてもらいたい人に認めてもらえない寂しさをどこか自分に似た私で埋めようとしていたのかもしれない。
私はやがてミュトスの研究機関の頂点に近い立場となり、
その頃には彼女も自分の身分を明かすようになった。
ミュトス総帥の娘。
一応一般家庭の部類から生まれた私とは別世界の人間。
もっとも、私が生まれの違いを気にするような人間ならば
そもそも彼女に興味を抱いたりはしない。
気づけば私と彼女は愛し合うようになっていた。
寂しい女と人でなしの男の気まぐれの愛だったのだろうか。
怪人としての頂点。
それはミュトス総帥のことだ。
金色のミュトスクラスのディバインレコードを使い、
他の怪人たちとは比べるべくもない超常の力を行使する。
他のミュトスクラスのディバインをも寄せ付けぬ力。
その力、まさに天変地異のごとし。
いつしか、総帥の娘、彼女の目標はその父にとって代わることになっていた。
父の玉座を簒奪せんと企む女。
私の愛した女性はどこまでも自分勝手な怪人であった。
だが、悪くない。
そもそも私の目標は最強の怪人を作り上げること。
天然ものの最強を超える人工の最強を「創る」こと。
私と彼女がこの世の「怪なる人」の頂を手にする。
そのためにはどんなことだってしてやろう。
人体実験をした。
大人も、子供も。
男も、女も。
自分にさえも。
どんな人間も自分に未来がないことを悟れば泣きわめく。
それでも他人を犠牲にし続けていた。
犠牲の上に成り立ったディバイン適性閾値減衰論。
人間は個人個人でディバインレコードへの適性がある。
あるレコードに高い適性を示す人もいれば低い人もいる。
別のレコードではその逆の結果になることもある。
私の理論を用いて改造したレコードは、
レコードが人間に対して要求する適性の閾値が低くなる。
簡単に言えば誰でもディバインレコードの能力を十分に引き出せるようになるということだ。
手始めに適性のある人間が今まで見つからなかった数点のディザスタークラスのレコードを使う。
フレイム、サンダー。
これらがうまくいったら次はミュトスクラスだ。
アルゴス、ルフ。
これら全てを取り込むことが出来たら私の理論は完成する。
ここまでいったら彼女のためのレコードの改造に取り掛かろう。
ネメシス、カグツチ、アルテミス。
彼女は既にミュトスクラスのレコードの使い手だが、目標が目標だ。
欧州と極東の遺跡の最深部から見つかり、そのまま使い手のいなかったレコード達。
数少ないミュトスクラスの中でも強力と推測されるこれらのレコードだ。
これがあれば私たちは……
私は、失敗した。
忌まわしきロンギヌスのランサーとの決闘に負けた。
今まで数多くのランサーを退けてきた私だが、
ついに年貢の納め時が来たようだった。
私を討ったのはランサー・フーガ。
優秀なディバインレコード研究者でもあったある女の弟らしい。
図らずもこの手で殺していたがあの女は優秀であった。
ディバインレコード進化論。
レコードと仲良くなるというふざけた論理であったそれだが、
どうやらあながち間違いでもなかったようだ。
ディバイン適性閾値減衰論。
ディバインレコード進化論。
ディバイン過剰適正者存在論。
当時うたわれていたディバインレコードについての幾つかの研究。
どれもが強い怪人を作るための理論だったが、
そのどれもが実現例がなかった。
私はその中でもついに頭一つ抜きんでたと思っていたが、
そうでもなかったようだ。
彼女との仲を深める中で、合理的ではない感情が芽生えるのを私は自覚していた。
その感情が、私の行っていた研究の理念と反するものであることに気づいてしまっていた。
人体実験を受ける最中、私を睨みつけてきた目。
誰かのことを想い遠くを見ていた目。
人を愛することを理解するということは。
人の考えに共感できて「しまう」ということ。
そういった目の意味を理解してしまうということ。
そういった時、そういった目を向けられるとき。
私は目をそらすようになっていた。
私を睨みつけてきた目に籠った怨念が、
私に、自分の末路を教えてくれたような予感がした。
予感は、正しかった。
『貴様の敗因は小さきものを侮ったことだ!』
金色の疾風は私の竜巻と、風の障壁を突き破り、私自身を巻き込み、吹き飛ばした。
取り込んだレコードが体から離反するように抜け出て、
自分の体が崩壊するのを私はどこか納得したように受け入れていた。
私と彼女。
孤独な私たちが互いを求めあうこと。
それには数多の犠牲が必要だった。
私は人体実験をしたし、彼女は怪人として人を殺していた。
おおくの、犠牲が必要だった。
しかしそうした犠牲は私たちの存在を許しはしない。
それが、報いとやらが私たちを殺すことになるとして。
……ならば。
ならば、私たちはどうすればよかったのだろうか。
目が覚めれば、私は不思議な場所にいた。
屋内。とても広い建造物の中。
その中にある小高い丘のような場所に、私はいた。
目の前には二人の少女。
長く美しい金髪をした少女と黒髪を短めにした少女。
どちらも整った顔立ちをしている。
しかしその表情は硬く、今にも襲い掛かってきそうな警戒が見て取れた。
「この人の外見、これって、フーガと戦っていた怪人の方ですよ!?」
「よりにもよって極悪人の方じゃないか!
リン、油断するな。私も全力で行く。」
剣を構える少女が何事かを唱えると、剣に炎がまとわりつく。
人間の姿のまま能力を使っているところを見ると彼女も怪人のようだが……
「斬り捨ててくれる!外道がッ!」
そう言って切りかかってくる金髪の少女。
素早い、避けられない。
身をひるがえした私の前には大きな机。
ぶつかる!
だが鋭き切っ先は覚悟した私の体をすり抜け宙を舞った。
私も机をすり抜けたたらをふむ。
顔を白黒させる少女たち、と私。
「アトラ様、あの説明に書いてあった精神体ってつまり、
実体がないってことなんじゃないですか?」
「斬れないということか。」
「向こうからも何もできないということですね。」
何が起きているのかわからない私は彼女たちに話しかけてみることにした。
「君たち、すまないが私も状況がよくわかっていないのだ。
危害を加えるつもりもないし、お互い干渉できないようだ。
ここはどこなのか、今何が起きているのか、良ければ教えてくれはしないだろうか。」
私の質問には答えず、私を睨みつける金髪の少女。
金髪の少女の方を気にしておろおろとする黒髪の少女。
金髪の少女は未だ剣を構えているし、
黒髪の少女も懐から何か暗器じみたものをのぞかせている。
にらみ合いがどれくらい続いたか。
やがて金髪の少女が彼女たちの素性と、
どうしてここに私たちがいるのかを話し始めた。
違う世界。
違う場所。
ところ変わっても人間のすることなどそうそう変わるわけでもないらしい。
生き延びるために戦うのは人間の本能か。
しかし、国のため、国民のためと。
おきれいなことを並べてご立派なことだ。
金髪の少女曰く、私のような精神体の体を取り戻す代わりに
一緒に戦う仲間にさせるというのが端役召喚というものらしい。
大体は理解した。
つまりこの少女たちは私を使って生き延びようというのだろう。
「大体は理解しました。
人々のため戦う、などと言うのは虫唾が走りますがね。
ですが、手伝ってあげなくもないですよ、姫君?」
にやあ、と笑ってアトラと名乗る少女の顔をのぞき込む。
私の返答にほっとした表情を見せる黒髪の少女と、
未だに私のようなものを仲間に引き入れるのに逡巡する金髪の少女。
このまま本を閉じられてはいよいよもってどうなるかわからない。
ここはなんとか仲間にしてもらいたいところ。
「やりようによっては私の持っているレコードを提供できるかもしれませんね。」
物語とやらを読んだならディバインレコードの有用性は理解できたはず。
これで釣ることが出来ればよし。
だがしかし、まずはこれだけは聞いておかねば。
「でもね、あなたは本当にこの私の力を借りたいんですか?
実体を得れば私は好き勝手するかもしれませんよ。
うら若き乙女二人でこの凶悪なストームディバインをどうにかできると?
……貴方たちで実験するのも面白そうだ。」
くくくと笑い、舌なめずりをして挑発をする。
こいつらはどちらかと言えばあのロンギヌスにいそうな手合いだ。
誰かのために命を懸けて戦う。
ばかばかしい。
私は、馬鹿が……嫌いだ。
うまく言いくるめて味方をする振りをして。
騙して殺せばいい。
もっとうまくやればいいのに。
こんなところで挑発する意味なんてないのに。
私はこんな奴らと一緒じゃない。
私は……。
金髪の少女が深く考える。
やがて、口を開く。
「貴様が悪人だというのは重々承知だ。
目付が必要だということもな。
そして、お前のもたらすのが穢れた力だということも。
だが、何もしなければ私たちは、王国は物語の通りに滅びる。
男は殺され、女は犯され、家々は燃える。
私の愛した人々は皆等しく灰燼へと帰すのだ。
それは、嫌だ。
私だって死にたくないし、リンだって死なせたくない。
ディモスの慰み者になるなんて死んでもごめんだ!」
そこまで言い切ると金髪の少女、アトラは重々しく口を開く。
「だから、殺す。」
「ディモスの奴を、殺す。非道な皇国兵を、殺す。
殺す。殺す。殺す。
悲しみをばらまくために刃を振るう奴らは、一人残らず、斬り捨てる。」
一言一言をかみしめるように。
「穢れた力だろうが何だろうが構わない。
私に力をくれ。
ディモスを殺す力を。
皇国兵を焼き尽くす力を。」
お前のような甘ちゃんにこの私を使いこなせるのか。
そう問い詰めるはずだった私が、気づけば圧倒されていた。
何かを背負った人間は強い。
虚飾の栄光を背負いながらも、怪人の頂点を目指そうとした彼女がそうだったではないか。
私は知っていたはずだ。
美しい顔の中。
麗しいはずの瞳にぞっとするほど昏い光をたたえたアトラが一歩、一歩と近づいてくる。
「いいか、外道。
私を試すつもりならばそれは間違いだ。
選ぶのは私だ。
貴様は黙って従えばいい。
力を寄越せ。」
アトラが手を伸ばしてくる。
精神体のはずの私にアトラの指が食い込んだ気がした。
息ができない。
苦しい。
アトラが目を見開く。
私の喉元に炎をまとった刃が突き付けられる。
当たりはしない、はずなのに冷や汗が出る。
「力を、寄越せ。」
私は、ひざまずき、ひどくせき込んだ。
なるほど、確かにこの少女はただの甘ちゃんの馬鹿じゃない。
自分で考え、力を行使する強者だ。
本を閉じてもらって安らかな眠りについた方が良かったのだろうか。
しかしそれを目の前の少女は許さないだろう。
自分の運命に決着がついたかと思いきや、これから先も苦労しそうだ。
『私も、あなたもばかなのかもね。』
ふと、懐かしいあの声を聴きたくなった。