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第6話

 しかし、わたしの答えに扉が悲鳴を上げた。扉を殴り蹴る音が聞こえてくる。フルグライト様が扉を破ろうと強行手段に出たのだろう。


「ここを開けろ! 俺はお前を嫌ってなどいない!」


「そんなの、嘘です!」


「嘘ではない」フルグライト様の小さな声は聞き取りにくくて、わたしは扉に近づいた。


「俺は臆病者だった。惚れた女にはひどい言葉を浴びせ、傷つけてしまう。こんな俺を変えたくてセロンに頼みこんだ。もっと自分に正直になれないかと。そして、施されたのが昨日の術だ。俺はお前にしたことを覚えていないと言ったな? あれは嘘だ。すべて覚えている。エリアルのぬくもりも声もすべて余すことなく覚えている」


 夢ではないかと思った。どれだけ鈍感な人でも、フルグライト様が誰に惚れているのか、わかってしまった。でも、わたしには信じられない。


「これも、術のせいですか?」


「いや、あれはセロンの嘘だった。先程聞いたが、昨日も簡単な暗示をかけただけだと言っていた。俺は魔力を透さない男だったのにな。あんな嘘に騙されるとは自分が情けない」


「し、信じられません」


「そう思うならここを開けてくれないか? 自分の目で確かめてくれ」


 フルグライト様は待っていてくれる、わたしが扉を開けるのを。わたしは椅子をどかした。そして内側からの鍵を開ける。扉の取っ手に手をかけたものの、扉を開けるまではしない。だって、まだ、聞かなければならないことがある。


「開けません。わたし、あなたからちゃんと言葉にしてもらっていませんから」


「言わなければ、ダメか?」


「もちろんです。それに、今までもらった否定の言葉を覆して」


「わ、わかった」


 フルグライト様はすべて覆してくれた。「臭い」は「ずっと嗅いでいたいいい匂い」。「バカにしたような笑い方」は「見惚れるほど美しい笑み」。あと何個か言われたが、わたしはたまらず扉を開けた。


 扉の先には、赤の実にも負けないくらい頬や耳が真っ赤なフルグライト様が立っていた。


「お前が好きだ」


 眉間にしわを寄せて恥ずかしさと戦っているような顔は、とても可愛らしかった。しかも、中途半端に上げられた両腕はわたしを抱き締めたそうにさまよっている。たぶん、わたしの許しがないかぎりは触れられないのだろう。そんな彼が愛おしくて、わたしは自分から抱きついた。


「好きです、フルグライト様」


「お、おお」


 唸るように答えてくれたフルグライト様。たくましい両腕はゆっくりとわたしの体を囲い、触れた背中にぬくもりを伝えてくれた。ぴったりくっついているのも良かったが、わたしにはもうひとつ欲しいものがあった。


「あの、フルグライト様。わたし、あの夜のこと、本当は覚えてなくて、だから、その」


 はしたないかもしれないが、どうしても伝えたかった。恥ずかしさをどうにか押し殺して、「もう一度、お願いします」と頼みこむ。


「今度はちゃんと覚えておきたいんです、全部」


 そうしたら、フルグライト様は「わ、わ、わかった」とどもると、わたしを抱っこした。寝台の上に倒れこみ、フルグライト様から見下ろされる。そのとき、彼の瞳が濡れていることに気づいた。わたしは彼の頬に指をそえて、涙を拭う。


「どうして?」


「今、感動している」


 あの武人で騎士団の団長が、わたしの前で涙を流すなんて。


「好きだ、エリアル」


「わたしもあなたが好き」


 どちらの涙ともわからないくらい頬を寄せて、隙間なく抱き締めあった。


おわり

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