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アトラ・ディスピア2

気づけばアトラは見知らぬ場所にいた。


「生きて……いる?」


傍らにはリンの姿。

まだ気を失っているようだが大切な従者に息があるのを確認する。

アトラは安心すると同時に自己嫌悪に陥る。


(一緒に自爆魔法に巻き込んでおきながら今更リンの身を心配するなんて、身勝手な女だな、私は。)


もっとも、リンがそんな自分の思いを知っても「むしろ感激しました!ありがとうございます、姫様!」

などと言ってきそうだと思いアトラは苦笑する。

何にせよ生き残ったのならもう巻き込むなんてことはしないようにしよう。

そう決心すると同時にリンのかすかにうめく声。

どうやら意識を取り戻したようだ。

ぼんやりとした目で私を見てくる。


「あとら……さま?あれ?アトラ様っ?私たち生きているんですか?それともここは天国か何かでしょうか?」


あわあわとするリンの頭をよしよしと撫でてやりながらアトラは周りを見回す。


おとぎ話や神話に出てくるような死者の向かう場所、天国とは印象の違う場所だ。

静かだ。

屋内のようだが異常と言っていいほど広い。

天井は高く、王国一番の教会の大聖堂をはるかにしのぐ高さだ。

一応遠くに壁はあるようだがよく見えない。

距離があるのもそうだが視界全てに入り込んでくる「それ」が邪魔して遠くを見通せないのだ。

書架だ。

様々な本がぎっちりと詰められた書架が視界を埋め尽くすように並んでいる。

綺麗な場所だ。

大量の書架はそれぞれが余裕を持ったスペースで並べられ、空いたスペースには上品な机や椅子が並べられている。

天井や遠くに見える壁のつくり、そして書架に机や椅子までもがシンプルながらも王宮にあって違和感がないほど上質な作りだ。

王都にすらここまで立派な建造物は無いだろう。

(何だ……ここは。)

そんなアトラの気持ちを代弁するようにリンがきょろきょろとしている。


「て、天国にしては静かと言うか……なんだかまるで図書室か何かのようですね、アトラ様。」


図書室、という言葉は確かにしっくりくる。

だが、王宮にも王都にもこんな建造物は存在しない。

はっとする。


「まさか、ディモスに捕らえられて皇都にでも運ばれたかっ!?」


ひたすらに他国を侵略して己が富を増やす皇国は王国よりも圧倒的に裕福だ。

噂に聞く皇国首都、通称皇都ならばこのような建造物も存在するかもしれない。


「そうだとしたらアトラ様!あああ!私たちはあのディモスに捕らえられたということはっ!?」


リンは顔面を一瞬で蒼白にすると私の方を振り返り、頭の先からつま先まで食い入るように凝視する。


「ア、アトラ様!まさかあの野獣に何かされていないですか!そんなにぼろぼろになってしまってっ!

はっ、まさか、既に汚されて……っ!?アトラ様、アトラ様っ!?」


何故か自分の方を向いて手をワキワキとさせている優秀な従者を見てアトラは苦笑する。


「落ち着けリン。ぼろぼろなのは先ほどの戦いのせいであろう。

こうして生きているのだ。もし私に何かされていたとしてもそれは大した問題ではない。

それにお前が生きているのだ。今の私にこれ以上に嬉しいことは無い。

と、いうかだな。お前も女の子なのだから私の心配をする前に自分の心配をだな。

……大丈夫か?リン。」


感極まって目をうるうるさせている従者にアトラは不安になる。

とは言っても体の方は平気なのだろう。


「もし捕らえられたのだとしても何故か周りに人はいないようだ。

どうにかして逃げ出せないか調べてみるとしよう。王国も心配だ。素早く、慎重に行くぞ、リン。」


捕虜は普通武装を取り上げるものだが、妙なことに愛用の剣は腰にあった。

リンも双剣や暗器を持っているようで不思議そうな顔をしている。


忍び足で辺りを探索するアトラは先ほどから感じていたおかしな感覚を再認識する。


「人が……全くいない。」


十数分歩いても果てすら見えない巨大な建造物に、あまりに見かけない人の気配。

だというのに埃一つない周囲の机や書架。

そもそも机の上の灯りは何なのだろうか。

魔法なのか、何らかの燃料に火をともしたものなのだろうか。

いくら皇国が豊かでも誰もいない空間にここまで金を割けるものだろうか。


「な、なんだか不思議な場所ですね。」


斥候としての能力も高く、少し先を歩くリン。

少し不安そうなリンの声に同感だ、と返す。

もしかするとここは皇国などではなく本当に死後の世界なのでは……?

どれくらい歩いただろうか。

ふと、アトラは不思議なことに気づく。

書架に並べられている本に光り輝くものが存在するのだ。

それも一つだけではない。

妙なことに歩みを進めるにつれてその数は増えていく。


「ふわぁ……綺麗ですね、アトラ様。光る本……幻想的です。」


リンが思わず、といった感嘆の声を漏らす。


「不思議な魔力の波動を感じるな。危険なものではないようだが……。」


いくつかの書架に一つだけあったような光る本は、

やがてそれぞれの書架に一つずつ……二つ、と増えていく。

皇国に捕まっている可能性も依然高い現状でのんびり読書ともいくわけには……

とは思いつつ歩いていたアトラだがある書架の前で思わず足を止める。

チキュウ。

どこにアクセントを置けばいいのかわからない不思議な発音だが、

そう刻まれた書架は周りの書架よりも多く光る本が存在しているように見える。

ふらふらと導かれるようにアトラは一際輝く二つの本を手に取る。

子どもたちの好きな発光虫のようにぴかぴかと明滅する「ロンギナ・ランサー」と銘打たれた本。

そして蠱惑的な光を放ちつつもどこか暗さを感じる「ランダマ・ウォルカ」と銘打たれた本。

その二つをまるで誰かに操られるかのように手にしたアトラはリンの呼び声で我に返る。


「アトラ様!他とは雰囲気の違う場所がございますっ!」


緊張した顔のリンについていけばそこには確かに他とは違った雰囲気の空間が広がっていた。

基本的に平らなこの建造物にあって、少し小高い丘のように盛り上がった空間。

周りの書架は放射状に規則正しく並び円を描くかのよう。

その盛り上がった部分には書架は無く、代わりに机や椅子が他の場所よりも多く配置されている。

丘の中心まで登ればそこには立派な机と、一冊の本。

その本は黄金色に輝き、何か懐かしいような、馴染むような印象をアトラに与える。


「綺麗な本……それに美しい魔力の波動……まるで。」


そこまで言ってリンはおずおずとアトラの方を向く。


「まるで、アトラ様の魔力のような……。」


言われてみれば、とアトラは考える。

確かにこの本から感じる魔力は王家のものが使うそれ、とりわけ自分のものに近いようにも感じる。

ほぅ…とため息をつきながらその本に見入るリンはそこでふと気づいたかのように、ある一角に目を付ける。


「アトラ様、アトラ様。あそこにお台所のようなものがあります。

もしかしたら何か飲むものでもお出しできるかもしれません。」


こんな時に呑気だな、とアトラは苦笑するものの、そこでぐぅと腹が鳴る。

将軍とはいえ淑女にあるまじき失態、とアトラが赤面するとリンは微笑む。


「それでは見てまいります。少々お待ちくださいませ。」


黄金に輝く本の置かれた机の前に座り、ふうと息をつく。

ここは一体どこなのか、自分たちは一体どうなってしまったのか。

そんなことを考えながら上を見上げるアトラ。

この地点が建造物の中心なのか、ここから見上げる天井はちょうどドーム状のへこみがある。

飾り立てる複雑なレリーフ。国家の紋章のようにも見える。

皇国のものではないが、王国のものでもない。

ちょうどその二つを足したようなそれは……。


「アトラ様、すごいです。中々上質な茶葉がありましたよ。お菓子もあります……天井なんて眺めてどうなさったのですか?」


それは、遥か昔に失われたはずの紋章。


人類の希望であった紋章。

今は亡きその国家は帝国といった。


「帝国の意匠を組む建造物。王国と皇国のルーツとなったがゆえにその両方の特徴を併せ持ったこれは帝国のものに間違いない。

だが、犬猿の仲である王国と皇国が互いの意味を示す建造物など作るわけがない。ここはいよいよ皇国ですらないのかもしれないな。」


「旧時代、失われた帝国の遺跡と言う可能性はどうでしょうか?」


「確かにその可能性はあるな。帝国期には今より進んだ建造技術もあったかもしれない。

だがしかし、そうするとなぜ私たちがここにいるのかがわからないな……」


ゴルドという茶菓子を食べつつ紅茶を飲む私たち。

一息ついたところでアトラは黄金に輝く本に向きなおる。

自分たちに危害を加える魔法もかかっていない上に未だに人の気配はなし。

アトラとリンは肩を並べて黄金に輝く本を開くことにする。

幼き日に絵本を二人で呼んだ時のような光景だ。

恐縮します、などと言いつつリンが肩を寄せてくるのをアトラは快く受け入れる。

「レ・アト戦記」

そう書かれたその本を。


始めはレ・アトの伝記のようなものかとアトラは考えた。

魔法の使えなかった太古の時代から、帝国の隆盛まで書かれたそれは、

今現在語り継がれている歴史とは多少違う部分もあったものの、

とても子細であり、とても生き生きとした内容であった。

まるで実際にその情景を見てきた人間が書いたかのような……

興味深そうに本を読み進めるアトラとリンだが二人の表情は

内容が近代史に近づくにつれ怪訝な物から驚愕したものへと変わっていく。

近年の王国の極秘とされてきた軍事事情、

そして恐らく皇国の極秘であろう軍事情報まで正確に記されている。

病死として処理されたもののその実皇国内部の内輪もめの暗殺による要人の死亡記録。

皇国に大打撃を与えるために進められていた軍事作戦。

王国では謎とされていた皇国の強力な兵器の真実。

ここまで両国に詳しい人物がいるとはとても思えない。


さらに読み進めることで二人の顔は驚愕から青ざめた物へと変わっていく。

それは、王国の滅亡をつづった節であった。

『姫と従者の決死の自爆魔法、それは確かにディモスに深手を与えたものの殺すには至らなかった。

お目当てのものを手に入れられなかったうえに重傷を負ったディモスは激怒し、王国に暴虐の限りを尽くした。』

仲の良かった貴族の令嬢たちや王都の市民たち。

彼らは見るも無残な最期を迎えたという。


「何なのだこの本は……!!作り話にしてもたちが悪いぞっ!」


アトラの感情の高ぶりとともに本の輝きが一層強くなる。


「アトラ様、まだ続きがあるようです。」


『やがて大陸をほぼ手中に収めた皇国は、大陸外にもその版図を広げるようになる。

大陸の最東端から船で行くしかない諸島群にも戦火が押し寄せる。

そこに住まう一人の少年が……』


そこから先は一人の少年の物語。

リンの一族の故郷であるその島々から飛び出した少年は大陸へと渡り

皇国の横暴を止めるために戦いを始める。

圧政に苦しむ民や滅ぼされた国々の生き残り。

そういった人々と心を通わせ合った少年はたくましく成長して行き、

ついにはディモス皇と対決することになる。

少なくない犠牲を出したがディモスは倒れ、

久方ぶりの平和が世界に訪れる。

王国滅亡から先はちょっとした物語のような展開であった。


「まぁ、心躍る冒険譚とも言えなくもないか。王国が滅びていなければな。」


「全くです。アトラ様。」


アトラはリンとしょんぼりとした顔を見せ合いうなだれる。

自爆魔法を使ったかと思えば王国とも皇国ともわからぬ場所に飛ばされ、

探索した挙句に見つけたのは実際の歴史をもじった風の冒険小説だ。

(もっとも、ただの冒険小説にしては詳しすぎるのが気になるが……)

本はディモスが倒れ、少年が新たな国を作るところで終わっている。

ぱたんと本を閉じると、瞬間、アトラの目の前に大きな魔力が集い始める。

突如現れたそれは転移の魔法。


「これは……転移の魔法!?アトラ様、得体が知れませんっ!離れて下さいませ!」


主を庇うように前に出るリン。

だがアトラは自分の魔力が減っているのを感じる。


「待て。どうやらこれは私の魔法のようだ。」


「えぇっ!?でも転移魔法は自分のいる場所を把握していないと使えないはずでは?

アトラ様、ここがどこかお分かりになったのですか?」


「いや、わからない。にもかかわらず私の魔力は減っている。

何らかの力で勝手に発動したようだ。他者に魔法を強制的に使わせる

仕組みなど聞いたこともない。」


「ならなおさらのこと危険では?」

不安な顔をする侍女にアトラはにやりと笑いかける。


「だが他に手がかりもあるまい。こういうのも小さいころ憧れた冒険のようで

存外悪くない。」


そんなアトラに対し、覚悟を決めたのかリンもついていくことを決める。


「でも危ないことに変わりはありませんよ。アトラ様、私が先に参りますからね。」


そうしてリンが、アトラが転移魔法に足を踏み入れていく。

二人を飲み込むと魔力の渦はそのまま静かに消え去った。

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