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十季島鏡子1

先日書いた同名作品がうっかり短編にしたものだったので連載物として変更いたしました。

作者のペースになってしまいますが少しずつ増やしていけたらと思います。

ろくに文も描いたことのない作者ですがよろしくお願いいたします。

とある世界のとあるマンション。


「ふんふんふ~ん。」


一人の若い女性が上機嫌で夕食の準備をしていた。

彼女、十季島鏡子は刑事の兄と二人暮らしの専門学校生だ。

デザイン系の学校に通っている。

両親を早くに亡くした兄妹は今まで二人で支えあって生きてきた。

正義感のあった兄は警察に入り、鏡子は小さいころからの夢であった服飾デザイナーになるために必死で勉強している。

必死で勉強している割に中々認められることのなかった鏡子だが、先日ついに努力が報われ大きなコンテストで入賞を果たした。

特徴的な形のシフォンワンピースが部屋の中に飾られている。

鏡子は思う。

いよいよデザイナーとしての一歩を踏み出すことができるのだ。

小さいころからお兄ちゃんと支えあってきたが、ようやく自分もお兄ちゃんのために家事以外のことをしてあげられるかもしれない。

未来は明るい、若葉はそう信じている。

出世街道を走る兄とはいえ家の蓄えはそう多くはなく、まだまだ贅沢はできない。

入賞したとき、どこかレストランでお祝いでもしようと言う兄にウチにそんな余裕はないと叱りはしたが、鏡子はとても嬉しかった。

「かわりに、お兄ちゃんがいつもより早くうちに帰って来てくれればいいよ。」

そう告げたときの兄の顔の照れくさそうなことと言ったらなかった。

モーレツ刑事、な兄だが最近は忙しいらしく中々早く帰って来てくれず、ちょっとだけ不満を抱いていた。

そんな兄を困らせてしまったが、あの顔は可愛かった。

真面目な人ほど時折見せる隙というか可愛らしさは際立つ。

ふふ、と若葉は思い出し笑いをする。

兄はいつも自分を応援してくれていた。

家で課題をやっているうちに寝落ちしてしまった自分にそっと布団をかけてくれたり、

徹夜で作業しているときなども自分もつかれているだろうにずっと一緒に起きていてくれた。


『友達からはあれだけかっこいいお兄さんならブラコンになるのも仕方ないな~』


などと茶化されるが、実際兄のことは大好きだ。


(今日の晩御飯はいつもよりちょっぴり豪華だ。お兄ちゃんが帰ってくるのが待ち遠しい。)


ぴんぽーん、とチャイムが鳴る。


「お届け物でーす。」


郵便かな、とぱたぱたと玄関に行く鏡子。

ドアを開けるとそこには人相の悪い肥え太った男。


「ちょっと、兄貴へのプレゼントになってくれよ。」


男はそういって邪悪に笑った。


悲鳴を上げた。

助けを呼んだ。

命乞いをした。

刑事の兄への復讐だとして鏡子を襲った男は、その必死の願いを聞いてもむしろ嬉々として暴力を振るうばかりだった。

男はどうやら以前兄に逮捕された腹いせに、私を殺し、見せしめにするつもりらしい。

私の目の前で、私をどうやって殺し、どうやって兄に見せつけようとしているか、自慢するように話している。

男の笑い声が遠くなっていく。

もう目も見えない。

歩くこともできない。

鏡子は、激痛と薄れゆく意識の中、家族のことを、兄のことを想い、死んだ。


はっと目が覚める。

目の前には見たことも来たこともない空間。

ビックリするくらいきれいな若い女の人と、その人に付き添うやはり美人な若い女の人。

少し離れたところに中年の男の人だ。

ぼんやりする頭で必死に記憶の糸をたどる。

私は……コンテストに入賞した私をお祝いしてくれるというお兄ちゃんの帰りを待っていて、

それから……

動悸が速くなる。

あの男が……

私はあの男に嬲られ、殺されたはずだ。

たった一人の家族であるお兄ちゃんにもお別れも言えず。

努力が報われてこれから待っているはずだった明るい未来を見ることもなく。

その未来を見るはずだった目を抉られ。

その未来をつかみ、進んでいくはずだった手足を奪われ……。

もっとも、すべての手足を奪われる前に激痛で私は意識を失っていたし、

自分がどんな格好で人生の最期を迎えたかはあの忌々しい男が生前の私に嬉々として語った内容から

推察しただけなのだけれども。

胸の奥にお父さんとお母さんを失った時とは似ているようで少し違うような冷たい何かが広がり、

同時に今まで感じたことがない蠢く何かの感情を感じた。


今、私は確かにこの目で景色を見ている。

確かに手と足に感覚を感じる。

でも、足元は薄ぼんやりと透けているような、希薄な雰囲気を感じる。

ああ、そうか。

やはりという実感。

私は……死んだのか。


色々な感情が体の中を激しく駆け巡り、

私は気づけば涙を流していた。


「うっ……ひっく……なんで……なんで、こんな……」


その場に崩れ落ちしばらく涙を流す私。

こんなのはありえない。

あんまりだ。


わんわんと、泣く。泣き、泣き、泣いた。

どれくらいの間私は泣いていただろうか。

少し落ち着いた私は改めて周りを見回した。

少しの人と、広大な空間。

屋内のようだけれども、そこかしこしに整然と並べられた机に椅子。

それらを囲むように並ぶ数多の本棚。

目の前の机には一冊の新しそうな、しかし読みごたえのありそうな本がある。

よく見るとその本から薄もやのようなものが出て、それは私の体へと続いている。

私は何となくここが、あの世なのだと感じる。

あの世っていうのは思いのほか図書館のような場所なんだな、と感じる私は

目の前、一番近くにいた驚くほどきれいな女性におずおずと声をかけた。

豪奢な金髪に澄んだ青い瞳。

すらりとしたプロポーションには一部の無駄もなく、凛とした佇まいも相まって

まるで中世ヨーロッパのお姫様のような印象だ。


「あの、ここはいわゆるあの世と言うところでしょうか……?やっぱり私、死んじゃったんですよね。」


痛ましそうな顔で私の方を見ていた女性は私がかけた言葉に表情を凛としたものに変え、ゆっくりと返答してくれる。


「十季島鏡子殿……だったな。貴女は確かに亡くなった。貴方の記憶にもあるとおり、それは確かだ。」


彼女の答えに私は膝から力が抜けるような感覚に襲われる。

彼女は私がショックを受けている様子なのを気遣い、丁寧な口調で説明を続けた。


「ですがここはあの世……貴女が行くべきであった天国でも、はたまた私が行くべきであった地獄でも、そのどちらでもない。」


そこで少し離れたところから見守っていた中年男性が声をかけてくる。

ぎょろりとした目は私が見てきたどの人間とも違う不思議な光をたたえているが、

表情だけはウチに来たこともあるお兄ちゃんの先輩の刑事さんのような雰囲気だ。


「ふふふ、まぁ、人間が死んでそのあとどこかに行くというのも現代人には半信半疑な考え方だがね。

死後に自分の意識が残る保証なんて、どこにもない。しかし現にここには実例がある。

どうとればいいのかわからない、おかしなおかしな事象だが、大変に興味深いね。」


少しシニカルな口調でそう発言するその人に、金髪の人の傍で控えるもう一人の美人さんが苦笑する。

引き継ぐように金髪の美人さんが続ける。


「そう、本当に不思議な場所だ。実はここが何なのか私達にもわからない。」


そして。


「だが、私たちが生きているのか死んでいるのかそれすら置き去りにするほどの事実がここにある。

それは、私たちがまだ「考え」「動いて」いるということだ。」


一拍おいて澄んだ声で彼女は告げた。


「十季島鏡子殿。申し遅れたな、私はアトラ・ディスピア。そしてようこそ、「ライブラリ」へ。」


そして…


「これは…何の本ですか?」


アトラさんが渡してきたのは一冊のハードカバーの小説。


「この本は、貴女たちの物語。まだどういうことかわからないかもしれない。

そしてその本の中には君が死ぬまでの経緯も書いてある。辛いかもしれないが、良ければ読んでみてはくれないだろうか。」


黒髪の少女が紅茶を入れてくれる。


「私はリン・ナナキ。鏡子様のいらっしゃった世界風に言えば七那木凛でしょうか。

喉も乾くでしょうから、お茶のサーブは任せて下さいませ。」


それを飲んで落ち着いた後、恐る恐る本を手に取る。

そこに書かれていたのはある冒険譚。

好奇心旺盛な少女と、心に傷を持つ探偵の話。

事件に巻き込まれた少女が、探偵と出会って様々な事件に出会っていく。

お兄ちゃん……兄も出てきた。

兄は妹…私を殺されたことで復讐者となり、私を殺した男や、似たような犯罪者を裁く人物となっていた。

やがて、兄は探偵に捕まる。

探偵は兄を捕まえた後、再び別の事件に巻き込まれていく。

そこから先は兄はあまり登場しない。

物語の最後の方、探偵の友人でありライバルであった男との決着が一応ついた後、

獄中の兄に、兄の先輩の刑事さんが訪ねてくる。

酔っぱらった兄をよくマンションまで送ってくれたとてもいい刑事さんだ。

年の割なんて言ったら失礼だけどとても優しい癒し系の人だった。

何やら私のお墓参りを兄の代わりにしてくれているというけど……

正直なところ、自分がお墓参りしてもらう情景を文章とはいえ眺めるのはおかしな気分だ。

私は、兄の回想の中で出てくる過去の人物だ。

小説を読み終わった後、自分の立ち位置を反芻する。

物語の登場人物の回想の中の人物。

まるで、兄に心の傷をつけるためだけのために用意されたかのような存在。

端役もいいところだ。

私の人生が舞台装置の些細な一つに過ぎなかったような気すらする。

小説を読み終わったのを見計らってアトラさんが声をかけてくる。

むかむかと、する。


「読み終わったか。…その、すまんな、不愉快な話だっただろう。」


こくり、と頷く。

確かに、普通に読めばケレン味の強い推理小説だが、それは何も知らない人の見た場合の話。

自分が無残に殺され、兄が犯罪者を裁く犯罪者となって刑務所に叩き込まれる話だ。

そう考えると、他の事件の被害者たちも可愛そうに思えてきてしまう。

ひどい話だ。冗談ではない。

今でもあの最低の男が自分に何をしたかを鮮明に思い出せる。

震えが来て、吐き気がした。

これは何なのだろう……。

愕然とする私にアトラは痛ましそうな目を向けてくる。


「何故自分の人生があのような形で本に記されているのかわからないだろう。私たちもそうだったしな。」


「私たちも……?」


「そう、私とリンは向こうの大きな机の上の本に、そして征四郎……そこの胡散臭い男の人生は、奴の持っている本に記されている。」


よくわからないといった顔で椅子から見上げる私。


「つまりまぁ…ここは天国の図書館のようなものとでも言っておこうか。」


やはり天国なのかと得心する私にアトラさんは苦笑する。

ゆっくりと机の周りを歩きながら説明してくれる。


「ものの例えという奴だがね。このライブラリの数多の本は、世界の記録。様々な世界の記録を、歴史を記した数多の本をまとめた場所……。」


男言葉の凛々しくも美しいお姫様はその曇りのない瞳で私の両眼をじっと見つめてくる。


「そして私たちの戦いの始まりの場所だ。」


「鏡子さん、君の世界の話は私たちも知ることが出来た。次は私たちの番だな。

教えよう。私たちがどのような結末を迎えたかを。何故ここに私たちが集まったのかを。」



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