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第4話

 体を清めて胸の辺りにある赤い点々の意味に悶絶してから、すっかり眠りこんでしまったようだ。窓の明かりを見る限り、まだ陽が高い。


「お腹、空いたな」


 昨夜から何にも口にしていない。腰の痛みもやわらいできたので、部屋を出てもいいかもしれない。


 そう思ったとき、ちょうど寝台のかたわらにある小さな棚の上でバスケットを見つけた。取っ手をリボンで飾りつけたバスケットのなかにはふかふかのパンと布にくるまったチーズ。コルクで栓をされたガラス瓶にはたっぷりと赤い液体が入っていた。これはおそらく、栄養価の高い赤の実で作られたジュースだ。


 きっと、フルグライト様が用意してくれたのだろう。どんな顔をしてこれを持ってきてくれたのか想像してみる。たぶん、ものすごい不機嫌な顔でこれを置いたはずだ。それでも、パンとチーズ、おいしそう。わたしはありがたく、いただくことにした。


 フルグライト様が帰ってきたのは、赤の実色の明かりが窓から差してくる頃合いだった。そろそろ腰の痛みもやわらいできたので、窓を眺めていたら、突然、扉が開かれたのだ。フルグライト様の青い瞳は泳ぎ、ちょっと慌てている?


「おかえりなさい、フルグライト様」


「た、ただいま帰った。エリアル」


 「エリアル」と呼ばれると昨夜のことを思い出す。耳元をかすめた吐息と一緒に、何度も名前を呼ばれたのだ。頬が熱っぽくなってきたことをフルグライト様に気づかれたくない。顔を隠すようにうつむいていたら、「頼みがある」と前置きされた。


「お前は、早く、この部屋を出て、自室に戻るのだ。そして、絶対に、何人が来ても、扉を開いてはならない。わかったな?」


「ど、うして?」


 フルグライト様の熱い手がわたしの二の腕を掴む。強引な手で引き寄せられると、その真剣な瞳に言葉を失った。


「もう二度と、俺の前に姿を現すな」


 そうか。今日、ここで過ごさせてくれたのもお情けだった。フルグライト様は優しいから、嫌いな相手にも尽くしてくれた。本当なら顔を合わせるのも嫌だろうに。わかっていたはずだ。はじめて顔を合わせたときから、「その笑い方はバカにしているのか」と言われたのだから。


「は、い」


 うなずいたものの、鼻がつんとする。目頭も熱い。拒絶されるのはいつものことなのに、今は胸が痛む。昨夜のフルグライト様の言葉が優しかったから、抱き締めてくる腕が心地よかったから。それを知った今、涙を止めることなどできない。


「な、なぜ、泣く?」


 フルグライト様を見つめる余裕はない。二の腕を掴む太い手に自分の手を重ねる。この手を介してわたしの気持ちも伝わってくれないだろうか。会って拒絶の言葉を受けるより、あなたに会えなくなるのが辛い。


「……あなたが、好き」


「えっ?」


「す、好きじゃなきゃ、一晩を共にしたり、しません。あなたに、嫌われてるのは、わかってます。でも、好きです」


 抵抗しなかったのも全部、フルグライト様が好きだから。


「落ち着け」


「落ち着いて、ます」子どもみたいに泣きじゃくってはいるが、頭は冷静だ。


「先程、セロンから聞いた。あの術の効果は今晩も続くと。つまり、俺と一緒にいれば、またあのような事態に陥るかもしれぬ。それは避けたい」


「あなたはわたしを嫌っておいでだから?」


「違う! お前を傷つけたくないからだ。それに……たとえ、おのれの肉体だとしても、俺の意志ではなく、お前を……」


 言葉が聞き取れなくなる。さまよう瞳を捕まえるのは難しい。


「あの?」


「とにかく、お前は早くここから出ていけ!」


 二の腕を引っ張られて、部屋の入り口まで連れていかれる。部屋の外に出され、鼻の前で扉が閉ざされた。慌てて扉の取っ手を握るが、回らなかった。鍵をかけたのかもしれない。


 扉を叩いて叫んでやりたかったができなかった。わたしがここにいることがわかれば、フルグライト様に迷惑がかかるかもしれない。こんなときまで、フルグライト様の心配をする自分がバカみたい。


 涙を手で拭いながら扉から離れた。たぶんもう、ここに来ることはないだろう。

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