ディモス・エイオープ1
それは、アトラとリンが端役召喚で消えた後の物語。
二人の少女は自爆魔法によって物語の舞台から去った。
王国を攻め滅ぼし大陸をほぼ全て手中に収めた皇国だが、
その欲望に満ちた侵攻はまだ収まらない。
大陸の周囲にあまた散らばる数多くの島国。
それら全てを攻め滅ぼすために彼らの進軍は止まらない。
王国を始め、滅ぼされた国々のその後はひどいものだった。
奴隷のように扱われる生き残った人々。
皇国内部も身分差は激しく、続く戦争のために圧政は続く。
周辺国家の島国の人々は恐れおののいた。
そんなひどい時代。
大陸から最も遠い最果ての島と言われる場所。
まだ戦火から遠いその場所に住む一人の少年が旅に出る。
昔話に憧れて。神話の時代の竜や霊獣に憧れて。
未だそんな存在を見ることが出来るというもう一つの最果ての地へ向けて。
やがて少年は知る。
世界に蔓延る皇国の脅威を。
冒険に出かけた少年は多くの出会いを経験し、多くの事件に巻き込まれる。
多くの偶然の果てに少年と仲間たちは、皇国と対立する。
彼らは苦難の果てに邂逅した古の種族との対話を経て大きな力を得ると、
ついには皇国の主、侵皇ディモスを討ち取る。
「おのれえええっ!」
断末魔の声が響く。
古代の魔法がディモスの胸を貫く。
仲間の力を借りた、精霊に愛された少年の渾身の一撃。
光放つ魔法の刃を引き抜こうとディモスの手が苦しそうに動く。
しかしその聖なる力はディモスの干渉をはねのける。
ディモスは致命の一撃を受けつつもよろよろと数歩前に進み、膝をつく。
右手を前に出し、何かをつかもうとするかのような動きの後、ついに倒れる。
恐るべき暴君にして当代最強の戦士と言われたディモス・I・エイオープの最期だった。
誰よりも欲望が強い男だった。
その欲望に忠実な男だった。
欲望のためなら如何なる労力も惜しまない男だった。
その欲望で多くを傷つけ、壊した男だった。
ディモスの体の中、倒れてなお暴れ足りないと蠢く邪悪な魔力が染み出す。
染み出した魔力はディモスの下から広がる。
円形に広がったそれの縁に棘のようなものがびっしりと生える。
ぐぱり、と一気に広がる。
まるで何か邪悪な物の口のようなそれはディモスを一息に飲み込んだ。
棘同士が打ち合わされ、中から何かを咀嚼するようなゴリゴリとした音がする。
あっけにとられる少年と仲間たちをよそに、
その邪悪な魔力の塊はじくじくと腐り落ちるかのように小さくなり、消えた。
ディモスは倒れた。
少年と仲間たちが安堵と喜びに包まれる。
暴君は倒れ、新しい世界の歴史が刻まれていく。
……
遠い昔、世界で最初に魔法を行使し、人類をまとめ上げた存在がいた。
帝国初代皇帝と呼ばれる存在は、固有魔法と呼ばれる特別な魔法を使ったという。
遠い世界から力ある人々「英雄」を呼び出す力。
皇帝と英雄たちは人では全く太刀打ちができないと言われていた神話の時代の怪物たちを討ち、
帝国の礎を作り上げた。
帝国は長い年月の中で分裂し、大陸には多くの国が溢れることになる。
人と人との戦乱の世の幕開けであった。
月日は流れ、かつての帝国の血を引く国は大陸には皇国と王国のみになる。
……
暗い場所であった。
全くの暗闇ではない。
そこかしこにある灯りが辛うじて先を照らす。
しかし中途半端に先が見えることでこの先の暗闇が途方もなく大きく見える。
男は確かに死んだはずだった。
男は胸元に手をやるが、貫かれた跡はないし、血もついていない。
身体のいたるところに手を触れるが、全くの無傷。
そのたくましい体を支えていた筋肉の量が少し減った気がする。
男は自分が長い間寝ていたのかと考えた。
病床についた人は、寝たきりの生活の中で徐々に衰えていくものだ。
しかしそれも違うと気づく。
視界が少し低くなった。
まるで成人したての頃のようだ。
男の初めての屈辱の日だ、印象が強い。
自分の体の変化に戸惑う男。
辺りを見回す。
薄暗闇の中、規則正しく並ぶ灯り。
男の元居た国のどこかであろうか。
観察すれば、ここは何かを並べた場所だと気づく。
人の背よりも大きな直方体が幾つも整然と並んでいる。
直方体の中には何かが敷き詰められている。
男はそれを手に取った。
本だ。
古めかしいそれからは魔力を感じる。
その本だけではない。
本棚の他の全ての本からも、別の本棚からも。
男は手に取っていた本を元の場所に戻すと歩きはじめる。
歩いても、歩いても先は見えない。
どうやら図書館のような場所にいるらしい、
ということだけは男にもわかったが他の情報がない。
男は歩き続ける。
男は歩き続ける。
やがて、男は変化に気づく。
本棚の中に変わった本があることに。
その本は、黒かった。
色が黒いというより、暗い。
この場所自体が暗いのだが、その本はまるで光を拒絶しているかのように暗かった。
本をうっすらと暗闇の膜が覆っているかのようであった。
光を飲み込むような色合いに男は惹かれた。
そのまま歩き続けると、周りの本棚の中の暗い本が増えているのに気づく。
本棚の中に点在するそれらが周囲の光を吸い取っているのか、
周囲の暗闇が一層増したかのようだ。
暗い方へ、暗い方へ。
ついに男はその空間の中心らしき場所にたどり着く。
そこに本棚はない。
そこにあるのは朽ちかけた机と、椅子。
机の上には夜を切り出したかのような暗闇。
男はその本を手に取った。




