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ネメシスディバイン

大分残酷な描写があります。

そう言うのが苦手な方はご注意を。

「私たちの痛みの報いを。その蛮行に裁きを。」


そう言って降り立った新しく生まれた怪人を前に赤城征四郎は震えを隠せなかった。

元々怪人専門の技術者をしていた征四郎には

様々な怪人を観察する趣味があった。

長い怪人観察の中で征四郎が理解したことは、

怪人の形態には変身する本人の性質が強く現れるということだった。

何かに対してコンプレックスの強い怪人ほど、

異形をとる傾向にあった。

強力な上級怪人でも頭が異様に大きかったり

足の代わりに触手が生えていたりなんということは珍しくもない。

そういった怪人は怪人で中々味があるし、

征四郎はどちらかと言えば異形の中に美しさを感じさせる

造詣が好きだったのだが……


それはさておき、完璧である。

心の乱れは変身の乱れ。

ドライバーを用いず行う変身はディバインレコードのポテンシャルを

最大限引き出すのには必要なことだと征四郎は考えるが、

基本的には異形が強く出る。

征四郎の変身するストームディバインは今でこそ

人型をしているが、ミュトスに入ってすぐのころは

不定形の雲みたいな形をした気持ちの悪い形状であった。

初回の変身で完璧な人型。

しかもドライバーを使っていない。

これは異世界の人間の変身ゆえの特典なのか。

それともレコードが引かれた人間ゆえのそれなのか。

いずれにせよ十季島鏡子と言う人間が変身したこの怪人は

赤城征四郎の興味を掻き立てずにはいられなかった。


目の前に現れたどう見ても普通じゃない存在に

鏡子に手を伸ばしていた犯罪者の男はついに後ろを振り返り

逃げ出し始めた。

太った体に似合わぬ機敏さで一歩を踏み出す。

踏み出したところでその動きは固まった。

恐怖で固まったとかそういうわけではなく。

走る人間をカメラでとらえたときの、

その姿勢を取り続けるのは明らかにきついと思わせる姿勢。


「か、体がうごかねえ!?何だ、何が、クソっ!」


醜い体をぶるぶると震わせ何とか逃げようとする男。

しかしその両足は凍ってしまったかのように動かない。

やがてその停止は足から胴、胴から方へと広がり、

男はついに頭しか自由に動かせない状態になる。


「お、お前、あの女なのか!?」


先ほどまでとは逆にゆっくりと近づいてくる怪人に

逃げようとその顔を恐怖に染める男。

何かを続けて言おうとする前に

ついにその口も開かなくなる。

怪人はその言葉を無視しながら口を開く。


「逃がさない、と言った。」


怒りに燃える鏡子の心とは裏腹に

その口から出たのは氷のように冷たい声。

動くな、と念じただけで目の前の外道は停止する。

鏡子にはわかる。

最早目の前の男は蜘蛛の巣に捕らえられた餌にすぎないと。

もっとも、こんな醜い虫などどんな蜘蛛も食べようとはしないだろう。

と鏡子は嗤う。

怪人となった鏡子の口から漏れ出る笑い声に

外道がびくりと震える。


「人でなしが一丁前に怯えたふりをしちゃダメ。

人間の心を持たないお前が人間の振りをするのは、

酷く、不愉快よ。」


鏡子はまるでレモンを絞るかのように右手をきゅっとすぼめる。

すると、離れたところにある外道の右足が見えない力で

捩じられ、ぐねぐねと歪み、ぶちりとちぎれた。

すぐさま男は絶叫しようとしたがその口は動かない。

その声帯は震えない。


「お兄ちゃんはお前の声など聞きたくないと

すぐに口をふさいだみたいだけど、正解だったね。

私もお前の声なんかもう聴きたくはない。」


楽しそうに鏡子は笑う。


「次はどこがいい?あっ忘れてた。壊す順番、間違えちゃったよ。」


そう言って鏡子がパチンパチンとスナップを

二回連続で鳴らす。

ぷちん、ぷちん、と軽快な音をたてて

男の両眼球がはじけた。


「最初に目玉を繰り出してくれたんだっけ?

ふふ、ちゃんとやり返すつもりだったのに、順番間違えちゃいけないよね。」


男が口を大きく開き絶叫しているように見えるが、

鏡子に声帯も喉も口も止められた男に発言は許されない。


「えっと、そもそも右足が先だっけ?左足が先だっけ?」


顎に手を当てて小首をかしげる鏡子。


「痛かったからよく覚えてないなぁ。

目が見えなくって気分が動転してたのかも。

ね、ね、今どんな気持ち?」


鏡子がのぞき込んでいるのがわかるのか、

男は体をびくびくと震わせようとする。


「人にものを聞かれたんだからちゃんと答えなさいっ!」


いたずらっぽくしかりながら鏡子は両手を軽く絞る。

生々しい音をたて男の両腕がはじけ飛ぶ。


「まぁ喋れないんだから答えられないよね。」


そう言ってあははと笑う鏡子。

怪人の口からは確かに若々しい女の声が、

鏡子の声が響くがその内容は鏡子が人間だったころとはかけ離れている。


「さぁて、私がやられたことはそっくりそのままやり返したわけだけど……」


そこで鏡子はふと男がぐったりと気を失っていることに気づく。


「ちょっとちょっと!

痛いのはよくわかるけど気絶していいなんて言ってないわよ!」


とん、とタブレット端末をタップするかのように

鏡子が空中をたたくと男の体がビクンと震える。

男は意識を取り戻す。しかし。


「どうにも活きが良くないなぁ……」


そこで思い出したかのように鏡子はポンと手を打つ。


「あぁ!血が流れすぎたのかな!」


うっかりしたなぁ、と呟くながら

鏡子は指をクルクルと回す。

すると流れ出た男の血がビデオの逆再生のように

じゅるじゅると男の体に戻っていく。


「ついでだからやり直しますね、順番間違えた気もするし。」


指をさらにクルクルと回せば

つぶれ、ひしゃげた男の両手足が元に戻っていく。

弾けた目も元に戻る。

恐怖に固まり切った男の表情に鏡子は少しだけ、

満足する。


「痛かったでしょう?人の気持ちがわかった?」


鏡子はそう優しく問いかけ、男の頭の自由だけを戻す。


「ゆっ、ゆるしてくれっ!」


「人の質問にはちゃんと答えて。」


今度は順番間違えないように、と呟きながら

鏡子はスナップをする。


「ぎゃああああああああああああああ!」


目をつぶされた痛みに男の絶叫が路地裏に響き渡る。


「あっ。……人来たりしちゃわないよね?」


すぐに頭の自由を奪い悲鳴を遮断する。


「何か私を殺した時も言ってた気がするけど。

無駄だから。

静かにしてて下さいね。

みーぎあしー。

ひーだりあしー。

おーてーてー。

あぁ、なんか昔こんな歌あった気がするわね。」


何かが炸裂する音が路地裏に響き続ける。


「何か今一スッキリしないわ。

やっぱ目は最後にしておいた方がいいんじゃないかしら。

見せつけてやるっていうの?

そういうの出来ないじゃない。

猟奇殺人鬼の癖にそういうのってどうなの?

あ、安心してね、私は殺したりしないから。」


そう言うと鏡子は再び先ほどと同じ手順で男を元に戻す。


「はい、じゃあもう一度聞くよ。

痛かったでしょう?人の気持ちがわかった?」


自分をのぞき込む長く裂けた赤い二つの光。

男は恐怖にがくがくと首を縦に振る。

鏡子はそんな男に満足そうに笑う。


「いやー。嘘ついちゃダメだよ?

だってお前は人でなしでしょ?

人の気持なんかわかるわけないよね。」


ぶちぶちぶちっ。


ぶちぶちぶちっ。


ぶちぶちぶちっ。


何回同じことが繰り返されただろうか。


「殺してくれ……」


そううわごとを呟くばかりになった男を

ゴミを見るような目で鏡子は眺めた。


「そうね。でもそれを決めるのはお兄ちゃんだから。」


そう言うと鏡子はくるりと後ろを向き、

路地裏の外への道を歩き始めた。


「っというかそんなこと言われたら殺してあげたくなくなっちゃう。

死んで逃げようとしてもダメぇ。

もっともっと苦しんでよ。

お兄ちゃんが楽に捕まえられるように足だけは折っておくからね?」


左右の手の指先をとんとん、と重ね合わせると

後ろから鈍い音が二回、聞こえた。

鏡子は今度こそ後ろを振り返らずに去って行った。

生き地獄を味わったその男は、

数日後から再び生き地獄を味わうことになる。

少し前、異世界の干渉の無かったこの世界では

それはこの男の蛮行の代償と言えるものだったが、

今のこの世界ではそもそもこの男は鏡子を殺せていない。

もっとも、今までの人生でこの男が罪なき

人々に手をかけたのは事実なのだろう。

なればこそこの状況もさもありなん。

いずれにせよこの犯罪者にもはや平穏は訪れない。


再び赤い光が出現し、

鏡子は元の人間の姿に戻る。

正直テンションが上がりすぎたと言うか……

やりすぎとは決して思わないけど。

路地裏を出ると赤城さんが歩いて来る。


「鏡子君お疲れ様です。圧倒的な能力でしたね!

素晴らしかったですよ。

あれこそが完成した怪人というもの。」


その言葉を聞き鏡子は苦笑いをする。


「なんだかまるで自分じゃなかったみたいに暴れちゃいました。

憎い相手でもなければ流石にあそこまではできませんね。」


「常識人ですねぇ。」


「赤城さんの常識ってちょっと怪しそうですね。」


そう軽口をたたきあうとにやりと笑いあう。


「見てて分かったと思いますけど、

赤城さんが普通の人に悪い事したらガンガンおしおきしちゃいますから。」


「流石の私もあれはちょっと勘弁したいですね。」


そうしてマンションへ戻る道を歩いていると、

アトラとリンが駆けてくる。


「やっと見つけた!鏡子殿が無事なようで良かった!!」


ことのあらましを説明すると

アトラが真っ赤になって怒り出す。


「ドライバーを使わないとか何を考えている征四郎!

貴様やはり悪人のままだな!そこへ直れ!叩き斬る!」


逃げ出す怪人に追う姫。

リンと鏡子はくすくすと笑いながら

それを見送るのであった。


何もないビルの屋上に警察がぞろぞろと集まり

悲痛な顔をしている。

お兄ちゃんの同僚の癒し系の刑事さんが

この世の終わりみたいな顔をして俯いている。


「十季島鏡子さんに間違いないと思います……。

十季島警視に……連絡を……します。」


どう見ても何もない空間の辺りで、

幾つもの警察官がごそごそと何かをして

重苦しい雰囲気が流れている。

何とも言えない光景にぽかんとする私。

え、そのブルーシートに私が包まれているんですか。

何も見えないんですけど。

十季島鏡子はここにいるんだけどなぁ。


「これが物語の強制力と言う奴だな。

世界がかたくなに君が死んだというイベントを保守しようとしている。」


悲しそうな顔でアトラさんが私を抱きしめてくれる。


「すまない。

私の端役召喚はまだ異世界の物語を改変するほどの力がない。

だが待っていてくれ。

必ず君とお兄さんが再び一緒に暮らせるように努力する。

せめてその日まで、私たちが一緒にいよう。」


いい人だ。

とってもいい人だ。

この人の力になってあげたい。

こういう人が泣かなくていい世界。

それはどんなにすばらしい世界だろう。

私は、そうした世界を作るお手伝いをしたい。


世界にはびこる人でなしどもを処分することで。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


やがてレ・アトで語り継がれるおとぎ話。

人を殺してはいけない。

人にひどいことをして平気な人間は、人でなしになるから。

人でなしになってしまえば、死んでしまうから。

人でなしの明日は、赤い目の怪人に奪われてしまうから。


皇国軍の中で数多存在した残酷な武将に兵士達。

彼らの運命は今日、この日、遠い異世界で決まったのだろう。

復讐の女神の名を冠した怪人に出会うという運命に。

その日明日を失うという運命に。


それからしばらくしてから。

獄中の鏡子の兄には定期的に差出人不明の手紙が届くようになった。

誰から届いたのかわからないそれを読むとき、

彼は思い出したかのように優しい顔になったという。

彼がそれからどうなったのかはわからない。

数年たった時には獄中から彼の姿は消えていた。

いつの間にか出所していたのだとも。

そもそも彼は最初から罪を犯していなかったのだとも。

ただ、彼の同僚だった刑事はその頃あり得ないはずの風景を目にしたという。

確かに亡くなったと思われていた彼の妹と彼が、

仲良く歩いている姿を。

そしてそれは幻とか幽霊とかそういうものではなく、

現実の光景としてのものだったという。


かつて、二人の仲のいい兄妹がいた。

兄妹は今も、仲良く生きている。

これからも、生きていく。

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