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赤城征四郎1

王国首都の王城内部。

第一王女アトラの専属侍女リン・ナナキは

遠い世界の住人・十季島鏡子を来賓用の客室に案内していた。

主人であるアトラの大事な客ということで

最上級の客室をリンは手配してある。


異国の大貴族やその家族の宿泊用の部屋と言うことで

その広さ、内装、調度品、どれをとっても王国随一のものだ。


「うわぁ……凄いですね!テレビで見た高級ホテルのスイートみたいです!」


圧倒される鏡子。


「鏡子様はこれから王国にお住みになられるのですから

どうぞ我が家のようにおくつろぎくださいませ。

あとでアトラ様付きの侍女も選ばせていただきます。」


当然のようにそんなことを言うリンに鏡子はぎょっとする。

案内するというからついて来てみれば

日本の基準で言えば一泊いくらになるかもわからない部屋だ。


「いや、あのぅ……。ご存知かと思いますけど私貴族でも何でもないんです。

何か普通の場所で十分なんだけどな……」


普通のマンションに兄と二人で暮らしていた鏡子には

こんなキラキラした場所に住んでいいですよと言われても

どぎまぎしてしまう。

自分が住んでいた場所をリンもアトラも十分承知のはずだ。


「アトラ様のご召喚なされた鏡子様は、

王国にとって貴賓でございます。

そんな方にはやはり最上級のおもてなしをしなくては。」


目をキラキラさせて言うリン。

その様子は誇り高い王宮侍女の態度としてのそれというよりは、

自身の敬愛する主人の客分だから大事にしたいという態度に見える。


(この子は本当にアトラさんのことが好きなんだな。)


主従としての敬意はあるのだろう。

しかしどこか家族としての愛情のようでもある。

それにしても貴賓だなどと言われてもこそばゆい。

そもそも助けてもらったのはどちらかと言えば自分の方だ。

おくつろぎになってください、などと言っても

まだ鏡子に住ませる場所が用意できていないが故の暫定的な処置なのだろう。

きっとマンションの部屋より狭いくらいの部屋をそのうち用意してくれるはずだ。

それまでは外国に旅行に来たとでも思っておけばいい。

鏡子はそう思うことにした。


「ところで……」


鏡子は少し前から引っかかっていることを

リンに相談してみることにした。


「私のこと、様なんてつけなくてもいいですよ?

私、ただの一般市民なんですから。

本当は私がアトラさんやリンさんを様付で呼ばなきゃいけないくらいだし。」


「そんな、恐れ多いです。

主人のお客様を一介の侍女である私が呼び捨てするなんて!

それにアトラ様がご自分で敬称で呼ばなくていいとおっしゃったのです。

鏡子様はアトラ様にとって対等の方、遠慮なく私を下においてくださいませ。」


なんという主人への忠誠心の高さ。

しかしこれから長い付き合いになるのだから……


「私たちの国では同年代の女の子同士であまり身分差なんて無くって。

やっぱりちょっとしっくりこないというか。」


「そうなんですか……」


「だから友達から始めて下さいっ!」


「!?」


変に緊張して何か違うことを言ってしまった気がする。


「いや、その。

お互い友達になればそんな余計な気を使わなくって良くなる、っていうか。

リンさんもアトラさんもすごくかわいいし。

お友達にもなれればなって思うんです。

……失礼だった……かなぁ?」


目の前の客人は変わった人だ。

リンはそう思う。

王国の姫の個人的な客人なのだ。

それは最早貴族のようなもの。

堂々としていればいいのにライブラリから王城に来てからというものの

どこか遠慮したかのような態度。

可愛らしい顔立ちに質素ながらも綺麗な装い。

王城内部で遠慮するような出で立ちでは全くない。

これが異世界の住人というものなのだろうか。

異世界と言うのは不思議だ。

赤城征四郎殿の世界も目の前の十季島鏡子様の世界も

一般市民が整備された道のある都市に住み

そんなに豊かでない者たちも王国の水準から見れば

十分に豊かな暮らしをしている。

二人の来た世界は似た国家なのか、

戦争も、身分差もないという。

驚きだ。

もっともそんな世界でも碌でもない屑たちは存在し、

その結果として彼女たちはアトラ様と私たちの運命に

関わることになったのだが……。

いや、赤城征四郎はどちらかと言うと

碌でもない屑側の人間か。

しかしそれでもアトラ様が救うと決め、盟友と認め合った人間だ。

少なくとも鏡子様が復讐した屑とは違う。

赤城征四郎もまた、悪人なりに愛を知ろうとした人間だ。

そんなことを鏡子を見ながら考えるリン。

王城に慣れない客人をどうにかおもてなししようと

思っていた最中その客人は思いもよらないことを言う。


「お友達から始めて下さいっ」


「!?」


何か別のニュアンスを感じさせるその発言に驚く。

あわあわと続ける鏡子様は弁解する。

なるほど。

確かにあそこまで文化が違えば、

私の態度もそれはしっくりこないものかとも思う。

そうか。

この方は、この方にとっての友達とは。

あの異世界のレストランで皆で甘味をつつきあったような

そんな優しい関係なのか。

主と従者という人間関係が基本単位であったリンには

それはなかなか新鮮だった。

ところ変われば、とやら。

凶悪な犯罪はあれども、戦争は少ない世界。

ここよりは少しは平和な世界。

身分差も無ければ格差も少ない。

そんな世界では他人を導ける王族や貴族もいないのだろう。

正直な話導く人間がいなければどうやって

世の中は回っているのかなど疑問点も多いけれど。

ただ、あの時間は悪くなかった。

そう言うのもいいな、と思うと

リンは満面の笑みで応えた。


「そういうことなら……よろこんで!鏡子さん!」


リンとも仲良くやっていけそうだと嬉しくなる鏡子。

先ほどからこの世界に来てからいつも一緒だった二人の姿が見えないことに気づく。


「そういえばアトラさんと赤城さんはどちらに?」


鏡子の問いかけにリンははっとなり、

少し困ったような顔を浮かべる。


「あっ…その…多分、尋問室に。アトラ様が、征四郎殿に対して、多分……」


「えぇっ!?」


王城の外れ。

行政や司法の場を行う区画。

その外れで鎖につながれ正座をさせられた赤城征四郎の前で

王国第一王女が鞭を鳴らしながら尋問をしていた。


「まさかあのままごまかせると思っていなかっただろう、征四郎。」


「まぁ、そうなりますよね……」


赤城征四郎が尋問を受けている理由は二つ。

無力な一般人であった十季島鏡子を再び死の危険にさらしたこと。

十季島鏡子がドライバーを使わない変身をする流れを作り出したこと。


「まずはだ。

いかなる目的があったとしても我らの同胞たる鏡子殿をあのように脅かすのは許せんな。

しばらく反省していろ。そして目的の方だ、どうせ貴様のこと。

敢えて死の恐怖を与えたのは完璧な怪人制作のための「演出」なのだろう。」


「流石姫君。私のことをよくわかっておられる。

ですがそれだけではありませんよ。

完璧な怪人、もとい異世界人にディバインレコードを使用して作る新生怪人は私たちの戦いに必ず必要になる。

その確信あってのことです。」


「どういうことだ?話を聞いてやろう。」


「アトラ姫君、今の王国と皇国の戦力差はどれくらいですか。」


「……10倍差はあるだろうな。」


「そして、それらの戦力を決定づけるのは?」


「優秀な騎士たち、そして魔術師の質だな。

剣や魔法に長けた一人の優秀な将軍はまさに一騎当千だ。」


「そう、戦力になる個人の資質そのものがこの世界の戦争では重要だ。

そして私の世界を垣間見た姫君ならわかるはずだ。

凡百の怪人の戦力がどれくらいのものか。」


征四郎の言うことを理解しぐっと歯噛みをするアトラ。

確かに、征四郎の居た世界の怪人の実力は高い。

しかしそれはアトラの世界の騎士や魔術師でもそれなりに相手になるレベル。

一般的な怪人では恐らくディモスどころかアトラにも及ばない。


「端役とはそもそもがそれぞれの世界では英雄ではありません。

私は自身の実力はそれなりだと自負してはいますが大きな欠陥があります。

その欠陥故に端役なのかもしれませんね。

いずれにせよこれから呼び出し、仲間にする端役達も

そのままでは鏡子君のような一般市民が多いとみれます。

一般市民に適当にディバインレコードをばらまいても意味がない。

適性の高いものにより良い状態で変身してもらうのが吉ですよ。」


「しかしだからといって!

ドライバーを用いずに変身をさせていては危険ではないか?」


「それについては賭けでしたがね。」


そう言って征四郎はブランクレコードを取り出す。


「これは私の視覚情報のレコードです。是非見て下さい。」


白いカードを触りアトラが見たのは紅く光るレコード。

十季島鏡子の精神体に反応し光を放つ金色のそれは、

鏡子が実体に戻り、外道に追い詰められるたびに光を増す。

ブランクレコードで兄の無念を知り怒りに包まれた鏡子を前に

レコードは直視できないほどの光を放つ。

紅い光の中から現れたのは銀色の怪人。

その後に繰り広げられたのはまさに凄絶の一言。

指先を動かすだけで外道の体が弾けては戻り、また弾ける。


「これは、この怪人は……?」


「彼女が変身したのはネメシスディバイン。

私の持っているレコードの中でも最上級のミュトスクラスの怪人です。

ネメシスとは私の世界で復讐と義憤の女神。

自身を殺されるという最大の肉体的ダメージと、

兄の人生を狂わせられるという精神的ダメージ。

自身の復讐と他者の傷への義憤。

これ以上ないほどに適性があったのでしょう。

……私がミュトスから持ち出したレコードは

ほぼ全てが使い手の見つからなかったものです。

ミュトス自体が凶悪な怪人達の利己的な集団でしたから、

少なくとも義憤の属性を持つこのレコードに対して

高い適性を持った人物は全くいませんでしたね。

使い手の居ない、しかしポテンシャルのありそうな

レコードを研究するという名目でミュトスから持ち出すのは

そう難しいことではありませんでした。

流石にネメシスレコードのような、

ミュトスクラスの持ち出しは少し難儀しましたが。」


映像は未だネメシスディバインの蹂躙劇を映している。

直接触れることなく、魔法の詠唱も、

魔方陣も使わずに物理的な影響を出すなど、

それこそ今ではあまり見られない神話の時代の霊獣のようだ。

ネメシスディバインの威容に黙り込むアトラにかまわず征四郎は続ける。


「戦闘経験もない一般市民がこれほどの怪人になるのです。

ちなみにこのあと薄々私の計画を察した鏡子君が人間体のままで軽く私に能力を使ってくれましたが、普通に動けませんでした。

いや、怪人体に変身できないとはいえ今の私も中級怪人くらいの身体能力はあるのですがね。

ええ、あれは大変なものだ。

おまけに精神状態に特に乱れもない。

流石にあの屑には思う存分憎悪をぶつけていましたが帰って来てからは普通でしょう?」


まだそのポテンシャルを完全に開放していない、

お遊戯のような能力の行使であのレベル。

あれは間違いなく極大の戦力になる。

アトラはそう確信する。

しかし、征四郎の出来レースのような演出で無理やり怪人にしてしまった鏡子を頼みにしてしまうのはいかがなものか……


「もちろん鏡子君はこれからの戦争で大きな戦力になるでしょう。

ただの軍のぶつかり合いでは、彼女の怪人としてのモチベーションも上がらないでしょうが……

何、悪名高き皇国軍のことです。

放っておいても過剰な侵略な行為を行おうとすることでしょう。

その場所を予想できればあとは彼女が全てうまくやってくれるでしょう。」


「彼女の義憤を、怪人としての本能を利用すると。

彼女は本来殺し合いなどに身を置きたくないはずだというのに。

本当に屑な男だな貴様は。」


だが彼女の活躍の場としては恐らくそれが一番いい。

アトラとしても非戦闘員の国民たちを皇国の毒牙にかけさせるつもりは毛頭なかった。

彼女には市民の護衛…防衛戦でなら協力して貰えるかもしれない。

綺麗ごとだけでは生き残れない。

どんな手を使ってでも勝つ。

それは、初めてライブラリに訪れて王国の悲惨な末路を知ったあの日心に決めたこと。


「いずれにせよ、これからが本番ですよ姫君。

端役召喚でいかに戦力を増強するか。

端役達への待遇や恩賞も考えないといけない。

そもそもそこまで闘争心旺盛な人物が集まるとも思いませんが。

情報の機密の漏えいもふさがねばなりませんよ……」


上機嫌で今後の指針について語り始める征四郎。


(こいつめ、一応懲罰を受けて謹慎中だということを自覚してほしいのだが。)


鞭をぺしぺしと掌で弄びながらアトラはため息をついた。

思い返せば最初の端役召喚で召喚した時からこの男はこんな調子だった。

聞いてもないのに怪人の蘊蓄をまた喋りはじめる征四郎。

アトラが征四郎を睨みつけ舌打ちをしていると、そこへリンと鏡子がやってくる。


「ほ、本当に尋問されてるんですね。

私刑事の妹だけど、こういう部屋実は初めて見るんですよ。

お兄ちゃんあんまり仕事場には来るなって言ってたし。」


とにこにこしながら言う鏡子。


「む、鏡子殿か。リンも一緒か。

ならばちょうどいい。少し喉が渇いた、茶を入れてくれ。

私と、鏡子殿、後おまえの分だ。そこの奴の分は入れなくてもいい。」


「かしこまりました、アトラ様。」


私も、と声を上げかけた征四郎は出鼻をくじかれ少し落ち込んだ様子。

それを傍目に見ながら鏡子はアトラにも先ほどの出来事を伝える。


「そんなわけで早速リンさんとお友達になれました。

折角これから一緒にやっていくから……

アトラさんもよければ私のことを呼び捨てで……」


異世界から来た人間は思った以上にフレンドリーなようだ。

思えば自分は姫と言う立場から市井の少女たちのような友達関係はもっていない。

貴族の子女同士の付き合いとは言っても常に自分が上の立場にいた。

鏡子の世界で道すがら見た女子学生たちが何人かで姦しく話す情景。

それは王城の窓からいつか外を眺めたときに見た光景にも似て。

喫茶店で鏡子たちと甘味を食べたときのような関係はアトラにはどこか眩しい。


「そう、けぇきとかぱふぇを一緒に食べるような!

そんな間柄です!アトラ様!素敵じゃないですか!」


悪くない。

そう思ったアトラはかつて見た光景を参考に勇気をもって声を出す。


「で、では、鏡子……ちゃん」


「えっ」


いつもアトラが征四郎を呼び捨てにしている風に呼ばれるかと思っていた鏡子は不意を突かれた。

アトラには失礼だが姫と言うよりは騎士の印象が強い彼女からちゃん付けで呼ばれるとは……!


「何だ、何かおかしいか!?」


「いえ、アトラさんまさかちゃん付きで呼んでくれるとは思わなかったので。

赤城さんに言うみたいに呼び捨てで呼んでくれると思ってました。

で、でもそんな可愛く呼んでもらえたらそっちの方が…」


顔を真っ赤にするアトラ。


「なしだなしだ!鏡子!鏡子でいいな!」


普段の凛とした男性的な格好良さから一転して

恥じらう少女の様子を見せたアトラに悶絶する鏡子。


「えー、ちゃん付けがいいのにな…」


「なしだ!」


そんな二人の傍でアトラの恥ずかし顔に鏡子以上に悶絶するリン。


「征四郎殿、どうして私にブランクレコードをくれなかったんですか!」


「前もって言ってくださいよ……」


リンは興奮状態のまま録画出来なかったことを悔やみ征四郎に謎の逆上をしていた。

そんな空間で置いてけぼりにされた征四郎は……


「というかこの空間に私がいることも思い出してくれてもいいんですよ?

どうでしょう、私もアトラ姫君やリン君、鏡子君をちゃん付けで呼んでもいいんですよ?」


「死にたいのか」


「ですよねぇ」


そんなやり取りの後、鏡子は一つの質問を出した。


「赤城さんは私よりも先に召喚されたんですよね。

その時はどのような状況だったんですか?

私、怪人の世界と言ってもまだよくわかっていなくて。」


鏡子の問いかけにアトラは少し前のことを思い出す。


「先と言っても鏡子よりも少し前の話だがな。」


アトラはその日のことを思い出して鏡子に説明する。

それは、端役召喚の内容を把握した次の日。

アトラとリンは訓練と称して朝早くからライブラリへと潜り込んでいた。

端役召喚を実際に発動させてみるためだった。


【端役魔法の使用方法】

端役魔法は唱えることでまず「ライブラリ」への扉を開く。

ライブラリへは行使者かそれに近い人物しか足を踏み入れることはできない。

ライブラリ内部には大きな枠組みの中で数多存在する世界を書物の形で表現している。

行使者に召喚可能な人物がいる世界の書物は魔力で光り輝いて見える。

書物を開けば召喚可能な端役が精神体で召喚される。

行使者はその書物に対してライブラリへの扉と同じ転移魔法を行使することが出来る。

行使者がその端役が退場する場面へと赴き救い出すことでライブラリの精神体は実体を得ることが可能となる。

実体を得た端役とは契約完了となり、ライブラリ内部、及び行使者の世界で活動可能となる。

ただし行使者自身の運命が変わらぬうちは召喚された端役は元居た世界で自身がかつて死亡した時間以降に存在することは難しい。

多少の存在は行使者の運命を少しでも変えれば可能となる。

召喚された端役が運命に完全に打ち勝つためには端役魔法の行使者の運命を変え切らねばならない。


この召喚魔法がどのような物か、まずは試す必要がある。

端役召喚を使えるのは広大なライブラリの中にある

莫大な蔵書の中でも珍しい「光る本」だ。

再びライブラリに訪れたとき、アトラは以前手に取った二つの本が

未だ小高い丘の上の机に乗ったままであるのを見つける。

「ロンギナ・ランサー」「ランダマ・ウォルカ」

二つの本は放つ光の質は異なるもののアトラの心をとらえて離さない。


「まずは前回訪れたときに気になったこの二つの本を調べたいと思う。」


世界各地の遺跡群から発見されたオーパーツ、ディバインレコード。

それを用いて超常の力を身に着け、世界に混沌をもたらす怪人組織「ミュトス」。

ミュトスに対抗すべく世界各地から集まった「ロンギヌス」。

ロンギヌス所属のある青年はある時ミュトスとの戦闘で瀕死の重傷を負う。

彼を助けるため行われた手術は怪人の体に正義の心を併せ持つ超人の手術。

超人・ランサーの一人となった彼はミュトスの怪人・ディバインへと再び立ち向かっていく。


「私はこういう話、好きだな。」


「昔からそうですね、アトラ様は。

姫様はもう少し淑女らしい本を呼んだ方がいいとリンは思います。」


しばらく読み進め、ある人物が登場する場面になる。

すると本からもやが立ち込め、ライブラリに噴出してゆく。


「この靄は何だ!?危険はないようだが…」


しばらく観察していても反応はない。


「アトラ様、ご覧ください。

このもや、まだ本から漏れ出ています。

もう少し読み進めたら何かが起きるのでは?」


リンの言葉にそれもそうかと再び席に着くアトラ。

その章はとある怪人と戦う章。

一人の怪人に家族を殺された警官のランサーが主人公たちと関わり、絆を深め、成長していく。

やがて宿敵である怪人との闘いを繰り返した警官のランサーは、

怪人の恐るべき計画を知りそれを止めるため決戦の場へと向かう。


「読めたぞ。

このランサーが闘いの果てに怪人と相打ちになるのだな。

相打ちになったランサーを救い出すのが私の最初の使命と。

なるほどな、正義感あふれるこの男は我らが仲間に相応しい。」


もやが徐々に集まり、まとまり、人の姿へとなっていく。

アトラは次のページをめくった。


荒野にぽつんと存在するミュトスの実験施設。

赤城征四郎の人体実験の材料として調達された子供を助けに一人のロンギヌス所属のランサーが現れる。

ランサー・フーガ。

恐らく日本で発見された風をつかさどるディバインレコードを駆るランサー。

彼は突風に関連した自然現象を操るストームディバインである征四郎とは幾度となく激突していた。


『性懲りもなくまた私の邪魔をしに来ましたか。

アルゴスディバインの実験の時も、ルフディバインの実験の時も……

もう少しで私はさらなる進化を見せることが出来たんですよ?

くくく、家族を殺した私が憎いですか!私も貴様が憎い!

ならば、この場で引導を渡して決着としてやります!

何度でも同じことです。そよ風では嵐には勝てない!』


『もちろんお前は憎い。

だが俺が俺がここに来たのはこれ以上貴様の犠牲者を出さないためだ。

一人の人間としての復讐の前に一人のランサーとして貴様を討つ。

貴様の旅の終着駅はここだ、赤城征四郎!いや、ストームディバイン!』


一般の人々の中からあえて適性の無い人間を見つけ出しては無理やりディバインにする。

レコードの拒絶反応でその人間はすぐに怪人のまま息絶える。

しかし人一人の命を吸い取ったレコードはレコードとしての経験を積む。

そうした経験を積むうちにやがて拒絶反応の少ないレコードへと変貌する。

作り上げたレコードをさらに取り込みストームディバインは怪人としてさらなる高みを目指す。

狂気の科学者、赤城征四郎のディバイン適性閾値減衰論の応用実験。

それを阻止するためランサー・フーガは傷だらけの体を引きずり、変身する。

風の助力で素早い動きをするランサー・フーガ。

反面、風を己が体の一部のように動かし、見えざる攻撃をするストームディバイン。

突風が、竜巻が、ランサー・フーガを飲み込もうと地面を削りながら近づく。

ランサー・フーガは素早い動きでストームディバインとの距離を詰める。


『くらえっ!』


鋭い蹴りをストームディバインに繰り出すが、その時周りを暴れていた竜巻が消える。

一瞬でストームディバインを中心に発生した強力な竜巻はランサー・フーガを弾き飛ばす。

どちらも超人として、怪人としてキャリアの長い猛者だ。

そんな二人の勝負を分けるのはレコードの地力。

既に火属性や雷属性のレコードをいくつか取り込んだストームディバインだ。


『少し本気を見せますよ……!』


その地力はランサー・フーガのそれを凌駕している。

竜巻に炎と電撃が混ざる。

巻き込まれればどうなるかもわからぬ必殺の竜巻がランサー・フーガに近づいていく。


「こんな外道に負けるなよ!フーガ!」


「姫様、勝っちゃったら召喚できませんよ。」


相手は怪人としての経験豊富なストームディバイン。

それと同系統のランサー・フーガには分の悪い戦い。

しかしこの日のためにランサー・フーガはある秘策を用意していた。

ロンギヌスの科学者の一人が創り出したディバインレコード進化論。

今は亡きその科学者はランサー・フーガの姉であった。

ストームディバイン率いる怪人集団に襲撃されたロンギヌスの研究所。

そこで最期の瞬間までフーガのレコードを死守した姉の思いを今こそ果たすとき。


(適性の高い一人の装着者が変身前の日常生活からレコードと過ごすことでさらに適性は高まる。)


(普段の訓練からフーガレコードを意識すること。)


銀色のフーガレコードに小さなひびが入る。

パラパラと剥がれ落ちるその表面の中から覗くのは金色に輝く何か。

ランサー・フーガは姉の言葉を思い出す。


(かつて、人は自然現象を恐れ、名前を付けて敬った。

姿の無い何かに敢えて名前を付けることで恐れ、敬い、奉った。

自然現象を行使するもの、即ち神に祈ることでそれが制御できないかと考えた。

そういったこととディバインレコードに関係があるかはわからないけどね。

一つのレコードを使い続ければやがてレコードはその愛情に報いてくれる。

金も銀も銅もきっと同じ。応えてくれるわ。そう私は信じている。)


『バカな!?その光はまるで、ミュトスクラスのレコードの光!

私のストームの劣化レコードがそんな光を放つはずなどありえない!』


『小さなそよ風が集まりやがて大きな力となることもある。

貴様の敗因は小さきものを侮ったことだ!

俺と姉さんの思い、甘く見るなぁぁぁぁぁ!!!』


一陣の金色放つ風となったその超人の渾身の一撃。

金色の風は暴威を振るう竜巻を切り裂き、貫き、そのままストームディバインへと到達する。

まばゆい光を放つ疾風にストームディバインは吹き飛ばされる。

ダメージの大きさに変身は強制解除され、赤城征四郎は人間体に戻る。

しかしそれだけではない。

数多の人間の犠牲の上成り立っていた一人の人間によるレコードの複数使用。

そのツケがついに支払われる時が来たのだ。

赤城の体に今まで取り込んだレコードの文様が次々に浮き出る。

どこか魔方陣にも似たそれが赤城の体から空中へと離れる。

同時に赤城の体のいたるところにひびが入り、その中から漆黒がのぞく。

ひびは広がり、中の漆黒が徐々に赤城の体を飲み込んでいく。


『れ、レコードの暴食の報い……ここで終わりなのか。

あ、あぁ……だがしかし、所詮この世は地獄。

今から私が行く場所も地獄だとすれば、ここと変わらぬ。

ならばこそ、こことは地続きのその場所で……

貴様が滅びるその時を楽しみに待っているとしよう、ランサー……』


ぎゅるんっ。

漆黒はストームディバインであったものを飲み込むと、

自分自身を飲み込むように逆巻き、消え去った。

一人の外道の寂しい末路を超人は黙って見送った。


「やった!ランサー・フーガの勝ちだ!」


「アトラ様、でもそれじゃあこのもやは一体……?」


端役召喚で召喚できるのは物語の中で退場した者たち。

ランサー・フーガは宿命の戦いに勝利したのだ。

きっとこれからも怪人たちを倒していくのだろう。

ならば召喚されるのはランサー・フーガではない。


ついにもやが人の姿をとる。

黒いスーツに痩せたすらりとしたシルエット。

シルクハットをかぶったその姿は、ランサー・フーガの装着者などではなく。

極悪非道の怪人、ストームディバインの人間体の姿であった。


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